宇宙にいたって腹は減る

印刷

梗 概

宇宙にいたって腹は減る

カンナは小惑星カリストにある宇宙基地、環境保全セクターで働いている職員である。カリスト基地の存在を巡って国際的な緊張が存在する、秘密裡の計画なども持ち込まれている、実は宇宙人との接触を果たしているなどのさまざまな噂があるらしいが、環境保全セクターの仕事は比較的単調かつ平和に推移している。
そんな生活の中、カンナ含むセクター構成員たちは、唯一かつ大きな不満を抱いていた。―――食事が、単調なのだ。

閉鎖環境での生活に大切な要素として、専門の職員が栄養のバランスの取れた食事を提供してくれている。定期便で嗜好品の類も送られてくる。けれどもそれでは物足りない。もっと悪いものが食べたい。今日もそう思ったカンナは、『ブデチゲ』の密造に踏み切った。ブデチゲとは、ソーセージやスパムや豆腐その他をキムチで煮込んだ料理である。しかし、匂いが漏れないように隠れて作っていたにもかかわらず、カンナは通りすがりの職員に密造の現場を暴かれてしまう。

いい匂いがする、とこいつが言っているんだ、と言われて、カンナはその人と犬にブデチゲを分けることを提案する。いぬ…?ぐらいのおおきさのねこ…?みたいなニワトリ…?みたいな生き物にキムチを食べさせることを危惧するカンナだったが、「食えるんだから食べてもいいんじゃないか」と言われ、あいまいに納得する。
最近お疲れの顔をした職員に同情したカンナは、ブデチゲにとっておきの乾燥ラーメンを入れて三人分に増量し、「おいしいものをたべれば元気がでますよ」と慰める。

それからしばらくたって、カールと答えたその職員の顔色はすこしよくなっている。なんか顔に見覚えがあると思ったら、基地の偉い人だったということにおののくカンナ。カンナの今日の夜食は豆乳味噌鍋および、魚の酒盗と納豆を練って豆腐にぶっかけたものであった。食料の調達先をいぶかしむカールに締め上げられ、カンナは、これらの食材の一部は環境保全セクターで密造されたものだと白状する。
環境管理プラントの余剰で得られるのは豆と魚ばかりだったが、実験の名目で他にも作物を育てることはできる。それらを利用して食料の密製造がおこなわれており、味噌・醤油をはじめとして、納豆やキムチの生産も行われていた。
呆れるカールを「誰にでも秘密はあるもんですよ」とごまかし、話を逸らすカンナ。やはりあいまいに流されたカールはどこからともなくビールを出してきた。二人+一匹はビール片手の夜食を楽しむ。
カールは大切な客となかなか親しくなることができず、悩んでいた。ビールばかり無言で飲まれても気まずいといわれ、おつまみも必要なのでは…とカンナは気遣う。いぬ猫ニワトリはその日も大いに食べ、飲んでいた。

数日後、カンナはふたたびカールと再会するが、落ち込んでいてご飯を食べる元気もない。実家の犬が死んでしまったのだ。15歳の大往生だとわかっていてもショックだった。故郷を思うとホームシックまで併発しそうだった。
そこで、話を聞いていたいぬ猫ニワトリが立ちあがった。
すたすたと部屋を出ていき、しばらくたつと荷物を持って戻ってくる。大きなキノコと、魚の粕漬けのようなものがある。いぬ猫ニワトリはキノコを切ったものにもやしを加え、粕漬のようなものと一緒に鉄板焼きにする。カールは今日もビールを持ってきて、ごはんになる。
いぬ猫ニワトリは正体は、宇宙人であった。
遠い地球までやってきて緊張していたのが、同じ鍋でものを食べて少し冷静になったという。カールと親しくなったおかげで、同胞と地球人との折衝のやくわりもややスムーズになったように思える。ブデチゲの匂いにひかれたのは、おそらくキムチが発酵食品だったからだろう。よく考えればビールにも酵母が含まれているし、我々は調理のために頻繁に菌類を利用している。酵母発酵に特に引かれるということは、生物相にも共通点が存在するのだろうか。

そんな話をしながらも、カールといぬ猫ニワトリは「おいしいものを食べて、元気が出たかな」とカンナを気遣う。
カンナは「おいじいです」と泣きながら、いぬ猫ニワトリ特製の魚とキノコの鉄板焼きを食べた。

文字数:1691

内容に関するアピール

日本人女性とドイツ人科学者と宇宙人が、隠れて夜食を食べながらビールを飲む話です。対象としては主にネット小説で『飯テロもの』を読んでいる20~40代の層を想定しています。

『飯テロもの』とは『おいしいごはんを食べる』がテーマとなっている作品群のことを差し、現在では人気のある一ジャンルを形成しています。シチュエーションとしてはファンタジー世界でごはんを食べる、ヤクザとごはんを食べる、犯罪者が逃亡しながらごはんを食べるなど様々です。食事シーンがおいしければジャンルを問わないことが飯テロものの特徴であるため、はじめてのSFに出会える場として取り上げました。

当作品では『SF的に納得がいくかたちで宇宙人といっしょにごはんを食べる』をテーマとしています。

目的もなくちゃぶ台を囲むのではなく、なぜ宇宙人が地球人と同じ味覚を共有しているのか、同じ地球人でも異文化間だと味覚を共有できるのか、単調な食材から豊富な料理を作り出すにはどうしたらよいのか…といった謎を、地球と同一の起源をもつ異星の存在をほのめかせる形で締め、「納得がゆくという面白さ」=「はじめてのSF」をあじわえる作品を提供したいと思います。

二万字で三回食事シーンが登場する中で、最後の一品だけが実在しない宇宙人の料理となります。それを、うーん、食べたい!と感じる一作に仕上げます。

文字数:566

課題提出者一覧