梗 概
√チョコレート16
🌝少年と少女が木更津で空いているラブホテルを探している時『チョコスタンプラリー始めました』の幟を少女は見つけると「16号線沿いのチョコスタンプ集めに行くのだ!」と少年に命令する。
🌜10歳の少女は仲間の子供達15人の先頭に立ってジェンカを踊りながら奥地の山にあるカカオ農園まで行進を始める。
🌞異星人の宇宙船乗員は太陽系へ旅行中の女王1人と従僕の15人だが、眠りから先に起きた1人の男は女王を独占したい強い思いから他の仲間の命を絶って地球の大気圏に突入する。
🌝少女は国道16号沿いにあるチョコレート全店のスタンプを集めたい。少年と少女は二人とも「実は地球人ではない」と言いあうがそれは本当だった。しかし二人とも生まれた星のことを覚えていない。少女宇宙人の特性は支配欲が強く根に持つこと。少年宇宙人の特性は命令されると必ず実行すること。この宇宙人二人は兄妹であり性交渉すると余剰次元を生成し世界をヴォイド(超空洞)するらしい。が二人は勿論それを知らない。この二人の状況を監視する異星人と公安局とCIAも店毎に発生する状況に混乱する。ネットでもチョコスタンプ集めに熱狂する人々が話題になりチョコ店へ駆けつける人で国道16は大騒ぎとなる。
🌜マヤ文明に生きる少女は地球で最初にカカオを育てカカオと共に虐殺被害の歴史を歩んだ。カカオは南米に富と文化をもたらしたが白人たちによってカカオも少女も蹂躙された。少女は死ぬ直前に近くにいた別の少女に意識を転移し世界各地をカカオと共に転々とした。少女はカカオの覚醒成分を使って地球人の支配を企む。
🌞宇宙船から女王とその従僕の兄が地上の別々の土地へ着陸した。彼らは死亡寸前に近くの別生物体に意識を転移することが可能だった。女王は体を乗り越えながら古代マヤ文明を女王として築く。男は欧州各地を彷徨い暴虐な王達に仕えるが、いつか自分の女王に出会えることを信じていた。
宇宙から来た男は主人のどんな命令も実行し世界中の虐殺に関与した。また命令が終了した瞬間にだけ新しい命令を聞き入れることができる。男はマヤ文明を侵略する西班船隊に乗る。男はマヤの女王こそ自分の女王であると気づくが二人とも殺される。女王の魂はカカオとともにアフリカに渡る。男の魂はメキシコ近辺でカカオドラッグに関わる。多くの時間と肉体を跨ぎ男と女王は現代の日本で出合う。国道16号で世界の消滅を防ぐため待機する大勢の宇宙人と地球人。男は今女王の命令でスタンプ集めをしているが、この命令終了時の対応を全宇宙で検討する。最後のスタンプを集め終わるが店員「もう永遠にスタンプ集めてろ!って感じですよね」の言葉を次の命令として受けとる。男は永遠にルート16を走り続けようとハンドルを切った瞬間、隣の席に自分の女王を発見した。
文字数:1199
内容に関するアピール
昔、作家ファンが集まるMLというのがあって、バリー・ギフォードのMLに参加したところ、想定外にコアなファンが集まっていた。日本に住んでいる米国人とか米国で映画を学んでいる人等々。さらに「本人に会ってメッセージをもらってきたよ」というあたりからML上では英語で発信をするのが普通になると、英文を書くことに自信が無かったこともあり、MLを辞めてギフォードのこともすっかり忘れていた。
実は当時もMLで語られたことの全てが本当のことだと思っていなかった。しかし最近見た映画の原作者の履歴で家族の事情を読むとそれはMLにいた米国人だった。またギフォードから貰ったというメッセージも本物で、映画を学んでいると言った人こそギフォード本人だったと分かった。そんな今になって、私ギフォードブームに乗って彼の小説を再読してロード小説っぽいのを書こうとしたつもりが。何故か大長編活劇梗概のようになってしまった。またかよ。
文字数:399
√チョコレート16
🌝千葉県木更津で若い男女がラブホテルを探している。女は『チョコスタンプラリー始めました』の幟を見つけると「16号線沿いのチョコスタンプを集めに行くのだ!」と男に命令した。
🌜マヤ王国の女王が仲間の子供達15人の先頭に立って歌いながらカカオの森へ向かう。ちょうどその時女王の子供が母親を助けるするために大西洋を渡っていた。
🌞異星人の女王と端女の15人を乗せた宇宙船が太陽系に現れる。眠りから先に起きた1人の端女は女王を独占するため、他の仲間を殺して地球の大気圏へ突入した。
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🌝 2019年12月24日0時:千葉県木更津市と君津市の市境線上
髪の毛が空色のセイラと肌が漆黒のボブは木更津から君津に向かって国道16号線の街路灯のない歩道を手を繋いで「ともだち賛歌」を歌いながら歩いていた。
『♪世界のともだち あつまれば なんにもおそれる ことはない ゆくてはメキシコ グアマテマラ みどりの森』
「はれわりぃ。ボブよお今日あにで半日探してもラブホあいなんで満室よ。かんますぞ」
「セイラよ木更津の火曜の夜はいっつも熱っとまんぞ」
「あじ?ボブも木更津か?『木更津キャッツアイ』の最後っさ岡田君さ死ぬんな死なねんな。ってそいとくけど。ここ木更津と君津の市境だっつの。ここさ毎晩きさ(木更津高)ときみ(君津高)の番長戦争やられたんぞ」
「そっだけんが、つったぎるべ。房総一周すりゃあ見つかんぞ」
セイラとボブという名前以外、二人の木更津弁も話している内容も全て嘘っぱちだったのは、初対面どうしの照れもあったらしいのだが、他に様々な理由があるのだが、それはまたこの物語の後半で語られる。また事実、木更津と君津の市境に広がる緑の空き地は、3年前には牧歌的な高校生の喧嘩が見られ、暇を持て余した老人や自衛隊員が見学をしていた。しかし2019年のクリスマスイブのこの地は、スマホを片手にポケモンとドラゴンクエストウォークをする若者や暇を持て余した老人や自衛隊員で賑わっていた。そんな巨大な空き地に無数のスマホの光りが蛍のように舞う光景を横目で見ながらも、二人は必死に道路の両脇に視線を泳がしていた。
この日20歳のセイラとボブは道路の両端を広告の幟で埋められた木更津から君津までの16号線を南下して4時間、ラブホテルの空き室を探し歩き続けていた。国道16号線沿いにラブホテルはパチンコ屋と中古車屋の次に多かったのだが、どこのラブホテルの入り口にも満室のネオンが誇らしげに点灯していた。国道16号線と木更津南ICのバイパスが交わるあたりにある宇宙船の形をしたラブホテルの入り口には「FULL」の看板が出ていたが、その隣には大きなチョコレートチェーン店のパンチョ君津店があった。店を囲むように立つその幟を見て、セイラはボブの肩を掴んで揺さぶりながら悲鳴のような大声で言った。
「ボブ、『クリスマス限定、国道16号チョコレート全店スタンプラリー開始』だって。おしゃあす。おれにこのスタンプ全部集めさせてくれえ!」
とセイラが命令調で叫んだ声は様々なスピーカーに届いた。後ろに二人をつけて歩いていた女4人はイヤフォンからその声を聞き、黒のミニバンに乗った男8人と真っ赤なオープンカーのコルベットに乗った女4人は車のスピーカーからセイラの叫び声を聞くと、急に緊張して姿勢を正した。その上空3000メートルのステルスヘリとさらにその上空800キロメートル近辺を飛行する複数の監視衛星とさらに上空38万キロメートル上空の飛行物体に乗った生物たちもボブとセイラの二人をロックオンした。そして彼らはボブの両目が青く光ったことも認識した。それは新しい命令、新しい大量虐殺の始まりを意味していた。
セイラとボブは手を繋いで歌った。『♪世界のともだち あつまれば なんにもおそれる ことはない ゆくてはメキシコ グアマテマラ みどりの森』
🌜1543年:ティカル(現グアテマラ)
セイラは、仲間の少年少女15人をひき連れて、マヤのティカル神殿からカカオ農園に向かっていた。マヤ歴で月に一度ティカル神殿の生け贄祭事のために、必ず神殿から10キロ先にあるカカオの森へ行き、新鮮なカカオの実を持ち帰らなければならなかった。マヤ文明の黎明期から常にカカオは神の食べ物であった。祭事には、全身にカカオを塗った人が香の炊かれた祭壇で青い鳥と共に焼かれた。そしてこの日はセイラの母であるマヤの女王が生け贄となる日でもあったが、それでもいつもと同じようにセイラは歌い笑いながら、友達とともにカカオの森へ向かった。
夜明けから長い時間をかけて森まで歩くピクニックは次第に歩く方法が提案され改良もされて進化していった。この日はセイラを先頭にして後ろの者は前の者の方に手を当て、揃って歌いながら行進を続けた。この時の歌は米国に渡ると、賛美歌として殆ど同じ歌詞とメロディで歌われ、また奴隷制度廃止論者の男を称える「ジョン・ブラウンの屍」として伝承されさらに北軍歌「リパブリック讃歌」として同じ思想の元で歌詞を変えた全く同じメロディが歌われた。さらにエルヴィス・プレスリーによって南軍と北軍の歌を併せて作られた「アメリカの祈り」という歌になると、もう歌詞はどうでもよくなった。日本でも明治時代に同じメロディから賛美歌が作られ、さらに「お玉じゃくしは蛙の子」や「権兵衛さんの赤ちゃん」などの歌詞をつけられた。イギリスでもマンチェスターユナイテッドらの応援チャントに使われるなど、このメロディは世界中で歌われた。この理由もあとでこっそり語られる。
セイラと仲間達が改良を重ねた「歩きながら進む踊り」(右足や左足を出したり進んだり下がったりする)も中米国、アフリカ、欧州に伝わった。その後フィンランドでフィンランドの歌詞とともに「ジェンカ」という名前が付いたダンスとなって世界に広まるのだが、その話はこの物語のあとでとっても簡単に語られる。この一歩下がって二歩進んだりするこの踊りによってカカオの森までの行程が半日以上かかるようになってしまったが、出発時間を早めて祝祭の時間に戻って来さえすれば、誰も文句は言わなかった。セイラの母がこの日に死んだ後もさらにこの行進はマヤの人々を惹きつけ、毎回踊る行進に参加する人数が増えていった。
セイラが女王となり同じように生け贄となる日、やはりセイラは腕を腰に当てて先頭で踊りながらカカオの森へ向かった。そしてセイラがカカオの実を鉈で取ったその時、列の一番後ろにいた5歳の男の子はようやく村から出発するところだった。
そして、その瞬間。この物語のもう一人の主人公ボブは、スペイン船に乗って大西洋を渡っていた。セイラとマヤ文化とカカオの森をスペイン人から守るために。
セイラは踊りながら、ボブは帆船の見張り台から次第に大きくなるメソアメリカの陸地を見つめながら歌った。『♪レッツキッス 頬よせて レッツキッス 目を閉じて レッツキッス 小鳥のように くちびるを 重ねよう』
🌞紀元前1000年頃:地球から約7500万キロ先のある宇宙点
火星の衛星フォボスから約1千キロ離れた衛星軌道上に、楕円体の輪が地球時間の一日をかけて現れた。もっとも長いx軸の径が300メートルほどの形状をするその物質はダイソン扇風機の送風機部に非常によく似ていた。しかし地球の如何なる観測機でも計測はできず、地球の物質ではそこへ侵入することは不可能だった。(地球から観測できない物質の説明を試みると、それは部分的に現れ出して全体となった物体でも、まばらな原子が集まるように薄い物体から濃くなった物体でもない。一日かけてルドマファルラト星とここ太陽系の火星惑星フォボス近辺との空間がポアソン過程を用いた因果集合の結果、『くっついた』のだ。)そしてこの新しく出来た宇宙空間の道路をゆったりと通って、ラグビーボールに非常によく似た紡錘形の宇宙船が現れた。この宇宙船は、地球から何某かの観測機で観測は可能であったが、惜しむらくはこの時代における地球の天体観測器では、ルドマファルラト星の船を観測できることは出来なかった。
船内には地球へのピクニックに向かう女王1人と彼女を守る端女(はしため)15人が女王を囲む正十五角形のカプセルに入って眠っていた。この端女と女王の生物的関係は親子にあたるが、ルドマファルラト星にとっては、基本的に多くは親子であり、全て女王と女王に仕える端女(はしため)の関係であった。ルドマファルラト星に男は存在はするがこの物語には出てこない。
定期保守のために先に眠りから醒めた一人の女は、女王が眠るカプセルに頬をつけ、カプセル越しに小鳥のように鼻を重ねた。女はカプセルの上から女王の顔を暫く見続けると、カプセルに自分の鼻の穴の跡がついているのに気づき、宇宙服の袖部分で擦って消した。女王の鼻もこの端女のように長かったが、それは美しく「U」の字に畳まれていた。
本来のこの宇宙船の空間移動目的は女王の卒業旅行としての太陽系内地球生物の見学だった。すでにこれまでも数回ルドマファルラト星人は地球旅行を遂行し、悪戯を愛する彼らは地球文明になかなか愉快な影響を与えていた。シマウマのシマ模様やパンダの斑点模様もルドマファルラト星人の仕業ではあるが、彼らがした最大の悪戯は、地球上全ての生物に共通なコードを解ける「数式」を与えたことだった。地球人がその秘密に気づきはじめるのはイタリアのルネッサンス期に於けるレオナルド・フィボナッチ(♂)の愛人(♂)の研究努力と彼が連れた犬(♀)の登場まで待たなければならないのだが、この愉快な話は、わたしはなんとか次回の物語で語りたい。
ともあれ、今回は女王1人と端女15人全員がそれとなく地球へ侵入し、成しうる限り地球の生物と環境へ影響を与えることなく、さりげなくルドマファルラト星へ帰還するだけの旅行だった。しかし、この象のように長い赤鼻と小魚のように細い瞳を持った、ルドマファルラト星人にとっては凡庸な外見の内に秘められた1人の端女の巨大な被支配欲と独占欲の強さを中央統治局は軽んじていたかもしれない。この女はルドマファルラト星上のあらゆる場所で行動の一切は監視と制御をされているが、唯一宇宙船内で人と機器がスリープ状態になる船内保守時間だけは、行動が制御されないという情報を得ていた。そこで彼が計画したことは、女王以外の仲間の背柱の生命維持装置を13人分外し、女王を独り占めすることだった。(端女の1人は、この船自身であり船と背柱が直結している女であったので地球に着陸するまで生かしておくことにした)女王におのれだけを支配してもらう。未知の惑星で女王と二人きりになる。そして女王の独り占め支配。女はそう考えるだけで、胸が強く高まった。そのためであれば、仲間の命も地球生物全ての命をも取り除くことになったとしても、この端女は一欠けらの躊躇も感じなかった。女は他の端女が眠るカプセルに近寄って背柱の生命維持機能を鼻歌を歌いながら止めていった。『♪レッツキッス 頬よせて レッツキッス 目を閉じて レッツキッス 小鳥のように くちびるを 重ねよう』
そしてふと気楽な考えが浮かんだ。死ぬ寸前に人はどんな声を発するのか聞いてみたくなった。そこで隣のカプセルに寝ていた仲間のひとりを起こし、彼女にまもなく死にゆく状況にあることを説明した。彼女はそんな自らの状況を充分には理解できない可能性もある状況で言った。
「ちきしょう、あとひとつだったのに」そう言って彼女は目から涙を流して、そして目を閉じた。閉じた目からも涙が流れた。
何の「ひとつ」のことなのか、この時の女にはわからなかったが、最後にそう言った彼女自身にもわからなかったに違いない。しかしこの女はこうやって死の寸前の者と話をすることに興奮を覚えた。実際にこれから女は多くの地球生物の命を殺めることになるのだが、またこれはこの物語で大いに語られる話だ。
彼らのルドマファルラト星の宇宙旅行会社と中央情報局でも、この船内で発生した異常状況を直ぐさま知ることになったが、女が知り得ていた情報のように、ルドマファルラト星からは今の女の行動を何も制御できなかった。そこですぐに中央情報局の指示で地球へ女王救助隊を派遣することになったが、彼らが地球に到着するのは地球時間では3000年を要した。ルドマファルラト星では地球の時間概念が存在しなかったが、地球で3000年という時が過去から未来へ一方的に流れる時空に発生しうるリスクがリスト表示された。この会議の議長が最上位にリストされた項目を述べた。
「女王Aと端女Aが地球人の若い男女の体に移行し、端女Aの遺伝情報が女王Aの遺伝情報と組み合わさった場合。たとえば交尾など。その瞬間、地球上空に浮遊している各々の粒子が結合し、宇宙がヴォイド(超空洞)される可能性がある。。。ようです」と。
何人かの質問と回答と意見がほぼ同時に述べられた。「へえ」「かの銀河系全てが空洞に?」「ようですって」「いえ。宇宙全てが空洞になる可能性。です」「ようです、って何だよ」「そしてまた、別の宇宙が出来るのだろ」「そういう宇宙とそうでない宇宙に乖離し」「もう、そういうのいいから」「そういう意味でも、われわれが地球に単純な時間と数式を撒いておいたのは深慮遠謀があったといえますな」
参考資料として、地球上では過去にも地球時間5億~3億年前に海底で数度、また6600万年前のメキシコのユカタン半島近辺でも小規模のヴォイドが発生し、相当数の生物が死滅した情報が示された。さらに今回の女王と一人の端女が到着後微少のヴォイドを数回発生させることの完全予想も示された。しかし、3000年後に発生する可能性がある事件に比べれば、バージェス動物群や恐竜が絶滅したことなどは、地球規模で考えれば、太陽系に落ちたネジ一本程度の出来事と言えた。
そこで何人もの会議出席者は一瞬目を閉じた。そしてすぐ満面の笑みを作って目を開けた。3000年後の地球にいる女王Aと端女Aがいる姿と場所を特定できたのだ。「なんだか面白くなってきたな」「よし。俺もそこへ行く」と、会議出席者の女達が数名手を上げた。そこで当初選定されていた精鋭女王救助隊8名に急遽本会議出席者8名を加えた総勢16名の女たちが地球へ向かった。地球時間2019年12月24日の日本国千葉県木更津市と君津市の市境線上へ。
ここから、この物語は女王と端女(端女は地球に降りてボブという名を名乗り続けることになり、女王はセイラという名前を名乗り続けることになる。地球上のどの地においても、またどんな生物体へ移り変わっても、常に二人はこの名前だけを名乗った。それはルドマファルラト人の体から地球人の体に移り変わった時、いちばん最初につけられた名前だからだ。)の二人が地球に落ちてから今日(2019年12月24日)までの約3000年間の出来事を、わたしはできるだけ簡単に地球の時系列に沿って書き記す。
わたしが、ここまで書いた冒頭部分が地球の時系列的に並んで書いていないのは、わたしがセイラから受けた説明を、できるだけ直接的に彼らの文法に沿って記述したかったからだ。わたしがニコニコレンタカーの木更津店で、トナカイのキグルミを着て働いている時に彼らがやってきて、彼らの脳内翻訳機能が極端な木更津方言を作成していたのをわたしが「その木更津方言、ぜんぜん間違ってますから」と教えてあげた。そのお礼に、ルドマファルラト星文法を教えて貰ったのだ。ルドマファルラト星の因果集合的言語の特徴は結果の羅列が瞬時にばらまかれることにある。全自動麻雀機の中で掻き混ぜられているような状態で、彼らは意思の疎通をする。地球人からその言葉を見ると全自動麻雀機の牌が積まれて上がってきた状態になり、きれいに並んでいるが意味が掴めない。そこでわたしが、この牌を自分なりに時系列に並べてみる。ただ、このひとつ牌ひとつの牌にあたる出来事は歴史の教科書に載っている誰もが知っている事だが、いくつかの出来事はあまり知られていないかもしれないし、なかにはあなたの知っている出来事と違う事が書かれているかもしれない。それでも、わたしはセイラから瞬時に教えて貰った事実を全て書く。(12月24日修正:時間の許す限り書いた)ただここでもっとも重要なことは、わたしは、今日中にこの文章を書き上げることだ。そして12月24日期限のパンチョスタンプラリー最後に残ったひとつをセイラと一緒に貰うこと。久里浜金谷間東京湾フェリー船上の「東京湾店」スタンプを押してスタンプラリーを完成すること。「ちきしょう、あとひとつだったのに」と呟かないためにも。きっと大丈夫だ。そしてどんな文章も一度書き始めさえすれば、あとは書き終わるだけだ。クリスマスの話は、必ずクリスマスに書き終わる。そして、わたしは確信している、この物語を書き終える12月24日の24時に、わたしが、ルドマファルラト星人となることを。それは地球人的な分類ではもしかしたら、今のわたしではないかもしれない。でも、誰かがきっとそう。そういうものなのだ。
そしてわたしの少し長い前置きはここで終わってわたしはいったん消える。ここからは、読むだけで虫歯になるようなくそ甘いセイラとボブの「ガール・ミーツ・ボーイ」の物語が始まるはずだ。
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BCE1000年~1年
ルドマファルラト星の船が地球の大気圏を突入し、宇宙と空の境目では太陽が波立つ雲を紫色からオレンジ色に染め始めると、宇宙船中も暖かな光りに包まれた。
グリーンイグアナの群れはメキシコ湾で空を見上げて日光浴をしていたが、見たことも無い雲の動きに驚いて、岩陰に隠れた。マヤ文明発祥のティカルでは肩に鷹を乗せた女王が建設中の神殿を見上げていた。神殿の遙か上空を細い雲がもの凄い早さで流れていくのを見つけて上空を指さすと、回りを囲む神官も空を見上げておののき驚きの声を出した。アマゾンの熱帯雨林に住むあらゆる鳥たちが空を飛ぶ船を見て騒ぎ出し、猿たちも空を見て木を激しく揺らしながら森を移動し、川の中に住むワニと魚は何度も川の水を跳ね飛ばした。その日は一日中アマゾンの森と地が揺れ続けた。アンデス文明のひとつであるハンカ族の老女とその息子は豪雪の山頂に立てられた石家の前でアルパカの乳を搾っていた。その山頂の上空から巨大な石が降ってくるのを見て、アルパカを絞る手を止めた。石は音もたてず、彼らが逃げることもできないうちに、すぐ頭の上まで降りると、落下の速度を落として回りの雪を溶かした。
ルドマファルラト星の生命体の一形態である宇宙船は、音も立てずに美しく老女と息子とアルパカがいるすぐ目の前にラグビーボールのプレースキックのような角度で降り立った。船が着陸すると、端女は女王が眠るカプセルを開いて女王を起こした。女王の前に額ずき、女は自分が仲間たちの命を絶った事を話した。女王は眠りから醒めた時点で既に船から送られたデータでこの端女が起こした事を全て知っていた。
「そう。何のために?」女王は訊ねた。
「わたしひとりがいれば、他の女はいらないからです」女は緊張して震える手で拳を握った。
「へえ」女王は頷いた。女王はその長い鼻で女の体を巻き上げて起こすと、女の顔を見つめた。
「きみ、やるじゃない」女王はその鼻で、やさしげに女の頬を撫でた。
女は女王に見つめられると何故か涙が流れてきた。女王はしばらく、女の目から涙が溢れるのを見ていた。
女王はルドマファルラト星人が涙を流すところをはじめてみた。「おまえの涙は美しいぞ」と女王は言った。
女は生まれて初めて涙を流しのだが、これがルドマファルラト人生で最後に涙を流した瞬間であり、その後数千年地球の生物に移動してからも、涙を流したことは無い。ルドマファルラト星人は涙を流した瞬間に命を落としてしまうのだが、ここの地球上ではまだ多少は生きていられるようだった。
女王はその鼻で、女の流す涙に触れて命令した。「ぼくを外に出せ」
端女の目が青く光って、女王からの命令を完全に受け入れた。
女王は宇宙船から出る前に、ルドマファルラト星人の非常食にして大好物であり後に地球でカカオと呼ばれる果実の欠片を口いっぱいに頬張り、服の全ての鞄にもカカオの種を入れた。
端女は女王とともに船を出る前に船内最後の仲間でもあるこの船の動力を切るべきなのかと一瞬だけ考えたが、そのままにしておいた。ルドマファルラト星に帰ることを考えたわけではない。女の友人はこの船だけだったからだ。しかし、女も女王もその後何度か船を訪ねて来ることもあったのだが、船はもう一言も話をしなかった。彼女は船として地球上をひとりで自由に飛ぶことも出来たのだが、じっと立ったまま動こうともしなかった。船は自分だけでは他の生物体へ移動することが出来なかったので寿命が切れるまで静かにアンデスの山奥で立ち続けた。ただ同胞13人を体内に抱えたまま、約2000年間、女王とひとりの仲間の動きを見守るだけだった。
女王と女が地球に足を着けて二人が雪の上を二歩歩く頃には、母親と息子の近くに住む母親の妹とその息子二人も集まっていた。この雪が積もる山頂の岩家の前に、母息子と母の叔母とその子供二人にアルパカ二匹に宇宙船ひとつが、ぴったりとくっつくように立っていた。そこに大きなコンドル一羽が何が起きたのかとやってきて、下を見た。コンドルから見えたのは雪を被った山々、平地から生い茂る深い常緑樹の森と下に獣の毛皮を着たアンデス人とアルパカ。そして毛皮も来ていない白い肌をした二本足の人間に似た動物だった。アザラシの毛皮を着たハンカ族の5人は地球外人に対して盛んに声をたてていた。老婆は鞄を背負っただけで何の服も纏わない裸の女王と端女に対して気の毒そうな顔をしてこう言っていた。「おまえ。服を着ないで寒くないのか?」と。二人の産れたルドマファルラト星では古代には衣服が存在していたが、ルドマファルラトの現在においては、その実用性でも社会性でも服の必要は無くなっていた。ただ服の装飾性に対してはその代行として、女王には女王の、端女には端女の風格を現した刺青が体に彫られていた。二人にも周りのハンカ族の話す内容が次第に理解できてきた。ハンカ族の地球人は、ルドマファルラト人の二人に対して恐がりもせず、「はやく部屋の中に入りな」とすら言っていた。女王はハンカ族の人たちを驚かせないように、口を使った音声言語で伝えた。「みなさん、ありがとう。ぼくたちがいなくなったら、ぼくたちの体を服にしてください」女王の口からはそんな音と、またものすごい量の水蒸気が出てあたりが白く曇った。女王が端女を見ると、青かった目は、また普通の茶色に戻っていた。しかし女は体力がなくなっているのか、なんとか雪の上に両足で立っている状態だった。
「きみは、この星でぼくのためにどんな命令もきくか」女王は冷たく尋ねた。
「もちろんです」そう無理に笑顔を作って言う女は女王に倒れかかった。女王は倒れる女の体を鼻で支えた。
「涙を流してしまったきみの寿命は、もうすぐ絶えるぞ。別の体へ移れ」
女王は、鞄をさぐってカカオを2,3個口にいれ、それから自動拳銃によく似た装置を取り出すと、女の頭につけて引き金を絞った。固い果実が砕けるような音だけがして、女の頭は粉々に割れた。ハンカ族の家族もその光景に驚き、女が死んだことは理解した。端女の頭の中にあった意識という粒子は辺りをしばらく漂っていた。
「きみは、どんな体になってもぼくを探し出せ」と女王が言ったが、地球の空中にばらまかれていた女はもう女王の声を聞こえなかった。「あ。言うのが、おそかった」
あたりを漂っていた粒子の一つが、アルパカの体内に入り込んだ。そして潤んだ瞳で女王を見つめた。アルパカは女王に近寄って体を寄せようとするが、老婆がアルパカの首を引っ張って言う。「やめないか、ボブ」
こうして、端女はそれから自分をボブという名前で呼ぶようになった。
「きみは、ぼくの言うことがわかるか?必ず、ぼくのことを探し出せ」女王はいままで、端女であったはずのアルパカを見てハンカ族の言葉でこう言った。「そして、きみはぼくの子供を作る世界まで生き残れ」
それから、女王は自分のこめかみに装置をあてて引き金を引いた。女王の頭も粉々に割れた。
アルパカは、女王が言ったハンカ族の言葉は理解できなかった。翻訳機能を上手く働かセイラれなかったのだ。ルドマファルラト人の端女が命令を受けると目が変わるような変化は起きなかった。ただ女王がルドマファルラト人の女王としての体を失ってしまったのを見て衝撃を受けた。これから、どうやって女王に仕えればいいのか。そしてアルパカの目では認知できない、女王の粒子の行方を探ろうと必死にあたりを見回した。
ハンカ族の親戚一同は、山頂に出現した動物の死体と巨大な石の処理について、賑やかに相談をした。死んだ奇妙な鼻の長い動物の体に触ると、異様な熱を感じられた。この動物がぎこちない言葉で「ぼくたちの体を服にしてください」という言葉を思い出して、ハンカ族は二匹の皮を剥ぎだした。彼らにとって動物の皮を剥ぎ、鞣した動物の毛皮を纏うことは死んだ動物への畏敬の表れでもあった。鞄の中のカカオの種子は、キヌアやトウモロコシのように栽培を試してみることにした。鞄の中にはまだ彼らが頭を撃ち抜いた装置や他の物も入っていたが、そのまま放り投げて石の頂上部分に引っ掛けた。いつか誰かの役に立つかもしれないと考えたのだ。
天から降ってきた石は扉が開いたままの中に入ると同じような死体が13体あったので、同じように刺青模様の皮を剥いで、肉はキヌアやトウモロコシと一緒に煮て食べた。空から降ってきた石の中に入るとそこには柔らかな寝床がいくつもあるので、そこに叔母とその子供2人が住むことになった。
女王の粒子のひとつは船の頂上に止まっていたコンドルの体に入った。コンドルは静かに舞い降りると、ハンカ族が手にしたカカオの実を数粒口に入れた。それから殆ど羽ばたくことなく、船の上を数回旋回すると、山を滑り降りるように飛び立った。アンデスの冬山を下りる途中に雪の境目があり、その下には冬でも緑の葉を抱えた木々が並んでいた。さらに山を下りてしばらく水を探して飛ぶと、そこには砂漠が広がっていた。
アルパカは仲間達の皮がハンカ族の家族によって楽しそうに剥がれていくさまを見ていた。彼らはルドマファルラト人に体毛が無いことで作業が楽になることを喜んでいた。また体の刺青をなで、体から離されても暖かさを感じるこの皮はきっと街で高く売れるだろうと話していた。肉から剥いだ皮は、なめし液に入れる必要もなく、家の周りに巡らせた紐で干した。アルパカにはそのルドマファルラト人の15枚の皮が干されて風でなびく光景は、地球人の家の周りでルドマファルラト人がダンスをしているように見えた。
三日後の早朝、息子はアルパカを連れて雪山を下りた。その山道の途中にあるキヌアの畑の脇に、息子は適当にカカオの種を大雑把に撒いた。そして、この大雑把な撒き方でも苗がきちんと育つようにと声を掛けたくなった。まだこの一体には神がいなかったので、きのうの空から降ってきた動物の言葉を言ってみた。「きみはぼくの子供を作る世界まで生き残れ」と。男には全く意味がわからなかったが、何か印象に残る言葉だった。
山を下りると広がる砂漠の道を半日歩き、昼過ぎにサンタ川沿いのプリエッタ村落にたどり着いた。
村に入るとこの男は、知合いに会う度に、母親と住む山頂の家の前に石と見知らぬ動物が降ってきた話をした。男は月に数度村に来て商売をしていたが、男の正直さは信用されていたので、村の誰もが男の話を信じた。そして、男が帰るときに、男と一緒に村の男16人がその石と皮になってしまった動物を見に行くことになった。男は村で年老いたアルパカを売って、リュック一杯の砂糖と塩を手に入れた。アルパカは村の人に引かれて、毛を刈られた。その裏庭の隣の家のセコイアの木にはコンドルが止まって、アルパカの様子を見ていた。アルパカは、生きたまま皮を剥がれるのかと恐れたが、毛糸職人が素早くアルパカの毛だけを剥いだ。それから、職人が毛の水洗いをして日干しをする様子をアルパカは日向でのんびりと前足を畳んで見ていた。すると、後ろからそっと肉職人が現れ、大きな鉈でアルパカの首を一気に刎落した。アルパカは比較的苦しまずに、自分の首が職人の用意した盥の中に鈍い音を立てて落ちる所まで意識はあった。
ボブという名前がつけられたアルパカの肉体の命が絶えると、その上空にいたルドマファルラト人から来た端女の粒子はすぐに反応し、近くにいたアザキマダラ蝶の体へ入った。ルドマファルラト星では個人の情報は粒子の中に凝縮できていた。ルドマファルラト星では、その粒子だけで存在するのだが、時に古代のように形ある物を動かすことがあった。ルドマファルラト星にあっては、彼らの乗り物は命を持たないアバターであったが、地球のような生命のある生物に乗ることも可能であった。ただそれは、もとの生物が死ぬことでも意識が無くなることでもない。もとよりルドマファルラト人が考える宇宙の真理は、「宇宙には個人の自由な意識など存在しない」なのだから。
コンドルは、アルパカの体の命が絶えるのを見ると、ため息をついて、また静かに飛び立った。どこまでも広がる砂漠の上を一度も羽ばたくことなく、飛んでいった。アザキマダラは、群れをなして長い距離を飛ぶ蝶だった。ボブという名のアザキマダラ蝶は近くにいる仲間と一緒にアンデスの森の中に入っていった。森の中に入ったままアンデスの山を登ると、嘗ての仲間と船で降りた地球人の家があった。
そこの息子と母親が、やって来た村人達へルドマファルラト星人の皮(ルドマファルラト星人にとってはアバターの宇宙服)を見せていると、村人達はみな欲しがった。一番高く値段をつけた男へ、この15枚の皮全部と、羊8頭を交換することで商談がまとまった。また村人は、みな息子と母親の話を完全に信じ、空から降ってきたという船の中身を見て、さらに驚いた。母親もご機嫌になって、いかに自分たちが空から降ってきた動物たちを撃退したかという物語を熱く語ったが、村人達もこの動物たちの肉をご馳走になりながら楽しく話を聞いて食べて飲んで歌った。「♪さあ想い出して 夢に生きてた頃を 今よりずっと素敵な 夢に生きてた頃を」
蝶のボブは、宇宙船の中に入り、船へルドマファルラト星の意識で船に話しかけたが、彼女は何も返事をしなかった。まるで死んでいるかのように、その気配さけ感じることができなかった。蝶は船の中を一周して、また一万頭の仲間の蝶と一緒に大西洋を目指して旅立った。
コンドルになった女王は、南米国の地をさらに北へ向かい、二日かけて、マヤ文明の地、ティカルに辿り着いた。この土地の女王は、鷹やコンドルを飼い馴らすのが上手だった。彼女の肩に止まる鷹は彼女の命令を聞くと、頷いてから飛び立ちって行った。空席になった彼女の肩にコンドルはそっと止まった。
「はい。はじめまして。別嬪さん」
女王はコンドルに肉片を渡した。コンドルはこの女王に嘴の中から三つのカカオの種を渡してから、肉を飲み込んだ。
「あら。物々交換?賢いわね。お嬢さん、あなたの名前は。そうだ。セイラ、そう呼んでいい?わたしの名前なの」コンドルのセイラは、女王の顔をみながら彼女の意識に直接語りかけてみた。
「セイラ、いい名前をありがとう。あなたの望みは何?わたしが、手伝えるかもしれない」
女王はあまり驚きもしないで、鳥のセイラに答えた。「ひとつだけ?セイラ、あなたのように鳥になって、わたしも空を飛んでみたい」
それは、コンドルのセイラには出来なかった。ただ、そう言って少し寂しげな顔をする幼い女王をセイラは好きになった。次の日も次の日も次の日もセイラは女王の側にいた。女王は丁寧にカカオの実を育て、コンドルのセイラから受け取った三つの種とも苗に育てた。
アンデスの畑に適当に巻かれたカカオの種も適当に育っていた。その適当さは回りの常緑種との掛け合わせを重ねていった。この畑の南側で育った苗はルドマファルラト星唯一の植物であるカカオの純粋種として育ったが、北側の混合苗はカカオと同種のコア科ではあるが、コカの木の原始であり、ここから数千年間、カカオから生まれるチョコレートと同じ程度愛されるコカインの葉が育まれた。しかし植物学者にとっては、全ての樹木の祖先はオルドビス紀中期に発生した四分子胞子から始まったイチョウ類球果植物門を樹木のツリートップにたどることが出来るが、コア科だけがその系統樹には入らないことが悩みの種だった。仕方なく、「こいつらは約紀元前1000年前に突然誰かのポケットから現れた」と小声で説明されている。いずれにしろ、カカオの木とコカの木は古代から現代に至るまで様々な方面の人たちから「天使の木」と言われている。
また、このカカオとコカ発生の地となる畑を通って、何人もの人々が空から振ってきた石を見に来ては、母息子の話を聞きに来ていた。その話を聞いた人がまた街で話を広めると、一週間で街中の人の間で知れ渡り、一ヶ月でおよそ南米中の都市に、宇宙から降ってきた石と動物の話が広まった。紀元前のアンデス文明からインカ帝国に至るまで殆どの遺跡には、この宇宙から飛来した石と、動物の絵が書き記されている。多くの人が空から降ってきた石を見るために山を登り、いつまでも痛まずに冬は暖かく夏は涼しく、刺青の美しい動物の皮に触れた。その皮15枚は一枚ずつ、丁度南米の15王国の王に譲られた。15王国では、王となる者がその皮を纏い、また多くの者が王の纏った皮の刺青を真似て自らの体に刺青を彫る文化が同時に発生した。
ただ、16世紀に全ての南米文明が滅亡する際に、幾つかの遺跡は残されたが、空からやってきた彼らの物語は何ひとつ残らなかった。それは発達した南米のどこの都市の文化にも、ルドマファルラト星人の企みによって文字が存在しなかったからだ。また、唯一の証拠であった宇宙船もインカ帝国の滅亡と同時に消滅してしまった。宇宙船や地球外人を描いた遺跡に関しても、南米考古学の主流であるイリノイ学派から完全に否定されている。彼らにとっての考古学的手法は常に物的証跡に限定された。それに異を唱えるブエノスアイレス学派の一部の人の口癖は「誰が虚数を見たっていうんだよ」だった。
虚数も複素数も目に見えて生活に身近だったルドマファルラト星生まれのボブは一万頭の仲間のアサギマダラ蝶と共に大西洋を渡った。そして他のアサギマダラ蝶と同じようにクレタ島で交尾をしてから命を落とした。ボブと共に大西洋を渡ったボブ粒子の一つは、ボブの死によって次の体を探した。それはクレタ島で牛を使って田を耕していた少年だった。少年は地中海から太陽が出てから地中海に太陽が沈むまで田を耕した。夜に小麦とバターと鶏肉とオリーブを炒めて食べた。食べ終わると、小屋に大男が入ってきて少年の体は犯された。
ティカルの女王は街で最も勇敢で優しい男と結婚をした。二人の結婚式には街の人々だけでなく、近隣の都市の長たちも来て、盛大に二人を祝った。女王の飼う多くの鳥たちと一緒にセイラも二人の結婚と未来を祝った。結婚式が終わると人々は元の生活に還り、鳥たちもまた女王の回りを飛び交い、新しい夫は多くの男達と狩りに出た。狩りは大きな獲物を持って帰るまで何日も戻らない。そこへ近くの都市の男達がやってきてティカルの街を襲った。金や宝石を奪い作りかけの神殿を壊し、太陽が真上から照る中で女達を犯した。
クレタにいたボブは、料理をした刀で大男を刺した。逃げる大男を捕まえては、腹を割いた。地球人の内臓を見るために、腹の中に手を差し込み、血だらけの指で臓物を引きずり出してよく見た。地球人がどういう体なのかをよく見た。ボブは、自分が何故ここにいるのか。この緑の葉と牛の糞の匂いがする島にいるのか。この海が見える丘にいるのか。この青い海が多い地球にいるのか想い出そうとしたがうまくいかなかった。ボブの頭上をオオワシが羽を広げて飛び去った。気がつくと回りを何人もの男達に囲まれていた。男の一人はボブの大きな石をもちあげ、ボブの頭目がけてふりかざした。
ティカルの神殿は、彫像が破壊され、柱を折られて建物は倒された。女王が男達に神殿に引きずられるのを見ると鳥のセイラは女王を守るように体の上を覆った。しかし、男達に難なくコンドルの羽はむしられ、その小さな頭も握りつぶされた。セイラの頭上にいた粒子はすぐに、女王の体に入った。セイラの体は15歳の女の体だった。セイラの体では男に何も抵抗できなかった。そして一日中、何人もの男達に犯された。
ルドマファルラト星からやってきて、15枚の元ルドマファルラト星の刺青が入った皮をまとったアンデスの村の長達は、遠いところにいる自分の仲間に何が起きているのかが分かった。そのうちのまさしくセイラの体から剥いだ皮をまとっていた女は、立ち上がって槍を持った。そこに誰かがいるかのように、何度も槍を突いた。回りの従者たちが必死に止めても、何度も何度も涙を流しながら槍を突き続け、セイラがいる方向に向かって何度も吠えた。
ルドマファルラト星から船の体としてやってきた女は、ティカルの街でセイラの身に起きていることを、クレタにいるボブへ知らせた。それはボブの頭に大石が振り下ろされた瞬間だった。少年のボブの頭は石榴のように砕けた。その瞬間に石を振り下ろした男も、回りにいた男も、クレタ島にいた人間も全て消えた。地中海沿岸に栄えていた都市に住む人間はみな消えた。この事件は後に地中海の暗黒時代や、地中海のカタストロフィとして、理由は分からないが多くの文明が同時に消えたと記録されている。海の民の襲撃とも、自然大災害とも、疫病の流行とも推測され、相も変わらない一部の人たちによって「宇宙人からの地球文明への最初の襲撃」と適当に説明されている。
ティカルにセイラの夫が戻って来たときには、火がつけられた神殿の周りはすでに、多くの物が燃え落ちて灰になっていた。セイラは街で起きたことと、襲ってきた街の男達の話をできるだけ詳しく夫に話し終わると、自分の喉元に刀を入れようとしたが、夫から止められた。セイラの体にあとから入ってきたルドマファルラト星のセイラも必死になって止めるが、毎日のようにセイラは自分の命を絶とうとして、体にいくつも傷跡が残った。妊娠がわかった頃には元にいたセイラの気持ちは何も反応がなくなった。あとから入ったセイラが必死になって命を維持したが、子供を出産した途端に母となったセイラの命は絶えた。またセイラの粒子は、セイラが産んだ子供の体に入った。セイラは何度か子供を産み、何度も死んで何度も子供の中に入った。
セイラは地球に降りてから1000年をかけて、アメリカ大陸の南までノルテ・チコ、ワカ・プリエッタ、アルト・サラベリー、ワイヌナ、中央海岸地帯のアスペロ、リマの北方のエル=パライソなどいくつもの村を、人間という乗り物を変えながら、多くの文化を育てた。セイラは人々に小麦やトウモロコシを育てさせ、牛や羊や山羊やアルパカを育てさせた。人々にカカオとコカの木を育てさせ、数字と宇宙を教えた。
ボブは、地中海に面したエジプトで黒い肌の乗り物に乗った。これ以降、ボブはずっと黒い肌の人間にだけ乗るようになった。そして毎日のように人と戦って勝利した。次第に誰かがボブに、人の命を絶つよう命令をするようになり、ボブの目が青く光り、必ずその命令は遂行された。ボブは自分の女王が遠い場所にいることは分かった。飛ぶ乗り物に変わることができなくなってしまった今は、この星の文化を早く発達させなければいけない。発展とは、情報の代謝を高めることだ。彼は一人でも多くの地球人と闘うことが、地球の発展だと理解した。地中海から多くの人々が消えても、またすぐにすぐにペルシャ戦争とともに地中海沿岸は賑わい出し、スパルタに見いだされたボブは勝利した。それからアレクサンドロスに仕え、スピキオにも仕え、多くの戦いで死者を出した。戦争の数だけで無く、地球人に数学を自ら発明したと信じさせた。ピタゴラスからプラトン、アリストテレス、ユークリッドの学派は皆黒人の信者を従え、自らが発明した数学で宇宙を複号しようとした。一方で長くカエサルらに仕え、剣闘士として競技場で毎日死に接した。競技場が栄えたコンスタンティヌス帝の400年だけででも320万人が死んだと記録がある。ボブには、カチカチとゆっくりとそして確実にこの星の文明が進んで、女王のセイラに近づいてく音に聞こえた。
CE1年~CE1000年
セイラはマヤから遙か南のアメリカ中の都市の行き来をしていた。部族間の戦いを儀式的なものとして、男たちには、水路を作らせた。アンデスに広がる砂漠を緑の畑にさせた。1キロの水路を作るのに1年かかった。10年かけて10キロの水路が出来る頃には、畑が増え、小麦が育ち、牛や羊を飼うことができるようになった。さらに100年かけて水路を伸ばし、さらに200年かけて水路を伸ばすと、アンデス地方は地球唯一の農業と畜産業で栄える地になり、部族間の戦いは全くなくなった。大量に増えた羊やアルパカの毛もセイラが考えた紡ぎ車とスピンドルが発達し、大量の毛糸製品が作られた。山にはカカオ農園が広がり、カカオの実と葉は、茶と酒にも使われたが、砕いて発酵と乾燥をさせてあとに鍋で煎ったカカオマスの飲み物がチョコレートの原型もこの時代に発明された。さらにカカオの実は南米大陸で広く貨幣として取引された。
ボブがいる地中海近辺は戦争が絶えず、剣闘士の活躍を認められ皇帝直属の剣士として、死の香りが強い場所には常に現れた。歴史学者は西ローマ帝国を455年に滅亡し、700万人が死んだという記録を作成しているが、実のところ455年にどんな終了のホイッスルが鳴ったわけではない。あまりに長く巨大なローマ帝国が続いていたので、誰もがその後もローマが滅んでいるとは気づかなかった。ボブもまた東ローマのユスティニアヌスに仕え、ゴート戦争やいくつもの戦いに参加できた。そして地球人の発展、すなわち女王への道が繋がる音を聞くことができた。しかし、すでにローマも地中海のどこも人々も土地も疲弊していた。この時代、地中海で最も栄えた商業は奴隷貿易だった。肌の黒いボブも、アラブの奴隷商人から骨の骨格が見える姿のアフリカ黒人を買いつけ、船一杯に詰め込んで地中海を運送する仕事をした。珍しく地中海が嵐で高波が起き、奴隷船では反乱が起きた。鎖で繋がれたまま、乗組員のローマ人たちを襲って海へ投げ捨てた。奴隷船の船長であったボブも奴隷達に捕まって縛られた。
豊かなアンデスの各都市を回るセイラは、頻繁にルドマファルラト星の船が立つ山に登り、船にアンデスの都市文化を語って聞かせた。船は何も答えずに、ずっとラグビーボールのプレースキックのような角度で立ち続けていた。船が地球に降り立ってから地球時間の1900年が経った。その日も船の前でアンデスにいる人々と動物の話をしていた。そして、体を移動できない船である彼女の動力があと数時間で切れることをセイラは船に教えた。動力が切れることは船として飛べなくなることではなく、無に還ることだ。船自信も自分の寿命のことはよく分かっていた。そして寿命が切れる瞬間を見守ろうとしたセイラの前で、寿命一時間の船は飛び立った。そして、セイラから聞いたアステカ文明と、アステカにいる人や動物の絵を地上に大きく描き記した。そうして一時間後に船はアステカの地に落ち、あっという間にこの宇宙から消え去った。
地中海の船の中で捕まったボブは、アフリカの男達に縛られ、四肢を削がれて、舳先に縛られた。ボブは手足の痛みと、酷い船酔いに苦しみながら、突然女王のことも心配になったが、今までのように微かな気配も感じなくなっていた。セイラとボブの粒子情報を中継していた船が消滅したことを船酔いに苦しみながら察した。
セイラがマヤのティカルに戻った夜、都市の周りに無数の松明が押しかけてきていた。近辺の部族であることが見えたが、また儀式の戦いにやって来たのかと思ったが、それは本物の襲撃だった。全く警戒することも、戦いに備えることも無かったマヤ文明はここで簡単に滅亡した。セイラは、多くの家臣に住民を連れて、北へ逃げるように手配をさせ、自らがおとりとなって、敵に捕まった。
近隣都市プトゥンの長が、笑いながらセイラに言った。
「これからおまえの体の手足を全て落とす。残った頭と胴体の吊されたい場所があるか?」
「おまえ達の、全員が見えるような。できるだけ高く場所へ、わたしを吊せ」と、王女セイラは答えた。
プトゥンの長は、カカオの木を10本縦に付け合わせた。それからセイラの手足を切り落として、頭と胴体をカカオの先端にくくりつけ、木を地上に立てた。歴史学者マシュー・ホワイトによると、909年にマヤ文明は滅亡し、200万人が行方不明とし、その理由に「クトゥルフのような恐ろしい未知の力」と記している。実際には、マヤ人の多くは、殆どがセイラの指示通りに逃げおおせていた。周辺の部族も、ティカルの豊潤な土地と豪華な建物を使いたかったので、マヤ人を追いかけること無く、ティカルの都市に住み始めた。一週間かけて、周辺の部族がマヤの都市へ越してくるのを、カカオの木の上からセイラは見ていた。セイラは一週間、手足が無くなり、体の血も全て無くなっても、痛みを伴いながら意識はあった。
地中海で手足を切られたまま舳先の船首像にさせられていたボブも、一週間意識を持っていた。嵐が弱まったので、船酔いをすることはなくなったが、手足の痛みを十分に味わうことが出来た。一週間も手足の無いボブの体にいたのは、女王のセイラと連絡が取れたからだった。そして、手足が無く腐った体のセイラが命令をした。
「この村をヴォイドして」
すると、体中をフナムシが動くボブの目が青く輝き、ティカルの街を襲った部族は一瞬で消滅した。
CE1001年~CE2000年
わたしは、この時代から始まった多くの残虐な戦争について、いかにボブが関わったかことこそ書きたかったのだが、今日中に書き終わらす時間がなくなってきた。なんといっても、チョコレートスタンプを押さなければいけない。というわけで、大急ぎでこの世界が南アメリカを発見し蹂躙した時代の、ある一日のことを書いてまとめたい。
この時代は宗教を旗印に発生した戦争が多いが、その全ての宗教戦争は自らの帝国を拡大するための口実にすぎない。地球の歴史上、純粋に宗教観の対立だけで、殺戮を続けられた戦争は存在しない。しかし、戦争を始めてから、「人を殺戮続けるには宗教が必要であった」という言い方は出来るかもしれない。ルドマファルラト星にとって「宗教」とは宇宙神話とも言えるし、あるいは歴史物理学とも言えた。
キリスト教徒とイスラム教徒の戦いとされる十字軍では300万人が死亡したと記録があるが、あまりにも長く、現代の歴史学者とボブを除けば当時の教皇も少年十字軍の誰一人として、それが何時始まり、何時終わり、何のための戦いだったのか知る者はいなかった。ボブにとっての戦いは常に地球人の科学と文明の歯車を進めて女王のセイラと出合うことだった。ボブが何体も体を変えて、十字軍、東のチンギス・ハン戦、百年戦争、ティムールとの戦いで文明の歯車をハムスターのように必死に回し続けていると、ついにその歯車は大西洋を渡る大航海時代の巨大なねじを回し始めた。
戦争へ積極的に関与し殺戮に加わっていたボブに対して、平和的に南米文化を成熟させていたセイラにとっても、アメリカ大陸で発生する虐殺を止めることは不可能だった。欧州中の帆船がアメリカ大陸を自分の国にするために押しかけていた。スペインは敵を捕虜にすることなく皆殺しにした。特に体力を使わない火炙りを好んだ。ポルトガルは敵部族を仲間に引き入れ、より多くの財宝を持つところを案内させてから皆殺しにした。スペイン人でもポルトガル人でもないボブは両方の帆船隊に乗って何度も南米国に渡って、一層ハムスターの歯車を回したが、一度もセイラを見つけることはできなかった。
マヤ文明が一度滅亡した要因のひとつに伝統的な生け贄の文化があった。特にアステカ文明の太陽賛歌は、大量の人身御供を必要としアステカの戦士は他の都市ら多くの生け贄を捕まえてはアステカ神殿に持ち帰った。そこでセイラが提案した方法はマヤの女王自らが神殿で火の生け贄になることだった。セイラは何度も焼かれて、何度も生き返った。とはいえ、火で体が焼かれる痛みは本物であったし、焼かれる体を作るため、自分の体を使うしかなかった。そしてセイラは15歳で子供を産み、その15歳で体を焼かれ、自分の産んだ子供の体に入り、また15歳で焼かれることを30回、450年続けた。そうやってマヤの女王の命を引き換えにして、他の都市の多くの命を助けた。この件でも、マシュー・ホワイト氏の記述「アステカの人身御供での死亡者120万人」は大いなる誤謬である。ある年から、中央アメリカの人身御供の本体はセイラ「一人だけ」であった。
この時代にセイラ南アメリカに広めて今でも微かに残っている文化遺産は、刺青、カカオとコカ栽培、毛糸を紡ぐスピンドル、食事前に食卓の前で手をつなぐこと、マチュピチュなどの天空都市、サンポーニャ、ケーナなどの楽器、サルサ、メレンゲダンスの踊り。これら全てを世界中で一番影響を受けて、広く拡散に努めたのは、坂本九であった。「この踊りとメロディがぼくの頭の中に入ると心がぴーんとしたんだよね」と坂本九は語っている。
その日の朝、セイラは16歳になっていた。15歳を過ぎていたが、すでに中央アメリカと南アメリカの都市は海を越えてやってくる白い肌の男たちによって、壊滅状態にあり、生贄の儀式は不要になっていた。それでも、セイラはいつもと同じように、朝早く大勢の仲間と共にカカオの森へ踊りながら出かけた。「♪レッツキッス 頬よせて レッツキッス 目を閉じて レッツキッス 小鳥のように くちびるを 重ねよう」
その日の朝、スペイン人コルテスの隊長のもとボブを含む約一万人の隊員はマヤの植林地帯を虫に刺されながら進んでいた。ボブが率いる小隊の中の空元気な数人とボブは草を薙ぎながら歌った。「♪レッツキッス 照れないで レッツキッス つつましく レッツキッス はじめてふれる 君のくちびる」
中央アメリカへ最初に上陸したスペイン人は1501年、アルカンタラ騎士団一行だ。それ以降、毎年数十隻の船隊が押し寄せ、好きなようにアメリカ大陸の宝物と人間を蹂躙した。宝石や金銀は、南アメリカには大した量は見つからなかった。スペイン人は特にカカオの実とコカの葉が気に入り、カカオとコカを精製してチョコレートとコカインを造った。ポルトガル人はアルパカの毛糸とリンドルが気に入り、アルパカセータを大量に編んだ。特に港町ポルトに住んでいたアイルランド人とノルウェー人によって、先進的なアラン模様、ノルディック柄が考案されて爆発的に流行し、欧州中の人々が同じ柄のセータを着た。
確かに、彼らは南アメリカでも中央アメリカでも至る所の文明と住民を蹂躙し続けたが、同時に多くの損害と行方不明者を出していた。実際には毎回地中海の各港町を戻ってくる者は出発した者の半数も同じ港へ戻ることはなかった。ボブの参加した部隊はたいてい全滅をして、ボブ一人が生き残ることもあり、ボブは「黒い死神」と呼ばれた。ボブが船隊に加わることを嫌がる者も多かった。しかしコルテス隊長は、ボブの豊富な経験と逞しい容姿が気に入り、一小隊をボブに任せていた。今回は中央アメリカ唯一の生き残りマヤを完全に陥落させることで、自分の名前が歴史に残ることを確信し、多少上気していた。太陽が真上に上るころ、昼食休憩を取り、多くの兵士はカカオ酒を飲みコカの葉を吸った。コルテスは決して名誉と勲章が欲しくて騎士団と船隊の隊長をしているわけでなく、勇敢で指揮力もあり、隊員からの人望も厚かった。彼が白いテントの下に腰掛けると、現住民の服装をした少女が立っていた。コルテスは、奴隷にした原住民の少女が給仕をしているのかと考えた。
「隊長さん、死んだら、人はどうなるか知ってる?」少女は完璧なスペイン語で話しかけてきた。
「知らないな。死んだことがないからな」
「隊長さん、お家に帰りたい?」
コルテスは、そういう少女の美しい黒色の髪に触れたくなった。
「もちろん。今から、わたしはマヤを全滅させる」コルテスは、のどが渇いていたが、のみこむ唾すらなかった。
「なあ。そうしたら、おれは家に帰る」そう言ったコルテスは、少女の髪に触れようとしたが、少女はどこにも、いなかった。コルテスは、疲れが過ぎたのかもしれないと腰掛けて、ゆっくりとコカの葉を吸った。ボブは玉蜀黍と羊の肉を食べて、コルテス隊長の姿を見ていた。
コルテスは大部隊の先頭に立って行進を始めると、人の足音を聞いた。コルテスは、ひとりで背ほどに伸びている草の中を走った。ゆるい傾斜の道を抜けると、小高い丘に出た。丘から見下ろすと、そこには一本真っすぐな運河が通っていた。その線を軸にして、円を描くようにして動物が動いていた。コルテスは、それは牛のような動物だと思った。よく見ると、それは人だった。人が、それも原住民も、スペイン人もポルトガル人もフランス人もイギリス人もいて、皆、前の人の方に手を置き、歌いながら踊っていた。しばらくすると、後ろから駆けつけて来た隊員たちは、丘を走って下り、周る円の中に入って同じように踊った。コルテスは、ゆっくりと丘を下った。今丘を下って行った部隊の一万人を考えれば、この輪で踊っている人数は100万人ほどの人が踊っているのかもしれない。コルテスが輪に近づくと、その輪の部分は割れた。コルテスは輪の中に入ろうとしたが、ボブに腕を掴まれた。コルテスはボブに腕を掴まれるまま、輪の中央に向かって歩いた。ボブの短く刈られた汗で光っている黒い肌の首筋を見て歩いた。コルテスはのどが渇いて、ボブの汗を吸えばいいのだと思いついた。ボブの首に唇を寄せると、ボブに突き飛ばされる。遠くを踊っていた人々が輪のまま近よってきているのを感じる。彼らの歌い声も聞こえる。「♪ララララ ラララ はじめてキスをする ララララ ラララ 踊ろうよ これがジェンカ」
輪の中央に昼食の時に見かけた少女が立っていた。
「隊長さん、お家に帰りたい?」少女はコルテスに訊いた。
「おれが、マヤの奴らを全滅させた。なあ。そうだろう。」
「隊長さん、隊長さん、死んだら、人はどうなるか知ってる?」少女のスペイン語は美しかった。
「知らないな」コルテスはのどが渇いて仕方なかった。
「わたしは、知ってるよ。死んでも、きみたちは、また同じことを繰り返すだけなんだよ」
「え?」
コルテスが息を飲んで、そう訊くと、少女の姿もボブの姿も見当たらず、周りに踊っているように見えた人々の姿も見当たらなかった。コルテスは運河が一本だけ通る牧草地に一人で立っていた。
コルテスは、運河の水をたらふくのみ、コカの葉っぱを吸って、一日かけて一人で来た道を戻った。誰もいない中継基地を通って、港についたところで、ようやくコンキスタドールを隊長とする船隊に会った。自分の名前を伝え、「わが軍がマヤを全滅させた」と伝えた。コンキスタドールは、コルテスの顔を不思議そうに眺め、しばらく休むように伝えたが、コルテスはすぐスペインへ帰ると言って、やってきた大型帆船に乗ろうとした。コンキスタドールは、部下の黒人の男をコルテスに仕えさせて、中型の帆船に乗せた。その男もまた、ボブであったが、コルテスはもちろんマヤの地で出会ったボブと同じ中身であると気づかなかった。船に乗っている間はずっと寝ているか、コカの葉を吸ってボブの体を見つめていた。自分が海を渡って何をしに行ったのかこれから何処に向かうのかも思い出せなくなってきていた。一か月かけて船はヴィーゴに着いた。港では探しても知り合いに会うことはなかった。家に帰ると、飼い犬も召使も二人の娘も妻も母親も消えていた。僅かに開いた窓にかかったカーテンが揺れていた。
2019年12月24日0時30分 君津ニコニコレンタカー店 スタンプ数「0」
「それ、木更津方言のつもりですか?まったく通じませんから」と、クリスマスイベントでトナカイのキグルミを着たままのわたしはレンタカー店のカウンターでボブとセイラに言った。
「そうなの?」セイラは、言った。「なるほどなるほど」と、頭をくるくる回した。
「やっぱりな」黒い肌のボブは言った。「日本語に自動方言プログラムをロードしない方がよかったな」
「あと免許書だけじゃ車借りられないし。そしてこの免許書、あなたじゃなないでしょ」と、わたしはボブの免許写真を指さして言った。「写真の人、色白の中国系青年ですよね」
「ちょっと待って。12月24日のクリスマスイブの夜にトナカイの角をつけたままレンタカーのカウンターにいる店員さんに言いますけどね。日本の地方都市にいる35歳独身男子のイブがここで終わっていいのか問題よ、これは」ボアつきのMA-1を着たセイラは言った。
「写真の肌の色くらい気にするな」ボブは言った。「やむにやまれぬ事情ってやつだ」
「理由って何ですか?」わたしは、少しだけ興味がわいてきたのかもしれないが、できるだけ冷たく言った。
「今日中に16号線を回って、パンチョ16店舗の、チョコスタンプを集めないといけないの」
「え。どうして?」
と、わたしが聞いたところで、この物語の一頁から、すぐ上までの説明を、わたしはセイラから一瞬のうち脳内に吹き込まれたのだ。
「なるほどなるほど」とわたしはクールに頷いた。「すると、あなたたちが宇宙人ってやつか」
「声が大きい」セイラは、わざとらしく口の上を人差し指を立てた。「ぞ」
「おれたちはルドマファルラト星人だ。おまえこそ宇宙人だ」
わたしは、顔を動かさずに視線だけ店の外にやると、確かに黒い車や赤い車が数台思わせぶりという体で店の前に止まっていた。
「だからルート16を今日中に回るには車が必要だろ」
「で、パンチョチョコレートのスタンプを集めると、何がもらえるの?」
「すごいチョコがもらえるんじゃないかな。パンチョ君津店休みだったけどね」
「たしかに、パンチョのチョコは、突然どうしても食べたくなって、どんな時間でもパンチョの店に並んでしまうことがある」
「どんなに長い列がでも、その列の後ろに並びたくなる。でしょ」セイラは満面の笑みで言った。「前の人の肩に手をあてて飛び上がりたくなるくらい」
「まあね。でも、宇宙人がレンカター借りに来るってダサくない?」
「二度と宇宙人なんて言うな。おれたちは、ルドマファルラト星人だ。」
「それ、さっき聞いた。この話、最初に戻るけど、免許証だけでは車を貸せないし。ましてや盗んだ免許証では貸せるわけがない。でも、条件によっては考えてもいいですよ」
「言ってみて」
「その、たとえばわたしの体にボブが入ると、どうなるんですか?わたしはわたしという自我はどうなるのですか?」
「おまえが車を運転して、スタンプを集めるのか。それはいい考えだ」
「いい?宇宙にはね、自我なんてないの」
と、言うや否や正面にいるわたしの目を見ながらセイラは右腕を水平に上げて、XM177拳銃に似たような物質で横にいるボブの頭を優雅に撃った。ボブの頭のこめかみは貫通して、そこそこの穴が空いた。セイラは横のボブを見ることも無く、わたしをじっと見たままこう言った。
「ボブ、そっちの足を持って」そう言われてわたしの胸は波打った。
手早いセイラの指示で、わたしたちは元ボブのおそらく死体になった重い体をカウンター奥のパイプ椅子に座らせ、サンタのキグルミを着させ、店を閉め、ピンクのスズキキャリーを出した。わたしは中央分離帯を乗り越えて車をUターンさせた。ルート16にの君津店の先は海になり、今日の海上フェリーも夜7時で終了していたからだ。
セイラはわたしを見て、何かを口に入れてクチャクチャしながら言った。
「やるじゃない」
35歳のわたしの胸は、オオワシのような爪で掴まれた。
「パンチョ木更津キャッツアイ店に向かいます」
「イヴなのにな。その年でひとりでバイトか?」
「ふられたんです。7年つきあって、一緒に暮らしていたのに。今朝ふられるってありですか?」
初見の、しかも15歳も年下の女子に対して、わたしは何故か個人的な話をしてしまった。しかも敬語で。本当は誰かに話したかったのかもしれない。わたしは35年の人生を知らない誰かに真摯に聞いて欲しかったのかもしれない。
「トナカイの角、とれば?」と、セイラは言った。
セイラは手際よく軽トラックのラジオに携帯を接続すると、スピーカーから、たくさんの話し声が流れ出した。
「あいつら、一人殺したようですよ」「千葉県警に連絡しとけ」
「尾行されてる?これって、警察の声ですか?」
「ああ、こっちの話し声も向こうに聞こえているだろ」
わたしのスマホにポロポロと着信音が続いた。わたしのtwitterとインスタに自撮りしたトナカイのキグルミの投稿に、続々とコメントやらリツイートがあがっている。
「おまえ、ふられたんだって」「トナカイ、サンタにふられる」「人殺して逃げてるらしいじゃない」「警察に追われてるって」サンタのキグルミを着たボブの頭から血が滲んでいる写真までアップされ、見る見るうちに拡散されている。
「あれ。なにこれ?」わたしは、となりのセイラに訊いた。
セイラがわたしのtwitterにコメントを入力している。「パンチョでチョコスタンプ集めるらしいよ(ステマ)」
「って、ここが発信元かよ」
12月24日0時30分 パンチョ木更津キャッツ店 スタンプ数「1」
パンチョ木更津店の大きな駐車場にはサンタ姿の駐車場係員が出て、車を誘導してくれた。
「ボブは、何食べる?」セイラは店に入るなり、テンションが高まって目が輝いている。わたしは、すでにボブと呼ばれるのに馴れてきたが心配声で言った。
「何だかさ、他の車や店の人が、みなこっちを見ている気がする」
「小さな事を気にするな」と、セイラがボブの背中を強く叩くと、一斉に周りの客がこちらを睨んだ。気がした。
「持ち帰りじゃ無くて?」
「ここで食べようぜ」とセイラはアメリカ軍MA-1の袖を捲りながら言った。
Twitterでは、中央アメリカ、南アメリカでも爆発的にバズり、25万リツイートを越えた。
12月24日1時30分 パンチョ袖ケ浦ウミホタル店 スタンプ数「2」
ようやく列の順番が回ってきて、わたしは、わたしがさっきまで着ていたトナカイのキグルミと全く同じトナカイを着たパンチョの中年男店員へ言った。「じゃあ、ミルクチョコレートとホワイトチョココーヒ」
「と、ミントチョコカレーとチョコラッシーのホットで」と、セイラは言った。
注文が終わってLINEpayで支払いが終わると、セイラは興奮して踵を上げ下げしながらスタンプシートを店員にだした。店員はトナカイの蹄をした手袋でスタンプを持ち、スタンプを押す前に「ハアー」と息を吹きかけてから、スタンプを押した。
12月24日3時10分 パンチョ千葉青葉の森店 スタンプ数「3」
わたしとセイラは、窓際の席に座って3件目のチョコレートを食べていた。
「ふられた日に、悪かったよ。でも、なんで今日ふられた?」
「知らないよ」
セイラはわたしの顔をしばらく見て、納得したようにゆっくり頷いた。
「じゃあ、なんでつきあいはじめた?」
「つきあうきっかけは、ネットのガン友だった彼女が前の男とつきあって妊娠したとき、会ったこともないのに、中絶手術につきあってくれって言われて」
「医者から免許証だけではだめです。とか言われないように付添ったのか?」
「それで、ああ。こういう人もいいかなと思ったんだ。あ、絶対秘密だからね」
「へえ。いい話じゃない」セイラは左手で頬杖をついてはいたが、わたしの目を見て言った。
またわたしのファーウェイが鳴り出した。「殺人犯、クリスマスイブに別れる」「7年前に中絶手術につきそって知り合う」というコメントが続いていた。桌子の下を見ると、セイラが右手だけでiPhoneを素早く操作していた。店で三つ目のチョコを食べ終わる頃には、Twitterのトレンドに「クリスマスにふられて殺人」と「パンチョスタンプ」がトップに上がっていた。
12月24日5時10分 パンチョ八千代村上橋店 スタンプ数「4」
クリスマスイブの夜はまだ開けない。それまで千葉特有の郊外地にばらまかれた巨大チェーンファミレス店、車のディーラー、パチンコ店の姿が並ぶルート16は八千代に入ると、大型店舗が殆ど無くなり、国道の両脇は緑の森に囲まれた。すれ違う時計回りの車線はトラックがまばらに走る。しかし、二人の車の前後左右に車が並んで、どの車からも身を乗り出すようにスマホを手にしてスズキキャリーを撮影していた。撮影動画はすぐさま動画サイトにアップされたが、サイレンを鳴らして走る警察車はなかった。ただ彼らの車は公安と外国人を乗せた数台の車が、スズキキャリーの社内の会話を傍受しながら静かにあとを追っていた。そしてさらに耳を澄ませば、上空に飛んでいるヘリの音が聞こえたかもしれない。
セイラは窓を開けてドアを叩きながらクチャクチャと何かを噛んで何かを唄っていた。
わたしはセイラに訊いた。「地球時間で3000年生きてると、寂しくならない?」
セイラは運転するわたしを暫く見てから言った。「昔の知合いが言った『狭い門から入りなさい』って、どういう意味?」
わたしは、前を見ずにセイラの目に引き込まれた。わたしは、わたしの体の中の3000年生きていたボブを感じた。ボブに触れる。ボブの暖かく柔らかい内側に腕を入れると恍惚とし、わたしはボブたちの中に完全に体を入れた。わたしたちは溶け合った。
セイラはクチャクチャしながら言った。「命にいたる門は狭い。だってさ。ちょっと眠る。店に着いたら起こして」そう言うとセイラはボブの肩にもたれかかり、すぐに寝息をたてた。
店に着いてもセイラは起きる様子がなく、ボブがセイラを揺すると体が熱をもっているのがわかる。ボブが一人で店に向かおうとすると、セイラに腕をつかまれる。
「おぶって」とセイラは言った。
ボブとセイラが駐車場から店の中に入るだけでも、両脇をスターを囲むファンのように、スマホの列に囲まれた。店内も混雑しているが、ボブがセイラをおぶって店に入ると、列に並んでいる人たちも、二人を前に譲る。並んでいる者はみな手にスタンプシートを持ちながらも、二人に近寄って撮影する。ボブは、注文カウンターにスタンプシートを叩きつけた。
12月24日7時30分 パンチョ柏レイソル店 スタンプ数「5」
今年61歳の男はシステム会社を定年退職してから法務省公安調査庁の非常勤職員として働いていた。7時間前に連絡があり、君津のレンタカーで死体を同じような非常勤職員7名と処理をした。それから男の自家用車スズキエブリイワゴンに男たちを全員乗せ、指示された君津の黒人殺害者で特定宗教団体の幹部を乗せたピンクのスズキキャリーを追走した。男はクリスマスイブの太陽が上ってくるのが見えると安堵のため息をついた。
その前を走る赤いオープンカーのコルベットにはMI6のイギリス人女二人が乗っていた。
「MI6もCIAの下請け仕事ばかりになってきたよな」
「どんな仕事もコルベット1台なら何も文句は言わない」
二人はマンチェスターユナイテッドのチャント「Glory Glory Man United」を歌い出した。
もちろんCIAも仕事を下請けに出したままにしているわけではなかった。上空3000メートルでは、ステルスヘリに乗った女達が「リパブリック賛歌」を歌っていたし、さらに上空8キロには、監視衛星が「レットキッス」を流していた。
スズキエブリイワゴンに乗っていた若い非常勤職員は、パンチョ柏レイソル店内で四人がけのテーブルに並んで座っているボブとセイラを見ながら言った。「チョココーヒー八つとオーガニックチョコひとつ。持ち帰りで」そして、店員にチョコスタンプシートを出して、また窓際席のボブの肩にもたれているセイラを見ると、ため息をついて嘆いた。「ちっ」
12月24日9時15分 パンチョ春日部日光街道店 スタンプ数「6」
ルドマファルラト星からがやってきた人たちも、半数は地球人の姿をして、ボブとセイラの車を追っていた。残った半数は、地球が消えるかもしれない可能性を考え、地球から約38キロメートル上空にいた。地上班は黒いアルファードの後部を改造した霊柩車に乗って、それぞれが選んだ地球人の外見について言い合っていた。ルドマファルラト星としては全員とも性別女型だったが、多くの物が地球の男型の中に入っていた。
船内で一人がルドマファルラト語で話した。「わたしたちは、女王とあの端女の」「セイラとボブだ」「その二人の行為を止めるために来たのか?それとも見学に来たのか?」
「見学でしょ」と一人が言うと、他の全員が頷いた。「女王がわたしたちをこの宇宙に放り込んだのだから」
「ただ、女王も今回の体で寿命だ。もう体を乗り換えることはできないようだ。しかも地球人の体寿命もすぐ尽きるところだ。もともと病気の体と知っていて入ったようだ」
パンチョ春日部日光街道店に到着したルドマファルラト星たちは注文をした。
「ザッハトルテ8個」そう言って、カウンターに二つ折りのチョコスタンプを丁寧に開いて置いた。
12月24日11時05分 パンチョ埼玉上尾店 スタンプ数「7」
上尾市芝浦工大近くの寮では、ネット実況を見てチョコスタンプラリーをしながら殺人から逃げている二人が上尾に近づいていることを知る。何人もが寮を飛び出してパンチョ埼玉上尾店に向かって走り出した。「半日でこの男のTwitterはフォロワーが100万になっているよ」「逃げながらTwitterやってるのか?」「やっている。しかも3000年前から始まる物語なんだ」「この男の飼い猫のアカウントも2万フォロワーだよ」
パンチョ埼玉上尾店の店中からも、みんながボブとセイラがいつ来るかと駐車場側を見ている。窓側に座った幼稚園児の女の子が、すでに押して貰ったスタンプをスマホで撮影すると、ARアプリが立ち上がった。アプリを通して見えるパンチョ店内にシロクマが立ち上がった。シロクマはパンチョチョコレートのCMキャラクターで、メロディに合わせて踊り出した。画面の中には無数のシロクマが輪になって前のクマの肩に手をあてて、「ジェンカ」を踊り出した。
双子を連れた母親がスタンプシートを店員に見せながら訊いた。「で、スタンプを全部集めると何がもらえるの?」
「わたしたちも聞いていないんですけど」店員は、手に持ったままの母親のシートにスタンプを押した。「きっと、すごい物なんでしょうね」
12月24日12時15分 パンチョ川越小江戸川店 スタンプ数「8」
店内に入っていた公安非常勤職員の若者は、常に自分たちが泥掃除をさせられている不満をリーダーの男にぶつけていた。その横をルドマファルラト星の男が通りがかりに男の足を踏んだ。男の足は素早く女を蹴り上げ、前にいたMI6のイギリス女が振り向く瞬間には、その体も宙に舞った。
隣のテーブルに座っているボブとセイラは二人で一皿のチョコパスタを食べ合っていた。
先に足を蹴られたルドマファルラト星の女は転んだ姿勢で、男の下腹部を蹴り上げた。女の全神経は拳にあった。男が体勢を崩すとその拳で顎を打ち砕いた。男の仲間の若い一人が懐からグロック17を取り出す。MI6の女二人もまたベレッタ92を公安の非常勤職員たちに向け、ルドマファルラト星人もスミス&ウェッソン M39を構えた。店内は悲鳴が響き、ボブとセイラを除いて客と店員は逃げ去った。ボブとセイラは見つめ合いながらチョコパスタを食べていた。公安の年配のリーダーが銃を出して輪になっている総勢15人をなだめた。「まあまて。まて。」「おれの磨きたての靴を踏んだんだぞ」「あなたたちは薄い氷の上に立っているのよ」「ただの人間にしてはおもしろいこと言うな」「こぼれたチョコのことは気にするな」「してないさ」「何でおまえがここにいるんだよ」「え、だれ?」「神様に祈るなら今だぞ」「まあおちつけって」リーダはそう言ってなだめるように手を上下させると誤って、となりの若い男のグロックを上げてしまい、銃から9x19mmパラベラム弾が発射された。
ボブとセイラがチョコパスタを食べ終わると、ボブは食卓を立って、隣に立っている男にセイラをおぶるのを手伝わせようとするが、男はどこからは飛んできた銃弾で倒れた。ボブは仕方なくセイラを横抱きにしたまま歩いた。カウンターを通るときに店員はいなかった。カウンターの上にパンチョ川越小江戸川店のスタンプが置かれたままになってた。ボブは身を乗り出して、スタンプを引き出しにしまった。
12月24日14時05分 パンチョ狭山お茶店 スタンプ数「9」
店内の客はみな、スマホでパンチョ川越小江戸川店での拳銃騒動を繰り返し見ていた。アップされている画像は離れた窓越しの物があったが、もっとも「いいね」がついたのは、ボブが撮影した動画だった。またセイラが撮影した、静かにチョコパスタを食べる二人の画像も150万「いいね」がついた。
「持ち帰りでもスタンプはもらえる?」ボブはセイラを背負ったまま店員に訊ねた。
「もちろんですとも」と、パンチョ狭山お茶店アルバイトの老人が答えた。ボブとセイラを見るために、厨房の老人達もみな出てきて笑顔でセイラを背負うボブとその背で眠っているセイラの二人に声援を送った。スタンプシートはようやく左半分が埋まり、右半分の左上にスタンプが押された。
12月24日15時10分 パンチョ福生横田基地店 スタンプ数「10」
雪が降り始めたが、太陽も雲の向こうから自分の存在を示そうと西側の曇り空をオレンジ色に染めた。横田基地恒例の「クリスマス・ドロップ(Christmas Drop)」作戦で16機編成のC-130Jが基地周辺に大量のクリスマスプレゼントを投下していた。
パンチョ福生横田基地店は、基地周辺に駐車する移動式店舗だったが、この日は10tトレーラ4台で、チョコレートを販売していた。ボブが押してもらった福生横田基地店スタンプを撮影してARを立ち上げると、C-130Jからシロクマが舞い降りるようにしてジェンカを踊っていた。
12月24日16時30分 パンチョ八王子サンリオピューロ店 スタンプ数「11」
テレビではただ「国道16号線に大渋滞が発生しているため、16号線に車を乗り入れないように」という警告だけをしていた。パンチョチョコレート店も当初24日限定としていたスタンプラリーも24,25日の二日間締め切りとしたため、また今からスタンプラリーに参加する車が右車線にも左車線にも溢れていた。ボブの持つスタンプシートに11個めのスタンプが押された。
12月24日18時00分 パンチョ町田ゼルビア店 スタンプ数「12」
クリスマスイブの夜が静かに始まったが、降る雪とルート16を埋めるヘッドライトのせいで、辺りは暗くならなかった。また国道沿いに並ぶ大型店舗が雪のルート16をネオンの光で飾っていた。
殆ど食べることもできなくなったセイラを座らせてボブは一人でチョコ炒め飯を食べた。12個目のスタンプを見ながらあと一日と6時間で4個のスタンプを貰うとことは簡単なことだろうと、この時は二人とも考えていた。
12月24日19時45分 パンチョ店大和ニュータウン店 スタンプ数「13」
眠ったままのセイラを背負ってボブは13個目のスタンプを押した。ネットの情報では、パンチョ川越小江戸川店の銃撃事件で、死者負傷者が相当数出たが、埼玉県警が駆けつけた時には、倒れている物は無く、床もきれいに掃除されていたようだ。
12月24日20時45分 パンチョ横浜スタジアム店 スタンプ数「14」
クリスマスイブに開催されている横浜スタジアムのコンサートの音が微かに聞こえる。誰かがハッピークリスマスと歌っていた。弱い人にも強い人にも裕福な人にも貧しい人にも黒い人にも白い人にもハッピークリスマスと歌っていた。横浜のどんな店も小道も眩しい厚化粧をしていた。ルート16は信号が何色から何色に変わろうが、歩く方が早い程度しか車は動かなくなっていた。パンチョ横浜スタジアム店でもボブがセイラを背負って14個目のスタンプを貰った。人数は減ったが、二人を追いかける公安とMI6とルドマファルラト星人が運転する車もまた二人の後ろをゆっくりと動いていた。
12月24日23時00分 パンチョ横須賀海岸店 スタンプ数「15」
22時丁度に横須賀海岸店で15個目のスタンプを貰い、あと一日と2時間でボブとセイラは最後のスタンプ一個を貰うだけになっていた。店の出入りでは、ボブはずっとセイラを背負ってセイラの体の熱を感じていた。そして、ボブは地球人セイラの寿命も、ルドマファルラト星の女王としての寿命も尽きようとしていることが分かっていた。
12月24日23時15分 パンチョフェリーかなや丸内東京湾店 スタンプ空欄1
地図を見ると国道16号線は地上では繋がっていないように見える。これは1962年富津 – 横須賀間に巨大橋梁を架ける計画があったが、先行して完成した東京湾アクアラインが思うように収益が上げられないため、東京湾口道路建設計画は頓挫したまま、国道16号線の果てと果てをフェリー船で結んだためだった。しかしこの計画に携わった人の執念でこのフェリーの航路を世界でも唯一の海の道路と認定し、国道16号線は環状線という面目を保持していた。
通常は夜7時の金谷港発が最終便だったが、一年に一回12月24日の夜だけ、ロマンチックを安売りした企画で24時間運航をしていた。二人の乗った23時発の便も予約していた安っぽいカップルを満載し、その上二人を追いかけてきた車と人が、あと一つのスタンプをもらいにフェリー乗り場は大混雑をしていた。二人がフェリーに乗り組むときにはとっくに定員を超過していたが、いくつかの省庁から「たとえ定員超過で船が沈んでも」二人を乗せるような指示が回っていた。
フェリー船中のパンチョ店は簡単なカウンターだけで、中にサンタの帽子を被った男とトナカイの帽子を被った女が、この日のシフトを嘆くことも全く無く懸命に働いていた。スタンプ期限が一日延びたことから、船に乗り込むと、ボブはセイラを最上階の席で休ませた。船の上階から見ると、海上を照らすフェリーのライトが海の上に積もった雪を白い道にしていた。
上空を飛ぶスティルスヘリからは、ルート16号が白いヘッドライトで照らされ、円を描いているように見えた。その上空にいた監視衛星から送られる画像を見た、ネクタイを締めた男達にも、きれいな白い円が浮かんでいるのが見えた。そして、その白い環状線が次第に太くなり、東京湾の中央部あたりが白く光り出していた。また設計長のユーモアで監視衛星内で鳴り続けていた「レットキス」の音楽が、管制室にも流れてきた。「♪レッツキッス 頬よせて レッツキッス 目を閉じて」
中央の白い円が広がる映像を見ている男達から、どよめきが起きた。「これ、まずいんじゃないですか」「まあ、おちつけ」「船の二人を、ロックオンできているのか」「ここらへんで、『神の杖』も使ってみた方がいいんですよ」「おまえら、おちつけ。まだ大丈夫だから」
「♪ レッツキッス 小鳥のように くちびるを 重ねよう」
東京湾の中央が白く光っているのはヘリでも確認できた。ヘリが光りの上を自動望遠鏡で捉えると、その円の中央には雪は降らず、ただ海の上が白く平らな円を描き、少女と男が立っているのが見えた。
少女は男に言った。「隊長さん、死んだら人はどうなるか知っている?」
「知らないな。死んだことが無いからな」
「隊長さん、お家に帰りたい?」
「ああ。これが終わったら帰るよ」
「隊長さん、死んだら人はどうなるか知っている?」
「知らないな」
少女は怒ったような声で言った。「わたしは知っているよ。死んでもきみたちは、また同じことを繰り返すだけなんだよ」
「え?」
東京湾フェリーの甲板の欄干でセイラがボブの二人は、遠くに見える光の円をながめている。
「最初にきみに会ったとき。3000年前だ。死にそうだったきみをぼくが抱えた。最後の日は逆になったな」
「待ってください。なにか方法があるはずです」
「ぼくは、この地球の夜を尊敬するよ。ぼくを探してくれてありがとう。最後にぼくにキスしてくれるか?そしてぼくの子供を作っておくれ」
ボブの目が青く光った。
ヘリの画像も監視衛星からの画像でも、セイラの言葉が翻訳されて表示された。いろいろな場所にあるボタンが一斉に押された。
ボブはセイラの唇に軽くキスをすると、ハンカチを出すように自然に取り出した銃で自分の頭を撃った。ボブは命が絶える一瞬、この物語を書き終わったのかと考えた。きっと大丈夫だ。クリスマスの話はクリスマスに書き終わる。セイラの顔にボブの血がかかった。セイラは笑顔でボブが握っていた銃をつかみ、自分の頭に銃口を向けたその瞬間。二人に向けて、天から神の杖がルート16の輪を貫き、二人の頭上に降り注ぐその寸前。ルート16が描く円の内側から、世界は静かに消えていった。全てが消え始めた。遠く離れた監視衛星の中では音楽が暫くは鳴り続けていた。衛星が消えるまでの僅かな時間、音楽は流れた。
「♪ レッツキッス 小鳥のように くちびるを 重ねよう」
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