聖火と蛍

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梗 概

聖火と蛍

サイコロサイズのドローンの外面に、液晶パネルを貼り付けたデバイス「蛍」。これを空間に浮かぶピクセルと見立てれば、大量の蛍で高解像度の三次元ディスプレイが実現できる。

僕は大規模なスポーツイベントの聖火リレーに、蛍の技師として同行している。聖火ランナーの周辺に蛍を飛び回らせ、スポンサーが用意した3D映像をかぶせるリアルタイムARが目玉だ。蛍と映像の調整が、僕の仕事である。他人との対立が苦手で、要求に従ってしまい、自分の時間や労力を犠牲にする傾向がある。三月二六日に福島県を出発してから、ワンマン社長の要求に応えるために、徹夜を繰り返した。
 四月十四日、大阪府に入ると、新しい上司がやってきた。作業時間を減らすためなら、社長やスポンサーと平気で口論する。「徹夜しても品質は大して上がらん。ピンチに備えてよう寝とけ」が口癖だ。僕は相変わらず他人と対立したくないので、上司に従って仕事をする。蛍の調整に慣れてきた僕は、上司からの信頼を得て、蛍に関して自由裁量が許されるようになった。

七月十日、東京都に入る。点火式準備のトラブル対応のため上司が不在になる。スポンサーが「アトランタ本社前の広場に人を集めて、パブリックビューイング的にリモート聖火リレーをする。リモートランナーを、予備の蛍でリアルタイム表示させ、聖火リレーを先導させたい。我社が聖火リレーを支えていると知らしめる」と言い出す。
 リモートランナーが立ち止まると、対応する蛍も止まり、聖火ランナーと衝突するだろう。予備の蛍の投入は、通信帯域を圧迫し、衝突回避制御が遅れるはずだ。僕は聖火ランナーの二〇〇メートル後方に、リモートランナーを表示することを提案する。だが社長はスポンサーとの対立を避け、僕に徹夜の調整作業を求める。
 社長のことなかれ主義な態度は、僕の対立を避ける態度と重なって見え、気分が悪くなる。
 僕は社長に「リモートランナーの行動次第で、蛍が聖火ランナーや沿道の観客を傷つける。徹夜で書いた衝突回避プログラムはアテにならない。嫌なら僕をクビにすればいい。でも無責任なイエスは、聖火ランナー、観客、スポンサーへの裏切りだ」と怒鳴る。同席していたスポンサーにも「先導せずとも、あなたたちが聖火リレーを支えていることは世界中に知らえている」と真っ向から意見する。

気圧されたスポンサーは提案を採用。七月二四日、聖火リレーは無事に、東京都札幌特別区のスタジアムに到着する。聖火台に炎が灯ると、周りに浮かぶ蛍が、オリンポスの神々を映し出す。

「スポンサーが褒めとったで。明日の自転車ロードレースでも、蛍を使ってくれって言われたわ」
「どこですか?」
「府中。徹夜で移動したら間に合うやろ」
「徹夜しないんでは?」
「チャンスのときは、徹夜するねん」
「えー!」
 僕は急いで機材を積み込み始める。

文字数:1168

内容に関するアピール

広告の仕事をしていると、広告主が、頭にウジが湧いてるような要求をしてくることがあります。技術が進歩しても、人が進歩しない世界を想像しました。

これまで登場人物の行動が唐突でしたので、今回は設定よりも、登場人物に比重をうつしました。

東京都札幌特別区のおかげで、移動距離がちょっと長くなったと思います。ありがとう札幌市。

評価の良し悪しによらず、コメントいただけると、大変嬉しいです。よろしくお願いします。

文字数:199

課題提出者一覧