梗 概
ただサイのように歩め
クリタは実験都市竜樹で暮らしている。竜樹ではあらゆる生活情報をトラッキングすることと引き換えに実験に参加する企業から各種の製品の無料提供や実験的なサービスが提供されている。自分向けに最適化されたツールや欲しい情報が手に入り、何かを決定するのに必要な情報がすべて提示される生活は、『犀の角のようにただ独り歩め』が口癖の彼にとって心地よいものだった。
恋人のカーリーは対照的に移り気な性格で、彼女にとって竜樹から得られる情報は外よりはマシという程度だった。その性格にクリタは惚れていた。
彼は恋人のカーリーにプロポーズをすることを決め、その日のために準備を進めていた。
ある日竜樹に参加している企業であるオムニサイエンス社の竜樹用のターゲティング広告用ツールが流出する。それはほとんど予言のようだと話題になる。クリタは自分の人生の予想あたりを出して遊んでいたが、どこにも記録を残していないプロポーズの日やその予定まで予測されており、戦慄する。クリタは明日の予想を出力して確認せずに生活をすることを試してみる。朝にコンビニで買ったサンドウィッチ、昼に食堂で食べたパスタ、帰り道に買った文庫本、夜に食べたパックの寿司。それらすべてをツールは予想していた。彼は自分の決断のどこまでが自分の意思で、どこからが広告ツールにより促されたものなのかわからなくなり、恐怖を感じる。
カーリーはクリタとは対照的にこの事態にそこまで動じてはいなかった。彼女にとって他者の予測の精度は驚くものであったが、ただ自分の行動自体の予測精度はそこまで高くなかったのもあってそこまで衝撃は大きくなかった。
「行く道が決まっていたとしても、その道から見える景色の価値が減じるものではないわ」
そういってカーリーはクリタを慰めるが、それでもクリタの中に広告ツールの予測の正確さに対する恐怖は残った。
流出したツールは情報のアップデートがなくなり、正確性を失っていった。ただ、自分の行動を広告のフィードバック効果も含めて正確に予想されていた気持ち悪さは皆覚えており、竜樹からは多くの人が離れていった。
クリタとカーリーの関係は竜樹の考え方の相違から少しずつ疎遠になり、クリタも他の人と同じように竜樹を離れることを決める。
竜樹を離れる日、カーリーはクリタにお守り代わりに彼女が大事にしていたサイコロを餞別にくれる。自分ですべてを決定するのではなく、たまには乱数に頼ればいい、と。
竜樹の外でクリタは時折決定をサイコロの乱数に任せるようになった。彼はサイコロを振りながら、今日の昼に何を食べるかを決めている。
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内容に関するアピール
岩波の『ブッダのことば』のかなり序盤に出てくる「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉をもとにサイを犀とサイコロのダブルミーニングにしたタイトルにしました。サイのように決断的だった主人公が最終的にサイコロで決定するようになるという風にタイトルの意味が変わります。
https://www.iwanami.co.jp/book/b246307.html
クリタとカーリーの決定や自由意志に関するスタンスの違い、もう少し明確にした方がいいとは思っていますが、まだちょっと詰め切れてない気がします。
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