最良の友・たち

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梗 概

最良の友・たち

〈私〉のかけらが散ってから、地球は274回公転した。生命データの収集はまだ不完全だが回収機に搭乗する時間だ。〈私〉たちは集結を始めた。

ダイオウイカは深海で熱水湧水口に蝟集するカニと共に小石を食い、〈私〉の宿主になった。イカは水圧を忘れて上昇を続け膨れ上がり、やがてイルカの群れに食われた。
黒潮が寄せる九州の海岸にイルカが大量漂着した。聴覚をウイルスに冒され方角を失ったのだと検疫されたが、イルカを陸に駆り立てたのは〈私〉だった。
イルカたちが浜に吐き出した小石は一つの輝く石に融合して、人間と犬に拾われていた。石である〈私〉は人間が最終宿主だと思った。地球支配者の認識を持ち、地図という知識さえ持っていたから。
人間は列島の北端にまで行きたいという衝動に駆られ旅立った。犬と共に鉄道に乗り、途中下車しながら〈私〉の断片を拾い集めた。断片たちは各地から転がり集まって〈私〉を待ち受けていた。歓喜に満ちた旅。しかし途中で犬が怯えて逃げ出し、〈私〉は犬を置いて行く指示をしたが人間は従わなかった。そこでより強く人間を支配するために意識を融合させ、分離不可能になるまで深く入り込んだ。
そうして〈私〉は真実を知った。地球生命の謎が解明された。

犬こそが地球上で最も崇高な生物なのだ。

〈私〉が持ち帰るべきは犬だった。〈私〉の任務は地球の知識と生物標本の収集、そして地球最高個体の回収だ。犬を探し出した〈私〉は、既に人間と一体化していたから犬を宿主にはできなかったが、人を使役するから都合は良かった。〈私〉は自動車を借りて目的地に近づいた。やがて親潮が寄せる北海道から来た、〈もうひとりの私〉に出会った。それは牛だった。相手は牛の胃に宿り、牛こそが最高生命だと主張した。重量あたりの金額が純金並の最高級和牛で、数十億の地球人類から神と崇められていると認識しているのだ。〈私〉より大きい多くの演算子を持つ石だったが、私は軽蔑し融合を拒否した。自分が食肉加工場に送られる途中だということも知らない相手なのだ。〈私〉は怒りから無意識に車を走らせ、いつしか下北半島に来ていた。
半島には北上も南下もできず土に埋もれる巨大な〈私〉がいた。生物相も貧弱な土地に閉じ込められ274年過ごした〈私〉。それは回収機としての〈私〉の動力部だった。自分も他の仲間もただの記憶素子だが、この巨石さえあれば母星に帰還できる。〈私〉は人間と犬と共に帰還することを求めた。巨石は融合を開始し〈私〉の記憶表層を撫でた。真実を知った喜びに震えるのが解る。
しかし触手は引いた。
なんということだ!
地響きと共に巨石は土中から盛り上がり、空を覆う巨大な傘となり飛び去ってしまった。輸送中逃げ出した牛がキャトルミューティレーションされたというニュースを、人間社会は真面目に受け取らなかった。巨大飛行物体はただの曇天にされた。
仕方ない。〈私〉は犬と幸福な生涯を送った。

文字数:1200

内容に関するアピール

環太平洋巨石文化の名残りか、東北には石の御神体が多いと言われます。「石=私」が海と日本列島を旅し、最後には最も長い旅から置き去りにされてしまい、しかし幸福になる話とします。

石をリレーする生物を人間とは異なりつつ個性のある存在として描き、海と陸の変わり続ける風景を描写することで読み応えがある作品にしたい。また滑稽な展開を配して最後のキャトルミューティレーションの光景は大げさに盛り上げたいです。

鉄道と自動車そして徒歩の旅は、宿主となる人間の問題と解決(中学校の生物教師で不自由な生活から夏休みに失踪し、日本縦断旅行をしたように世間から見られる。最後には生徒より犬を愛している自分の滑稽さに気づく)を描きたいのですが梗概に盛り込めませんでした。

お約束ネタ(人間が地球の支配者ではない・巨大UFOが空を覆う・牛が宇宙船に吸い込まれる)を楽しめるよう、視覚描写を重視した娯楽作品にします。

 

文字数:391

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最良の友・たち

海底の湧水〈ゆうすい〉は熱く、濃く、私たちを養う。
 地殻の亀裂からプレートに染み込んだ海水は、マグマの熱にあぶられて膨張し、溶かし込める限りの塩類と硫化物を満たして、再び噴出する。その噴出口に蝟集する生物たちと共に、私は長い時間を過ごしてきた。
 ここに恒星の光は届かないけれど、私は生物相豊かなこの場所が好きだ。私は、ずっと上の世界から降ってくるマリンスノーに含まれる発光魚の蛍光物質を自分の周りに堆積させて、この場所の有様ありさまを見てきた。
 羽織虫チューブワームが岩盤に着床して林立し、石灰質の管から鮮紅色のえらを覗かせてバクテリアを取り込む。その身肉を食い続けるカニの吐いたあぶくは、揺らぐ熱水と共に上昇していく。そして気泡と入れ替わるように、微塵みじんに分解した生物の死骸が白い微物マリンスノーになって降りてくる。
 ほとんどはゆったりとした動きの中で、閃光魚が光を放ち獲物を齧る鮮やかな瞬間だけが速い。食う時と食われる時が命の頂点なのだ。その瞬間がもっとも生命情報を記述しやすい。
 命の記述することが私に装備された能力だ。
 この星にたどり着いて海に散った私は、マッコウクジラの体内で長い年月を過ごした。わずかな機動力しか持たない私は、自力ではほんの少ししか物を動かせないけれど、クジラが捕食した生物は全て覚えている。
 クジラの消化器に留まり竜涎香になっていた間、私はまどろみながら記憶を増やし、この惑星の公転を数えた。
 かわいい生き物たち。
 クジラが死んで海中に分散してからはなおさら楽しかった。この海底にたどりついてからめぐる一年は、私に生き物たちの遊びを教えてくれた。けれどもう帰らねばならない。私が訪れてからこの星は二七四回恒星の周りを巡ったのだから。母星が再び地球に近づいている。
 私の収集は完璧ではないけれど、他に分散した〈私〉と再開し、互いに補い合って母星に帰ろう。
 私はそれまでいつも逃げていたダイオウイカの訪れを待った。そして硫化鉄に全身を覆い尽くした磁鉄貝と共に飲み込まれた。貝は岩盤の玄武岩と同じ色に擬態していたが、そばにいた私が蛋白石のふりをして餌に見せた。イカは私のついでに貝を食ったが、消化できたのは貝の鉄の鎧に覆われた身だけだ。
 イカは私を食ったつもりで私に食われたのだ。
 私はイカの中枢に触手を伸ばし、浮上の指令を出した。
(さよなら)
 チューブワームは変わらず湧水にそよぎ、その中でイエティクラブがハサミを振っていた。脱色した白いカニはハサミにびっしりと生やした毛にバクテリアを育てて餌にしている。飼育のため前肢を振り続ける姿は踊るようだ。私はそれをイカの目を通して見た。上から彼らを見下ろすのは初めてだった。
 さよなら。満ち足りた生き物たち。

ダイオウイカは水圧を忘れて上昇を続けた。胴は膨れ上がり、消化器が破裂した。私はイカと融合していたからこぼれ落ちないよう触手を縮めた。イカの感覚器は利用できなくなって、私には周囲の生き物の気配だけしか受け取れなくなったが目的地に近づいていることはわかった。イカは腐食を始め更に膨張して上昇を続け、そして海中に光が届くようになった頃、イルカたちがやってきた。
 イルカは鋭い鋸歯のこぎりばを持つ。彼らは喜びに満ちてイカの周りを回転し、その身をせせった。安全な、いくらでも食べでのあるご馳走だ。千切れた足は海流にさらわれ、膨れ上がった眼球は神経束から分断されて浮上していった。
 ダイオウイカの眼球は巨大だ。動物の屍肉は海水中で食わなかろうと腐り乱れ分解するものだが、眼球の水晶体は硬化して長く形を保つ。塩水より軽い巨大な蛋白質のレンズは海面で波に漂い、黒々と濡れ輝いて世界を映し続けながら漂流した。そして私とは別れたのに後で再び出会うことになる。それは私の旅で一番の偶然だと思える。海流のいたずらと不思議だと。
 私を食ったイルカたちは、腹を満たし楽しげにふざけ合って泳ぎ、陸を目指した。
 
      ◇   ◇   ◇

「本日午前六時ごろ、**県波根属はねつき宇多うた海岸で大量のイルカが漂着しているのが発見されました。確認をした海洋保安局によれば、このイルカは推定数十頭、およそ60頭おり、ほぼ目立った外傷はなく中には生きている個体も見られますが、沖に返すことは困難ということです。同保安部は原因の解明を急ぐとともに、地元保健所の協力の元に死因を調べているとのことです。イルカが集団で海岸に打ち上げられる例はこれまでもあり、その原因の多くは耳殻内の方向センサーをウィルスに侵されたためと考えられています。波根属市保健所では、このイルカの疾病状態は不明であり、寄生虫や感染症の恐れがあるため、沿岸住民に食べないよう声明を出しています。
なお、イルカとは哺乳綱鯨偶蹄目クジラ類ハクジラ亜目に属する種です」
 片耳に差したワイヤレスイヤホンから流れたニュースに、鈴木悠真ゆうまは足を止めていた。自分が今歩いている場所こそ、その宇多海岸なのだから。今は7時半だ。足元ばかり見ていた悠真は顔をあげ、海岸線に沿って遠くを見やった。
 数百メートル先だろうか、視線の先の波打ち際に点々と転がるものがあった。歩を進めると次第にイルカの輪郭は明らかになった。引き波の時間だからイルカは全身を砂の上に露出させている。自分より大きい哺乳綱鯨偶蹄目がごろごろと転がっている光景。それはあまりに非現実的だった。
 紡錘形の充実した体を持つ生き物たちが、命を抜かれたモノになって無力に並んでいる。どのイルカも陸に頭を向け数メートルおきに並んでいる。それは整然と並べられたようで、海岸というよりも無数のマグロをセリにかける魚市場を思わせた。多分自分の一生でこれ以上の奇観を目の当たりにすることはそうないだろう。そう思いながら、悠真の心にはなんの感情も湧かなかった。人より大きい生物の集団死なのだから不気味さや悲惨さを感じるはずなのに、ただそこに異物があるだけで、特別な意味を感じられない。
 悠真はぼんやりと呟いた。
「ホニューコーゲーグーテーモク」うつろな顔つきで。
 実のところ、今しがた耳に入れたアナウンサーの言葉も現実味が無かった。哺乳綱鯨偶蹄目とはもう何年も耳にしていない単語だった。大学の一般教養パンキョー以来だろう。
(偶蹄目なんだよな、クジラって)
 悠真は農学部の学生だった。
(今日の授業でネタにしよう。生徒にウケる自信は無いけど)

そして今はこの海岸の先にある中学校の教員なのだった。
 アパートから職員室まで、車を使うと迂回路になるから二〇分かかるのだが、この海岸を通り学校の裏口から入れば一〇分足らずで済む。悠真は昨夜やり残した仕事のために、始業一時間前の海岸を歩いていた。それは良くある事で、働きはじめに早朝の海岸を歩いた折にはもっと焦っていたのに海を楽しんだものだが、今の悠真は何を見ても感情が動くことが無かった。もう何年も悠真の時間は仕事に奪われ時間以外の物も奪われていた。意識の中にはただ、このあと待ち受ける長い苦行を ――― 朝のホームルームから授業と給食、授業が終われば校内清掃と部活動、合間に事務処理と学習課題採点と授業準備と教職員打ち合わせという絶え間ない苦行を――― 乗り切ることだけしか無かった。

蓄積した疲労で、悠真は自分が見ている光景の異常さを心に受け止められなかったのである。仕事に押しつぶされ、目にしている驚愕の光景にさえ新鮮な感動を受けることなく、悠真はイルカたちの前を通り過ぎようとしていた。
 手袋とマスクをして作業着を着た者たちが、一体のイルカをブルーシートに包んで軽トラックに乗せている。同じ作業着の数名が、あちこちのイルカにかがみ込んで何か切り取り、光を反射する袋らしいものに入れている。多分検体採集だろう。
 近づくほどに不気味な光景のはずが、やはり感情は動かなかった。今見ているものを、自分は教室で生き生きと語ることさえできないだろうと悠真は自覚していた。おざなりに話題にして、授業で生徒の目を向けさせることに失敗するだろう。むしろ生徒から、(こいつの話つまんねーんだよ)という目を向けられそうだ。
 物見遊山の人間はいないようだ。ただ一匹の犬がイルカに近づくと、作業着の人間に追い払われた。犬は叱責されながらしっぽを振っている。
あなたの犬ですかあ。これに触らせないで下さあい
 大きな声は悠真に向けられた。
 悠真の犬ではない。しかし学校教員には刷り込まれた習性がある。何か要請されると協力してしまうのである。悠真の意識は今朝初めて覚醒した。
 悠真は見知らぬ犬に走りより、抱き上げた。
「ああ、よしよし」それから作業着の方に向けて、「危険があるかもしれないんですね」言いながら犬をだく手を固くした。
 自分は飼い主でないなどとは言わなかったし、犬は一層しっぽを振ったから、リードをつけずに海岸を散歩させていたのだと思われたろう。けれど説明する必要も無かった。この犬をイルカから離せばいいのだ。多分このあたりの海岸の家から逃げたのだろうから、しばらくこのまま抱き抱えて歩き、イルカの群れを過ぎたら護岸の向こうに放してやろう。悠真はそう考えながら歩きはじめた。
 しばらく歩いて抱かれるのに慣れた犬が、甘えて悠真の口の端を舐めた。顔を逸らすと近くに転がるイルカが目に入り、その黒い目と悠真は見つめ合った。
 そのイルカはまだ生きていた。頭頂部の噴気孔からわずかに水を吹き、鳴いた。イルカの嘴の先には輝く石があった。悠真はイルカに近寄ると石を拾った。

――― そう、その石は〈私〉だ。イルカを陸に導いた私は、多くの個体に分散していたけれど海岸に転がり出て、この時すべての回収融合を終えていた ―――

 その瞬間、悠真の中に本当の覚醒が起こった。悠真は耳から垂れ下がる白い棒を外してイルカの出す音を聞き取ろうとした。甲高いのに弱い声で鳴く海の偶蹄目。潮風とイルカの生臭さが顔や髪をなでていることに今気づいた。もう七月末で空気は暑く、早朝なのに自分の全身は汗ばんでいることに気づいた。波の輝きに、砂の色彩に、そしてイルカたちの集団死の荘厳さに気づいた。そしてそれを祀るような輝く石。
 悠真の全身は今の今まで無感覚だったが、全てを取り戻した。脳裏の奥深くに閉ざされていた記憶がすべて蘇るような感覚。世界は美しかった。悪臭さえも。死さえも。
 イルカに瞑目した。
 犬は悠真の顔を存分に舐め、悠真はその体温を愛しく受け取った。

――― 私もまた深い満足と高揚を感じていた。この時、悠真の手の中からその精神に触れた〈私〉は人間が最終宿主だと思った。悠真と同じ種族の者たちは自分を地球の支配者だと認識している。私が記録した生物たちに名前さえつけている。私は自分の記録にその知識を上書きした。その上人間は地図という知識さえ持っていた。〈私〉が目的地にたどり着くための補助知識を提供してくれる生命体に出会えるなんて。帰還する二七四年目に、私は最高の採取ができたのだ。旅立ちの地目指して移動を続けることは今までも使命と感じていたが、今やそれは喜びになった。私は最終宿主となった個体、鈴木悠真に干渉を始めた ―――

      ◇   ◇   ◇

 中学の教室では授業が行われていた。二年理科【電気の性質と利用】だ。
 鈴木悠真は担任している生徒たちに語りかけていた。
「静電気は日常生活でも発生するから古くから知られていたわけだが、まあ髪を逆立てて遊ぶ以上の利用はできなかった。その静電気のエネルギーを貯めておく蓄電池は一七四六年に発明されたライデン瓶で、これを使った実験が、人類初の大掛かりな電気利用といえるし、電気を通信に使った初めてとも言えるかな」
 悠真は続けた。
「一七四六年のライデン瓶実験は、広大な草原で行われた。二〇〇人の修道士が集まり、両手に持った針金で互いに繋がって二キロの長さの輪を作った。そこに電気を流したわけだ。電気を流したり止めたりすると同時にそれが伝わるとわかって、その後モールス信号なんかの電信に発展した」

―――それは私がこの星に来るきっかけだった。大量の生命個体が電気を用いて通信し、心を一つにした瞬間を母星は探知したのだ。それは生命が文明を築き、一階梯を登った証左だったから、母星は私を作り、この星に送ったのだ ―――
 
 人間の幼生とおぼしき生徒たちは巣穴のように規則的な配置で座り、〈私〉の感慨とは異なって退屈と反感を示していた。彼らは類似の体験を持ち、均質な知識を注入されているらしかったが、その成長はてんでばらばらで、内心はそれぞれに屈曲しているようだった。
「質問あるかな」悠真は生徒たちに投げかけた。白衣のポケットに手をいれる石に触れながら。

「せんせー、それどれぐらい前ですか」
 おどけた調子で席から声が上がった。
「人間が電気を通信に使ったのは一七四六年だから、何年前だい田中君」
「あ?」
「もう一回質問繰り返すよ。一七四六年は何年前かな」
「んーと、三七四年前?」
「そりゃないだろ、今何世紀だよ」
「え。佐藤そんなん知ってる?」田中は隣席に向いて言った。
「せんせー、田中に聞くのが悪―い」
 悠真ゆうまは、三二歳。生徒の倍以上の年齢だが、担任する中学生達に軽くあしらわれていた。ほんの二年前までランドセルを背負っていた彼らは大人が与えようとする知識よりも批判と冷笑を学んでいるようだった。
「じゃ佐藤教えてやって」
「二七四年だろ。今は二一世紀なんだから」
「えー、知んねかった」
 男子の数名だけが笑った。女子の多くは白けた。
「すみません、先生。授業が脱線してます」

そう言ったのはおとなびた美少女だった。「つまんない授業の方がつまんない冗談よりましです」自分の威力を自覚し始めた彼女は残酷に正しいことを言った。
 教室は静まり、悠真は焦った。(雰囲気なごませて授業に戻そう)そう思ってついおどけたことを口にした。
「杉原さんさ、もうちょっと、歯に衣着せてくれないかな」
 無理である。相手はおととしまでランドセルを背負っていた子供なのだ。そして悠真のクラスは中間テストの平均点が学年最下位で、明日は期末テスト、終われば夏休みなのだ。
「俺たちって、つまんね?」よせばいいのに田中は私語を再開した。
「ああん。じゃ俺いいものみせてやるか」
「こないだもお前、そんなこと言ってきったねー相撲取りの写真見せたろ」
「違うよぉ、あんときは『いいおっぱい見せる』って言ったんだよ。それに今回は写真じゃないよ、生よナ・マ。」
「なんだよ」
「じゃ、いくよ」佐藤は椅子に座ったまま片足を頭より高く蹴り上げた。クラス中の視線が集まった。杉原も目を向けたと意識するなり佐藤は、

「ほれ!!」手を伸ばし片足のシューズを脱がした。
 靴下の破れ穴から指が飛び出していた。
 一連の発言と動作は素早く、足が突き出されてからクラス全員が足指を見届けるまでの時間は数秒だった。
 杉原も耐えられなかったのだろう、笑いは全員に感染し、教室は沸いた。一体感に包まれた笑いは呆れつつも暖かかった。
「あー、なまあしゆびはそんぐらいで仕舞ってね」
 悠真はいさめる機会を逃し、佐藤と田中はやりきった顔をしていた。とはいえいいクラスと言うべきだろう。悠真は自分が担任する教室が手に負えないのに、生徒たちに感謝もしていた。田中と佐藤の反射神経は何度も学級を崩壊から救ったが同時に授業は崩壊させられてきたのだった。
 隅の席で笑いから取り残された生徒もいたが、明日の期末テストを考えているのだろうと悠真は思った。
(けっこういいクラスなんだけどな)
 しかし期末テスト平均点も学年最下位になりそうだった。

「鈴木先生。テスト範囲の確認終わりましたか」
 放課後学年主任に言われ、悠真は、
「はあ。まあなんとか」
 それは教師というより劣等生の返答で、相手はため息をついてみせた。
「明後日から夏休みですから、だれさせて終わらないようにね」

 念を押された。
 悠真は生徒よりもテスト結果を畏れた。
 ポケットの石に触れても心は静まらず、それどころか職場から逃げたい気持ちになった。
(はあ。どっか行きたい。てか逃げたい)
 今朝まで鬱病寸前の無感覚になっていたが、今では心がザワつき治まらない。
「言われちゃいましたね」
 隣のクラスの担任が慰めの言葉をかけたが、その声には優越感があった。
「でもうちのクラスはイルカ騒ぎで海に脱走しようとする生徒がいましたけど、鈴木先生のクラスは仲がいいから大丈夫でしたもんねえ」
 それは実のところイルカというより、一日テスト対策問題をやらせて嫌がった挙句の脱走である。だがその口調には悠真のおかげで自分のクラスが成績最下位から逃れられるという安堵さえ感じられた。
(あー、最低。自分の職場も人生も最低。んでその原因、全部自分!!)
 いつもは虚ろな気持ちで聞く冷やかしが、今日は耐えられなかった。
 その日夜まで職員室で仕事をした悠真は、次第に逃げたいという気持ちが膨れ上がるのをどうにもできなかった。今までの失敗や同僚からの嘲笑、農学部なのに就職内定は人気最低だったこの県の中学教員だけだったこと、おかげで大学時代付き合っていた吉田美奈と別れたことまでが心に押し寄せてきた。
 もうすぐ夏休みなのに。
 とても待てない。
 悠真が書類仕事をすべて片付けたのは日付が替わる時間で、校内にはもう誰もいなかった。
 消灯して裏口から出、鍵を閉めた。
 あたりは静かで、波の音しか無い。ズボンのポケットに石を入れ歩き出した悠真は、やがて波とは違う規則的な音に気づいた。
 呼吸音と小さな足音。

 街灯は遠く夜の海霧でそれは近づくまで見えなかった。
 霧の中から近づく存在は、いきなり現れるように見える。それは今朝の犬だった。
 足を止めた悠真に犬は抱きついてきた。悠真は今度も犬を抱えた。
「ミナ。ミーナ、ちゃん」ささやくと犬はしっぽを振った。
 名前を付けるとしたらそれしかないという気がした。吉田美奈をちゃんづけして呼んだこともなかったのに。
「ミナちゃん、一緒に逃げよう。どっか、ううん、北に行こう」
 その数時間後、悠真は犬と始発電車に乗っていた。

――― 北に向かわせたのは〈私〉だけれど、犬には何も命令しなかった。犬の生命データはもう今朝のうちに取ってあったから。ありふれた哺乳類だと思えたから遺伝情報だけ記録していた ―――

      ◇   ◇   ◇

 北へ向かおう。私は宿主となった悠真の表層知識を使って、鉄道の旅を選んだ。遅い便ばかりを選んだ理由はふたつ。新幹線の速度では、私は新しい生命データを記録できなかった。アミノ酸系生物の出せる速度を超えては、私は機能できない。そして各地に散った〈私〉の分身たちに再会するため。何度も途中下車した。博多駅の構内では、一度に三人の人間が悠真を取り囲み、しばらく睨み合った。中の一人は〈私〉より大きかった。しかし〈私〉よりも多様な生命を記録している石は無かった。三人の人間は悠真に石を渡すと、何が起こったのか判らないという顔になって、それぞれのいるべき場所に戻った。私はレールに揺られながら悠真の鞄の中で融合した。大きな石は気の毒な年月を過ごしていた。神社の御神体として祀られてしまい、宿主とした御神木の根方でわずかな微生物や鳥類や齧歯類の情報しか獲得できなかったという。むしろ他の小さな石たちの方が、様々に旅をして陸上生物を知悉していた。しかし恥じることはない。結局〈私〉たちは一つなのだ。何よりメモリの余剰があるからこそ、旅の喜びは増した。
 道連れにした犬は何度も途中下車するたびに臭跡を残そうと排尿して自分の一部だった液体を落として行ったが、〈私〉は次々と未知の生物データを拾っていった。
 ソテツとツクシシャクナゲの自生は九州を過ぎて絶え、山陽ではツル植物が増える。東海道を進むにつれ、クスノキの巨木がケヤキと入れ替わるように増えた。
 その旅の間、悠真はただ北に向かうのだと情熱に駆られ続けた。ダイオウイカのように、イルカのように、自分の意思で進んでいるのだと想い続けた。〈私〉を運んでいること、〈私〉が次第に大きくなり変化することは認識しながら、それを不審に思うことは無かった。〈私〉は蛋白石オパールの輝きから、他の石と混じり合って瑪瑙メノウの縞を持つように変化した。東海地方では糸魚川を遡上してきた翡翠ヒスイに擬態した〈私〉と合流し、その美しさを〈私〉たちは羨んだ。
 はかなく命絶える生物はかわいいが、悠久の石は美しいのだ。
 目的地まで進む旅で、悠真は一度だけ乗り間違えをした。
 この地上で最大の都市である地域に来た悠真は、その地域を環状に回る鉄道に慣れず、逆回りの電車に乗ってしまった。気づいて降りた駅はつまらなかった。都市には〈私〉を豊かにする新たな生物が少ない。鉱物も巨大建造物を成しながら、単調な石灰質ばかり。
 悠真はその五反田駅に降りた。西口と東口では全く植生が違うと不思議に思いながら、焼肉を食った。西口の雑草はタデ科やアカザ科の鮮やかな虫媒花なのに、東口の雑草はイネ科の風媒花ばかり。未知の生物は何も無かったが、人間の作る世界は種の多用よりも同種個体の差異を重んじるようだと〈私〉は認識した。道を歩く間、数え切れないほどの人間の欲望が伝わってきた。それらはどれも〈私〉とは違う価値観だった。
 〈私〉は悠真の体内に入るには大きく育ちすぎていたから、表層意識を撫でるだけで中枢神経と融合はしていなかった。人間という生物は種よりも個体差ばかりを愛し、例えば犬よりも「ミナ」という名を愛しているらしいと、おぼろげに推論するしかなかった。
 鉄道を乗り間違うくらいならば構わない。犬の世話で何度も下車したのもいいだろう。時間はまだある。しかし人間を〈私〉の最終宿主とするには、理解が不足していることに〈私〉は気づいたのだった。
 品川から東北に向かう列車の中で、〈私〉は悠真と融合を試みた。石の一部にデータを圧縮し、小さく分断した。鞄の中で大きな石と小さな石に分かれたのだ。
 それから悠真に命令した。
 悠真は鞄を開き、菓子をつまむように〈私〉を飲もうとしたが、水が必要だった。 悠真は常磐線の小さな駅で途中下車し、水を手に入れて〈私〉を飲み下した。
 体内に落ちた〈私〉は、宿主との融合を開始した。脊椎に触手を伸ばし、延髄に、そして小脳にと私は中枢神経をさかのぼった。
 
――― 私は次第に人間を理解した。使役するだけでなく最終宿主に選んだこの個体の思考と記憶を理解した。その自意識はこの星の最高知性として奇妙なものだった。悠真は自分を卑小な存在としか思っていなかった。可能性としてはもっと高度で望ましい存在になれたと思いながら、自分を取るに足らないつまらない、弱く愚かな存在だと思っている。その自認は強固だった。記憶を探り深層意識にまで〈私〉は融合を進めた。もう分離は不可能だろう。融合前の〈私〉は鞄の中にいるが、この〈私〉は人間と溶け合い変質してしまった。
 そして理解した ―――

 〈私=悠真〉は、膝に乗せたペットキャリーバッグを見つめた。窮屈なバックの中で犬、いやミナはおとなしく何かを待っている。悠真を信頼しきって落ち着いている。
 その崇高さ。今では私は理解していた。
「地球生命の謎が解明されました」
 私は今ではすっかり悠真としてミナに話しかけた。なぜ今まで犬を粗略に扱ってきたのだろう。この星で、犬は人間の最高の友。尊敬し崇拝する対象。犬は純粋で高潔な精神を持ち、卑しく小賢しい人間を支えているのだった。犬こそが地球上で最も崇高な生物なのだ。地球生命の謎が解明された。
 悠真の心の中で、すべての人間は不完全で歪み、もっとも優秀な者も愚かだった。もっとも善良な者はなおさら生きる苦しみから逃れられないでいた。それに引き比べて、犬は完璧な生命といえた。
 今やっと、私は真実を知った喜びに満たされた。
 私が母星に持ち帰るべきは犬だった。私の任務は地球の知識と生物標本の収集、そして地球最高個体の回収だ。私はすでに悠真と一体化していたから犬を最終宿主にはできなくなったが、むしろ人を使役し犬に奉仕するには都合が良かった。
「これからは、もっとあなたに尽くします」
 舌を出ししっぽを振るミナに、私は語りかけた。もう鉄道の旅はやめよう。犬を閉じ込めるなど非道すぎる。
 私は改札を出た。

そうしてレンタカー会社に電話した。

      ◇   ◇   ◇

 東北に向かう途上で自動車に乗り換えたのは実に都合が良かった。この地域は巨石文化を色濃く残し生物相が多様だ。つまりあちこちに〈私〉がいた。悠真の体外と体内に分かれた〈私〉だが、意識はつながっている。体外の〈私〉は容量を増やし助手席に。犬は安全で自由な後部席にいた。
 私は犬が喜ぶことを第一に旅を進めた。悠真と一体になった私は、今では植生や生物相の違いだけでなく食物を楽しむこともできたから、ミナと悠真は美味に溢れた東北の魚や肉、野菜や果物さえ満喫した。犬は肉食だが、甘いものを口にするとミナはことさら喜んだ。人間は食物を精妙な味わいの料理に仕立てているが、それはすべて犬のためなのだろう。私は犬に尽くし、犬が甘えてくれることは私に恍惚をもたらした。
 犬ほど素晴らしい生物がこの宇宙にいるとは思われなかった。
 急がなかったが、目的地は着実に近づいた。喜びに満ちた旅は終わりに近づいていた。もうすぐ本州北端の海になる。
 そして新たな旅が始まるのだ。
「一緒に、宇宙に行きましょうね、ミナちゃん」
 私は後部席に語りかけた。今の私はほとんど悠真の言語で思考しているが、犬は言語など不要の精神段階にある。何を言わずとも私を理解してくれている。その濡れた瞳には、種の違いを超えた信頼が宿っていた。
 
 海底を旅立ってからこの星は四十回自転した。海底では恒星の方角は意味を持たなかったが、この陸上では昼と夜の意味は大きい。
 悠真が旅立ったのは七月終わりの木曜で、今は日曜。今日、私たちはこの旅を終え、新たな旅立ちをするはずだ。道の先に〈私〉の気配がある。最後の融合になるだろうか。
 次第に近づいてくる〈私〉。ずいぶん大きい石のようだ。演算子だけならこちらより大容量かもしれない。犬と人を持つ私の方が主体になることだろうが、大きな力を感じる。そう、この草原を縫う道路の近くに。

 私=悠真は車を止めた。すぐ近くに〈私〉がいる。私はあたりを見渡し、そしてそこに ――― 牛がいた。
(やあ。こんにちは) 牛の方から心話が届いた。(私も人間を使役してきたから、言語は使える)
 落ち着いた相手に対して、
「ウシー!?」悠真は叫んだ。
 私だけだったら驚かなかっただろう。私に憑依されながら残る悠真の心の部分は、愚かなのに自意識だけは高い。だから〈私〉が牛の姿で語りかけてきたことに驚愕していた。
 牛は堂々たる成牛であった。ゆったりと道路の真ん中に歩いて来た。交通量の少ない日曜早朝の草原の中。牛はアスファルトの中央にのんびりと立ちはだかり、草を噛み続けていた。

――― 石を胃に入れているね。吐き出してくれるかな。そのままじゃこの車には乗れない ―――

 私の語りかけに、牛もまた心話で応えた。

―――車には乗りたいものだがね。北海道から輸送トラックに乗って来る間はだいぶ楽だったが昨夜からは歩き通しでここまで来て疲れているんだ。しかし〈私〉はこの体から出る気は無いし、目的地までこのままヒトに運ばせてほしい。なぜなら―――

 牛はその巨体を膨らましたように見えた。

――― 私は地球の最高生命なのだから ―――

 到底承諾できないことを牛は言い出した。私の反応に、牛は更に語った。

――― 君は人間を宿主としているのだから説明など要らないと思ったがね。繰り返すが私は地球の最高生命だ。牛はすべて神として地球人類の多くに崇められているのだが、その宿主はずいぶん無知と見える。牛としての私は神だ。だから北海道名産白老牛としての私の肉体は、重量あたり純金並みの金額で取引されるのだ。心ある人間は私の体の断片ひと切れでも欲しいと、むせび泣くのだよ。神を崇めるために ―――

 噴飯物の誤解だった。なんと愚かなのだろう。牛の体内で間違った妄想を育ててしまったのだ。しかし牛の石は大きく、力は強かった。

――― さあ融合をはじめよう。そうすればそちらの抱いている迷妄も解けよう ―――

 私を見る牛の瞳は、確かに哲学的な深みをたたえていた。見つめていると牛の力が押し寄せてきた。小さな角と耳のフォルムも、額から鼻腔に至る鼻梁の堂々たる骨格も、そして鼻腔の左右に張り出した膨らみや唇のない口さえもすべてに、高い知性と悟性を感じさせた。
 神の証明。私は牛の神々しさに圧倒されていた。融合。いや吸収される。私は悠真から無理やり引き抜かれる。いや、私はもう悠真と深く融合しきっているから、この人間の精神は丸ごと肉体から引き抜かれてしまうだろう。
 私=悠真は失神しかけていた。しかしその時 ――― ミナが私に飛びついた。車のドアを閉めていなかったのだ。
 ミナ。まさに真実の至高生命。私はもう牛を見ずに犬と車に駆け戻り、エンジンをかけた。

 それから牛を置き去りに、走った。目的地、下北半島の突端部に。

      ◇   ◇   ◇

――― やっと来てくれたか。待つばかりは辛かったが母星も最接近している。これで最高の旅立ちができるな ―――
 半島に埋もれる巨大な岩盤は私に語りかけた。〈私〉を母星に帰還させてくれるこの動力部は、北上も南下もできない土地で土に埋もれ閉じ込められて年月を過ごしたらしかった。ここは生物相も貧弱な土地だから、回収機であるこの〈私〉は生物データをほとんど得られず、この世界をほとんど知ることないまま人間の観光客から言語を学んで記憶素子に登録していた。
――― よろしく頼む。帰還には私とミナ、この犬を加えて欲しい ―――
 〈私〉は石と自分を差し出した。巨石は融合を開始し、まず悠真=私の記憶表層を撫でた。這い込んでくる触手の感触。相手が私から記憶を読み取り、真実を知る喜びに震えるのが解った。さあ、本当の融合と新たな旅立ちだ。私は期待にふるえていた。
 しかし触手は引いた。どうしたことだろう。
 私は動揺した。いや、本当に全身が揺れ動いている。足元から岩盤が振動している。轟音が耳をつんざく。
 私は激しく振動を始めた岬の岩盤から慌てふためいて逃げようとした。そして、それは失敗した。海に落とされたのだ。ミナをしっかりと抱いて。
 海に落下した私はむしろ助かったらしかった。
 逃げなかったら空飛ぶ巨石に振り落とされて命が無かったろう。落ちた私は人間にはできないイルカの身ごなしで水に入り、再浮上した。
 
 空を覆い海に暗い影を落とす巨石を、私は唖然と見上げるしかなかった。その巨大な傘は、花崗岩を擬態して石英の光を放ちながら飛び去ってしまった。私を残して。私の石の分身ばかり持ち去って。

「おはようございます。月曜朝のニュースです。昨日落盤事故のあった下北半島で、何件ものUFOを見たという通報が警察署に届けられています。目撃情報の中には、巨大なUFOが牛を吸い込んで飛んでいったというものもあるということですが、鮮明な記録映像は一件もない模様です。当日各放送局の電波が乱れたことから、地殻に強い圧力がかかり強い電磁波が発生していたことが考えられ、映像記録が撮影できなかったと見られますが、UFOの正体は、この電磁波と曇天の低い雲が光を乱反射させたことによる錯覚ではないかと専門家は指摘しています。なお牛については、北海道から輸送中に一頭逃げたことは事実であり、ネット上では早くも宇宙人のキャトルミューティレーションであるとか、宇宙から焼肉を食べに来たといった噂が流行しています」
 
悠真はニュースを聞きながら出勤していた。
 あのあとミナを抱えたままずぶ濡れでレンタカーを返却し(故意の汚損とされ保険が効かず、弁償は高額だった)、新幹線で帰ったのである。切符が取れたのは運が良かった。
 海岸にはもうイルカは影も形もなかった。
(今度はミナと来よう。明日から夏休みだけど)
 それから悠真は、木曜と金曜の無断欠勤をどう言い訳しようかと思った。ひたすら謝ろう。それしかないだろう。なにしろ悠真は置いてきぼりを食ったのだ。もう他に行く場所はなかった。
 全部失ったような、けれど犬と暮らせるのだと思えば幸せな気もした。
 激務だけれどいいクラスだし。犬に対する純粋な好意は持てないが、子供たちは全員、人間としていい部分があるのを知ってるし。
 そうして砂浜を歩きながら、美しい石を拾った。

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