梗 概
ライフ イズ インフィニティ
「さあ、始めるぞ」
北海道、稚内市。元旦に家族で人生ゲームをして遊ぶのが斎藤家の習わしだ。トップを突き進みゴールを目前に控えた高校一年生の征夫が力強くルーレットを回す。出た目は8。ではなく、それを横にした∞の一文字。目を擦る征夫をじっと見つめる家族一同。「ついにこの時が来たか」そう口にした父はどこか誇らしげだ。コマをゴールに置いても、視線は征夫に注がれたまま。「進め」祖父にそう言われた征夫は空気を読んで靴を履き、身震いしながら雪を踏みしめ歩き出す。あてもなく、目的もなく歩き続ける征夫の横を歩く父。車で並走する母。その後部座席から声援を送る祖父母と、征夫の少し後ろを歩く姉。一同が放つ「止まってはいけない」オーラに圧倒されるままに、征夫は歩みを進める。
夜になり、体力の限界を迎えて跪くと、姉と父が肩を貸してくれた。車に乗せられ、征夫はエンジンの力を借りて進み続ける。自分が足を止めても進み続ける運命なのだと、征夫はここで覚悟を決めた。
函館にたどり着き、車の中でお雑煮を食べている時に餅を喉につまらせて祖父が逝った。
葬式は開かれたが、征夫は進み続けることを求められ、火葬場の煙を横目に歩き続けた。
およそ一ヶ月と10日、最南端である沖縄の波照間島に到着。だが、誰一人として満足な表情を浮かべてはいない。
「進み続けることが大切だ」父の言葉を受け、征夫は元来た道を引き返す。意味を疑う気持ちはとうの昔に忘れてしまった。
日本の国道を全て踏破したかという頃、立ち止まるように言われた。「人生には何度か、絶対に止まるマスがある」征夫の活動をSNSで広めていた姉が、婚約者を募っていたのだ。一緒に移動したいという物好きな女性の中から一人を選び、征夫はポケットに入れていた車のコマにピンク色のピンを刺した。
結婚を期に、征夫は海外へと飛び出した。生涯をかけて移動を続けるプロジェクトは世界中の人に支えられ、その資金を元に中国、ロシア、ヨーロッパにアメリカ大陸と突き進む。命を落としそうにもなったが、征夫は足を止めなかった。親の運転する車内でことに及び、子どもも二人作った。祖母が死に、姉はイタリアで嫁に行って車を降りた。
両親の葬儀中も征夫は歩き続ける。意味などはとうに考えなくなった。ただ、進むことだけが自分の生きる意義なのだ。
人はその生涯で地球一週分を歩くという。その程度に差こそあれど、人は必ず動かずには生きていられない生物なのだから。
杖をつくようになって、息子たちが支えてくれるようになった。人は一人で生きているのではない。
そんな思いを噛みしめながら、征夫はついに力尽きた。その足を止め、生涯の幕を閉じる。これでゆっくり休めるだろう。
征夫の遺体は今、衛星軌道上を周回し続けている。宇宙空間で無限の移動を続けている。骨になってもなお、征夫は進むのだ。
そんな初夢から目覚めた征夫に、父が声をかけた。
「さあ、始めるぞ」
文字数:1200
内容に関するアピール
この課題と向き合うにあたって、まず考えたのは長距離を移動する理由でした。まっとうな理由が思いつかなかったので、打たれるかどうかはともかくとしてなるべく曲がる変化球を投げてみたつもりです。自分自身があてもなく歩き回るの大好きなのと、つい最近、恩田陸さんの夜のピクニックを読み終えた影響もあるかもしれません。
オチはちょっと迷ったんですが、この夢から醒めた主人公が一家の習わしである人生ゲームに誘われる様を想像したらゾクッとしたのでこうしました。
お気に入りのシーンは親の運転する車内で行為に及ぶところです。めっちゃ萎えるかすげー興奮するかの二択だと思います。
文字数:276