移動症候群

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梗 概

移動症候群

一日の散歩が二十回を超えたとき、ついに自分は移動症候群になったのだとチカイは確信した。恋人のランの初期症状と完全に同じだ。三年前にランが失踪して以来、チカイは移動症候群の研究者として、この日が来るのを待ち望んでいた。

科学技術の発展により、多くの豊かな国では、人類が自ら移動せずとも不便なく生活できる社会になっていた。そんな中『人間は積極的に徒歩移動すべき』という健脚主義が一時ブームとなる。ランもかつては健脚主義者であった。提唱者の自動車利用が発覚してブームは去ったが、新たに判明したのが移動症候群だ。実のところ健脚主義者はみな、手段を問わず、とにかく移動したくてたまらなかったのだ。長時間移動できずにいると衰弱死してしまうほどに。

チカイは山手線を何周もしていた。ループするだけではいずれ満足しなくなるのは知っていた。チカイは、ランの移動衝動に付き合っていたころの経路をトレースしているのだ。ひきこもりほど移動症候群になりやすいと言われているため今では外出する人も多く、交通網は廃れずにいた。

チカイが高速バスで日本縦断しはじめたころ、研究員のハブリがバス乗り場に現れた。本来、発症したら機関へ報告すべきだったのだ。「移動衝動に従えば、いつかランの居場所に辿り着くかもしれないんだ」とチカイは訴える。根拠がないと思いつつ、ハブリはチカイに同行する。

縦断中、チカイは各地でのランとの思い出に浸る。当時はエアロバイクやVR、はては催眠術まで試して『移動している』と誤認識させようとしたが、どれもランには効果がなかった。一方ハブリは「寄生体の仕業です。昔から人類の脳には何かが寄生していて、二足歩行させたのもそいつらです」と自説を主張する。そいつらの目的地にランがいるなら別にいい、とチカイは思う。

やがて、チカイたちは飛行機でアジア諸国を巡る計画を立てる。三年前、チカイの人生を案じたランは日本を出る直前に失踪した。今後の道筋は移動衝動を頼るしかない。ところが機内で「最終的に地球を脱出したいんじゃないすか、頭の虫」というハブリの軽口を聞いて、チカイは疑問を抱く。そもそも地球は自転・公転しているが、それらによって移動衝動が満たされないのはなぜなのか?

とある実験場にて、チカイが自身の周囲に磁場を発生させランダムに変化させる。はたして、移動せずとも移動衝動は解消された。チカイの脳は(あるいは寄生体は)地磁気の変化をもって移動していると判断しているだけだった。特定の座標を目指しているわけでもなく、目的地など存在しなかったのだ。これではランに会えないと嘆くチカイに、ハブリは「居場所が分からない人と会いたいときは、相手に自分を見つけてもらうんすよ!」と声を上げる。

何度か実証実験が行われたのち、チカイの発見は世界中に大きく報道された。そしてある日、チカイのもとに通知が届く。それはランからのメッセージだった。

文字数:1200

内容に関するアピール

  • 話が進むにつれ移動規模・移動手段を変化させること
  • 長距離移動しつづける目的を「恋人と再会したい」「単なる症状」と複数置くこと
  • 三年前のチカイ・ランの道中と現在のチカイ・ハブリの道中を重ね合わせること

などによって、移動描写の単調さを回避できないかと考えました。

  • そもそも人間が長距離移動できるような進化を遂げた理由にこじつけること
  • 地球の自転・公転についても触れること

については、今回の課題を受けてやってみたいなと思ったところです。

 

文字数:211

課題提出者一覧