梗 概
二人の世界図絵
戦後の東ドイツ。寄宿学校を退学になったリタは故郷の村に帰る。彼女の母は父がいなくなって以来、酒に頼るようになった。父が二人を置き去りにしていったと吹聴する母の言葉を聞くとリタは耳が聞こえなくなり、母の元を離れたという経緯があった。
戻った家で地図を発見したリタは、それは昔仲が良かった少年・ミハウと共に描いた世界図絵だと気づく。地図のシミに従って出発したリタは、割れては元に戻るガラスのショーウィンドウの商店街、失ったものを思い出そうとする使徒がいる教会、偽の英雄像を模写する画家のアトリエなどを通り抜け、外国に引っ越したはずのミハウに出会う。二人が森の中へ入ると、リタの母がマッチで手紙を燃やそうとしているところだった。リタが手紙を拾うと母は怒って手紙を取り上げようとするが、リタとミハウが抵抗すると母は縮んでしまい、マッチ箱の中に入って扉を閉める。ミハウはマッチ箱をポケットに入れる。
二人は駅へ向かう。道すがら広げた手紙は父が母に宛てたものだった。手紙から、もともと西ドイツ側の人間だった父は、ベルリンの壁ができた時に東ドイツのリタの故郷の村にいて、母と出会ったことが分かる。父は命がけで西へ戻り、リタと母を呼び寄せる手筈を整えて待っているとのことだった。村を出る勇気がない母は、二人を阻む壁と村へ戻らない父を憎んでいたのだ。読み終えた手紙は鳥になって飛んでいくが、一羽だけ留まる。
駅構内では映画を上映しており、映っているのはリタの家の中で、父と思しき軍服を着た男性と、幼い頃に亡くなったはずの妹が誰かを待っている、幸せそうな家庭だった。映像の中の写真を見る限りベルリンの壁は存在せず、映像の中はもう一つの世界のようだった。ミハウはリタの手を取り、映像の中に入るように誘うが、リタは断る。するとミハウは一人で映像の中に飛び込んでリタの家族の家を訪ね、ポケットのマッチ箱を開ける。小さかった母は元の大きさに戻り、リタのいない家族は団らんを楽しむ。
リタは列車に乗って村から離れ、鳥の姿からもとに戻った手紙を頼りに西側に渡り、父に歓迎されて学校に通い、苦手だった白糸刺繍を使ったアーティストになる。ベルリンの壁崩壊を目の当たりにした彼女は、壁が崩壊した現場で、一見白旗に見えるが、よく見ると世界図絵とメッセージが描かれた白糸刺繍の布を掲げ、ダンスを踊る。彼女の写真は新聞に掲載され、報道写真賞を獲得する。
数か月後、リタは壁を利用してギャラリーにし、展示を行う。彼女はレセプションで彼女の写真を撮ったカメラマンに会い、懐かしさを覚える。カメラマンは、世界一有名になった白糸刺繍の作品のメッセージと対をなす言葉を口にする。リタはミハウと再会できたことと、自分の選んだ世界を祝う。
文字数:1135
内容に関するアピール
物事に流されがちだったリタは、世界図絵に導かれて移動する中で自分の道を見つけるようになります。彼女はミハウの誘いを断って自分の世界に留まりますが、母の支配や因習にとらわれることから決別して村から離れます。
作中で移動を続けるもう一人の人物・ミハウは、ポーランドに居住していたが戦後のドイツ人追放で東独に戻った両親を持ち、自分が何者でもないと感じる中で他の世界への扉を見つける能力を持ったという設定です。彼は幼いリタと会って彼女を救いたいと願い、嘗てのリタが望みそうな環境がある世界へ誘いますが、彼女が逃避と依存を望まないことを理解して離れ、互いに自立した人間になって再会します。映像の中の世界は、ドイツが戦争に勝って分断が起こらず、ベルリンの壁が存在しない世界です。
守りと束縛の要素を持つ壁と、隷属と自立・繊細さと強さなどの要素を持つ白糸刺繍の象徴性を絡めて二人の姿を描きたいと思います。
文字数:393