梗 概
ネムとサラ
中世。ママチャリに乗って移動するマチャリ族は、流浪の民だった。マチャリ族は回し車の神を崇め、車輪と共に生きた。マチャリ族の少年ネムは、兄の乗るママチャリの荷台に座って旅をしていた。ネムの兄はチリンチリン(自転車ベル)の奏で手だった。腕の立つチリンチリンの奏で手は、メロディに意味を乗せることが出来た。
ある日、移動中のマチャリ族の前を、王の騎馬兵団が横切る。マチャリ族の少女はその眼前にチリンチリンを転がしてしまう。騎馬は少女を轢き殺し、マチャリ族を惨殺する。ネムの兄も致命傷を負うが、ネムを乗せて必死でペダルを漕いだ。眼を覚ました時、そこには動かなくなった兄と、ホイールのひしゃげたママチャリがあった。
8年が経った。ネムは死人のように生きていた。ツギハギのママチャリを漕ぎ、運搬業で日銭を稼いだ。手元に残されたのは兄の形見のママチャリとチリンチリンだけ。ネムはそのメロディに意味を持たせることは出来ない。夜は鼠が出る飲食街の路地裏で眠った。
ある日、鼠が話しかけてきた。「悔しくないのか」「お前の一族はあの男に殺されたのだ」。その男は誰かと問うネムに、鼠は「サラ王」と答えた。
鼠は穴を掘り、ネムを地下へと誘った。そこには沢山の本と、剣や槍があった。ネムは夢中で本を読み、武芸を磨いた。
更に3年が経った。運び屋の仕事中、ネムはどこからかチリンチリンのメロディを耳にする。生き残りのマチャリ族がいることを確信したネムは追いかける。しかし王兵に遮られ、反逆罪で捕まり死罪を言い渡される。
死刑執行の日、鼠が問う。「悔しくはないのか」。ネムは答える。「悔しくない。これが天命だ」。再び鼠が問う。「悔しくないのか」ネムは静かに答える。「悔しい、許せない」。鼠はネムの腕の縄を食いちぎり、ネムに自らを喰わせる。ネムは王兵を薙ぎ払い、逃亡する。その時、またあのチリンチリンが聞こえた。復讐と、同胞との再会が、ネムの生きる目的となった。
更に月日は経った。ネムはチリンチリンの名手となっていた。本来チリンチリンを解せないはずの民族も、ネムの奏でるメロディとカリスマの前に付き従った。ネムの組織する解放軍は、王政に苦しむ民から強く支持された。
ある日、ネムのチリンチリンに、チリンチリンで返答があった。それは遥か遠く、王都からだった。
解放軍は王都に打って出た。ネムのママチャリは跳ぶ様に走った。そしてサラ王を追い詰める。その時また、チリンチリンが聞こえる。音色の元に走ると、サラ王の部屋だった。唯一の同胞は、妻子に囲まれ病床に伏せる、サラ王であった。
サラは同族を迫害することで支持を得て、王になった。ネムに剣を向けられたサラが乞う。「妻子だけは助けてくれ」。ネムはサラを生かす決断をし、妻子の首を切り落とす。絶叫するサラを残し、ネムは部屋を後にする。ネムが踏み潰した兄の形見のチリンチリンが、最後の音を奏でる。
文字数:1200
内容に関するアピール
作中には世界の成り立ちに関する、二つの信仰があります。一つはスカラベ信仰と呼ばれるもの。世界は球体であり巨大な昆虫の後ろ足によって回されているという考え方です。もう一つは回し車信仰。これは、世界の何処かに巨大な齧歯類が二匹おり、一方が回し車を回すと夜に、もう一方が回すと朝を迎えるというもの。マチャリ族が信仰しているのは後者な訳ですが、多くは前者こそ世界の成り立ちだと考えています。その為、マチャリ族は少し疎まれる存在。王政が敷かれる中、定住せず、音楽を愛し、幸せそうにペダルを回す。そういった生き方も憎たらしく思われる要因かもしれません。
余談ですが、マチャリ族の中でも、チリン派・ノンチリン派や、前カゴ派・後ろカゴ派など、様々な個性があります。後ろカゴ派は家庭的と思われがちですが、酒や惣菜をそこに入れて旅するアウトローもいます。軽量化の為に自立式スタンドを外してしまう存在もおり、若者に多いです
文字数:400