梗 概
光りかがやくわたしの、
かれらは、交配せずに単個体でクローンの子をつくる、性別のない生き物。物語は三人称で語られる。
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小さな羽が背中から顔をのぞかせはじめ、「おまえもそろそろだね」と親に言われるようになったコン。いつも蜜を吸いに行く赤い花の群生地で珍しく白い花を見つけた日に、卵を産んだ。掌にのるほどの大きさの卵は赤く透き通り、きらきらと輝く。
幼なじみのムーは、コンの分身ができると知り喜ぶ。しかし、普通なら色が徐々に透き通り、7日ほどで生まれるはずが、10日経っても赤いままやがて黒ずんできた。コンの親は黙って首を横にふり、土に埋めた。ムーはコン以上に深く悲しむ。
翌日ムーも卵を生んだ。タイミングの一致に驚くコンに、ムーは「秘密」を打ち明ける。前の晩、ムーはコンの卵が苦しむ夢を見た。土の中が怖いに違いないと掘り返し、誰にも見つからないところへ逃そうと考えて、卵を食べたという。「だからきっとね、コンの卵が私のお腹の中で生まれ変わったんだよ」。
7日後、生まれたムーのクローンはムンと名付けられた。コンが二つ目の卵を生むことはなかった。
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立派に育ったムンは、玉虫色に光る鱗と立派な水かきを持ち、同世代の子らを惹きつける不思議な魅力に溢れていた。親世代は、自分たちの感情にはない種類の「執着」を、子らがムンに向けていると感じ、警戒した。だが子供の好奇心は止められない。
あるとき大人に隠れてムンと二人、川遊びをしていたイトは、ふと美しいムンの躰に触れたくなる。衝動に任せて触れると、二人の全身が湿ってくる。蠱惑的な香りがし、舐めてみると甘い。互いに夢中で舐め、舐められながら、全身をぴたりと付けあうと、心のさざ波がしんと静まっていくようだった。
翌日ムンは卵を産んだ。ムンとイト、二人の面影を持つその子・アシを、クローンしか知らない親たちはいよいよ気味悪がった。そんなアシを不憫に思ったムンは、次々に同世代の個体を誘惑し、二つの遺伝子が混ざった卵を産み続けた。しかし次第に平均より小さな躰の子を生むようになり、ムンは若くして逝去した。
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ムンの最後の子・ユラの一番の仲良しは、最後から二番目に生まれたルラである。かつてのムンの住処は子らの遊び場になっていた。
再び白い花が咲いた日、ユラとルラは子をつくろうと躰を寄せ合うが、卵はなぜか生まれない。躰が小さい同士だから、とからかう子もいた。
ユラは、そもそも私たちはなぜ子を生むのだろう、と考える。ルラは「上の世代にしてもらったことを返すため」と言うが、納得できない。
やがてルラは、一番躰の大きなアシとの間に卵を産んだ。ユラはルラが自分に黙って産んだことにショックを隠せなかったが、7日後に生まれた子は愛らしかった。「生まれた子はムンの住処で、みんなで育てたらいいのよ」とルラは言う。「ユラの子供にも会ってみたいな」と。ユラはアシを見つめ、子づくりを試すのもいいかもしれないと考える。
文字数:1198
内容に関するアピール
日本神話やギリシャ神話などを調べているうちに、「なぜ神様なのに性別があるのだろう?」と疑問に思いました。
ノンバイナリーはもちろん、シスジェンダーを自認する人であっても、心の性別は二つに割り切れるものではなく、グラデーションのように存在しているのではないかと私は考えています。しかし一方で、身体の性別は多くの場合、男女どちらかであることも事実です。
今回、雌雄のない生き物のコミュニティが少しずつ変化してゆくさまを描くことで、その溝を埋めるような「神話」を書けたらと考えました。人間の常識にとらわれない物語の流れをつくることを意識し、処女懐胎、トリックスターなどの神話性を感じさせるモチーフをちりばめました。
文字数:302