梗 概
犬を飼いたい
今日の夕食は大好きなハンバーグとかぼちゃの味噌汁。ご飯の上にはヒメサクラ帆立のふりかけをトッピングして、だからボクはご機嫌。テーブルの向こうのママとおばあちゃん、二人してゲラゲラ笑いながらしゃべってて、だけどボクには何がそんなに面白いのかちっとも分からない。だって、知らない人の噂話に、それから多分おじいちゃんの悪口。おじいちゃんは頭の中身が擦り切れちゃったから、誰とも話ができなくなってるのよ、今も一人でうす暗い和室で壁を見つめてニコニコ笑ってて、ご飯も食べないから日に日に小さくなって、そのうちコロボックルになって消えちゃうんじゃない?
「ダルマ横丁のアーケードの上って、猫だらけなんだって」
ショージ君に教えてもらったとっておきの情報を披露しても、
「あら、素敵」と、首を傾げて見せるママ。
そしてまた誰かの話題に熱中するから、ボクはもう、しゃべんないし話も聞かない。
でもご飯が美味しいから、ボクはご機嫌。
「お前んちのおじいちゃん、本当は犬の飼育ロボットなんだろ?」って、真面目な顔してショージ君が言った。「俺、見ちゃったんだ」
ショージ君の家ではブルテリアのスグルを飼っていて、その日はショージ君が散歩に連れ出されたんだって。ぐいぐいリードを引かれて、転びそうになった拍子に手を離して。自由になったスグルはあっという間に駆けてって、どこに行ったのか分からなくなった。「スグルー、スグルー」って声を掛けながら探して、耳をすますと近くにスグルの声がする。たどって行ったらボクの家、板塀の向こうからボソボソとしゃべる男の人の声と嬉しそうに聞こえるスグルの鳴き声。そーっと中を覗き込んだショージ君、そこに見えたのは、縁側にちょこんと腰掛けたおじいちゃんとその顔を憑かれたように舐め回すスグルの姿。
「スグルはね、知らない人には吠えたり噛む真似したりする。あんなに甘えたりしないんだ」
「えーっ、違うよ。おじいちゃんは頭の中身がすり減っちゃってて、しゃべったりできないんだよ」
「だから犬の飼育ロボットなんだよ。きっと犬感センサーが付いてて、そばに犬が来ると反応するんだよ。で、犬の好む電波を出してリラックスさせるんだ」
「リラックス?」
「鋭いこと言うね、ショージ君とやらは」
と、ヴィジフォンの向こうでパパが言った。ピンクやブルーの何本もの大きなタコの足の様なものにグネグネと巻きつかれながら、だ。
「パパ、大丈夫?」
「なぁに、こんなのはルーティンワーク。考えなくとも対応できる」
グネグネがずりずりとパパの顔を巻き上げていく。
「ウヒャヒャヒャヒャ」と、あんまり楽しそうに笑うから、
「じゃ、切るね」と接続を切った。
遠い星に単身赴任中のパパの姿が消えて、ボクの視界には縁側に腰掛けてるおじいちゃんの小さな丸い背中が見える。ボクがそばにいることになんて多分気付いてもない。このまま小さくなって消えちゃうんじゃないかなと見つめていたら、突然背筋を伸ばして「おいで、マーカス」と初めて耳にするおじいちゃんの声。
いつの間にか塀の上に鯖トラの猫がちょこんと座っていたのだけど、ボクに気付くと、ふっといなくなった。
そしておじいちゃんは、また静かに一人だけの世界に帰っていった。
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内容に関するアピール
犬としか意思疎通する気がないおじいちゃんのお話を書こうと思った。
できれば一人称でと考えたが、犬に語り掛けるだけだと、あーよしよしで終わりそうだったので、孫に登場してもらった。案外、孫ではないのかもしれない。
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