梗 概
山にゐるのは神ではない
山にゐるのは神ではない
山に立ち入るのは禁忌であると教え、語り継がれてきた世界。美しく豊かな山々の、その裾野から十分な作物と、そして獲物を得られているため、人々は教えを信じ、山に立ち入ることはなかった。人が立ち入らない山脈は、ますます肥え、緑が濃くなり、ますます人々は山を敬い、称えた。
そんな日常を壊すように、一人の子供が山へ入ったとの噂がある日駆け巡った。人々は怒り悲しんだ。夜が明け、陽が落ちても子供が帰らないことに、慄き嘆いた。
「山の神の怒りを買い、この豊かな生活が失われてしまう」
と泣き出す者もいれば、
「山に呼ばれたのだ、捧げものになったのだ、代わってやりたかった」
と惜しむ者もいた。
子供は捧げものになったのだと最初に言い始めたのは体格のいい、力持ちであることが自慢の男だった。次に消えたのはその男だった。真っ暗な夜に、灯りも持たず、山と裾野の間に在たる祠へ向かっているのを誰かが見かけたのが最後だった。その日人々は喪に伏すため遅くまで起きていた。子供のせいで山の怒りを買い、豊かな生活が失われると泣き出した者が山からの落石で死んでしまったからだった。もう誰も山のことは口に出さなかった。ただ恐ろしかった。
子供は3度の冬を超え、春に帰ってきたが、男は帰ってこなかった。
ただ帰ってきた子供は、増えた。
同じ顔、同じ身長で、山からぞろぞろとおりてきたのだった。その子供は、勝手気儘に動いたがどれもみな似た様子であった。数は十ほどかと思われたが、次の日もまた次の日も、連れ立って帰ってきたため、ひゃくを越した。ひゃくを越して尚、子供は山から下りてき続けていた。裾野に人が溢れ、賑やかなとなった。山から下りてくる子供たちはそもそもが同一であることを示すように、大きな諍いもなく平和な日々が続いた。もう数えきれないほどとなった。裾野はもう住める場所はなく、人々は仕方なしに祠を超え、山を少しずつ拓いて住処を広げた。人々は木を切り倒し、家を建て、紙を作った。また食料を求め山に生きる動物たちを狩り尽くしていった。山を切り崩し、海を埋め立て、住処を広げることを覚えた。もう山は四季を伝えず、人々に与えるものはなかった。
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