はじまりの花嫁

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梗 概

はじまりの花嫁

 ルイスとアリスは生まれ変わってもその記憶を引き継ぐことができる。
 アリスはルイスのことが大好きである。
 何度も生まれ変わっても、アリスはルイスのことを追いかけ求愛を続ける。
「ふふ、ルイス様。どうしてあなたは私をお嫁さんにしてくれないのですか」
 ある時は王子と姫、ある時は高校教師と女生徒、ある時はロミオとジュリエット、ある時は貫一とお宮、ある時は猿と蟹、ある時はきゅうりと蜂蜜と、ルイスが転生する世界の近くに転生したアリスが現れる。
 が、ルイスは転生してきたアリスに常につれない態度を取る。
「俺はお前とは絶対に結ばれねえ」
 そして何千回と転生しても、アリスはルイスと口づけすらすることができないでいた。

 ある世界に転生したルイス。
 ルイスはこの世界の違和感にすぐに気がつく。
 この世界にはアリスがいない。
 ルイスはこの世界で100歳まで生きるが、ついにアリスは姿を見せることはなかった。
 ルイスはアリスに付きまとわれることのないこの世界の平穏に乾杯しながら死んでいく。
 次の世界、アリスは姿を現さない。
 また次の世界もアリスは姿を現さない。
 100回ほど転生を繰り返してもアリスの姿がどこにも見当たらない。
 ルイスはアリスを探すため、自らの最初の人生に転生する。
 
 ルイスのはじめの人生。彼はとあるマフィアのヒットマンであった。
 彼の街には彼の組織もふくめ、3つの大きな組織があり、3すくみとなっていた。
 が、敵対組織のボスの息子ともう1つの敵対組織のボスの娘との結婚が計画されていた。
 ルイスのボスは結婚を潰すためにルイスに命令した。
「娘を殺せ」と。

 ルイスはターゲットの屋敷に侵入。そこで彼は会う。
 敵対組織の娘のアリスに。
 そこで会ったアリスは、すべて親や周りの言う通りに生きてきた、純白でがんじがらめの少女だった。
 ルイスがまさにはじめの人生で出会ったアリスそのままであり、あの貪欲で欲望のままに自分を追う転生後のアリスの欠片は少しも見えない。
「お前、そんなんでいいのか?他に結婚したいやつとかいないのか?」
「いるはずなどありません。私の人生は運命に沿うだけのモノですから」
 ルイスはそこに探していたアリスがいないことにがっかりし、ボスの命令通りアリスを殺すこともせず、屋敷をあとにした。

 そのまま、命令違反でボスに殺されることでこの人生を終えてしまおうかと思ったルイスだが、純白で己の意志が微塵も見られないアリスの眼を思い出す。
 そして、ルイスはアリスの結婚式に乱入し、花婿の男を撃ち殺してしまう。
 そこでルイスは捕まり監禁される。
 椅子に両手両足を縄で縛られたルイスの前にはマシンガンを構えた何人もの男たち。
 ルイスは思い出す。
 そうだ。最初の人生で俺は、運命の操り人形でいることに何の疑問も持たねえアリスにムカついて、こうやって結婚式をぶち壊して、ここで処刑されて死んだんだ。
 で、それを知ったアリスが、俺を白馬の王子様か何かと勘違いして、ストーカーを始めたわけだ。
 全てに合点がいったルイスは笑顔で死のうとする。
 次の瞬間、マシンガンを構えた男たちの頭がふっ飛ぶ。
「助けに来ました。ルイス様」
 そこに姿を現したのはマシンガンを持った花嫁姿のアリス。そして、その眼は欲望にまみれていた。

「ルイス様が狙い通り、最初の世界の私に会いに来てくれて良かった。ルイス様は生まれ変わりを繰り返すたびつれなくなっていくから、たまには原点を思い出していただこうと思って」
 アリスは笑う。何百回の世界でルイスの前に姿を現さなかったのは、彼女の狙い通りだった。
 両手両脚を縛られたまま笑うルイス。
 身動きがとれないルイスの唇をアリスは奪おうとする。
「これで、アリスはルイス様のモノです」
 ルイスは右腕の縄を振りほどき、アリスの唇を指で差し止める。
「すまねえな。俺はお前が何かに縛られるのは見たくねえんだ」
 ぽかんとするアリスから、マシンガンをそっと奪いとるルイス。
「またな、アリス」
 そう言ってルイスは自分の頭をマシンガンで撃ち抜いた。

文字数:1666

内容に関するアピール

RADWIMPSの「前前前世」を聴いて、転生を繰り返すバカップルというアイディアが思いつきました。
よろしくお願いいたします。

文字数:62

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はじまりの花嫁

 オミオが霊廟にたどり着いた。
 霊廟の棺。
 駆け寄った棺。蓋を押し開けると中には真っ白な顔の美しい女性がいた。
「ジョリエット!!」
 オミオは叫んだ。が、その女性が何かを応えることはない。
「ジョリエット、なぜお前はこんなことを」
 オミオは棺の中からジョリエットの身体を抱きかかえて起こす。
「ジョリエット、お前はなんて莫迦ばかなのだ。こんなことまでするなんて」
 激しくジョリエットに問うオミオ。
「こうなれば、こうする他ないな……」
 オミオは、ジョリエットの首すじを左手で抱え、その顔を抱き起こした。
 ふたりの顔が近づいていく。
 そしてふたりの唇が触れ合いそうになった……

 パシンッ

 乾いた音が鳴った。
 パシンッ!!パシンッ!!パシンッ!!
 乾いた音が鳴りつづける。
 オミオは、ジョリエットの両頬を右手で打ち据えていた。
「おい、なんてバカなことやってんだよジョリエット。てめえ、俺と結婚できねえってことに絶望して毒薬飲んだって聞いたけど、それは嘘で、全然生きてるって俺は知ってるからな」
 パシンッ!!パシンッ!!パシンッ!!
 オミオの往復ビンタは止まらない。
「おい、起きろよジョリエット……、いや、
 オミオはその名を呼んだ。
 次の瞬間だった。女性は、ペロッと舌を出した。
「ふふ、バレてましたか。さすがオミオ様……、いや様」
「あたりめえだよ」
「だって、私ことジョリエットは、ルイス様ことオミオ様とこんなに愛し合っているのに、両家の親が仲が悪く、それを許してくれないものですから。だから、私が死んだと嘘をついて、ふたりでこの街を逃げようと思いついたのです」
「おいおい、勝手な設定つくるな。俺は散々ジョリエットことお前からから激しいアプローチは受けたが、全部無視してきたはずだ。ちょうど両親同士も仲悪いから、大手を振ってお前と疎遠で入られたのに、何でガンガン近づいてくんだよ。そして極めつけのこれは何だ?」
 オミオはビラを取りだす。そこには【キャキュレット家の令嬢ジョリエット、ポンタギュー家のオミオと熱愛、ポリス伯爵との結婚を断固拒否!?】の文字があった。
「こんな怪文章のビラを街中にばら撒きやがって、俺がどれだけ苦労したと思ってんだよ」
「ふふふ、まぁいいじゃないですか。これは本当のことですから。ルイス様もそろそろ素直になりましょう」
「うるせぇよ。俺はこの世界ではオミオだ。その名で呼ぶんじゃねえよ」
「ふふ、興奮しすぎですよ。どうぞ」
 ジョリエットは瓶をオミオに渡す。
「これは?」
「お水です。落ち着かれてはと」
「毒だろ、これ?」
「はいい?」
 ジョリエットは人差し指を唇に当てる。
「毒だろこれ」
「……なんのことでしょ」
「これを俺が飲んで死んで、で、お前も後を追ってこれを飲んで死んで、お前が流したオミオとジョリエットは愛しあっていたっていうのを事実だと思わせる気だな」
「いや、私はこちらの短剣で喉をついて死ぬつもりです。そっちの方が劇的じゃないですか」
「やっぱ毒じゃねえか」
「ふふ、オミオ様、いや、ルイス様、さぁいっしょに死にましょ」
「お前だけ死んでろや!!」
「ぐはぁ」
 オミオはジョリエットの頭を毒の瓶で思いきり殴った。

 

 夏真っ盛り。新体操で高校チャンピオンになった美少女、ハサクラメナミは河川敷で黄昏ていた。
 彼女はある人に会いたくて仕方がなかった。
 しかし、その相手は甲子園の開会式に出ているので会えるはずもない。
 憂鬱な彼女の頬を風が撫でた。
 そのときだ。
「テッちゃん?」
 彼女は叫んだ。甲子園の開会式にいるはずの、幼馴染で野球部のエースのウワスギテツヤがそこにいたからだ。
「メナミのよびだしベルがテッちゃんに通じているんだ。きっと。メナミが会いたいときにいつでも会いに来てくれる」
 駆け寄るメナミ。近づくテツヤ。
「さぁ、メナミを甲子園に連れてって」
 テツヤはメナミの頬を思いきり叩いた。
「ぐはぁ、何をするのテッちゃん」
「それは、俺のセリフだ。メナミ。いや、アリス」
「……何が?」
「しらばっくれるんじゃねえよ。高野連に、『今すぐウワスギタツヤを東京に戻さないと球場を爆破する』って電話が何度もかかってきたんだよ。ボイスチェンジャー使ってたらしいが100パーセントお前だろ」
「ふふ、何のことでしょうルイス様、いやテッちゃん」
「そもそもだ。俺が野球をやることになったキッカケ、双子の弟のウワスギキズヤがトラックにひかれて亡くなった事故だけどなあ」
 テツヤがそう言った瞬間、脇から大量の警官が現れた。
「トラックの運転席のシートから見つかったよ。メナミ、お前の拭き残した指紋がなあ」
「ふふ、何のことでしょう」
「お前、セリフそればっかじゃねえか!!」
「私がキッちゃんを殺せるわけないじゃない。私には学校で新体操の練習をしていたというアリバイが」
「あれは、体育館から同じ時間にお前が新体操の練習に使う曲が流れてきたからだ。お前はあらかじめタイマー予約したラジカセを体育館に置いていたんだよ。そして、体育館には鍵をかけて誰も入れないようにした。これで音楽が流れれば、皆お前が新体操の練習をしていると思い込む」
「ふふふふふふふふふふふふふふ、流石ですルイス様。キッちゃんことウワスギキズヤは私が轢き殺しました。だって邪魔だったんですもの。この世界でルイス様と結ばれるために、ルイス様のすぐ横にいて私に惚れている男なんて、ねえ」
 メナミはにっこりと言う。テツヤはメナミのその言葉とともに冷静に右手を差し上げた。
「おまわりさーん。あとは頼みましたー」
 テツヤの声とともに、脇に隠れていた警察たちが大挙してメナミに殺到する。
 地面に叩き伏せられるメナミ。
 彼女は「ちょっと待って、助けてルイス様」と叫び続けた。

 

 宇宙船の脱出艇に乗ったレプリー。
 脱出艇は宇宙船から猛スピードで離れていく。
 間もなく宇宙船は自爆し、レプリーはそれを見てひと息をついた。
 彼女以外の乗組員はみんな死んだ。ある生物に皆殺された。
 乗組員のひとりが異星で、謎の生物に張りつかれた。張りつかれた生物をひっぺがしてしばらくは彼は平気そうにしていたが、間もなく彼の腹を割いて、成長したその生物が現れた。
 乗組員はひとりひとりその生物に殺されていき、とうとう残りは彼女ひとりとなった。
 彼女は脱出艇へと飛びのり、宇宙船を爆発させた。
 悲劇は終わった。
 レプリー、彼女の胸には安心と仲間を失った悲しみが押し寄せていた。
 ギィ。
 彼女は後ろを振り向いた。
「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 レプリーは悲鳴を挙げた。配線の隙間からあの生物が顔を出している。
 まさか、脱出艇に乗り込んでいたなんて。
 その生物はのしのしとレプリーの元へと向かう。
 後ずさりするレプリー。
 酸のヨダレを垂らし、近寄る生物。
 端に追いつめられるレプリー。
 生物は牙を覗かせ、その大きな口をレプリーに近づけた。
「……」
 生物は止まった。
「……」
 レプリーは不思議そうな顔で生物を見つめる。
 生物は言った。
「お前、アリスだろ」
「…………、あ、ルイス様気づかれましたか」
「気づかれましたかじゃねえよ。今、本来なら超危険宇宙生物である俺の口が迫って、のけぞろうとするべきところで、自分から唇をくっつけに行ったろ。そんなことする奴はおめえしかいねえよ」
「ふふ、やっぱりルイス様はアリスのことを何でもわかってくださっているのですね」
「はあ、やっぱりこういうことか。無理やり宇宙船に連れてこられて、本能のまま、しばらくは人間に寄生したり食ったりしてはいたが、やっぱり全部お前の差し金かあ」
「まぁ、何はともあれふたりきり、水いらずです。続きをしましょ。このまま私のことを食べて下さい。ルイス様のためにとっても美味しい身体にしてまいりましたから」
「……はぁ、俺いくわ」
「はい?」
「じゃあなアリス」
 宇宙生物はエアロック解除のスイッチを入れる。
 宇宙空間への出入り口が空き、激しい力で物が宇宙空間へ吸い込まれていく。
 宇宙生物はぴょんとジャンプし、宇宙空間に消えて行った。

 

 ルイス。
 彼は転生しても、以前の人生の記憶を引き継ぐことができる。
 なぜかは分からない。どうしてかは分からない。
 気がついたら彼はそうなっていた。
 転生後にはルイスであった記憶はぼんやりと幽霊のようにとりついており、普段はルイスであったことなど忘れて生きるが、ふとたまにルイスとして生きることもできる。
 そんな感じだ。
 アリス。
 彼女もまた同じく、以前の記憶を引き継いで生きていた。
 そしてアリスは、ルイスのあらゆる人生に現れて、彼を追いまわし続けた。

 

 あるとき、ルイスは男子高校生だった。
 曲がり角で嫌な予感がしたので、脚を止め、別の道からまわりこんでみたら、食パンを加えた女子高生がスタンバイしていた。
 アリスだ。
 そう思ったルイスは学校へ行かず、登校拒否児となった。

 あるとき、ルイスはアオミドロだった。
 馴れ馴れしく近寄ってくるアオミドロがあった。
「ルイス様ぁ、接合しましょう」
 アオミドロことアリスが接合しようとしてきたので、さっと分裂して、ルイスはルイスではない2つのアオミドロになった。

 あるとき、ルイスは酸化銅中の酸素原子だった。
 炭素原子として現れたアリスと同じ試験管に入れられてガスバーナーで加熱された。
 このままでは、アリスと結びついて二酸化炭素になってしまう。
 ルイスは意地でも銅と離れることはせず、酸化銅中の酸素であり続けた。

 あるとき、ルイスは犬だった。
 棒であるアリスに当たらなかった。

 あるとき、ルイスはカレーだった。
 ライスであるアリスと混ざらないように、ナンといっしょに食べられた。

 あるとき、ルイスはアップルだった。
 ペンと合体してアッポーペンとなった。
 アリスはパイナップルだった。
 ペンと合体してパイナッポーペンとなった。
 アッポーペンとパイナッポーペンは合体した。
 が、ペンパイナッポーアッポーペンにはならず、パイナッポーペンペンアッポーとなった。

 あるとき、ルイスは…………

 あるとき、ルイスは………………

 あるとき、ルイスは………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生と人生の合間、ルイスは1人で駅舎にいる。
 そこは小さな駅舎だった。
 簡素で古い駅舎の中にあるのは、ベンチがひとつと公衆電話が一台だけ、壁には何枚かのポスターと、天井近くに特徴のない花の絵。
 この駅舎に電車が来たことは、ルイスの知る限り一度もない。
 線路側の反対の出口にバスが来る。
 このバスに乗ると、ルイスは次の人生に行くことができる。
 バスの行き先はいつでも気まぐれだ。
 でも、ルイスはそれでいいと思っていた。
 ベンチにもたれかかっていたルイスの耳に、エンジン音が聞こえた。
 唯一アリスから逃れられる平穏も終わりか。
 ルイスはやれやれとバスに乗り込んだ。

 

 

 今度のルイスの人生は山奥の田舎町だった。
 母親の胸で産声をあげながらルイスは呟いた。
 さて、今度はどうやってアリスは近づいてくるんだ?
 お隣の幼なじみか?幼稚園の同級生か?小学校の教師か?中学校の用務員か?高校の購買のおばちゃんか?大学の教授か?会社の同僚か?欲求不満の人妻か?夫に先立たれた老女か?
 今度はいつ、どこで、どういう手で来るんだよアリス?
「ふふ、貴方の名はモーリスよ」
 そう微笑みながら自らに問いかける母親の声はガン無視し、ルイスはただ、それを考えていた。

 モーリス爺さんの命が危ない。それを聞いて村中の者がベッドに集まった。
 山奥の小さな村で100まで生き、村の者の知恵袋として信頼も厚かったモーリス爺さんが老衰で亡くなろうとしている。
 間もなく息を引きとろうとしているそのときに、ひとりの少年が言った。
「爺さま、笑ってる」
「ふふ、モーリスお爺さまはとても幸福な一生を過ごしたからよ」
 少年の母親が優しく彼を抱きしめながら答えた。
 モーリスは薄れゆく意識で、その通りだと思った。
 なぜなら、この人生には一度もアリスが現れなかったからだ。
 おかげでなんと平穏でのびのびとした一生が送れたことだろう。
 モーリスことルイスは、ひたすらそれに感謝をして、人生を終えた。

 

 いない。
 いない。
 現れない。
 合間の駅舎で、ルイスはトントンと椅子の手すりを指で打ち続けた。
 結局、そこから千回ルイスは転生したが、どの人生でもアリスは姿を現さなかった。
 いない。
 いない。
 現れない。
 アイツ、どうしたんだろう?
 ルイスはそんな想いがチラついているのが、腹立たしくて仕方なかった。
 しんとした駅舎の中。古ぼけた木製の壁。虫の飛ぶ音すらない。
 いない。
 いない。
 現れない。
 ルイスは「くそっ」とつぶやきながら、ベンチを立つと、おもむろに公衆電話に向かう。
 受話器を取り、ダイヤルを回す。
 五分後、道路に、タクシーが現れた。
 いつ以来だろうか。こうやって、自分から人生の行き先を決めるのは。
「お客さんどこまで?」
 タクシーの運転手が尋ねる。
「最初の人生」
 ルイスは簡素に答えた。

 

 せわしなく、舗装されたばかりの道路を自動車と馬車が行き交っている。
 大通りのレンガの道をタイヤがガタガタと音を立て続ける。
 そこから一本外れた小道、分厚い茶色のコートを着た男が街を歩いている。
 その周りには、3人のいかつい男たち。
 コートを着た男はその街にのさばる、3つの組織のうちのひとつ、フジクファミリーの幹部である。
 道の真ん中に這いつくばる男がいた。
 彼は四つん這いで、道路をさすっている。
「なんだ貴様は」
 幹部の取り巻きが彼に話しかける。
「すみません。探し物です。もう少しお待ちを」
「どけ」
「でも……」
「どけ!!」
 そう凄まれて、彼はシュンとした顔を見せる。が、すぐに笑顔になった。
「わかりました」
 満面の笑顔。
「探し物が見つかりましたから」
 彼は懐から銃を取り出し、幹部の頭を撃ち抜いた。
 取り巻きたちが「あっ」と気づいた時には、彼の姿は消えていた。
 ごちゃごちゃとした街を走る彼。
 何人かとぶつかってコートをこすりあい、何本かの看板を倒して走った。
 その名はルイス。
 この街にのさばる3つの組織のうちのひとつ、ジェフファミリーの殺し屋だった。

 ルイスは捨て子だった。
 父親が誰かも、母親が誰かも分からない。
 彼を拾ったのは、この街を統べる3つの組織のひとつ、ジェフファミリーの構成員だった。
 彼はそのまま殺し屋となった。
 ルイスはそんな自分の人生を悲観したことはない。
 彼には別に殺し屋以外にもなれる道はあった。彼にはその才能があった。
 しかし、それでも殺し屋をやったのは、彼がそれを最も得意であって一番効率的に金を稼げたことと、特に人の命を大切に思っていないからだった。
 殺し屋は天職だった。
 彼のモットーはいかに、自由気ままに生きるかであり、自分が自由気ままでいられなくなる依頼はできる限り断った。
 殺し屋の仕事と言えども、きちんと要領よく根回しさえしていれば断れる仕事は断ることができる。断れない奴は馬鹿なのだというのが、ルイスの考えである。
 それに、ルイスが人の命を大事に思っていないのは自分についてもであり、もし仕事を断ったことで始末される対象が自分になろうが、それはまるで構わなかった。そんときゃ死んでもまぁしかたないと。
 けれども、そんな彼でも仕事が断れない相手がいた。

 ルイスはファミリーのドンであるジェフと相対していた。
 ジェフは陽気にルイスに言った。
「おおルイス、調子はどうだい?」
「ぼちぼちだ」
 ルイスは定型句を返す。気の進まなそうな顔を浮かべながら。
 この、一見陽気でいいかげんなボスがわざわざ自分を呼び、わざわざ他の者たちを退室させた。
 厄介な仕事でないわけがない。
 ジェフはルイスの肩を抱いて呟くように言った。
「ルイス、知ってるかな。クボルガファミリーのドンに、ひとり娘がいる。16歳になったらしい。あの用意周到なオヤジらしくきっちりとした箱入り娘でなあ。そのひとり娘なんだがなあ、こともあろうに、フジクファミリーのバカ息子のひとりと婚約の段取りが進んでいるらしい」
「……」
 この街は、クボルガ・フジク・ジェフの3すくみの構図がずっと続いている。
 そのうち、2つが手を組むということはすなわち……。
「まずいなあ。まずいよなあ」
 ジェフは大仰に天を仰ぎながら、最後にルイスの肩を抱いてそっと囁いた。
「娘を殺せ」
 その声を発するときだけ、ジェフの持つ陽気さは消えていた。
 ルイスはため息をついた。
 こんな彼でも、気ままにやることができない相手というのが存在するのだ。

 街外れの白い御屋敷。
 見回りの男は口をふさがれ、そっと胸をナイフで刺された。
 刺したのはルイスだ。
 ルイスは壁を乗り越え、さらに窓から屋敷の中に入った。
 廊下の中央を歩くルイス。
 途中、会うもの会うものをさらりとナイフで切って殺していく。
 3階に上がり、部屋の前の黒服を殺し、部屋に入った。
 そこには、紺色のワンピースを着た黒髪の少女がいた。
「アリス」
 そう彼女の名を呼んだのは、最初の人生のルイスではなく、転生後のルイスだ。
 アリス、彼女は床に落ちた紙切れでも見るかのような目でルイスの方を見た。
 目が合うふたり。
 だが、アリスは一瞬で目を逸らした。その瞬間に転生後のルイスの意識はどこか遠くへ行った。
「やあ、お姫様。君がクボルガのひとり娘かい?」
 そう、すこしおどけながら聞いたのは最初の人生のルイスだ。
「ええ」
「俺が誰かわかるかい?」
「私を殺しにきた人でしょ」
「ご名答。いや、それがわかってるのになぜそんなに落ち着いてるんだ?」
「別にどうでもいいもの、死のうが、生きようが」
 アリスの視線はあいかわらず宙を見ている。何もない宙を。
「へぇーどっちでもいいかあ。俺と同じだ」
 にんまりとするルイス。
「……」
 さらりと絶句するアリス。取りつく島のなさにルイスはため息をつく。
 やがて、虚空を見ながらアリスは言う。
「私はずっとそうだった。生まれて、物心ついた瞬間から自分が自分のものであるという感触がなかった」
 アリスは生まれてからずっと「人を信頼する」ということの意味がわからなかった。
 両親をはじめ、大人たちは「アリスのため」だと言って、アリスを屋敷に閉じこめ、誰とも触れさせないようにした。終わりのない孤独。アリスは「アリスのため」だという嘘のもとに自分を縛りつける大人たちを憎んだ。
 が、程なくしてアリスは気づいた。
 父にしても、父の配下にしても、自分の役割をこなすことに必死なのだ。そのために自分にも相手にも嘘をつき、ひどいことをしているのだ。
 そしてそれを強いているのは、人ではない。運命そのものだ。
 自分自身もそうだ。そういえば何かを強く願っても、それは願いにしか過ぎず、気がつくとただ、運命に沿って静かに佇んでいる。 
 結局人間は、運命から押し付けられた役割をこなして生きるしかないのだ。
 そう思った瞬間、アリスの中から憎しみは消えた。と、同時にあらゆる感情が抜け落ちた。でも、それでいい。
 人間と人形の区別はない。
 人は運命にゼンマイを巻かれた自動人形。
 人の意思には何の意味もない。
「ふうん」
 アリスの言葉にルイスは鼻で返事をした。
「他人事だと思っているんですか」
「他人事?」
 ルイスは顎をしやくり上げる。
「私にはわかっているんです。どんなに自分の意思で生きているように見えても、どれもこれも実は背後にある大きなうねりに沿って生きていくしか術がない。人間とはそういうものです。飄々と好き勝手に生きているつもりでいるあなたでもね」
「はん。そうかい」
 ルイスの顔は実につまらなそうだ。
 アリスはため息をつく。明らかに、余計なことを喋りすぎて下らない時間を過ごしたという顔だった。
「さぁ、どうぞ、殺して下さい」
 ルイスはアリスにそう言った。
 ルイスはナイフを取り出した。
 刃に外から差し込んだ光が反射する。
 そのナイフはびぃんと床に突き刺された。
 彼はふぅと息をつくと、ドアへと脚を進めた。
「何のつもりですか?」
 そう聞くアリスの声に驚きをはじめとした感情は一切ない。
「殺す気が失せた」
「そうですか」
 この声にも感情はない。自分の命が助かったことへの神への感謝も当然ないだろう。
「なぁ……ところで、お前、他に好きな男とかいないのか?コイツと結婚したいなあと思うような男は?」
 これは最初の人生のルイスからの質問か、転生後のルイスからの質問かはわからない。
「いるわけないじゃないですか」
「そうかあ。すまねえな、探していた女はここにいなかったみたいだ」
 ルイスは静かに扉を閉めた。

 ルイスはウィスキーを胃に流し込んだ。
 アイツ、ここにもいなかったなあ。
 そこにいたアリスの眼は真っ白だった。ただ何も考えずに人生が過ぎ去ることだけを耐えている眼。
 ルイスが知っているアリスの眼は真っ黒だった。ギラギラしていて、ただただ己の欲望を収めること以外何も考えていない。
 いない。
 いない。
 現れない。
「くそっ、どこ行っちまったんだ」
 ルイスは声を荒げた。
 とにかく、この人生においてのルイスはそろそろ死ぬことになる。
 何せ、あのジェフの命令を無視したのだから。
 ただ死ぬだけではない。
 ひどく、自分としての尊厳を奪われた状態で死ぬだろう。
 まぁいいさ。どうでもいい。どうでもいい。こんな人生、死のうが生きようが。
 ルイスは脳みそまでアルコールで浸そうと、ウィスキーを流し込んだ。

 結婚式。カラカラと鳴る続ける鐘。
 真っ白な衣装を着たアリスがそこにいた。
 彼女の眼もまた、その花嫁衣装と全く違わず、何の色もない純白だった。
 そっと彼女のヴェールが開かれる。
 開いたのはタキシードを着てにやにやした男。
 人形のような彼女の顔に、自らが花嫁である喜びも戸惑いもない。
 彼女はマネキンのままだ。
 口ひげを携えた男の唇がゆっくりとアリスに迫っていく。

 パン

 男の脳天を火花が走った。
 男は倒れた。
 結婚式場の入り口にはルイスがいた。
「ようアリス、来たぜ」
 遅れてきた友人代表のような声を出すルイス。彼は3歩だけバージンロードをのうのうと歩いたが、次の瞬間、即座に無数の銃を突きつけられ、引き倒された。
 彼を無数の拳と脚が殴打する。
 ルイスは、ぶん殴られながら、笑った。
 アリスはそれをきょとんと見ていた。
 彼女の眼。
 少しだけ濁っていた。

 薄汚い屋根裏部屋。
 椅子に縛り付けられたルイスの頰に何度目かの拳がめり込む。
 もうルイスの顔は腫れてボコボコになっており、人相が変わっていた。
「てめえ、ジェフファミリーのルイスだな。とんでもねえことやってくれたなあ」
「へへへ」
「何が可笑しい?!」
 男はルイスをまた殴る。
 ルイスはニタニタと笑う。
 そうだ。思い出した。全部思い出した。
 最初の人生で俺は、運命をすべて受け入れてすましているアリスにとてつもなくイラついた。
 で、さっきみたいにアリスの眼の前で相手の男を撃ち殺してやった。
 俺は処刑された。で、死んだ。
 それを知ったアリスは俺のことを白馬の王子様と勘違いしたんだろう。
 転生して俺のことを追い始めた。
 ルイスの脳裏に、真っ白で無垢なアリスがよぎる。
 まったく、あのクソつまんねえ女が、あんなとんでもおもしれえ女になってくれるとは思わなかったぜ。
 ルイスはとうとうゲラゲラ笑い始めた。
 イラついた男どもがマシンガンを取り出す。
 とうとう処刑の時間が来た。
 よう貴様ら。思い出させてくれてありがとな。グッバイ最初の人生。 
 ルイスは眼で男どもに敬礼した。

 ドンッ!!

 爆ぜたのは、男たちの頭だった。
 男たちはなすすべもなく侵入者の銃撃によって、脳天を破裂させていく。
 そして皆死んだ。
「大変お待たせいたしました。ルイス様」
 そこにいたのは、先ほどと同じ純白の花嫁衣装のアリス。
 けれども、その眼は濃厚な蜜のように黒々としていた。

「ルイス様、すみません。大変永らく寂しい思いをさせまして」
「ほう、今来たのか?」
「はい。たった今、アリスはアリスに転生いたしました」
「人生途中参加。てめえ、そんなマネできるんだな」
 恐ろしい女だとルイスはケタケタ笑う。
「転生するたびにルイス様はつれなくなるので、私考えました。千回くらいの人生ルイス様に会わなければ、きっとルイス様はとても寂しくなり、いつもとは逆に私を探しに、ここにやってくると。『たまには引くことも恋愛のテクですよ』っていつかの人生でネットに書いてありました。ふふ。期待通りに私を追ってきてくれて幸せです。その様子を見て、ものすごく嬉しくて……あの……私…………恥ずかしいんですけど……、ほんのちょっと…………下着を汚してしまったのですよ」
 アリスは頰を赤らめて言う。一方ルイスは少し仏頂面になった。
「まさか俺がしてやられるとは……屈辱だなあ」
「さあ、ルイス様。これでわかったでしょう。ルイス様には私が必要だと言うことが」
「くく」
 ルイスはまじまじとアリスや、地面に転がる死体と血だまりを見て楽しくなってきた。
 そうだ。この女は面白い。
 自分の欲望を満たすためならば、幾多の人生も、幾多の人格も、惚れた相手である俺の都合すらどうでもいい。すべてをねじ曲げて驀進していく。
 俺はそんなコイツを見ているのが大好きだ。
「さぁ、永遠の契りをしましょう」
 アリスの唇がルイスに迫る。
 その唇を手が差し止めた。
 それはいつのまにか、縄を解いたルイスの手だった。
「すまねえなアリス。俺は縛られたお前は見たくないんだわ」
 アリスはルイスのことばの意味がわからず首をかしげた。
 きょとんとするアリスの右手のマシンガンをルイスはそっと取り上げた。
 そのマシンガンを、ルイスは自分のこめかみにあてる。
「またなアリス」
 ルイスは引き金を引き、彼の頭はぶっ飛んだ。
 
 

 

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