爆音オルフェウス冥界からの帰還

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梗 概

爆音オルフェウス冥界からの帰還

人類の機械文明崩壊後の神話時代。オルフェウスは亡き妻エウリディケを追って冥界へ降っていった。物語は冥府王ハデスの御前に始まり、冥界から地上へ帰還するまでの旅路を描く。

アンプとエフェクタとギターを担いだオルフェウスは、ハデスとペルセポネの前に立つと機材を置きコードを繋げ自分自身から電源を取ると、靴を見ながら弦をかき鳴らす。インダストリアルに歪んだギターの音色と素晴らしいデス声を聴いて、ペルセポネは地上で母と暮らしていた頃はお立ち台でイケイケだったことを思い出して踊り出し、ハデスはまだ三兄弟が仲良くロックだった若い頃を思い出してヘドバンする。爆音の振動で冥府の天井が心配になって来たハデスは、オルフェウスに妻を地上に連れ帰ることを許した。
「冥府に降りた罰だ。貴様はその女について愛しているという以外のあらゆる記憶を削除された。その愛を地上まで持ち帰ることができれば、冥府クラウドから記憶を取り戻すリロードできるであろう。地上まで、妻を振り返ってはならぬぞ」

オルフェウスは冥府王に感謝し、妻を後ろに連れて暗い道を引き返す。重力井戸の底にある冥府から地上へと登っていくのは、非常に骨の折れる運動である。無限の動力を胸に持つ機械といえど、精巧に人を模しているため無駄に疲労する機能があった。機械といえど疲れれば心が病む。妻はいかなる女性なのだろう。

彼は問うた。
「私の父はアポロン。そなたの父は?」
「私はあなたの妻でございます」
「私の母はムーサイのカリオペ。そなたの母は?」
「私はあなたの妻でございます」
「私はアルゴー号に乗りイアソンやヘラクレスと旅した。そなたはどこかへ行ったことが?」
「私はあなたの妻でございます」

自分はいま妻のことを何も知らない。では、彼女は自分が何者か知っているのだろうか?
「私は歌を歌う。そなたは何をする?」
「私はあなたの妻でございます」
「私は今、そなたの顔の記憶すら奪われている。どのように美しい顔をしているか、教えてはもらえぬか?」
「私はあなたの妻でございます」

そもそも、彼女は何者かであるのだろうか? 一人の、顔と心と記憶を持つ存在であるのだろうか? 地上に戻ったら、ただ妻であるだけの顔のない存在と愛し合う永遠が待っているのではないか? 思考が無限ループに嵌りフリーズ寸前のオルフェウスは、自己保存を優先させハデスの命を破り背後を振り返ってしまう。その途端、やはりエウリディケは冥府へ引き戻されてしまった。
「私はあなたを唯々愛しておりましたのに。地上の光が見えて来たというのに、あなたは! あなたは……!!」

そもそもギリシャ神話においても妻である以外の何事も語られていない彼女に、何かを答えられるはずはないのであった。地上に戻ったオルフェウスは女人を愛する機能を失った。男児のみを愛した挙句に相手にされず狂った女たちに引き裂かれ、バラバラ死体となって冥府に運ばれたという。

文字数:1200

内容に関するアピール

爆音上映というものがあります。スクリーンの左右にライブハウス用のアンプを設置し、大音量で映画を楽しもうというものです。立川シネマシティが始めた試みで『マッドマックス・怒りのデスロード』の上映がよく知られています。私は『地獄の黙示録』を前方中央ベストの席で堪能しました。朝のナパームの匂いは格別です。本作の舞台は人類滅亡後のギリシャであり、爆撃などはありませんが。

さて、往復する旅の物語において復路はたいてい省略され、あっという間に故郷に戻ってくることが多いようです。しかし基本的に同じだけの時間が掛かるはずですし、冥界下りの帰路はずっと上り坂ですからなおさらです。足下暗いし。そんな帰路の退屈さを飽きずに読ませる試みにチャレンジするとともに、記憶と生と死と愛について考えてみたいと思います。

参考文献

  • オウィディウス『変身物語』
  • 山室静『ギリシャ神話 付 北欧神話』
  • 安彦良和『アリオン』

文字数:389

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