ダイナソー・ブリッジ

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梗 概

ダイナソー・ブリッジ

 その橋はの恐竜が向かい合っているように見えることからダイナソー・ブリッジと呼ばれていた。時折、船を通すためにお互いがそっぽを向くことはあるが、それ以外は向かい合って都心と湾内の埋め立て地とを繋いでいる。数車線ある車道の両脇に歩道があり、そこを歩いてこの橋を渡ることができる。しかし、そのことを知っている者はあまりいない。

 もちろんダイナソー・ブリッジなんて現実には存在しない。ゲームの中の話だ。僕はゲーム製作者になるために大学に通っていて、ゼミの課題でゲーム内の様子を観察していた。ゲーム内の自然や建築物、キャラクターの見た目や行動の特徴などをスケッチする課題だ。観察する場所や対象は自由に選べた。僕がダイナソー・ブリッジの通行人を対象にしたのは、ここがゲームのメインシナリオに関係しない場所であり(移動するだけでイベントは起きない)、徒歩でわざわざ歩いて渡るプレイヤーがいるとしたら、きっと変わっていて面白いんじゃないかと思ったからだ。

 実際に観察してみると通行人はいた。橋の歩道には、海がよく見える海側と、街がよく見える街側があった。歩道と車道の間には透明な柵があり、横断することはできない。僕は深夜の0時から1時までの1時間を観察時間にしていた。海側を30分、街側を30分。観察する順番は交互に入れ替えた。ある日、海側の歩道で夜の暗い海(正確には湾だが)に向かって大声で「頑張れぇぇ~~!」と叫んだキャラクターがいた。セーラー服姿の中学生に見えた。その少女は、その後さらに2回、間をおいて「頑張れぇぇ~~!」と同じ様に誰もいない暗い夜の海に向かって叫んだ。そして消えた。それは「叫ぶ」という表現がふさわしく、普段使う声ではない声だった。僕はその様子を見て、わけもなく涙が出て「うおおぉぉ~!」と叫んだ。まったくわけのわからない話だが、彼女の振動が伝わってきて自分もぶるぶると震えたのだ。僕は彼女を観察対象にすることに決めた。

 翌日から海側だけを観察した。彼女は現れなかった。他の通行人が現れ、記念写真の撮影を頼まれた。街側を背にして立った方が良いよ、とアドバイスして写真を撮ってあげた。その写真にが写っていた。慌てて姿を追うと、彼女は街側の歩道の、欄干の上を歩いていた。髪をなびかせて橋の中央に向かって歩いていた。街明かりの逆光で影絵みたいだった。車道を隔てて、僕は彼女を追いかけた。橋の中央に差し掛かった時、彼女は車道側(こちら)を向いた。両腕を広げ、海側に倒れた。僕と目が合う。その時、大型のシャトルバスが2台、車道を交差した。ゆっくりと僕の視界を左右から同時にぴったりと閉じて時間が止まった。時間が再び動き出し、バスが交差しきって視界が開けた。彼女の姿はなかった。

 このいきさつを僕はゼミの課題として提出した。ゼミの教授の依頼で僕は彼女を調査することになった。

文字数:1200

内容に関するアピール

 ここまでの前ふりを助走として、どこまでジャンプできるか、そして転ばずに着地できるかチャレンジしたいと思いました。(スクールの課題で梗概を提出する以上は結末までのプロットや物語の仕掛けを記述する必要があるとは承知しているのですが。。)

 「はじめてのSF」という課題提示を受けて、筆者自身がわくわくしながら物語を追いかけたいと思いました。

文字数:168

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恐竜橋にて:夜待姫ヨマチヒメ目男観世音メオクワンゼオン

その橋はつがいの恐竜が向かい合っているように見えることから恐竜橋と呼ばれていた。時折、船を通すためにお互いがそっぽを向くことはあるが、それ以外は向かい合って都心と湾内の埋め立て地とを繋いでいる。数車線ある車道の両脇に歩道があり、そこを歩いてこの橋を渡ることができる。しかし、そのことを知る者はあまりいない。

都はここ数年の間に地震、台風、火災、飢饉が立て続けに起こり、人口が激減し、凋落した。昔は観光のためにわざわざ恐竜橋の歩道を訪れる変わり者もいたが、災厄と凋落後に歩道を訪れる者はいない。

ある日の夕方、ひとりの少女が恐竜橋の欄干に腰をかけ、夕やみを待っていた。少女の背後の歩道にはやはり人影はなく、その後ろの車道でポツリポツリと車が時おり行き交うだけであった。歩道には赤い灯籠が一定間隔で並んでいて、実際に歩道を歩くと両際に並んだ灯籠が千本鳥居のように連なって見える。その灯籠もまだ灯っていない。

少女は欄干に座り、街に沈む夕陽を眺めている。日が沈むにつれ、足元から影が登ってくる。その影が自分の体を登ってくる様子を少女は眺めている。影が顎に到達し、目を通り越し、頭を過ぎると、手を挙げる。わたしの目にはもう見えないけれど、わたしの指先にはまだ夕陽が見えている、と彼女は思った。指先まで影に覆われると、何かを掴みかけたような仕草をして、そっと手を降ろす。

影は恐竜橋を下からつつんでヒヤリと熱を奪っていく。見上げると橋柱の上空を二匹の翼竜が旋回し、夕焼けの空をかき混ぜている。その翼竜も影に飲まれた。

橋の中央の灯籠が灯り、ゆっくりと順に端に向かって灯っていく。まるで火を松明で移しているみたいな拍子だった。全ての灯籠が灯った時、ぱっしゃーんと音がする。少女が飛び降りた音だ。

その一部始終を灯籠の影に隠れて見ていた男がいる。目男だ。目男は少女のことを夜待姫と名づけた。

★★★

目男の親方は都随一の橋職人で、この恐竜橋を作った匠だ。高齢で現役を退く時に、後継者として有力視されていた弟弟子の鼻男、口男ではなく、目男に観世音の名を襲名させた。観世音とは、よく観察し、自在に造形するという意味で、親方たちが代々受け継いできた名だ。目男が観世音を襲名した時に、弟弟子たちは親方はもうろくして間違った判断をしたと嘆いた。目男は目が大きく、鼻男は鼻が大きく、口男は口が大きいことから、そのように呼ばれていた。襲名時に親方は「目男は鼻男、口男ほど巧みではないが、コイツは命のこもった仕事をする」と弟弟子たちに言った。

「今からお前は目男観世音だ。観世音の名を継ぐからには、まず私の現役最後の作品、恐竜橋をよく観察しなさい。そうすれば、自然と自分のなすべきこと、作りたいものが見えてくる。その時が来たら命を込めて作品を作りなさい。その作品を作り上げるまでは決して帰ってきてはいけない。恐竜橋の二体の恐竜を垂直に貫く橋柱には隠し部屋がある。帰ってくるまでお前はそこで暮らしなさい」

二体の恐竜が船を通すためにヨソを向き、橋を開いている間、目男は橋柱の部屋で過ごしていた。窓からもう片方の橋柱が見える。あそこにもここと同じように隠し部屋があるのだろうか。ここは部屋自体が動くし、その時の騒音はそれは酷いものだが、ここ数年災厄が続いても橋は崩壊せず、都が凋落した後も雨風をしのげるカッコウの場所だった。今日の最後の船を通した後、二体の恐竜はお互いを向き、がっこーんと橋を閉じた。

目男は親方から、美しいものを見たら、目を離すなと言われていた。カラスにつつかれても、目を離すな、と。

恐竜橋は日に照らされた時と灯籠に照らされた時とで表情を変えた。目男はその二つの表情を観察するために、日没前の1時間と日没後の1時間を観察時間にしていた。橋に住んでいる割には観察する時間が短く思う向きがいるかもしれないが、職人が本気で観察するには魂を消費する。

★★★

恐竜橋の歩道には海がよく見える海側と、街がよく見える街側があった。歩道と車道の間には結界があり、不思議な力が働き、横切って渡ることはできなかった。目男は日没を挟んで、海側を1時間、街側を1時間、橋を観察した。観察する順番は交互に入れ替えた。ある日、海側の歩道で夜の暗い海に向かって大声で「うおぉぉーー!」と獣のように叫んだ歩行者がいた。着物姿の少女だ。その少女は、その後さらに2回、間をおいて「うおぉぉーー!」と同じ様に誰もいない暗い夜の海に向かって叫んだ。そしてその場で姿を消した。目男は魂を削って観察していたから、見間違いではなかった。姿を消す前の叫びは、獣の叫びという表現がふさわしく、普段使う人間の声ではない声だった。目男はその様子を見て、わけもなく涙が出て、自分も「うおおぉぉーー!」と叫んだが、少女の叫びには遠く及ばなかった。まったくわけのわからない話だが、彼女が叫ぶ振動が伝わってきて目男もぶるぶると震えた。目男は彼女の彫像を作ろうと決めた。

目男は再び彼女の姿を見るために、翌日から日没前後の観察時間を全て海側に使った。数日たっても彼女は現れなかった。1週間が過ぎた頃、珍しく他の歩行者が現れた。男女二人組で、目男に記念写真の撮影を頼んだ。職人の目男はカメラが嫌いだったが、断るには忍びなかったし、人に会うのは久しぶりだったので、撮影を引き受けた。恐竜橋を熟知していた目男は、街側を背にして立った方が映える、と助言して写真を撮った。その写真に少女が写っていた。慌てて姿を追うと、彼女は街側の歩道の欄干の上を歩いていた。直毛の長い黒髪をなびかせて、橋の中央に向かってカランコロンと下駄を鳴らして歩いていた。車道を隔てていたため、向こうには渡れなかったが、目男は彼女を追いかけた。橋の中央に差し掛かった時、彼女はこちらを向いた。目男と目が合った。その時、二匹の翼竜が飛んできて車道を交差した。美しいものを見たら、目を離すな。カラスにつつかれても、目を離すな。親方の言葉が浮かんだ。二匹の翼竜はゆっくりと目男の視界を左右から同時にぴたりと閉めた。時間が止まった。目男は目を離さなかった。時間が再び動き出し、翼竜が交差しきって視界が開けた後、彼女の姿はなかった。数秒後にぱっしゃーんと音がした。

★★★

その日を境に少女は街側の欄干に決まった時間に姿を現すようになった。日没前のひと時を欄干に座って過ごす。夕日が橋を照らし、日没とともに影が橋を覆う。雨の日は姿を現さない。影が恐竜橋を下からつつみこみ、全ての灯籠が灯る直前に、川に身を投げる。正確には欄干に立ち上がって歩道側を向いた後、一瞬のゆらめきがあり、姿を消す。その数秒後にぱっしゃーんという身投げの音がする。

彼女は幽霊なのかもしれない。夜を待っているように見えたことから目男は彼女を夜待姫と名づけた。姫は美しかった。目男は夜待姫の彫像を作りたいと思った。姫の姿を彫るには、姫を正面から見なければならないと目男は思った。姫をびっくりさせてはいけない。数日、目男は灯籠の影に隠れて姫を観察した。

しかし日が経つにつれ、夜待姫は目男だけのものではなくなってしまった。目男が以前撮った記念写真が素晴らしく映えたせいで、歩行者が少しずつ増えた。ここ数年災厄が続き、凋落したこの都で、奇跡のように映えた姫は信仰の対象になった。日没に合わせて身投げをしては復活を繰り返す。この姫を拝めば都が復興すると人々は信じた。

目男は嫌な予感がした。早く姫の彫像を作らなければならない、と思った。彫像の完成前にとうとう死人が出てしまった。姫の真似をしたのかどうかはわからないが、身投げをする者が複数出たのだ。その者たちは再び姿を現したりはしない。暗い夜の川に吸い込まれたままだ。

それ以来、姫は姿を現さなくなった。その間に目男は姫の彫像を完成させ、姫が身投げを繰り返していた場所に置いた。その姿は、欄干に座り、日没に合わせて影が恐竜橋を下から覆っていく時に、手を伸ばす仕草だった。

翌日から彫像が信仰の対象になった。この彫像は身投げを連想させない。身投げする者はいなくなった。人々は彫像を拝み、おもいおもいの物を川に投げた。信仰の目的が都の復興ではなく、個人の苦しみの救済や願望の成就に移り変わった。姫への人々の信仰は世俗化してしまった。

目男は、夜待姫の彫像を作った職人として、参拝者の苦しみや、願いを聞くようになった。こんなはずではなかった。俺は間違ったことをしてしまった。目男は後悔した。これではまだ親方の元に帰れない。俺は再び夜待姫を彫らなければならない。

ひと月観察を続けても、姫が橋に現れることはなかった。目男は泣いた。その二つの大きな目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。この彫像がいけないのだ。目男は姫の彫像を川に押し投げた。

その後ひと月たってもやはり姫は現れなかった。目男は魂を削ることをやめずに恐竜橋の観察を続けた。目男の魂が尽きかけた頃、目男がいる街側ではなく、海側の歩道に姫が現れた。灯籠が灯る前の暗い海側の歩道だった。海の影と人の影との境目があいまいだった。見過ごしそうであったが、それは夜待姫に違いなかった。結界で音は聞こえないが、下駄をカランコロンと鳴らして歩いているように感じた。これが最後の機会だ、と目男は思った。結界で恐竜橋は横断できない。知ったことか、と目男は思った。美しいものを見たら、目を離すな。親方の言葉に導かれて、目男は結界を破り恐竜橋を横切る。車道で二匹の翼竜が目男を襲った。カラスにつつかれても、目を離すな。目男は夜待姫から目を離さなかった。翼竜は目男をかすめて飛び去った。目男は海側にたどり着き、欄干を歩く姫の手をとり、歩道に引き寄せた。

「御免,姫の姿を正面から見たい。許せ」と目男は言った。

夜待姫は目男の手を振りほどき、押し倒し、馬乗りになった。着物から白いふくらはぎがのぞいた。ぽたぽたと目男の顔が濡れる。姫が泣いている。湿った荒い呼気が目男の顔を襲う。

「わたしは、幽霊、なんかじゃない!生身の人間だ。どんな気持ちで身投げしてると思っているんだ。毎回、命をかけて、身投げしている!それを、お前は、ただ見ていた。わたしが、気がつかないとでも、思ったか。魂を削るだけじゃ、足りない。命をかけろ、目男観世音!わたしを、よく見ろ!」

姫は獣のように叫んだ。目男の腹にずしんと大きな杭が打ち込まれた感じがした。目男は姫の背を支えながら、ゆっくりと立ち上がった。そして姫を正面から見た。目男は自分の顔に血が集まり、おかしくなりそうだった。美しいものを見たら、目を離すな。目男は目を離さなかった。二人は抱き合って泣いた。

目男と夜待姫は橋柱の隠し部屋に住んだ。目男が暮らす橋柱の向かいの橋柱にもやはり隠し部屋があった。二人はそれぞれの部屋に別々に暮らした。夜待姫が身投げすることはなくなった。

目男は夜待姫の彫像を完成させた。そして次に、自らの彫像を、姿見を見ながら彫った。二体の彫像のうち夜待姫を街側の歩道に、目男を海側の歩道に置いた。その時、恐竜橋の外壁が鱗のようにパラパラと剥落した。元の吊り橋の姿に戻った。恐竜は仮の姿で、観世音の後継者が作品を完成させた時に、外壁が剥落するように親方は橋を作っていた。パラパラと剥落する外壁に灯籠の明かりが映って綺麗だった。俺は目男観世音だ。代々の親方に恥じない作品を世に残す。目男は夜待姫を連れて、親方の元に帰った。

★★★

男女二体の彫像が置かれた恐竜橋の名の由来を知る者は今はもういない。

文字数:4702

課題提出者一覧