梗 概
久遠の命の苦しみは
田植えも間もなく終わるころ。
僕と親友の章介は近くの遺跡で遊んでいた。そこは前史時代の遺跡で、近づいてはいけない場所だ。
なかを探検し、壊れ果てた機械をいじりたおし、持ってきたボールを蹴飛ばしあった二人は、だんだん怖くなる。
章介は怖さ紛れに「田植え歌」を歌いだし、僕も負けじと唱和する。
そのとき何かが動いた。人の姿をした、影。
驚く二人に、影は言う。その歌を、もう少し聞かせて欲しい。二人は不審がりながらも歌う。
僕は途中までしか覚えておらず歌いきれない。章介は最後まで歌った。影は不思議な表情を浮かべ涙を流した。
「続きはないのか?」と問われ、知らないと答える僕。章介は「多分二番以降も歌詞があるけど、覚えてない」と言う。
影は、少し考え、今度続きを聞かせて欲しい、待っている、と言った。
遺跡から出るともう夕方で、二人は凄い冒険をしたと喜ぶ。
家に帰り、父に歌詞の続きを聞く。父は二番を教えてくれた。
これは昔の言葉なのだという。もう誰も理解できないが、いつしか田植え歌として愛されるようになったのだ。
翌日、僕と章介は遺跡に足を運んだ。不思議と怖さを感じず、二番を覚えてきたよ、と歌い出す。
僕は歌詞を途中で忘れてしまう。章介は勝ったような顔つきで得意げに歌う。
歌うにつれて、影はどんどん増える。10、20、いや、もっと。いつしか部屋は影で埋まっていた。
みな涙を流している。そして、まだ続きがあるはずだと言われる。
家に帰った僕は、自分でも不思議な熱意で、父に歌詞をせがむ。不審がる父。ごまかしながら、3番4番5番と教えてもらい、メモまで取ることができた。章一に負けたくないと夢中で覚える。
遺跡に行きたい、行かねば、どうしても。二人は夢遊病のように向かう。
無数の影、歌い出す二人。3番。4番。涙を流す影。
そして5番。歌の途中で突然雰囲気が変わる。驚いて止める僕。熱に浮かされたように歌う章介。
影は悲しい表情をして「そうか。僕たちの戦いは、今、そのように…」と呟いた。
やにわに「何をしているんだ!」と声がした。見ると父が立っていた。とたんに影がいなくなる。
一部始終を目撃され、連れ戻される。いつのまにか章介がいない。
父は村の人々に連絡を入れる。大人達が集まってくる。
そのうちの一人、技術者のおじいさんに言われた。
おそらく、その影はあの遺跡の機械に保存されていた人々なのだろう。歌詞も、その人達なら理解できたのかもしれない。
もしかしたら君に何かをしたのかもしれない。気が付かなくてすまなかった。
いなくなった章一は見つからなかった。
…いや、僕が連れ戻されたとき、章介の最後の姿を目撃した人がいた。
不思議な表情を浮かべ、理解できない言葉をブツブツと言いながら、門に向かって歩いていたという。
声をかけようとしたのだが、急ぎ集まれとのことだったので見逃してしまったのだ。
門の外には、僕たちの知る限り、もう生きている人は存在しない。
文字数:1200
内容に関するアピール
神話の構造の文脈を踏まえた上で、色々な選択肢を考えました。
そのうえで私は、人々のあいだで伝承されてきた「怪談」をテーマに作品を作ってみたいと思いました。モチーフは小泉八雲の「耳なし芳一」です。小林正樹の映画「怪談」に収録されている話がとても雰囲気があって好きで、平家の亡霊たちの所作が心に残っています。
本梗概で登場する亡霊は、世界を滅ぼした大戦で兵士として戦わされた人格たちです。耳なし芳一をモチーフとしつつ、うまく落とし込むために耳を削がれるくだりは少し変更しています。亡霊たちがこの世界でどうして亡霊になったのか、歌の中身はどういうものなのか考えてはいますが、敢えて語らせるつもりはありません。
タイトルは吉川英治先生の壇ノ浦の描写からいただきました。よろしくお願いします!
文字数:338