梗 概
思いは蒼天の彼方に 絶望は肩の後ろに
大戦により文明が後退した世界の一部で「ノガイ=オルダ」と名乗る部族は、ジュズと呼ばれる複数の街と、小規模な村々タマに分かれてゆるく連合していた。主に農耕で生活し、カザクと呼ぶ非定住民が介する交易で塩等を入手していた。近親交配を避ける為、時折子供達を交換して養子としたり、条件が良ければカザクの子供を受け入れたりもする。
カザク出身の少女バルティンは、タマ出身の病弱な少年カラサイの養い親、老女ペリのもとでよく時間をすごす。時には二人が幼い頃から親しくしている、このジュズ生まれで二、三歳上の警備員見習いオラクも顔を出す。ペリが生業とする古謡の朗唱を聞きながらパルティンは手仕事に精を出し、カラサイは薬を作ったり農具の改良を考えたりし、オラクはその二人を守るように眺める。三人が好む古謡は、戦の厄災を避けて地中に消えた都市キーテジと、都市を守る女戦士の集団、クルク・クズの物語だった。
普段どおりの夕方に、オラクがバルティンに統治会議「バイ」の集会所に来い、との伝言を持ってきた。二人で行き、オラクは入口で待った。暫くすると泣きながら足早でバルティンが戻ってきた。声をかけても応じず、泣いたまま走り去った。夜にバイの一員である父にオラクが尋ねると、ジュズ以外の出身者に必ず課せられる性器の検査だと言われた。翌日カラサイに知っていたのかと聞いてみる。彼は身体が弱いので「種」として期待はされていないから検査はない、つまり家庭は持てないと返ってきた。まもなくオラクも、系図と健康状態を基準に結婚相手を指定された。友の想い人であった為拒否するが、ノガイ=オルダを強く保たねばならぬ、と聞き入れられない。家に帰る気になれず宿の食堂に行く。ペリがキーテジとクルク・クズの古謡をうたっていた。朗唱が終わり、実際にあった話なのかと尋ねると「そう言われている」との返事だった。オラクはジュズに来たカザクや芸人達にも尋ねてみるが、「昔のことは知らない」としか返ってこない。今もあったとしても二人を連れて行くのは無理だと諦めた。その頃バルティンの実の両親に近しいカザクが来、ペリにこの子達はキーテジに興味がある、と紹介された。カザクの長は現存していて市を知っており、同行させてもいいが報酬を、と言った。カラサイが、ジュズに来た時持たされた病に強い穀物の種を差し出した。
三人は密かにカザクに紛れて発つ。旅の途中、カラサイは帳簿の誤りや荷車の改良を指摘し、バルティンは女達と手仕事を教え合った。到着すると、そこは巨大な岩塩坑だった。サドコという長は、バルティンとカルサイは歓迎したが、オラクは止める。「バルティンやカルサイは新しい技術や知識をもたらし、本人達も強く望んでいる。ジュズも二人が消えても深追いはしないだろう。だが将来バイの一員となるお前は違う。こことジュズを対決させる覚悟はあるか」
オラクは選択を迫られた。
文字数:1199
内容に関するアピール
中央アジアの女戦士団伝説とロシア正教の一派古儀式派の理想郷伝説を組み合わせました。強制婚は興味ある題材です。男性の方にも言いたいことはあるだろうと言うことで、共同体側に寄っている少年オラフを出しました。ラストは選択を迫られるところで終わります。
参考文献
『世界神話伝説大事典』勉誠出版
中村喜和『[増補]聖なるロシアを求めて』平凡社
同『ロシア英雄叙事詩 ブィリーナ』平凡社
栗原成朗『ロシア民俗夜話』丸善
坂井弘紀「アルバムス=バトゥル」『千葉大学社会文化科学研究科研究プロジェクト報告書』54巻
同「エル=エディゲ」同
同「アディル=スルタン」同86巻
同「中央ユーラシアの英雄叙事詩『チョラ・バトゥル』の地域的特徴再考」和光大学総合文化研究所年報『東西南北』
同「カザフ口承文芸における「ノガイ大系」の影響」『口承文芸研究』第24号
文字数:370