鍵穴 -safe of the keys-

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梗 概

鍵穴 -safe of the keys-

※極力PDFからご覧ください。

2018第6回_(梗概)

僕は生首を飼っている。
 モニタ越しに見ると美少女である生首は、アンダーグラウンドで拾った〈金庫〉の部品だ。瞳孔はひらき、動かない。会話応答プログラムすらはたらかない。時にメイクで、時にリアルタイムの画像補正で塗り固め、僕はそいつの動画を配信していた。
 期待したのは幾ばくかの金、首の出所に関する手がかりだ。
 人型の〈金庫〉は好事家向きのしろものだ。きょうび、鍵という鍵はすべて皮下に埋め込まれ視野角を限度にディスプレイさせる〈ウェアラブル〉上にデータ追加されるのが通常だ。にもかかわらず、むかしながらの物理的な――ディンプルキーですらない――金属製の鍵で腹や胸が開く構造をもつあたり、〈金庫〉ははじめからニッチな存在なのだ。
 当初、生首には口にメモが押し込まれていて、
 からだに格納された「いいもの」を探してみろと書かれていた。
 動画で金も手がかりも得られない僕は首を拾ったアンダーグラウンドの闘技場に赴くが、ゴミ山に部品は見当たらない。頭をこじ開けることが目的化しつつあると自覚した僕は、知り合いの〈オープナー〉を訪ねる。
 アンチエイジングで十代の見た目を保つ錠前師は、〈ポシェット〉、〈クラッチ〉、〈ボストン〉、〈バックパック〉など、容量に応じ等級が変わる〈金庫〉を女性型ばかりずらりと所有している。じゃらじゃらと鍵束を提げ、お気に入りの〈金庫〉の服を剥ぎ、へそや乳房の鍵穴に鍵を挿しては開錠の音と手触りのちがいをたのしむ趣味の持ち主だ。
 しかし、〈オープナー〉のもつマスターキーや、バンピングの技術をもってしても首はひらかない。それどころか、力を入れすぎて長いマスターキーは折れてしまい、耳の鍵穴はふさがってしまう。
 瞬間、僕は幼少時のトラウマを思い出す。鍵っ子だった少年時代。鍵が折れ、家に入れなかったこと。
 鍵は、「開けるもの」だ――
 僕は癇癪を起こし、オープナーを殴り、鍵束を奪う。ずっしりとした金属の重み。こすれ合う音。僕はオープナー所有の〈金庫〉をかたっぱしから開けていく。どれも中には〈金庫〉の断片がぎっしりと収められている。細切れにされたヒトガタのかけら。最後に残った首に金槌を振り下ろそうとしたそのとき、首の眼球が動き、僕は手を止める。動けたのかと訊く僕に対して、首は音声を発し、取引を持ちかける。断片をつなげ、仮初めのからだをつくってほしい。それが、鍵のかかったままのからだを探すためには有用となるはずと。かわりに首がさしだすものは開頭方法だった。ねえ――扉は、壊さずに開けるべきでしょう?
 僕は取引に応じる。メモは、ばらばらにされる前に首が口に隠したものだ。ふつうの〈金庫〉とはまるで異なる〈知性〉に違和を覚えつつ、僕はキンコと名乗った首にフランケンシュタインのような継ぎ接ぎのからだを与える。眼球を複雑に動かすことで頭部は開く。僕は盗んだ鍵束をそこに格納する。
 こうして、鍵のかかったままのからだを探す、奇妙な協力関係が成立する。

文字数:1256

内容に関するアピール

語り手には、「鍵を開ける、開いた状態を維持する」潜在的な強迫観念がある。
 生首を是が非でも開錠せねばならない。そこに首への欲情や思いやりはなく、首はひたすらモノとして扱われる(それを悟り、首は対話を図らない)。一方で錠前師には「しまう」「鍵をかけておく」という強迫観念があり、語り手と対照的である。均衡を保っていた両者が、生首という第三ファクタにより、その構造を揺さぶられる。実力行使で主導権を握った語り手に対し、首は対等な取引関係へ持ち込み身体を得、ラストで初めて相棒(ヒロイン)となる。

 目的が同じ相棒との動きではなく、利害関係上の相棒の成立過程と、成立した後の「あのあたりでの首の考え」に目を向けさせることで読者を楽しませる。

 利便性合理性がすすんだ近未来における懐古主義、冗長性の塊である〈金庫〉が、それでも人の心をとらえる点。具体的には、〈ウェアラブル〉により従来端末の制約が取り払われた(端末ひとつで複数画面を同時に表示可能)AR的環境においてさえ、フィジカルな手触りがなお重んじられる点。また、〈金庫〉により鍵をペニス、鍵穴をヴァギナのメタファとし得た点。挿したがる割合は男性が多いと想定し、ラブドール同様製造数には偏りがある。

文字数:521

課題提出者一覧