人工生命アライフたちの楽歌

印刷

梗 概

人工生命アライフたちの楽歌

アイシャがトウモロコシの入った重い樹脂コンテナをトラックの荷台に移そうと苦戦していると、ひょいとコンテナが浮いた。見上げた視線の先には2メートルほどの高さの青い半透明の人型がコンテナを持って立っている。
 ――人工生命アライフ。それは次世代の人間に代わる新たな労働力。
 
 世界的な人口減少により労働力が低下。多くの企業や農家は頭を抱えていた。そんな時、労働力不足を補う画期的な技術、人工生命アライフが発明される。アライフは人型を模した低コスト化な人工生命であり、人間の指示した単純作業を従順に遂行し、その筋力は人間の2倍以上。安価、反抗しない、力持ちの三拍子揃ったアライフはあっという間に世界に普及した。

普通はアライフに名前を付けたりしないがアイシャはトッドと名付け、家族同然のように大切にしていた。ある時、収穫作業をしていると遠くの方からぴぽぽぽぽ、という軽やかな音が聞こえる。それに合わせ隣家のアライフからも音が聞こえだした。このようにアライフは時々、歌を歌う。頭部中央に穴がぽっかりと開き、穴を閉じたり開いたりして音を出す。アライフの楽しそうな歌は車の走行音と同じように当たり前のこととして、すっかり世界に浸透した。ただトッドだけは全く歌わないのがアイシャの唯一の不満だった。

家路に着く途中、アイシャの耳に怒号が飛んできた。見ると重機にアライフの腕が巻き込まれている。腕を引き抜こうと虚しくジタバタする。その様子を見て現場監督の中年男性がアライフを罵倒しながら蹴りつける。中年男はアライフの腕を鉈で切り落とし次に首を跳ね飛ばした。駆動器官を絶たれ、活動停止したアライフはその場で液状化する。
 中年男は悪態をついて作業を再開し、周囲の人間も気にしない。アイシャは嫌なものを見たと顔を背ける。安価なアライフの扱いは粗末だ。命を落としかねない危険作業はアライフの仕事であり、死んでしまったら次のアライフに命じるだけだ。人間の冷徹な振る舞いにアイシャは辟易した。

トッドとの生活を送り続け、いつものように朝のニュースをつけた時ある日。アメリカの都心部で突如、アライフたちが一斉に歌う様子が中継される。従順なアライフたちは作業の手を止め、ぴぽぽぽぽと歌い続ける。こんな光景、アイシャは今まで見たことがなかった。何千、何万というアライフが棒立ちになり、頭部の穴を何度も何度も収縮させ、歌うのをやめない。やがて合唱は轟音となって街に響く。次の瞬間、ごごごという地響きと共に中継カメラが大きく揺れだした。
 ニュースの上部に速報が出る。
 「マグニチュード9.8を観測」
 そして周囲の建物が崩れ、カメラが瓦礫に飲まれたところで中継は終わった。何万ものアライフたちの歌がプレートを共振させ地震を引き起こしたのだ。ニュースが再開され、ナレーターが慌てた様子で次の速報を出す。アライフの合唱が世界各地で同時に起きていると報道する。

アイシャは理解する。アライフはずっと虐げてきた人間を憎んでいたと。楽しそうに歌っていたのではない。歌はアライフ同士の秘密のコミュニケーションであり、人間に報復するための機会をずっと待っていたのだ。アライフの歌、それは復讐の呪詛だった。
 テレビでは主要都市が津波に飲まれ、ビルが倒壊していく様子が淡々と映し出されている。そして、ぴぽぽぽぽと外から音が聞こえた。気付けば近隣中のアライフが一斉に歌い始めていた。
 アイシャは振り返り、沈黙を守り続けるトッドを見つめる。
 「トッド……ごめんね」
 アイシャの呟きが虚しく部屋に響いた。

文字数:1471

内容に関するアピール

言葉を話せない動物を楽しそう、悲しそうと決めつけるのは人間の主観、勝手な思い込みでしかなく、もしそれが全く反対の意味で受け取っていたとしたら、とても恐ろしいなと思うことがあります。今回の課題でそんな考えが浮かび、このような内容になりました。
 実作ではアライフたちの冷遇される様子やアイシャがトッドを家族のように受け入れる様子を書いたうえで最後、人類の愚かさを叩きつけられる、そんな結末にしたいと思います。

文字数:202

課題提出者一覧