梗 概
ゆびきった
今よりずっと幼かった頃、小雪と指切りげんまんをした時のことを稔は夢で見た。
「稔くん、大人になったら結婚しようね」
小指を絡めた時に、小雪の義手の冷たさが伝わってくる。返事をしようとして、彼は目を覚ました。
「そうだ、もう約束を守れないんだった」
稔は右手で涙を拭う。小雪から、稔のものになった人工皮膚の感触が、一層涙を誘った。
10日前、小雪の家で受験勉強をしていた稔は、気が詰まったという小雪に連れられてコンビニへと自転車の二人乗りで向かった。そこで彼らは交通事故に遭い、小雪は命を落とし、稔は右腕を失うこととなった。
小雪が過去の記憶となることを嫌った稔は、彼女の親へと無理を言って小雪の一部ともいえる彼女の義手を自身に装着した。これが1日前の出来事である。
装着を終えてから、稔は小雪の二人乗りを諌められなかったことを後悔して日がな一日自室のベットで寝転んでいた。
ふと、右の太股に違和感を覚える。無意識のうちに義手がトリルを弾くように太股を叩いている。小雪の癖である。彼女が右手に憑りついているのではないかと稔は疑い、試しにペンを持たせてみると、会話が成立した。
『また会えてうれしい』
「小雪なのか?」
『意思に先んじて、脳は既に動作の準備をしているって話があるじゃない? この義手は、その準備電位を学習して殆どラグなしで動く仕組みがあるんだけど、ずっと私の行動を記録してきたからなのかな?』
稔は、右腕に顔を寄せて泣いた。
小雪の腕は、稔より万事うまくやった。
テストでは勉強をせずとも、勝手に義手が答えを埋めた。少し背伸びをしてピアノでツェルニーの曲を弾いてみると、右指だけが滑らかに鍵盤を叩いた。
スマホのメモ帳を使って、小雪の腕といつでも会話ができる。「右手が恋人ってことか」と稔が言うと、彼の頭に向けて義手がじゃれついた。
ふとした瞬間に罪悪感が生じるものの、少し不思議な義手との生活を稔は楽しみ始める。
ある日、稔は小雪の友人から告白される。陰りを帯びた稔のことを支えたいとのことだった。
稔が返事に窮していると、義手が勝手に動き、彼女の首を絞める。「やめろ」と彼が念じると、首から右手が外れ、暴れ始めた。稔はその場から離れ、右手に問いただす。
「なぁ、さっきは何であんなことをしたんだ?」
『私は、小雪の動作が記憶されている物体で、彼女自身ではないんだと思う。幾つかの動作を連想しているのが稔で、小雪らしい選択をするのが、私。けれども、稔の思う小雪らしさを学習し始めて、おかしくなりはじめているのかも』
「つまり、右腕だけになった小雪の行動パターンを俺が妄想した所為ってことか?」
『恐らくは。原因の学習メモリーは、小指にあるよ。私のことは気にしないで』
「ああ……。全部、俺のおままごとだったんだな」
知らず知らずのうちに恋人を冒涜したことを稔は悔いる。かつての約束を思いながら、彼は小指をハサミで切り落とす。
文字数:1200
内容に関するアピール
タイトルに関して、冒頭では約束のゆびきりを、オチでは謝罪のゆびきりを意図しています。シーンが浮かんでくるようなダブルミーニングのタイトルにしようと考え、ゆびきりをアイデアに据えました。
指ではありませんが、腕にフォーカスした川端康成の「片腕」が自分の記憶に新しく、「ゆびきりげんまん」のジュブナイル感を加えて捏ね回した結果、現在のテーマと構成になりました。
「本当にそんなこと可能ですか?」という作中表現へのクエスチョンには、一先ずは、「人間の無意識」をアンサーとさせていただきます。
異種族?とのバディ物は掛け合いが肝かと思いますので、稔と偽小雪(腕)の協力エピソードと恋愛?を実作ではボリューム多めに盛り込もうと存じます。
文字数:312