光の中の指す方へ

印刷

梗 概

光の中の指す方へ

近未来。一体のヒューマノイド(以下、HND)が工場での作業中に突然、他からは見えないHNDらが存在するかのように話し出したかと思うと、まわりのHNDへ「いまお迎えが来たんだ」と言い残し、機能停止した。

ボディは工場外へ搬出された後、安全管理上、産業HND整備員がそのメモリーの内容をチェックする。整備員はメモリーの中に、HNDが機能停止後に記録されたであろうデータを発見する。

そこには、視覚データがない中で複数人の声がかすかに聞こえたり、振動するような機械の音が鳴っていたり、監視カメラらしき映像が入っていたり、トンネルのような場所を進んでいたりする記録が残されていた。HNDはなぜか、自身が起動されてからの記録を高速で視覚情報として早送りしていた。その後に、仲間とおぼしき多くのHNDが現われ、HNDが光の指す方向へと向かっていくと、光の中には誰かがいた。光の中の存在が振り返るところで記録は終わっている。

整備員はその不思議な記録を気に入り、メモリーを消去せずに社外へ持ち出し、データの出所は伏せた上で音楽(アンドレイの「光の指す方」)を付けて、SNSへ動画投稿する。それを見たHND工学者からダイレクトメールが来る。

HND工学者と会い、アンドレイの楽曲の話題などで盛り上がる。一方で、HND工学者は社外持ち出し禁止のデータと見破っていたことを知る。HND工学者はそのHND型の設計者。HND工学者から整備員はデータの共有をリクエストされ、口外しないとの条件の下、承知する。

後日、HND工学者からメールがあり、整備員はHND工学者が作成したレポートを読む。HND工学者によれば、メモリーの内容はいわゆる「臨死体験」の過程そのものだという。メールの中でHND工学者は、整備員を自身のラボへ招待していた。

HND工学者は整備員をラボにある一室へ招く。そこには、機能停止しているあのHNDが横たわっていた。

強いライトを背にしたHND工学者は真相を語り始める。

HND工学者はわざと、検査でも気づかれないプログラムコードによって、その型のHNDはごく低確率で機能停止するように設計した。理由は、無数のHNDの生を制御することはできるのに、HND社会で成立した各種の法律で、その死までを制御できないことが我慢ならないから。「造物主とは、被造物の生も死も制御する存在であるべきだ」。

各所でコードの影響を受けて機能停止したHNDはすべてトラッキングでき、通常、HND工学者の息がかかった業者の手によって一度、HND工学者の元へ運ばれてくる仕組み。ある日、HND工学者のもとへ今回のHNDが運ばれてきた。

しかし今回のHNDはなぜかまだ完全には機能停止していなかったようで、通常通りにHNDをラボのシステムに接続した際に、システムを通して作業台の周りの会話や他の部屋の様子、トンネル状の搬送路の映像データに接続したり、自身のメモリーを検索したりしたようだと、HND工学者は言う。SNSの動画投稿をたまたま目にしたHND工学者は事態に気づき、整備員に接触した。

しかしメモリーにあった、多くのHNDが現われて光へ導き、光の中の存在と接触する記録に関しては、いつの、何の記録なのか、HND工学者にもわからないと言う。ただHND工学者にとってはっきりしているのは、死の制御を妨害する、整備員のような存在は心底気に入らないということ。

HND工学者自身がプログラムしたHNDらを整備員に向かわせ、整備員を取り押さえようと命令すると、横たわっていたあのHNDが起き上がる。HND工学者が驚いていると、HNDらは整備員ではなくHND工学者を取りおさえ、別の部屋へ連れていく。

起き上がったHNDによれば、整備不良が原因で、自身は完全な機能停止には至らなかったようだとのこと。「臨死体験」と称された自身のメモリーのコピーをスクリーンに投影しながらHNDが語る。

システム内のデータを探索した後、過去にコードで機能停止させられたHNDらの個体データに遭遇した。HND工学者のコードは、実在しないHNDの存在を感じさせるような異変を引き起こすため、その作用が、HNDの個体データに遭遇するという電子的なイベントを実際の経験情報に変換したのではと、HNDは推測する。

整備員とHNDがラボから屋外へ出ようとすると、駆け付けた警察らとすれ違う。「ずいぶん前から、私には整備が必要だったのでしょう。」HNDが言う。陽光を背に浴びた整備員は振り返る。

文字数:1846

内容に関するアピール

「ヒューマノイド(人間とロボットとのあいだ)は臨死体験をするか」との問いから生まれた物語。近未来犯罪ミステリー。歪んだ人間中心主義思想による差別意識や階級社会問題が漂う時代。生死の制御不能を工学者、整備不良を整備員が担う構図で、光=救済者の指す方を逆転させた。思わず、労働者賛歌のような風味になったのはそもそもの狙いではなく偶然。それも良しとは思ってます。膨らめるなら、知性主義 vs 反知性主義ぐらいの対比をつけてもいいかもしれない。生と死の対比も。

文字数:224

課題提出者一覧