めぐみの雨

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梗 概

めぐみの雨

14歳の恵の体には最近おかしなことが起きている。胸が膨らんだり腋や股に毛が生えたり、しまいには女性器からネジが落ちてきた。

父子家庭の恵に相談相手はいない。同居する祖母に心配はかけられず、父は恵が幼い頃に失踪していた。大手製薬企業でバイオ技術を研究する父は、仕事から帰るといつも縁側であぐらをかき、靴下を脱ぐと両足の裏を擦り合せ、庭先に垢を落として笑った。恵はそんな父が大好きだった。しかしある夜から父は帰らなくなった。

ネットで検索しても症例は無く、父の書斎を調べていると「オオゲツヒメ」と書かれた資料を発見する。そこには、父の企業が人間を機械兵に改造し紛争国に販売することで巨利を得ようと目論む極秘計画が記されていた。

父の悪事にショックを隠せぬまま恵は病院で検査を受ける。検査結果を見た医師は慌てた様子で病室から出ていった。その直後、突然左手首の裏の皮膚が焼餅のように膨れ上がり「神様、逃げて!」と叫んだ。動揺した恵は廊下へ飛び出すと、遠くからやたら図体のでかい白衣の男達がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

街裏に隠れた恵は焼餅から説明を受ける。焼餅は恵の父が機能進化させた微生物群で、人間の体内で機械を生み出せるらしい。父の体で培養され恵に移植されたという。「恵様は僕らを住まわせてくれる女神様なのです!」焼餅がはしゃぎ、膝を抱える恵の膝小僧の皮膚が波打つ。父はなぜこんなことを? 身に覚えもなく不信感が募る。

落ち込むのも束の間、恵は追手に見つかってしまう。追手は父の企業の一員で、完成間際で盗まれた焼餅を探していたという。包囲された恵は咄嗟に祈ると、たちまち鼻の穴から何百発もの弾丸が連射された。お供えだよ!と得意げな焼餅。硝煙で視界が遮られる間に走り出すと足の裏のひび割れを車輪が突き破り一気に加速。恵は街を疾走する。車で追走する男達を振り返り口を開けると、すべての歯が抜けロケット弾に変形し発射、尻から手榴弾がぶっ放された。

抗戦するも追手が仕掛けた巨大な磁石の板に体内の鉄が引き寄せられ恵は貼りつけになる。焼餅も恵の質量以上の機械を一度に作り出せず窮地に陥る。「ぜんぶパパのせいだ」と自棄になる恵に、焼餅を介した父の記憶が混ざり込んでくる。企業の機密資料を読み、医療発展のために焼餅を開発したはずが実は機械兵の製造に利用されると知り逃亡した記憶。10歳まで生きられない病を患う娘を何とか生かそうと、寝ている間に焼餅を注入した記憶――。

父の真意を知り昂る恵は全身から高エネルギーを放出。磁力の向きが反転し磁石から弾き飛ばされる。急降下しながら拳を固く握りしめた恵は、白衣の男達に鉄のパンチを食らわせ、遥か彼方へ吹っ飛ばした。

帰宅した恵は縁側で横になり靴下を脱ぎ、両足の裏を擦り合せ庭先に垢を落とす。長年親子の垢が降ったその地面からは新芽が顔を出していた。「めぐみの雨だね!」と焼餅は喜んだ。

文字数:1200

内容に関するアピール

体からあらゆる物質を排泄する女神が登場する、疾走感あるぶっ飛びコメディSFとして書きました。

『古事記』のオオゲツヒメや『日本書紀』のウケモチといった体から食べ物や生物を無尽蔵に排泄することができるという筋書きをモチーフにしました。また、巨人の死体や巨大生物の体の上に成立する世界という起源神話を読み、では人の体内に住まう生き物たちにとっては人もまた神とされるのではないか、という着想から、微生物が人を神として崇めタッグを組む話にしました。

設定を補足しますと、舞台は2050年代頃の日本の郊外です。恵の父は製薬企業から追われる身だったので、恵に危害が加わらないようにと家を去りました。実作では親子関係も深堀りしつつ、恵の成長を感じさせるラストにしたいと思います。

足の垢を落として見せびらかすのは私の父の癖でした。そんな父を咎め笑いあったあの行為はどこか神秘性を帯びていたように思います。

文字数:392

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