羽化

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梗 概

羽化

 ある惑星、ある都市、ある農場のちいさなドームの中に、芋虫状の生き物がいる。視点はそのひとりの中のアンナ。
 アンナたちは、自分たちとは似ても似つかない複数のママ(アンナは心の中でそう呼んでいる)から甘い蜜を口に運んでもらっている。ママたちは、二足歩行ができるヒト型で、ローブを着、蝶のような髪飾りを髪に留めている。アンナたちが似ているところは、大きな黒目がちな目をしているということぐらい。ドームには仕切りがあり、その一区切りにひとりずつアンナたちは収まっている。排泄は排泄探知機があり、給水機もある。寝返りを打ちたいと念ずるだけで自動ゆりかご機が揺れ、体位を変えられる。意識はあるもののおしゃべりはできない。互いの存在は感知している。
 アンナは、ママたちが大好きである。その中でも、優しいママのことをママ・ベルと心の中で呼んでいる。ちょっと意地の悪いママ(ママ・ナオミ)もいる。
 アンナは隣の仕切りのシーラと言葉が話せないなりに仲良くしている。アンナが食べ残した蜜や花粉をシーラにあげたり、アンナの背中をシーラが仕切りの隙間からムチムチした触手を伸ばして掻いてやったりする。
 アンナたちは、さなぎになり羽化してママみたいになるのが目標である。私たちの視界の隅には、ドームに植えられた宿り木がある。アンナたちは、毎日寝物語に、ご飯をいっぱい食べて、エネルギーを蓄え、宿り木に留まってさなぎになる話を聞かされている。寝物語はスピーカーから流れてくる。
 アンナはママ・ベルがアンナの肥立ちが悪いのを悲しんでいることに気づく。「他の子より羽化が遅くなるかも」と他のママと話をしているのにも気づく。シーラもそれが聞こえていて、アンナと目が合うと、瞳が悲しそうに潤んでいるように見えた。
 丸々と太った子から、這い這いができるようになり、宿り木に登る。口から糸を吐き、自分の身体を木に支えるようにすると、芋虫状の表皮を脱ぎ捨ててさなぎのような形になる。アンナは同い年の子たちが次々と宿り木の上でさなぎになっていくのを悲しくも誇らしく眺めている。羽化は夜間に行われるらしく、いつもアンナの知らないうちに終わっている。宿り木には天女が脱ぎ捨てた衣のような抜け殻がひっかかっている。
 シーラもさなぎになる準備が整い、宿り木に向かって這い出て行く。シーラがママたちのような姿になるのを見届けようと思い、アンナは眠いのをこらえて起きている。夜中、羽化がはじまる。さなぎたちの背中が割れると、毛むくじゃらの蛾のような生き物が生まれてくる。アンナは驚く。するとママたちが現れ、蛾たちの羽が柔らかく飛び立てないうちにナイフで頭を差していく。シーラも殺されてしまう。「今回の収穫は今一つね」ママ・ナオミが、ママ・ベルに言う。ママ・ベルは美しく微笑み、アンナの仕切りを指さす。「いい鱗粉が取れそうな子がいるの。羽化が楽しみね」

文字数:1197

内容に関するアピール

狙ったこと
始め→羽化すればママみたいに美しくなれるはず、楽しみ!
   ママ・ベル優しい!きれい!ああなりたい!
読み終わり→羽化してもママみたいになれないし家畜としてころされるだけ
      おいママ・ベル、お前仕事熱心っていうだけだったんかい!
以上
アンナたちは、コロニーで養殖されている貴重な鱗粉(化粧品とかの原材料)の持ち主で、殺してまとめたあとは羽を切られて鱗粉を採取されて本体は廃棄されるのだと思います。象牙を取られる象みたいなイメージです。

年末年始は久しぶりに風邪をひき、まさに寝正月でした。
年始は落ち込むニュースばかりですが、今年一年長生きを抱負に頑張りたいと思います。

2月にお目にかかれますこと楽しみにしております!(1月は欠席です)

文字数:323

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羽化

アンナは芋虫だった。卵から生まれたときのことを今でも覚えている。卵の外から、声がしたのだ。今思えば、その声はママ・ベルだった。ママ・ベルは、アンナのことを心配していた。アンナは思う。卵だったときからママには心配されどおしだったんだわ。アンナを強固に守っていた卵殻は、アンナが発育するにつれ次第に薄くなり、アンナが内側から押すと亀裂が入った。そこから、たくさんある脚をどうにか使って、アンナはするりと外に出た。まぶしかった。アンナはどうやら、卵から生まれる最後の一人だった。
 アンナは多くの芋虫に囲まれていた。本能で、きょうだいたちなのだとわかった。そして、芋虫である現時点が、ただの通過点であることもまたわかっていた。
 アンナたちの口は食べるためだけにあり、話をすることができなかった。頭の中で事象を思い浮かべ、強く念じれば、かすかに伝わった。テレパシーと呼ぶにはとてもよわいものだったか。それよりは、きょうだいたちとは目を見合わせるだけで身振りや表情で意思の疎通ができた。それに、ママたちの言うことも何故か最初から理解出来ていた。
 アンナは普段は1メートル四方ほどの柵の中に寝かされていた。その柵は隣の柵につながっており、柵のつながりはタテヨコ10列ずつ、100人の芋虫が寝かされているのだった。地面は芝生で、天井は開閉式のドームになっていた。晴れた日は天井が開きアンナたちは日光を全身に浴びた。少しかゆいところも、日光にあてるとかゆみがすこし収まった。雨の日は、ドームを叩く雨音を子守歌に転寝した。アンナたちの日課は食べること、寝ること、心健やかに過ごすことで、それはすべて羽化するための準備なのだった。
 夜にはドームには星空が映し出された。そして、アンナたちがこれからどうなるのか、どう育っていくのか、録音テープがスピーカーから流された。
〈私たちは早く大きくなってママたちのような美しい姿になるのです……〉
〈健やかに、何でも食べて早くさなぎになりましょう〉
 ママたちは、いずれも長髪で、黒い髪を銀色の蝶型のバレッタで止めていた。ママのてのひらほどの大ぶりのアクセサリーは、白いローブを着たママたちの唯一の装飾品でもあった。
 アンナは、ママたちにもこんな芋虫の時代があったんだわ、あんなにすっと伸びた手足、小さい顔、こんなに違うのに、と、不思議に思いながらも、一方で心躍るのだった。
〈羽化すれば大人になれるのね〉
 ドームの四隅には、羽化するときの止まり木となる、大きな銀色の木が合った。アンナは、その木々の一つに、羽化したあとの空のさなぎがまだ留まったままになっているのを知っていた。アンナは歩くのが好きだった。歩くことは、アンナたちには推奨されておらず(やせてしまうから)、ママたちの目を盗んでやるしかなかった。アンナはママたちの目を盗むことが得意だった。ママたちにも個性があった。うっかりして、手元の蜜をこぼして地面をべたつかせてしまうママ、ご飯の蜜や花粉をアンナたちにやるのがおざなりなママ、そして、ママ・ベルみたいに、アンナたちのことを観察し、ご飯をやるにも声掛けを怠らず、話しかけてくれる完璧なママ。
 ママ・ベルが来ない日が週に1回はあって、その日は脱走するのだった。
 柵のゆるみをお尻の方で何回か押すと、脚を差し込めるようになるので、根気よく少しずつもちあげた。ちょうど、ひっくり返ってしまったときに、おなかに力を入れたり、脚で周囲になにか引っかかるものがないか探すときみたいに、さわさわと脚を動かすとうまくいった。
〈ママみたいに便利な二本の前脚が早くほしいわ〉 
 と、アンナは思った。
〈どこにいくの〉
 と、隣の柵の、アンナより倍も大きいスージーが言った。スージーは、ママたちからの評価が高い芋虫の一人だった。ちょっと考えるのがゆっくりで、せっかちなアンナには隣室としてもどかしいときもあったが、大きいからだなのに柵の隙間から脚を差し入れて背中を掻いてくれるなど、心優しい子だった。
 アンナが散歩に行くのだというと、スージーも行きたいと言った。スージーを連れて行くと目立つな、とアンナは躊躇したけれど、もう少しでさなぎになるという期待をされているスージーにさなぎの抜け殻を見せておくのはいいことのように思えた。
 ママたちは昼食時間でいなかった。芋虫たちは、おなかがいっぱいになってうつらうつらしている。アンナはスージーの協力も得て柵を外すと、文字通りそこから転がり出て、斜めになった柵を利用して隣の柵の上に乗りあがり、柵と柵の上を器用に渡り歩いた。
〈怖いわ〉
 とスージーはおっかなびっくり言うものの、彼女もうまく柵の上をたくさんの手足でつかみ、午睡を楽しんでいる同胞たちの上を歩いた。こんなときアンナは、ママたちからはこんな風に私たちが見えているんだわ、と、得意げになるのだった。
 どうやら柵の端っこまでたどり着き、背中の堅いところがあたるように丸まって柵から降りると、止まり木まではもうすぐだった。踏み慣らされていない芝生が腹に当たってちくちくとした。
〈止まり木のちかくに来れるなんて〉
 スージーは感激している。
〈私たちもいつかここで羽化するのね〉
 木々の奥を掻きけて進むと、一番奥、ドームの壁で影になっているところに、それはあった。さなぎで、くすんだ金色だった。たぶん、中に誰かいたときは、金色にぴかぴかとしていたのだろう。
〈どうやって作るのかしら。ママは本能よ、っていうけど、作り方なんてわからないわ〉
 言いながら、よく見ようと後ろ脚を使って立ち上がったスージーが悲鳴を上げた。
〈なにかいるわ〉
 アンナも後ろ脚に力を入れて立ち上がろうとするけども、スージーとは身長が違うため、さなぎの裂け目が見えない。
〈なにがみえるの〉
 尋ねても、スージーは顔色を悪くしているだけで、何も答えてくれない。
「何をしているのかしらあなたたち」
 振り向くと、今日はいないはずのママ・ベルとほかのママたちが薄く笑顔を浮かべてアンナたちを取り囲もうとしていた。
「悪い子ね、お昼寝もせず冒険なんて。そんなに悪い子はいいさなぎになれないわよ」
 ヒッ、というようにスージーが体を震わせたのがアンナにも分かった。
***
 柵は作り直され、アンナの力では動かなくなってしまった。スージーもあれから様子がおかしく、あまりごはんを食べなくなってしまった。
「スージーは一番乗りの羽化のはずだったのに」
 と、ママたちのひとりがため息をつくのを聞いた。アンナのせいね、という響きがあり、アンナはママに嫌われたかも、と、少し残念に思った。
「アンナは賢いのね」
 と、ママ・ベルだけはアンナに優しかった。
 幾日かの夜が来て、朝が来て、ご飯を食べ、排泄をした。がりがりだったアンナも、蜜のご飯をたべるとほめられるのがうれしくて、積極的に食事をとるようになった。スージーは、何か言いたげにアンナを見ることが多くなる。芋虫たちは、皮膚が固くなる兆候があると、柵から自由に出してもらえるようになった。さなぎになる木に留まるために移動しなければならないからである。
 皮膚が固くなる兆候があると、そのあとに芋虫たちは下痢をした。さなぎになってからは、ご飯を食べないので、固形物が腸の中に残るのを防ぐためである。
〈スージー、私たちもう少しでお別れみたい〉
 ある夜、アンナは柵越しにスージーに話しかけた。もう何人も、さなぎになるために柵の外に出て行った。翌朝には、止まり木にさなぎの抜け殻があって、ママたちは嬉しそうに芋虫たちに報告するのだった。
「みんなきれいに羽化しましたよ。みなさんも早く羽化しましょうね」
 アンナの柔らかだった胸から腹は、こわばった背中の皮のように皮膚が固くなり始めていた。これがさなぎになる兆候なのだ、早く何かに上りたい、というような衝動もあった。
〈あなた何を見たの?〉
 スージーはしくしくと泣き始めた。
〈さなぎの中に翅のない蛾がいたの〉
〈蝶じゃなくって〉
〈醜い蛾よ、私たちはきっと蛾になるの〉
 アンナは誇らしくさえあった腹のこわばりが、急に忌まわしく思えてきた。
〈考えても見て、私たちとママは違いすぎるわ〉
〈そうだけど〉
〈きっとママたちには何か目的があって〉
 アンナたちはママの気配を感じて、口をつぐんだ。
「アンナ、おなかを触らせてくれないかしら」
 と、ママ・ベルが言った。ぐっと柵から身を乗り出して覗きこんだその顔は、いつにもなく美しかった。ひとしきり触診すると、「そうねもう少しね」
 アンナはママに気づかれないように安堵の息を漏らした。
「あなたはもっと食べなきゃ」
 と、スージーの体に手を差し込んで柔らかなおなかをキュッとつまんだ。スージーはびっくりして、おもわずママ・ベルを小さな口で噛んだ。
「なんていう子!」
「なんていう子!」
「なんていう子!」
 ほかのママもママ・ベルの美しい悲鳴に気づいて、やってきた。
「お仕置きを!」
「お仕置きを!」
「お仕置きを!」
 柵をやすやすと取り外すと、スージーをどこかへ連れて行ってしまった。
 我慢しても、日に日にアンナの皮膚は固くなり、仲間たちは一人ひとり減っていった。スージーは数日して戻ってきた。ドームの外に出たという。
〈ドームの北に通路があって……〉
 でも、ママたちの監視が厳しくなり、なかなか会話ができない。もどかしくしているうちに、アンナも柵の外に出る日が来た。もう皮膚が伸び縮みしないので、歩くのもやっとだった。それでも、止まり木を目指してしまう本能には逆らえない。あの取り残された奥の止まり木まで向かうと、その木にとまった。前のさなぎはなくなってしまっていた。
 木によじ登ると、地面に向かって下痢をした。それでようやくもう時期が来たのだ、と、悟った。口から煙のように糸が出た。それを繰り出していくと、脚の力を緩めても木と体が密着して落ちなくなるほど強固に結わえ付けられた。
 次第に意識がもうろうとしていく。皮が殻のように固くなり、白く透明になったかと思うと、乳白色に濁ってさらに固さが増した。アンナは殻の中でもう一度卵にもどったと思った。やはりママたちの声が外からしたからだ。
「この子を最初にやらなきゃ、逃げられそう」
〈ねえママ、何を言っているの?〉
 やがて光が差してきた。まぶしくて何も見えなかった。

文字数:4216

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