天上帝オーバーロード彼女

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梗 概

天上帝オーバーロード彼女

帝小夜子みかどさよこがこの学校に転校してくるという噂を聞いたのは、彼女が実際に転校してくる1週間も前だった。なんでも学校が始まって以来の、とびっきりの能力者が転校してくるというんだから、噂好きの一部の生徒の間では彼女が転校してくるまでの数日間、その話題で持ちきりだった。

6月1日、彼女が転校してきた日。朝、先生からの転校生の紹介が終わった後、帝小夜子は先生の指示通り俺の隣の机に着席した。なぜなら俺の隣の席が空席だったから。
「やっぱ、窓の近くの席にして正解だった。外の景色がよく見える」
彼女の、席に着席して直後の発言である。

彼女の能力、<天上帝オーバーロード>は時間を一定の期間巻き戻すことのできる能力で、進学校とはいえ、こんな田舎の高校にそこまでの能力を持つ生徒などいない。お前みたいな能力の持ち主だったら、東京の超エリート進学校でよろしくやってられるだろうに、なんで好きこのんでこんな田舎くんだりに転校してきたんだと聞くと、まあ大人しく見てなさい、とのこと。

そしてちょうど10日が過ぎた6月11日、帝小夜子は1限目から授業を聞く様子もなく窓の外をぼうっと・・・ではなく凝視していた。そして2限目の授業が始まってから30分ほどして「来た」と小さく呟いた。それは飛行機の形をしてやって来た。

全てが終わった後で帝小夜子から聞いた話を総合すると、それは今回のように飛行機の形をしてやってくる場合もあるが、その他、隕石・地震・津波・台風の形をしてやって来た場合もあるとのこと。6月11日には学校で何か事件イベントが起こる。それは世界設計者ゲームマスターが定めたことだから仕方のないことではあるが、事件が必ず大破局カタストロフィに陥ることまでは設計されていない。
帝小夜子は何度も6月11日とそれに至る数日間の検証を繰り返しながら、結論を導き出したとのことだった。その結論は①あらゆる事件の中で、飛行機は最もマシ(他の事件は何の対策を行うこともできないが、飛行機なら何とか対策を打てるという意味で)、ということと、②飛行機対策としては、俺の能力<対空砲>はかなり役に立つ、という二点とのことだった。
「結論が出たのはいいんだけど、私は世界設計者でも天上神オーバーマインドでもないから、どんな事件が起こるかをコントロールする力までは無いんで、飛行機が来て、かつあんたの窓の近くのあんたの隣の席に座れるまで巻き戻すのが大変だった」という彼女の発言は、おそらく本音だろう。

話を6月11日に戻す。俺たちの席からはまだ飛行機が小さな点のようにしか見えない時点で、帝小夜子は俺をせかせて対空砲の能力を起動させた。はっきりいってこんな平和な時代と国で、こんな能力を持ってたとしても三文の得にもならない、外れくじを引いた、とそれまでずっと思っていて、実際それまで一度も能力を使ったことが無かったので、起動するには手間取った。が、彼女がテキパキと補助をしてくれたおかげで(そりゃ俺と違って、彼女は何回も俺の能力が起動するのを見てきた経験があるのだから、詳しいのは当然、と後から振り返れば理解できる)、なんとか飛行機が学校に突入する寸前で、対空砲の能力を起動させ、飛行機を墜落させることが出来た。

 そして、6月30日。彼女は「父親の仕事の都合」ということで、たった1カ月でこの学校から転校していった。当然だろう。別れ際に、「この能力を使って、またどこか別の場所で、人助けをするの」と俺に言った言葉も、おそらく本音だろう。

文字数:1459

内容に関するアピール

是枝監督の「女子高生とタイムスリップという題材からはそろそろ離れないといけないのではないか、と思います」という発言(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50258)を受けて、あえて「女子高生とタイムスリップ」というテーマで書いてみました。

「女子高生とタイムスリップ」というテーマがそれだけ人口に膾炙しているのであれば、ほとんどSFを読んだことの無い人でも、すんなりと受容していただけるのではないか、と考えたからです。

転校生のモチーフは宮澤賢治「風の又三郎」から吉田秋生『吉祥天女』を通じて、恩田陸『六番目の小夜子』から、タイムリープについてはもちろん筒井康隆『時をかける少女』以下略、です。

<能力>については、「ヴァーミリオン・サンズ」や「グラン・ヴァカンス」(「HUNTER×HUNTER」や「ジョジョ」でも可)のような、そのような「世界ゲーム」なのです、という説明しか今のところはできません。そんなものはSFでは無い!と言われれば、そのような批判は甘受します。

どうぞご査収ください。

文字数:464

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天上帝オーバーロード彼女

0
私が初めて、帝小夜子みかどさよこに会ったのは、<世界ザ・ゲーム>がサービスを開始して数十年が経ち、我々皆が<世界>の中で自足してしまい、そもそも<世界>の外には真なる現実が存在していたのかどうかさえ、うろ覚えになってしまった時代の最中だった。

彼女について、ほかにどんな噂があったにしても、彼女がとびきりの能力者であることは、誰もが認めないわけにはいかなかった。そのころ私が通っていた学校の情報通の連中は、進学校とはいえ彼女がこんな田舎の学校に転校してくるには似つかわしくないほどの強力な能力を有していることから、彼女の親は<世界設計者ゲームマスター>の関係者であると決め込んでしまったが、私はそんなことは全く気にしなかった。

1
そのころの私は男子陸上部―とても花形の部活とはいえない―に属していて、同じ部の連中とだべっている合間に、陸上の練習をしているふりをしているような、お世辞にも「充実している」「イケてる」とはいえない生活を送っていた。

その日、6月1日の朝、私が砲丸投げの朝練(のフリ)を終えて男子陸上部の陣地に戻って来る時、同じ陸上部の奴が手招きをしてきた。何かと思って小走りで陣地に戻ってみると、そいつがニヤついて校門の方を見ていた。「それで?」と私は尋ねた。そいつは校門の方を向いて小さく首をしゃくった。「あそこだよ」。
私が校門の左右を伺うと、見覚えのない綺麗な女性が校門をくぐり登校してくる様が見えた。そいつは満足そうに吐息をついた。私は尋ねてみた。
「転校生?」
「確か、情報通の奴らが、最近になって転校生が発生すると噂をしてた」
「珍しいね」
「もしかしたら何十年ぶりじゃない?」
そう、珍しいのだ。
<世界>ではプレイヤーの属性はほぼ変化しない。かつて私は田舎の高校生であり、今なおそうであり、将来にわたっても今の状態であり続けるだろう。従ってクラスの面子も私の記憶する限り、ほぼ変化はなかった、数十年にわたり。
もちろん完璧な者などいない。何事にもノイズは存在する。卒業する者もいれば、入学する者、転出・転入する者だっている。
「で?」とそいつが相変わらずニヤつきながら尋ねてきたので、「俺には高嶺の花だよ」と私は答えた。

2
ところが。
朝練を終えて教室の自席に着席した後、始業時間の前に担任教師がその転校生を伴って私の属する教室へ入ってきたのだ。そして黒板に白のチョークで漢字四文字を書く。
帝小夜子
と。そして通り一遍の転校生の紹介と、帝小夜子自身の自己紹介―父の仕事の都合で転校してきました、と極めて簡素なもの―が済むと、教師は教室の中の一番左側、窓に面した私の左隣の席を指差し、彼女にその席に座るよう指示した。何故なら、教室内で空いているのがその席だけだったから。彼女は迷いもなく真っ直ぐに私の隣席に座り、そして顔を左側に傾けた。
「やっぱり、窓のそばにして正解だった。外の景色がよく見える」
彼女の、席に座った直後の発言である。

休み時間になっても彼女は頬杖をついて外を眺めていて、つまり私に対しては一瞥もくれないでいて、でも私は彼女との間で沈黙を維持し続けるほど精神的には強くなかった。即ち、最初に話しかけたのは、私から彼女に対してだった。
「転校するのって初めて?」
(数秒間の沈黙後)「何度もあるけど?私の父の仕事は転勤が多いから、それに振り回されて、転校ばっかり」
彼女はあまり身の上を明かさなかったが、噂は本当で、どうやら父親は<世界設計者>の関連企業に勤めていて、<世界>内で様々な<事件イベント>が生じる度に、メンテナンスのため各地を渡り歩いているとのことだった。
「でも、それだったら、お父さんだけがメンテのために移動すればいいだけで、君もそれに従う必要は・・」
「父には父の役割がある」彼女は持っていた箸を机に置きながら(この会話は昼休みに弁当を食べながらなされた)言った。「でも、私だって手伝えることがあるの」

彼女は自分の能力は<天上帝オーバーロード>だと話してくれた。<天上帝>、時間を一定期間巻き戻すことのできる能力。能力はそれぞれ個性的だから、序列を付けることはできないとはいえ、少なく見積もっても一万人に一人レベルの能力だ。聞いたことはあるが、まさかその能力者と実際に会えるなんて思いもしなかった。しかも、こんな田舎の高校で私の隣の席にいるなんて。そんな立派な能力者が進学校とはいえ、こんな田舎の高校に通うもんじゃない。
「いくら親が転勤だっていっても、やっぱりこんな田舎に来るなんてもったいないよ。もっと都会の全寮制の進学校にでも通えば、、」
私の話を遮り、彼女はいたずらっぽく瞳を震わせて言った。
「まあ、見てなさい。面白いことが起きるから」

3
それから10日間はつつが無く過ぎた。早朝、部活の朝練をして、午前の授業を受けて、弁当を食べて、午後の授業を受けて、部活をして、家に帰ってテレビを見て寝る。その繰り返し。そういえば帝小夜子は部活には入らなかった。まあ、中途半端な時期に転入してしまったんだから仕方がない。

だから、その6月11日も同じだと思っていた、登校して自席に座る直前までは。いつもは私が登校した後、始業ギリギリに教室へ滑り込んでくる彼女が、その日だけは私が教室に入った時点で既に着席していた。そしていつものように頬杖をつきながら窓の外をぼうっと・・・ ではなく、凝視していた。そして一限目の授業の間もその姿勢を崩さず、二限の授業が始まって30分ほどして「来た」と小さく―おそらく教室の中でその発言を聞き取れたのは、私だけだろう―呟いた。
そう、確かに教室の窓からは中型旅客機がこの教室めがけて一直線に飛んで「来た」のが見えた。
そして彼女は私の袖を引っ張って、私を立たせると、今度は大きな声で「<対空砲たいくうほう>」と発した。すると私の<対空砲>の能力が起動した。

4
全てが終わった後で帝小夜子から聞いた話を私の理解出来る限りで総合すると、この件の顛末は次のようなものだった。6月11日には何か<事件イベント>が起こる。それは<世界>がサービスを開始した時点で誰かによってプログラムされてしまったものだ。しかし<事件>が具体的にどのような形態を伴って、我々の面前に現れるかまではプログラムされていないため、実際に何が起こるかはランダムに決定される。
従って今回のように旅客機の形をして<事件>がやってくる場合もあるが、そうでない場合もある。彼女によれば、<事件>は隕石の衝突・地震の発生・台風の到来・津波の発生・原子力発電所の事故、等々のかたちをしてやって来た場合もあるとのこと。無論、6月11日に旅客機が来なかった「その他」の場合など、彼女のように<天上帝>のような能力を持つ者以外は経験することは不可能なのだが。
しかし彼女の能力だけでは、時間を巻き戻せばどんな<事件>が生じるかは分かるが、そもそも<事件>の発生は不可避なのか、不可避だとしても<事件>を<大破局カタストロフ>に至るまでに発展させることを阻止することはできないか、などは分からない。
「でも父の能力は<逆行工学リバースエンジニアリング>なの。<世界>の中で生じる様々な<事件>から、この<世界>がそもそもどのようにプログラムされているかを推測する能力。私の<天上帝>の能力だけでは時間を巻き戻してみることで、どんな<事件>が発生するかは分かるけれど、その背後にどんな<規則ルール>があるかまでは分からない。だけど父の<逆行工学>と私の<天上帝>を組み合わせることで、この<世界>がどんな<規則>をしているか分かるの。面白いでしょ。」

分かった<規則>。それは<事件>が必ず起こることは<世界設計者>によってプログラムされたものであるため仕方のないことではあるが、<事件>が必ず<大破局>に至ることまではプログラミングされているわけでは無い、ということ。

「そこで私は何度も6月11日とそこまでの数日間の検証を繰り返しながら、一つの結論を導き出したの。それは<事件>は色々な種類のものが生じるけど、その中で旅客機は最もマシ。だって他の<事件>は何の対策を行うこともできないけど、旅客機なら何とか対策を打てるからね。そして旅客機対策として、あんたの能力<対空砲>はかなり役に立つってこと」
「よく俺が<対空砲>なんてマイナーな能力を持っていることが分かったよね。そもそもこんな能力、普段使う機会なんてないから、家族の前でしか見せた事ないのに」
「<世界>内の住人がどんな能力を持っているかなんて、実際に能力を発動しなくても、父の<逆行工学>で大体検討はつくもの。で、<対空砲>は役に立つっていう結論が出たのはいいんだけど、私も父も<世界設計者>でも<天上神オーバーマインド>でもないから、どんな事件が起こるかをコントロールする力までは無いんで、旅客機が来て、かつあんたの窓の近くのあんたの隣の席に座れるまで、何度も何度も何度も何度も巻き戻すのが大変だった」という彼女の発言は、「何度も」と何度も繰り返したことからみても、おそらく本音だろう。

5
話を6月11日に戻す。
<対空砲>が起動した時点では、私たちの席からはまだ旅客機が小さな点のようにしか見えなかった。
<対空砲>―文字通り、飛行機を撃ち落とす能力―なんて持っていたって、こんな平和な時代と国では一文の得にもならない。個々人が<世界制作者>から与えられる能力はランダムだから、あたりの能力もあればハズレの能力もある、っていう事は頭では分かっているが、いくら何でも外れクジ過ぎるだろう、とそれまでずっと思っていて、この能力について深く考えるのを止めてからも何年も経過していた。
しかし私は砲身3メートルほど、口径は100ミリほどの砲門を2つ備え、砲架の両脇に直径1メートル程のタイヤを2本備えた<対空砲>となってしまった。起動したは良いが<対空砲>として一体何をして良いのか茫然としていた私にかまわず、彼女は間髪を入れず起動した私の砲架に飛び乗った。彼女は私の照準器を使って航空機に狙いをつけると、砲身を目的に向け射撃統制装置を操って数百メートル離れた旅客機に向かって弾丸を発射する、といった一連の作業をテキパキと行い始めた。そりゃ私と違って、彼女は父親からの情報もあれば、別の時間軸で何度もこの能力が起動するのを見てきた経験があるだろうし、詳しいのは当然、と後から振り返れば理解できるのだが。
私は2つの砲門から、おおむね1秒間に6つの弾丸を発射することが出来た。私からはその十数秒間の間に100発弱の弾丸が放出されたことになる。ずいぶんと威勢のいい<対空砲>だと思っていただけただろうか?私自身はそう思ったのだが、しかし旅客機は小雨でも当たった程度の様子でこちらに向けて少しもブレずに進み続ける。私が<対空砲>で無かったら、冷や汗を流していたに違いない。

そんな私と対照的に、彼女は冷静だった、と言いたいところなのだが、下唇を前歯で咬んで照準器をひたすらにらみ続ける彼女にも余裕など無かっただろう。常に超然として下々のことは全てお見通し、といった風な彼女がそんなキャパを超えそうな表情を見せたのは初めてだったし、そして今に至るまでその時が最後だった。彼女は「大丈夫」と自分自身に言い聞かせるように―しかしそれは私に話しかけるようでもあったのだが―呟いた。
「この前はもうちょいだったの。能力が起動してからの最初の数秒間、手間取っちゃったからギリギリで学校に追突されちゃったの。でも今回は手間取らなかったから大丈夫。多分ギリギリで」
多分ギリギリで?そんな発言に気を取られている間に、旅客機は私たちの面前に迫っていた。のだが、旅客機は徐々に失速していった。
「オッシャ!」私の砲架の上でガッツポーズをしている彼女の姿を今でも忘れることはできない。
私から発せられた数十発の弾丸の内、当たり所が良かったものがあったのだろう。失速した旅客機はそのまま学校の無人のグランドに墜落し、大きな轟音が生じると同時に炎に包まれた。

その日はあまりにも不測の事態の連続だったのと、彼女に酷使された疲れから、旅客機の墜落を見届けて以後の記憶はほとんどない。「旅客機に乗客は乗っておらず、旅客機の操縦自体もテロリストグループが操作したロボットによって行われていたため、この種の事件としては奇跡的に、死傷者は出ておりません」ということは翌朝のニュースと朝刊を見て知ったくらいだ。

6
そして、6月30日。帝小夜子は「父親の仕事の都合」ということで、たった1カ月でこの学校から転校していった。当然だろう。
それ以降の彼女の行方は知らない。彼女が私の前から去って間も無く<世界>の運営に滞りが頻発し始め、それまでは永遠のルーティンを繰り返すかと思われていた私のような(ほぼ)無能力者も<世界>のメンテナンスのために駆り出されるようになってしまった。そのため、そもそも彼女のことを考える時間すら、あまり取れなくなってしまったから。
でもあの6月30日の別れ際に、「この能力を使って、またどこか別の場所で、人助けをするの」と私に言った言葉、それもおそらく本音だろう、と思う。メンテナンス作業に駆り出されることについては誰かと会うたびに口では文句を垂れているのだが、<世界>各地に駆り出されるこの作業の過程でまた帝小夜子に再会できるのではないか、とどこかで期待している自分を発見しては、心の中で苦笑する、ということを今でも繰り返している。

文字数:5528

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