梗 概
悪の組織のITコンサル
浅野が経営するITコンサル会社ネクストディジットに怪人がやってきた。全身真っ黒で目も鼻も口もない。彼は日本征服をもくろむメギド騎士団の下っ端。コードネームはエレミヤ17号。17号から事情を聴く。先日5人組ヒーロー、ダリアクリスターの襲撃によりメギド騎士団は壊滅状態に。創始者である博士ら上層部は全員やられてしまった。落ち延びた怪人たちで力を合わせて抵抗しているが劣勢である。DXで体勢を立て直したい。とのこと。
浅野はメギド暫定基地に赴く。人里離れた山中。怪人は残り100体くらい。小川のほとりの掘っ立て小屋でなんとか暮らしていた。
その時ダリアクリスターが来襲。怪人たちは応戦するが、全く統率が取れておらず、各個撃破されて行く。
浅野は即座にソリューションを提案。安価なマイコンボードにGPSモジュールを付け、各怪人の居場所を本部で一括把握しよう。通信はZigBeeのメッシュネットワーク。最寄りの味方から30m以内にいればそれを踏み台にネットワークと繋がる。本部から怪人への指示は、音声では容量が大きすぎるので、進め・戻れ・右向けなどのコマンドを規格化し、数バイトで意思疎通できるように。
浅野のソリューションを購入したメギドは、17号の指示の元、組織的守備を展開。ダリアクリスターを好位置におびき出し一気に叩く。たまらずダリアクリスターは逃げ出す。歓喜に沸くメギド騎士団残党。
一方そのころ、ダリアクリスター属する県庁の防災課メギド対策係では。
黄ダリアが先の戦闘で負傷し退職することに。代わりに入った新・黄ダリアは、ITコンサル会社巴川電算からの出向でITに詳しい。
黄ダリアは偵察ドローンを組み合わせた攻撃を提案。その作戦は上手く行き、怪人たちに有効打を与えていく。
浅野は瞬時に敵の弱点を見抜く。ダリアクリスターは後衛からの指示で動いている。通信にはスマホとイヤホン。であれば、大きな音を出せば聞き取り辛くなる。怪人は奇声を上げ、枝をゆすり、角笛を吹き鳴らす。作戦は成功。混乱をきたしたダリアクリスターは退却。
安堵も束の間、今度は超高性能ノイズキャンセリングヘッドセットを装着し攻めてくる。騒音作戦が通じない。追い詰められたメギドは、一旦暫定基地を放棄し、森の奥へ逃げ込む。浅野はNTTやKDDIのHPから電波のカバーエリア図をダウンロードし、圏外に逃げるようアドバイスする。ダリアもこれには対応できず、本日は完全に撤収。
翌日、駅前の会議室にて。机を挟んでネクストディジットと巴川電算の営業が会談。
浅野「メギドはまだお金を持っていそうです」
黄ダリア「では、もう少し引き延ばしましょう」
浅野「Starlinkを提案されてはいかが?」
黄ダリア「いいですね。そちらはは赤外線の侵入検知装置をご提案なさい」
邪悪なITコンサルには気をつけたいものである。
文字数:1170
内容に関するアピール
本当に気をつけてください。
最初:悪の組織をコンサルする人
最後:コンサルが悪の組織
という、反転です。
コンサルの活躍をしっかり描いていくことで、オチの威力が出ると思っています。
ITコンサルにも
・システム開発の設計を担う
・ハードウェアの導入支援を請け負う
など色々あり、そこも二人の人物に反映しました。
ところで僕は幼少期に田舎に住んでいました。よく猪が出て畑を荒らされました。市役所に訴え出ると担当者は親身に聞いてくれるのですが、その方も何か権限や予算を持っているわけでなく、眉毛をハの字にされてました。
ダリアクリスタ―陣営の『末端は真剣に戦っているけど行政全体で本気で取り組んではなさそう』な温度感は、その時の雰囲気を再現しています。田舎出身の方なら共感してくれそう。
舞台は明示していないですが、名古屋市中心部と、そこから車で1時間くらいの岐阜の山岳部をイメージしています。
文字数:384
悪の組織のITコンサル
駅前雑居ビルの二階、オフィスデスクが並んだ執務エリアからパーティションで区切られた、簡素な打ち合わせスペースで、浅野は固く腕を組んだ。
浅野はITコンサルタントである。顧客の課題をITで解決することが仕事だ。その点、今、目の前にいる相談者が抱える問題は、まさに得意分野に思えた。しかし。
対面に座る相手をもう一度眺める。あるのは人型の影だけ。スポンジ質の全身。真っ黒の顔。髪も目も鼻も口もない。だが、浅野には、その相手がどこを見ているのかなんとなく感じられた。浅野は相手に視線を合わせて言った。
「確かに、お客様のイシューは、ウェルノウンなソリューションをソリッドにアジャストしやすい要件に思えます」
依頼主は少し身を乗り出した。だが浅野は、期待を膨らませてしまわぬよう、すぐに言葉を継いだ。
「ですが、怪人となりますと……」
その先をなんと言葉にするべきだろうか。
逆ならまだしも、悪の組織のコンサルを引き受けたと知られたら、信用問題は必至である。事の次第では浅野の事務所が戦隊ヒーローに襲われかねない。ここはお引き取り願う以外の選択肢はないだろう。
「やっぱりそうですよね」
怪人は露骨に肩を落とした。
「ええ、すみません」
怪人はため息を一つつくと、背筋を伸ばし、湯呑の緑茶を一口で飲み干した。
「ごちそうさまです」
体のどこに吸収されるのかと若干の不安を覚えつつ、浅野は愛想笑いを浮かべた。
「お口にあいましたか?」
「ええ。とてもおいしかったです。普段は水とガソリンしか飲みませんので」
「そうですか……」
怪人は立ち上がった。
「お時間ありがとうございました」
浅野は「いえ、こちらこそ」といい、怪人を階段に案内した。別れ際になんと言うべきか。またお願いします、は違う。来ないで欲しいから。頑張ってください? 悪の組織に頑張られても困る。結局、丁度良い挨拶が思いつかず、ただ頭を下げて怪人を見送った。階段を降りる怪人の足音は、ほとんど聞こえなかった。
大通りは駅のロータリーに続く。怪人は、ブリーフケースから一枚の紙を取り出した。その最後の行の頭にボールペンでバツマークを付ける。
「帰ろう」
怪人は背を丸めて歩き出した。次のアテはない。自然と、人の少ない方へ足が向く。街灯の並んだ大通りを外れると、既に日が落ちていたことに気づかされる。所詮怪人。日の当るところに怪人を助ける者などいない。
「よう、そこの負け犬」
突然電柱の陰から一人の男が現れた。
「な、なんですか」
男がゆっくりと近づく。
「どうしたんだ? 悪の組織のDXを引き受けてくれるコンサルタントが見つからなくて困ったなぁ、みたいな顔して」
「誰なんですか、一体」
怪人の語気が荒い。
「俺の名前は五十嵐福太郎。ITコンサルタントだ」
「ちょっと存じ上げないのですが」
「そうかい、じゃあ、覚えておけ」
五十嵐と名乗った男は胸ポケットから名刺を取り出すと、指に挟んだそれを怪人に押し付けた。
「お前、名前は?」
「エレミヤ17号」
怪人は生み出された時に振られた識別子を答える。
「よし、17号。俺と契約しろ」
「お断りします」
エレミヤ17号は目の前に立つ男を眺める。スリーピースのスーツに先の尖った革靴。いくらコンサルタント探しが難航していると言えど、こんな怪しい男に頼るわけがない。それに。17号は押し付けられた名刺を見る。名前の下に一行のキャッチコピー。『経費精算システムに強いコンサルタント』。
「怪人は会食しないので」
今、組織に必要なのはロジスティクスである。だからこうやって、物流や在庫管理、人事に強いITコンサルタントをピックアップして周っていたのだ。領収書の整理をしてほしいわけじゃない。
「失礼します」
17号は五十嵐を押しのけて進んだ。
「お前は分かっていない」
その背中に五十嵐が言う。
「前らは先の決戦に敗れ壊滅状態」
17号が足を止めた。
五十嵐の言葉はその通りである。日本征服を目指したメギド騎士団は、5人組戦隊ヒーロー・ダリアクリスターと戦い、敗北した。創始者である隅武夫博士が倒され、その他幹部らも失った。落ち延びた怪人たちで何とか最後の抵抗を続けているのが現状である。だがメギド騎士団は組織としての機能を完全に失っている。
「今、お前たちの望みはDXだけだ。そうだろう?」
17号が振り返る。
「教えてやる。組織管理とは、計画と報告だ。予算と決算を制する者が組織を制する。そこで、弊社がお薦めするERPシステム『UnityHarmonix』を導入すれば、怪人たちの行動を綿密に計画し、正確にトレースできる。お前たちの組織は、必ず正義のヒーローに勝てる」
五十嵐がチラシを取り出して17号の前に掲げた。突然のセールストークは、むしろ17号の頭を覚ました。
「そういう口車には乗りません。悪しからず」
17号は五十嵐を置いて再び歩き出した。
「このままなら、いつまでたっても負け犬だぞ」
五十嵐が投げた乱暴な言葉を無視する。
とその時、カバンの中で無線機が嫌な電子音を立てた。
『敵襲! 敵襲!』
17号は慌ててそれを取り出す。
「どこだ?」
『こちら第1支部、ダリアクリスターの襲撃を受けた。応援求む。急いで』
17号は闇に駆け出した。
第1支部は町外れにある大きな倉庫である。エレミヤ17号が第1支部についた時、既に勝負が決していた。エレミヤ17号は出入り口付近の床に倒れ伏していたエサウ39号を助け起こす。
「何があった?」
その怪人は17号に摑まりながらなんとか身を起こした。肩には右腕が無い。エレミヤ17号はあたりを見渡す。手近なところに一本の腕が落ちている。それを拾ってエサウ39号の肩に押し当てる。繋がった。しかし、その腕は本人の意志に反してジタバタと暴れ、終いには39号の顔を殴り始めた。39号は左手でその腕を掴むと、力任せに引き抜く。
「これ左腕だろ」
「すまん」
もう一度見渡す。今度は少し離れたところに右腕が落ちていた。それを拾ってきて繋げる。
「突然ダリアが現れたんだ。散々荒らして帰って行った」
またこのパターンか、とエレミヤ17号は思う。このところヒーロー戦隊ダリアクリスターは不定期に現れ、怪人を壊し、去っていく。まるで、突発的なストレスを発散するかのように。
支部に客が現れたのはその後間もなくのことだった。随分不機嫌そうな女だった。
「犀沼マリカ。隅武夫の娘」
女がぶっきらぼうに名乗った。怪人たちに戸惑いが広がる。しかし、構うことなく犀沼マリカは単刀直入に用件を切り出した。
「アンタたち、荷物をまとめて、さっさと出てってくれない?」
とても厄介なことが始まったと、怪人たちにも分かった。代表してエレミヤ17号が、遠慮がちに抗議する。
「出て行けと言われましても」
「出て行くだけでしょ?」
「いえ、ここは隅武夫博士の目標である日本征服のために必要な拠点でして……」
その声を遮り、マリカは叫んだ。
「日本征服とかどうでもいいの」
張り詰めた空気に叩きつけられた言葉が、薄い壁に跳ね返る。
「父には莫大な資産があった。父が死ねば全部私の物になるはずだった。なのに、父はこんなふざけた組織を作って、遺産がどんどん減っていくの、もう見てられなかったわ。でも、もう父はいない。組織も基地も全部私が相続する。だから、私に決める権利がある。分かるわね? 今すぐ全ての施設を開け渡しなさい」
腰に手を当てたマリカがエレミヤの顔を覗き込んだ。
確かに人間界の掟に従えばその通りだということは、怪人たちにも分かる。しかし、いきなり出て行けと言われても、住む場所も仕事もない。一同は頭を抱えた。
その時、倉庫に「ちょっと待て」と声が響いた。スーツを着た胡散臭い男が入ってくる。その男を見て、目を見開いたマリカがつぶやく。
「お前は……五十嵐福太郎」
さっきのITコンサルタントだった。
「あ、知り合いだったんですか?」
17号の疑問を無視して五十嵐は話し始めた。
「メギド騎士団の財産はほとんど非合法に入手したもの。今後も多額の賠償金を請求されるだろう。つまり、お前に資産は残らない。むしろ、負債を背負うことになる」
マリカの口がポカンと開いた。
「速やかに相続放棄しないと大変なことになるぞ」
「そ……そんな」
「だが、もし今後メギド騎士団を維持できれば」
五十嵐はそこで言葉を切り、マリカの耳に口を寄せた。そして何事か囁く。顔をしかめて聞いていたマリカは、五十嵐の話が終わると、さらに眉間の皴を深くして、「本当でしょうね」といった。
「本当だ」
「でも、どうやってダリアクリスターに対抗する気? このご立派な騎士の皆様で」
マリカは床に積みあがった怪人たちを指さす。
「そのために経費精算システムの専門家である俺が来た。弊社がお薦めする『UnityHarmonix』を導入すれば――」
「いや、それもう聞きました」
流石に17号が口を挟む。しかし、五十嵐はさらに大きな声でそれを遮り続ける。
「なぜ、メギド騎士団がダリアクリスターに勝てないのか。それは、味方の居場所が分からないから。だから、各々が勘に頼って行動し、不利な局面に誘き出され、各個撃破されていく」
五十嵐は一つ間を取った。
「そこでUnityHarmonixの出張管理機能を使えば」
iPadを取り出し、17号に突きつける。大写しのGoogleMap。うごめく10個の赤い点。
「部下の居場所が見える化。さらに、上司用画面の出張指示機能を使えば、リアルタイムに部隊を展開できるのだ」
「いや、戦争ってそう言うものでは……」
だが、マリカは別の捉え方をしていた。
「良さそうじゃない?」
17号は言葉を失った。
「じゃあ、あなた」
マリカは17号を指差す。
「今後も日本征服活動を続けなさい」
そして五十嵐に片手を挙げ「あとは任せた」と言い残して去っていった。
「そう言うことだ。早速案内してもらおう」
「どこに?」
「決まっている。音霧山にあるんだろう、お前たちの本部」
17号は額に手を当て、ふるふると首を振った。もうどうにでもなれ。
「ダリアクリスターの狙いは本部だ。可能な限りの怪人を本部に集めろ」
それはそうと、あの二人はどう言う関係なのだろうか。あの耳打ちはなんだったんだろうか。17号の頭に大きな違和感がこびりついていた。
さて。メギド騎士団本部にて。
「僕たちスマートフォン持ってないんですけど」
上機嫌でシステムの運用手順を語る五十嵐福太郎に、エレミヤ17号は険のある声で反論した。五十嵐は小馬鹿にしたようなため息を吐くと、ゆっくりとコーヒーカップを持ち上げ唇に当てた。
五十嵐の説明によると、UnityHarmonixなるシステムには構成員用のスマホアプリが用意されており、各自はワンタップで居場所を報告できる。その情報は上司用画面にビジュアライズされる。だからこれこれのアプリを全員インストールせよ、という。
五十嵐は「そんなこともわからないのか」とも言いたげな嫌味な笑顔を浮かべたままカップを置く。
「……」
「……」
「……」
「え、もしかして知らなかったんですか?」
「知らなかった」
五十嵐はキッパリと言い切る。
「怪人500体いるんですよ。その全員にスマホ買って通信料払ったらいくらかかると思ってるんですか」
「考えたこともなかった」
「そもそも、この辺りはほとんど携帯の電波は入らないんです」
17号は窓の外を指差した。ここは深い深い山の中である。
「普段はどうしているんだ?」
「無線機を10台くらい持っています。小隊を組んで」
「それはお困りでしょう」
それはお困りでしょう。ITコンサルタントがいいそうなことだ、と17号は思った。
「そのシステムではスマホアプリ以外にないんですか? 入力方法」
「ない」
「ない?」
「いや、手入力はできる」
これだから現場を知らないITコンサルタントの言うことなんて役に立たない。
「お帰りいただいてもいいですか? 僕は訓練に戻りたいので」
17号は席を立った。背を向けた彼の肩を、五十嵐は強引に掴んで振り向かせる。
「訓練なら毎日しているんだろ」
「していますが」
「毎日訓練をして、それでもダリアクリスターに勝てないんだろ。昨日と同じことをしたって負けると分かってて、なんで今日も同じことをするんだ」
「関係ありません。僕たちは全力を尽くすだけです」
「違う」と五十嵐は机を叩いた。
「全力を尽くすのがプロじゃない。最善を尽くすのがプロだ。作業量に甘えるな。どんなに厳しくても一番いい方法が見つかるまで考え抜くんだ」
「そのお言葉、今日家を出る前のあなたに聞かせて差し上げたいです」
17号は部屋を出た。
本部防衛戦を想定した演習では、斜面の上から石を投げる、木の枝から飛びかかるなど、地形を活かした戦闘の実践訓練を中心に行う。欲を言えば、より組織的な戦いを仕込みたいところだ。しかし、怪人同士で連絡を取るまともな手段がない。必然、それぞれがなるべくダメージを与える以外にできることがない。
約30体の怪人が各自のトレーニングに取り組んでいたその時のことである。
「ふはははは」というまるで悪党のような笑い声と共に正義の味方が現れた。赤ダリアを中心にポーズを決め、「ヒーロー戦隊ダリアクリスター、ただいま参上」と口上を述べると、手当たり次第に手近な怪人を殴り倒していく。エレミヤ17号は即座に無線機を取り応援を要請した。その間にも、1体また1体と怪人が薙ぎ倒される。
勇敢な怪人が黄ダリアに飛びついた。黄ダリアは振り払う。その隙に別のもう1体が飛びつく。黒い影が続々と加わっていき、団子状の大きな塊を形成する。黄ダリアの動きを完全に封じたか。しかし、黄ダリアの「ダリアナックル!」という叫び声が聞こえるやいなや、怪人がまとめて吹き飛ばされる。眩い光に包まれた正義ヒーロー。片膝をつき、右手拳を地面に押し当てていた。地面を叩きつけて爆雷を生む、黄ダリアの必殺技である。
「しまった」
17号が呟いた。ダリアナックルの衝撃で捲れ上がった斜面から土が、石が、木が流れ始める。怪人たちは身の安全を求めて散っていく。17号は流れた土砂を追い、山を下る。この下には細い市道がある。そこが塞がってしまうと、地元住民に多大な迷惑がかかるのだ。それは避けたい。
しかし不運にも、17号が辿り着いた時、道路を分断する一盛りの土がそこに鎮座していた。可及的速やかにこれを退けるにはどうすればいいだろうか。
「ダリアクロスボウ!」という叫び声が耳に届いた瞬間、風を切って飛来した矢が17号の右膝を切り裂き、貫通し、アスファルトに突き刺さる。見上げると、桃ダリアが輝く弓を引き、こちらを狙っている。17号は慌てて足を繋げて逃げ出した。
「ダリアビーム!」
青ダリアが放った熱戦が宙を薙ぎ、遠くでガードレールを切り裂く。
17号は用水路に飛び込んだ。怪人は泳ぎが速い。
ずいぶん遠くまで来たものだ。広がる田園。水から上がったエレミヤ17号は疲れ果て、畦道に倒れこむ。大地に背を預ければ青い空。動き出す気力の出ぬまま、何十分もそうしていた。
視界を遮ったのは、ガーデニング帽を被った高齢女性の顔だった。
「おみゃー怪人か?」
17号は身を起こす。
「はい。そうです。すみません。ご迷惑はおかけしません。すぐ帰ります」
「イノシシか思たがね。怪人ならええて」
女性はそれだけ行って歩き去ろうとした。
「あの、すみません。この辺りの田んぼはお婆さんが管理されているんですか?」
「んだね」
「ずいぶん広いですけど、お一人で?」
「昔はえりゃかったがね、今はIoTあるもんで」
IoT。確かに田んぼのそこかしこに日照や水温を計測するセンサーが刺さっている。こんなところにもDXは訪れていた。17号は、自分たちがどれほど時代に取り残されているか実感した。
「しかしお婆さん、この広さではWi-Fiも届かないでしょう。どうやって通信しているですか?」
「ZigBeeに決まっとるだら」
「じぐびい?」
本部に戻ったエレミヤ17号は、五十嵐がまだ部屋に残っていたことに安堵した。
「ZigBeeを使いましょう」
そのITコンサルタントが「ほう」と返す。17号はホワイトボードの中心にお城を描き、本部と書き添える。川、崖、道路と、音霧山の地形を略図にマッピングしていく。
「お婆さんによるとZigBee規格の伝送距離は50メートル程度。そこで――」
10個余りの棒人間が書き込まれ、その間が線で繋がれていく。蜂の巣のようになった。
「端末を付けた怪人をメッシュ状に配置します。端末はArduinoで作り、GPSとZigBeeを載せる。これで怪人の位置をリアルタイムに本部で把握できます。これが、僕が見つけた最善手です」
17号がホワイトボードを叩く。五十嵐はしばし黙考したが、深く頷いた。
「良い」
「早速作りましょう!」
「分かった。UnityHarmonixのAPI情報を共有しよう。頑張れ」
自信の漲っていた17号の顔が曇る。
「作ってくれるんじゃないですか?」
「ITコンサルはコードを書かない」
「ダメじゃないですか」
「まあ、普段なら協力会社に発注できる」
「お願いしますよ」
「お前はバカか。悪の組織に協力する会社なんてあるわけないだろ」
五十嵐が腕を組んで一喝。
「じゃあどうするんですか」
「お前たちで開発するんだよ」
17号はがっくりと膝を落とした。
怪人たちが初体験のプログラミングと電子工作をやり遂げたのは、数日後のことである。
「いや、さすが怪人だな」
五十嵐は素直に感心しているようだ。
「なんでこんなことしないといけないんですか」
「ちなみに、人間界には『プログラマー35歳定年説』という言い伝えがある」
「やっぱりあれですか。思考力が落ちてくるんですか?」
「いや、目がショボショボして腰が痛くなるからだ」
「そうですか」
「その点怪人は疲れ知らずだからプログラマーに向いていると思う」
「そうですか」
メギド騎士団残党は早速訓練にかかった。
組み立てた通信端末は首に取り付けることにした。腕よりも戦闘で壊れにくかろうという判断だ。
UnityHarmonixを用いると山腹に展開した怪人たちの居場所がグラフィカルにわかる。GoogleMapの等高線は頼もしい。有機的に互いの間隔を一定に保つ組織に、17号は期待を覚えずにはいられない。
事前の打ち合わせでは、ここでダリアクリスター役の怪人が登場する手筈になっている。
『訓練、訓練。こちらラハブ35号。赤ダリアと接敵』
17号は敵周辺の怪人に指示を出し、ダリアクリスターを地形有利なポイントへ誘き出していく。三方を切り立った崖に囲まれた見通しのいい河原に出たところで、待ち構えていた怪人に一斉攻撃の合図を送る。順調だ。本番もこの通りにできればダリアクリスターを倒せる可能性は十分にある。だが、17号は不穏な気配を感じ取っていた。明らかに動きの遅い一団を見つけたのだ。
「アブラム2号か」
17号は訓練の終了後、メギド騎士団の中でも重鎮とされる怪人に会いにいった。
「俺たちはお前たちのオモチャじゃねえんだよ」
アブラム2号の怒鳴り声が17号の背筋を凍らせた。
「こんなペットみたいな首輪つけさせやがって。コマ扱いか?」
17号には理解ができなかった。連戦連敗のメギド騎士団である。だから、この計画が順調に進んでいることを全員が喜んでいると思っていたのだ。まさか、こんな形で身内から非難されるとは想像していなかった。
「俺たちにはな、俺たちの戦い方があるんだよ。邪魔するな」
アブラム2号の嫌味を散々聞かされた17号は、本部に戻り、五十嵐と二人きりの部屋でこぼした。
「そんなふうに言われるとは思っていませんでした」
「そうか」
五十嵐はコーヒーカップに口をつけた。
「でもな、よくあることなんだ」
そう言って遠い目をした五十嵐は何を思い出していたのだろうか。
「DXの本当の山場は予算作りでもプログラミングでもなく、現場の心を掴むこと」
「どうしたらいいんでしょう」
「教えてあげられるテクニックはたくさんある。でもな、結局人を動かせるのは信頼だけだ。それ以外にない」
アブラム2号の信頼を得るにはどうするか。17号が悩み抜いて出した答えは、2号の仕事を体験させてもらうことだった。それで何が変わるかわからないが、まずは相手をよく知りたい。
2号は相変わらず不機嫌そうだったが、今日の仕事に同行したいと申し出た17号を追い返すことはなかった。
「本日の任務はガソリンの調達だ」
「はい」
17号はメモ帳を取り出して耳を傾ける。怪人たちの食事になるガソリンを買いに行くのだろう。
「行き先は天岸村」
天岸村、と書き込んだところで首を傾げる。
「天岸村にガソリンスタンドありましたっけ?」
「ばーか野郎。怪人がガソリンスタンドに買いに行って、売ってもらえるわけないだろ。悪の組織だぞ?」
「じゃあ、どうするんですか?」
「停まってる車から少しずついただくんだよ」
「そんなことしてんすか?」
「そんなこととはなんだ? 誰のおかげで飯が食えてんだ」
気押された17号は「すみません」と小さく詫びる。
「出発は21時だ。遅れるなよ」
田舎の21時はとても暗い。山道を疾走する二人の怪人の姿を捉えられる人間はいないだろう。しかし。
「おい、ガチャガチャうるさいぞ」
音を鳴らさないように3つのガソリン携行缶を持ち運ぶような器用さは、17号にはなかった。
最初に見つけたのは白い軽トラック。
「こういう、外からガソリンタンクを開けられる車はやりやすい」
2号はキャップを外す。17号がサイフォンポンプを使って缶に移し替えていく。適当なところで2号が次の車に行けと身振りで示した。
「1台からたくさん取りすぎると怪しまれるからな」
次の車は、運転席のレバーを引かなければ給油口のカバーが開かないタイプだった。2号は車の下に頭を突っ込み、17号を手招きした。
「これがレバーとカバーを繋ぐケーブルだ」
これが、と言われもその手元は見えない。スポンジ質の腕が何重にも折れ曲がり、さまざまな隙間と隙間を通って、どこかわからない場所に侵入していたからだ。
「これを引く」という2号の言葉通り、車体後部からカチリと音がした。
「まあ、この辺は経験で覚えろ」
再び給油口の隣に立つ。
「この車は、ガソリンの逆流防止弁がついている。ポンプは使えない」
「どうするですか?」
「頭を突っ込め」
「はい?」
17号は2号と何秒も見つめあった。目はないけれど。
「ほら、早くやれよ」
「突っ込んでどうするんですか?」
「吸う」
「あ、そうですか」
17号は渋々ボディに両手をつき、狭い筒に頭を押し込んだ。50センチほど進んだところで、頭がガソリンに沈んでいく。その液体をできるだけたくさん吸い込み、頭を引き抜く。2号が携行缶のキャップを開けて待っていた。それを受け取ると、釣られたフグのようにピューとガソリンを吐き出す。他に方法はないのだろうか。
「油種と缶を間違えるなよ」
角を曲がって1台の車がやってきた。中型のバンだ。二つのヘッドライトはすぐそこまできている。この辺りの道は曲がりくねっているので、接近するまで気づかなかったのだ。17号は今しがたガソリンを入れた缶を持ち、慌てて物陰に隠れる。ところが、軽トラのガソリンを入れた缶が路上に置き忘れられていた。17号が気づいた時には、車は缶まで数メートルのところに迫っている。もしあの車が缶を轢いてしまえば大爆発するかもしれない。咄嗟に車の前に飛び出し、缶を拾い上げる。急ブレーキは間に合わず、17号の体が跳ね飛ばされた。しかし、17号はしっかりと携行缶を抱きかかえ、自身の体で衝撃を吸収する。宙を舞った17号は突き当たりの民家の2階の窓に激突。ガラスを突き破り、部屋の中に転がり込む。
慌てて起き上がり、窓から下を見ると、車を飛び出した運転手が「タヌキか?」と叫んだ。タヌキということにしておいてください。
室内を見渡す。勉強机。参考書。子供部屋だろう。埃の積もり方から、すでにこの部屋の主は家を出ており、普段は使われていないと見当がつけられる。机には一枚のハガキが置いてあった。人様宛の手紙を勝手に読むのは大変お行儀が悪いと知りつつも、17号はその表を見た。
『栗野工業高等専門学校合同同窓会のお知らせ 建築学科 犀沼亮介殿』
犀沼。最近聞いた名前である。
本棚には小学校の卒業アルバム。17号は小声で「ごめんなさい」と謝りつつそれを広げる。そしてその中で意外な人物と出会うことになる。
隅マリカ。隅武夫博士の娘であり、第1支部に乗り込んできた女性だ。顔は大人になっているが、面影は全く一緒である。
もう一人は五十嵐福太郎。この名前がここにあることの意味を考える。17号の頭の中で、朧げながら全体像が見え始めていた。
ちなみにアルバムの持ち主である犀沼亮介は子供ながらに厳つい顔つきの少年であった。将来の夢は大工さんと書いてある。
と、階下から足音。
「まずい」
17号は卒業アルバムを棚に戻し、窓から脱出を企図した。しかし、目の前の道路にはバンが止まっており、運転手がこちらを凝視している。どこから逃げるか。足音は既に階段を上り切り、この部屋の扉に向かっている。
17号は意を決し、ガソリンを抱えて軒から電線に跳び移った。
「猿じゃ!」
運転手の叫び声が聞こえた。そういうことにしておいてください。
電線は絶縁体で覆われているので感電することはない。ガソリン缶を持っている分バランスはとり辛いが、綱渡りの要領で線の上を歩ける。電柱に、その隣の電柱に移っていく。丁度、小川の反対側に延びる電線に辿り着いた。近くに橋は無い。向こう側に行ってしまえば完全に逃げ切れる。その線に足を掛ける。中ほどまで来たところで、突然の浮遊感。電線が切れたのだ。17号は慌てて電線にしがみつくが、その電線が支えを失ったのだから意味がない。振り子を描いた17号は小川に落下。視界が真っ白に染まり、凄まじい騒音が頭を殴りつける。電流が17号の体を駆け抜けたのだ。そしてその火花がガソリンに火をつけた。巨大な噴水。天に届くような火柱。燃え上がった水面が下流に流れ、夜の森を煌々と照らした。
黒焦げになった17号は河原に打ち上げられた。気を失っている17号を見つけたアブラム2号は彼を背負った。
目を覚ました17号は言った。
「すみません。ガソリンをダメにしてしまって」
ぶっきらぼうに2号は答えた。
「しょうがない奴だな」
「本当にすみません」
「でもお前、根性あるな」
何と答えればいいのか分からなかった。それ以上に、ふと自分の状態を認識して恥ずかしくなった。
「あ、あの歩けます」
「いい。怪人だからこのくらい」
17号はそれっきり黙った。
深い森の中で、一度だけ2号が話を切り出した。
「あの端末だけどよ」
「はい」
「音声じゃなくてバイブで指示してもらえないか?」
「振動ですか?」
「聞こえないことがあるんだよ、戦場だと。あらかじめこの振動パターンはこの行動って決めておけば、音がなくても指揮できるだろ。電池や通信速度的にもそっちの方が得じゃないのか」
「できますけど、でも、そんな人を駒みたいに扱うのは……できないです」
背負われた17号には2号の表情は見えなかった。
「大丈夫。お前のいう事ならみんな聞くべ」
再びダリアクリスターが現れた。
地図にマッピングされた位置情報を頼りに、17号は怪人を詳細に動かす。練度と伝達効率に裏支えされた機動力でヒーローを誘導し、ついに切り立った細い谷に引き込む。崖の上に設置した投石器の前まで来れば、勝利は確実だろう。
だが、ダリアクリスターは何かを察知したのか退却をはじめ、森の中に姿を隠した。
ここで仕留められなかったのは痛い。しかし、深追いするリスクも大きい。17号はフォーメーションを組み直すようコマンドを送り直す。
ところがその時、地図からアブラム2号が消えた。2号は編隊の最も外周に位置していた。通信端末は仕様上、最寄りの怪人から50メートル離れるとネットワークから孤立する。2号はダリアクリスターを追いかけたのか、それよりももっと悪いことが起こったか。胸騒ぎを覚えた17号は、指揮を任せ、現場に降りた。
アブラム2号が消えた地点で、17号はひどいものを目にした。人間だ。人間が木に縛り付けられている。近づいてみると、それは五十嵐福太郎であった。手足も縛られ、口にガムテープを貼られている。なぜこんなところにITコンサルタントがいるのだろうか。
黄色いコスチュームが走り去っていくのが見えた。本部から離れる向きに遠ざかっていく。17号はその場に五十嵐を置いて黄ダリアを追いかけた。
既に部隊から遠く離れ、17号の通信端末は孤立状態になっていた。ところが17号が黄ダリアとの距離を詰めると、通信端末がコネクトされた。ログを見ると相手はアブラム2号。だが、その座標にいるのは黄ダリア。
いったいどういう事なんだ。これまで起こったことを一つずつ思い返す。17号の頭の中でパズルが組みあがっていく。
もうすぐ黄ダリアに追いつく。17号は森を抜け、開けた斜面に躍り出た。ここを下った先にある川を越えれば市街地も近い。
「ダリアクロスボウ!」
突然、横から飛来した矢が脇腹に突き刺さった。17号は地面を転がった。そこへ杭で留めるように両手両足に矢を撃ち込まれる。完全に動けなくなった。
椅子に縛り付けられたエレミヤ17号があたりを見渡す。コンクリートの床。飾りのない天井に走る配管と照明のレール。倉庫だろうか。だが、第1支部とは違い掃除が行き届いている。お洒落チェアや観葉植物の様子から推測すると、むしろベンチャー企業のコワーキングスペースのようなところかもしれない。
「こいつ幹部クラスじゃないか?」
赤ダリアが言う。
「いいえ違います」
17号はきっぱり答えた。
「じゃあ殺していいか」
「幹部です。司令官です」
「じゃああこの素敵な首輪の仕様を教えて」
桃ダリアが優しく聞いた。
「言う訳がないだろ」
毅然と答える。
「じゃあ取り外して調べるしかないな」
緑ダリアが巨大な枝切ばさみを開き、17号の首に押し当てた。通信端末のバンドではなく、怪人の首の方を切って取り外すつもりのようだ。
「市販のZigBeeチップを使っていて、実測で大体50kbps程度、距離は森の中だと40メートルくらいが限界になります。バッテリーの駆動時間は7時間が目安。GPSはあるけど方位磁針や加速度センサーは付いてないので向きは分かりません」
青ダリアがよしよしと頷く。
「ありがとう。だがまあ、本部の場所を知られてしまったので、死んでもらうしかないな」
そうだな、と言った緑ダリアがあっさりとハサミを閉じた。17号の頭が転がる。
その瞬間四方の窓が内側に向かって弾け飛んだ。そして数十、数百の怪人が奇声を上げてなだれ込んだ。
「な、なんで怪人がこんなところに」
明らかにうろたえた赤ダリアに、首だけとなった17号は言った。
「逆に聞きますけど、どうしてここにいないと思っていたのですか?」
騒ぎに気を取られた緑ダリアの頭部になぜか黄ダリアがパンチを放った。吹き飛ばされる緑ダリア。突然のことにあっけにとられる赤青桃のダリア。
黄ダリアはフルフェイスヘルメットを取り外した。それは真っ黒な顔のアブラム2号だった。2号は挑発的に言った。
「俺からも質問だ。中身が五十嵐福太郎じゃなくてびっくりしたか?」
その隙をつき、怪人たちが赤青桃のダリアに飛び掛かる。
アブラム2号は「いやぁ、パワードスーツってすげぇな」と自分の両手を握りながら、しみじみ言った。そして17号を拾い上げ、自分の顔の前に掲げて目線を合わせる。
「よくついてきたな」
「ええ。信じていましたから」
確かに、あの状況ではアブラム2号が裏切ったと考える方が自然だ。だが17号は彼を疑いなどしなかった。
「優秀なITコンサルタントに教わったんですよ」
人を動かせるのは信頼だけ。そう言われた時、17号はその言葉を『人を動かすには信頼されないといけない』と解釈した。今ならわかる。真意は『人は信じてもらえた時しか動かない』。
喧騒の中、玄関が開き室内に光が差し込む。「素晴らしい」と手を叩きながら五十嵐福太郎が現れた。しばしの静寂が訪れる。
「よく脱出できましたね」
17号が聞くと、五十嵐は得意げに言った。
「一応正義のヒーローだからな」
「お尋ねしていいですか?」
アブラム2号に抱えられた17号に、五十嵐が投げやりに応じる。
「手短かに頼むよ」
「五十嵐福太郎さん、あなたは黄ダリアですね」
「そうだ」
アブラム2号はそこに気づいたから、五十嵐のコスチュームを奪い、17号を誘導しながらダリアクリスター本部に潜入したのだ。
「続けます。あなた方ダリアクリスターは、この戦いが終わって欲しくないと思っていますね」
五十嵐は腕を組み、バカにしたように顎をあげた。
「まあ、その通りだ」
怪人たちがざわめき、非難混じりに「どうしてそんなことを?」と聞く。
「なぜなら」
「メギドが滅びると」
赤ダリアを中心に、青・桃、そして五十嵐がポーズを決め、声をそろえた。
「「「「仕事がなくなるからだ」」」」
「そんなところだろうと思いました。続けます。五十嵐さんはITコンサルタントとしてメギド騎士団に入り込み、我々に味方の位置を把握させた。当然その位置情報はダリアクリスターに流れていたでしょう。目的は、安全に小競り合いを起こすためですね。お互いが本当に大怪我をしないように」
五十嵐は答えなかったが、こくりと頷いた。
それに気づいたから17号は、全怪人に通信端末を外して自分についてくるよう無線で指示していたのだ。
五十嵐が視線で先を促す。
「もう少し想像を膨らませます。あなたはこの音霧山で戦いを起こすよう誘導した。その理由はおそらく、地元に仕事を作るためですね」
五十嵐は広げた両手を天に向け、「どうしてそう思う?」という。
「たまたま、天岸村の小学校の卒業アルバムを見てしまったんです。五十嵐さんと、隅武夫博士の御令嬢マリカ様とその旦那様犀沼亮介様が写っていました」
「覗き見は良くないな」
「すみません。それにしても、五十嵐さんのご出身はこの地域だったんですね。僕とは同郷と言えるかもしれません。それに、怪人をこの本部に集結させダリアクリスターとの戦いをここに限定させたのもあなた。普通の人は、自分の地元が戦いの場になって欲しくないと思う気がします。ではなぜ? それはダリアクリスターの戦い方を思い出すと合点が行きます。あなたたちは、地元住人が怪我をしないよう配慮しながらも、小規模な土砂崩れで市道を塞いだり、ガードレールを壊したり、毎回ちょっとした工事が発生するように取り計らっていました。それが本当の狙いと考えれば筋が通る。犀沼亮介様のご職業を調べさせていただきました。近くで土木業者を営んでいらっしゃるそうですね。メギド騎士団の第1支部でマリカ様はメギド騎士団の活動をやめろと、まったく譲歩の余地はないご様子でした。そんなマリカ様にあなたは一度耳打ちしただけで活動続行を認めさせた。あの時、何と言ったのか。今ならわかりますよ。おそらく、『復旧工事がお宅に発注されるようにするから』とでも言ったのでしょう。経費精算システムのお仕事をされているあなたなら、もしかしたら行政にコネクションがあるのかもしれませんね」
五十嵐は続きを引き取る。それは否定ではなかった。
「県にも市にもインフラ整備用の予算はあるが、放っておくと都市部に使われてしまうからね。ちょっとした災害が発生して欲しいんだ。人通りが増えるし、万が一悪の組織の本拠地なんて観光地にでもなれば、コンビニもできるし病院もできる。いいことずくめだ」
「なんでそんなことを」
「頼まれたからだ。地元の皆に」
「だからって、こんな悪党みたいな手段でなくても」
五十嵐は17号を遮り、声を張った。
「17号、人間ならだれでも知っていることを教えてやろう。ITコンサルはな、悪の組織なんだよ!」
五十嵐の言葉が、コンクリート打ちっぱなしのオフィスにこだまする。17号と五十嵐の間に木枯らしが吹いたような気さえした。
「それを聞いて安心しました。いや、決心できました」
ああはなりたくない、怪人たちは皆そう思った。
言いたいことを言い終えた17号は口を閉ざす。
もちろん、この先もダリアクリスターとチャンバラごっこを続けるという選択肢もある。だが、考えたって結論は明白だ。
17号の頭を体にくっつけたアブラム2号が後を引き取る。
「総員、かかれ」
その合図で再び怪人たちがヒーローに飛び掛かる。だが、さすがのヒーロー戦隊。取り囲まれても振り払い、なかなか決定打をもらわない。黄ダリアのコスチュームを着たアブラム2号が赤ダリアの前に進み出た。睨み合う。2号がパンチを繰り出す。赤ダリアはそれを肘でいなす。もう一発。右、左、右。かわす。空いた2号の脇腹にキック。2号は膝を抱えジャンプ。赤ダリアの足が空を切る。2号の両足がそのまま赤ダリアの顔面に。捉えたか。いや、赤ダリアはバク宙で力を逃がす。その隙に、青ダリアが2号に組み付いた。桃ダリアも加勢し、赤ダリアも2号を押さえつけようと再び距離を詰める。2号はその瞬間を待っていた。右拳を掲げると、稲妻が落ちたようにそこが光り輝き、エネルギーの塊と化す。
「ダリアナックル」
「バカ、こんな狭い所で――」赤ダリアの絶叫にも躊躇わず、2号はそのハンマーを地面に叩きつけた。
視界が白に包まれた。
あれ以来、ダリアクリスターは何の音沙汰もなく、もしかして本当に死んでしまったのではないかと心配していたが、お正月に年賀状が届いて安心した。5人とも元気そうでなによりだった。
怪人は戦いをやめ、それぞれ就職した。人権ないので機械の一種という事になってるけど、一生懸命働いて、幸せにやっているようである。
駅前のオフィスに一人の男がやってきた。
「犀沼亮介と申します。近くで土木業者を経営しとります。実は従業員が増えて、給料計算が大変なんですわ」
「それはお困りでしょう。ぜひお任せください」
スリーピースのスーツを着こなし、柔和な笑みを湛えた怪人。その胸ポケットから現れた名刺が来訪客に差し出される。
『メギド・コンサルティング エレミヤ17号』
文字数:15462