暴走ロケットに乗れ!

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梗 概

暴走ロケットに乗れ!

小学四年生の如月ユウキは、夏休み、種子島のスペースキャンプに参加する。おとなしく、何事にも無関心な息子を心配して両親が参加を決めた(が、実際は両親とも仕事で、夏休みに対応できない)。打ち上げ直前のロケットに体験搭乗ができる、スペシャルプランだ。参加者は、大人の都合で夏休みに居場所のない小学生五名(ユウキ、ソラ、ドーン、ノア、ルナ)。ノアが海岸で拾ってきたカメ型ロボットはAKIと名乗り、五人と行動を共にする。

NASAから転職してきた宇宙飛行士のアンジェラと共に模擬体験で座ったロケットが突然打ち上げられ、やむを得ず、国際宇宙ステーションにドッキング。帰還用宇宙船の準備中にAKIが逃走、開発中の恒星間飛行用区画に入り込む。そこには反物質エンジンを搭載した新型宇宙船が係留されていた。AKIを探す五人を乗せたまま、宇宙ステーションを離れ、猛加速を始める宇宙船。加速は一向に止まらない。とうとうウラシマ効果が生じ、地球と時間がずれ始める。

子どもたちは突然の事態に混乱するが、宇宙船内の備蓄を利用してなんとか過ごす。宇宙船の制御はAKIに任されるが、地球にすぐに戻りたいという希望はかなわない。一連の事故の原因はAKIの仕業という疑惑が頭をもたげ、ある日、ドーンは怒りにまかせて操作中のAKIを破壊する。AKIの停止により加速は止まったが、慣性飛行が続いている。制御するすべを失って漂流する宇宙船。子どもたちは生き残るための方法を検討、時折対立しながらも協力体制を確立していく。

二年後、宇宙船が地球帰還コースに入っているとわかった時には、地球では既に三〇〇年が過ぎていた。家族も友人も既にこの世にいない。船内には喜びと絶望とが入り混じる。そこに、大型宇宙船が近づいてきて、ユウキたちの乗った宇宙船を収容する。

それは、太陽系外からの侵入を感知し、地球からやってきた検疫用の艦艇であった。ロボットに先導されて宇宙船から降りる。三〇〇年後の人類との対面に、子どもたちは緊張を隠せない。しかし、現れたのはAKIと同型のロボットNATSU。

地球に帰還したユウキたちは、未来の世界に接触しないよう隔離された。NATSUが一連の事故について説明をする。

タイムトリップが可能になった未来、過去の調査に出向いていたAKIが行方不明になった。過去から未来に戻るすべはない。誰もがあきらめた頃、プロトタイプの恒星間宇宙船が太陽系に現れた。ウラシマ効果を利用してAKIは帰ってきた。五人の子どもたちを連れて。

ユウキたちはタイムトリップで三〇〇年前に戻ることになった。その直前、修理されたAKIが見送りに来る。開いたドアの向こうの壁に、歴代の研究者の肖像写真がかかっている。その一人、にっこり笑った時間跳躍機構の研究者の名は、Y.KISARAGI。それを目にしたユウキは、元の世界に戻ったらやりたいことが山積みであると気付く。

文字数:1198

内容に関するアピール

『家庭に居場所のない子どもたちが、宇宙で漂流し、三百年先の未来から帰還するという大冒険を通じて成長し、未来に希望を見出す』

子どもたちは、映画「スペースキャンプ」のように不意に打ち上げられて、「タウ・ゼロ」のように加速して、定番の冒険小説「十五少年漂流記」(あるいは「火星の人」?)のような長い夏休みを過ごします。小学校の読書感想文の課題図書になりそうな作品を意図しました。感想文用に限りある選択肢の中から消去法で選んだけど、面白かった。そんな初めてのSF体験になる作品にしたいと思います。

実作は、ユウキの一人称で子どもたちの内面の成長を明確に示します。

文字数:276

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いつの日か、空に。 ~ミッション・スペースキャンプ~

ぼくの名前は如月キサラギユウキ。小学四年生だ。
 夏休みに、種ヶ島のスペースキャンプに参加することになった。ママが参加を決めた。ぼくの夏休みに合わせてママは海外出張に行くらしい。パパは、いつも夜遅くにしか帰ってこない。つまり、大人の都合ってやつ。
「打ち上げ直前のロケットに体験搭乗ができる、スペシャルコースよ!」と、ママはわくわくして言ってたけど、ぼくは別にどうでもいい。それより、ベランダのゴーヤと朝顔が心配だ。ぼくがいない間に、誰がお世話するんだろう。
 夏休みなんてさっさと終わって、早く二学期になればいい。

スペースキャンプ初日。
 朝早く、宇宙センターのホールに集合した。ドーム型の天井はとても高い。ホール全体がガラス張りで、鳥かごの中に入っているみたいだ。宇宙センターは、深い森の中の高台に立っている。ホールは最上階なので、足元は一面の樹海だ。緑がまぶしい。海の方に目をやると、飛び出した岬があって、その根元に発射台と真っ白なロケットが見えた。
 宇宙ステーション行きのロケットだ。真っ青な空に向かって、つんとすまして立っている。あのロケットはもうすぐ打ち上げられる。ぼくたちは、その前に操縦席に座ってみることができるらしい。
 このコースの参加者は、男の子が三人と女の子が二人。年齢は同じぐらい。
 ホールのドアが開いて、ブルースーツを着た女性がさっそうと入ってきた。ふわっとした茶色い長い髪が歩くたびに揺れる。ぼくたちの前で立ち止まると、にこやかにあいさつした。キャプテン・アンジェラ。NASAの宇宙飛行士で、種ヶ島宇宙センターに転職してきたという。この人が、一週間、ぼくたちの面倒を見てくれる。
 ぼくたちも順番に自己紹介をした。
 小柄だけど、きりっとしてかっこいい、結月ユヅキソラ。科学が大好きで読書が趣味という、頭がよさそうな子だ。立ち振る舞いはとても品がいいのに、話し方と態度はぼくたちを完全にバカにしている。スペースままごとキャンプ、とか言っちゃって。
 ソラと対照的に色黒で体格のいい、稲葉ドーン。スポーツが得意だっていうのもうなずける。ただ、なんとなく逆らえない雰囲気を醸し出している。スペースキャンプは暇つぶしだって。ぼくの同類かな。
 カメの形をしたロボットを抱いているのは、梅宮ノア。そのロボットは、昨日、海岸で拾ったっていう。AKIという名前だ。お父さんが宇宙センターの職員で、一足早く種ヶ島についていたらしい。十歳の誕生日のお祝いに参加させてもらった、とうれしそうに話した。
 もう一人の女の子は、ルナ・サポージニコフ。雪のように透き通った白い肌と、ほっそりと長い手足。バレエでも踊りだしそうだ。驚いたことに、お父さんは国際宇宙ステーションに滞在中の宇宙飛行士だ。大きくなったら宇宙飛行士になりたいといって、アンジェラを喜ばせた。
 そして、ぼく。得意なこともやりたいこともないし、宇宙に興味もない。とりあえず、このスペースキャンプを通して、自分の将来を考えたいです、とかなんとか言っておいた。夏休みに居場所がないから参加しました、とは、とても言えない。
 全員の自己紹介が終わってみると、ぼくの場違い感が、半分だけ減った。少なくとも、男の子二人はやる気満々じゃなかった。
 ドーンがノアのロボットを見て「変なロボット」とバカにした。カメの甲羅のように見えるのは、プロテクターかな。その四すみから足が出ているのも、出入り自由な首がついているのも、まったくカメとしか言いようがない。AKIは暖かい光を発している。その光の点滅がロボットらしくなくって、生き物のように見えた。
 しっかりとしがみついているAKIがかわいくて、ノアは離したくない。アンジェラは「素敵なロボットね」と同行を許可してくれた。

初日のオリエンテーションと宇宙飛行士の話が済むと、二日目は早くもロケットの打ち上げ体験だ。打ち上げの手順確認に合わせて、ぼくたちはロケットに乗りこむ。本番で搭乗する宇宙飛行士たちが、手を振って面白そうに見送ってくれた。
 フライトデッキのドアが、外から閉められた。
 前方は、モニターやディスプレイがところ狭しと並んだコックピット。アンジェラが左側のキャプテンシートに座った。ルナがアンジェラのとなりに座って、熱心にうなずきながら説明を聞いている。ぼくは一番後ろに静かに座って、管制塔とやり取りをするアンジェラの声を聞いていた。アンジェラは、時々後ろを振り返ると、作業や操作について簡単に説明をしてくれる。
 ふと、小さな振動が感じられて、ぼくはとなりのノアを見た。ノアはAKIを胸に抱いて、神妙な顔をしている。ぼくの視線に気づくと、困ったようにちょっと微笑んだ。
 今まで楽しげだったアンジェラの声が、怒ったように早口になった。話の内容は、難しくてよくわからない。下の方から響いてくる振動が、少し大きくなったような気がする。前の席に座っているドーンが、落ち着かない様子で周りを見回した。ドーンのとなりの席に座っているソラは、平気な顔をしているけど。右の操縦席に座ったルナが、アンジェラの顔をじっと見ている。アンジェラはしきりとパネルを操作していて、何も説明がない。打ち上げの模擬体験って、こんなほったらかし状態なんだ。ぼくは気が抜けて、座席にもたれかかった。
 振動が、一段と大きくなった。地獄の底から聞こえてくるような、低い音も響いてきた。ノアと顔を見合わせる。AKIを抱く腕に一層力が入って、震えているように見える。「こわい」って、くちびるが動いた。
 ドン! 下から持ち上げられるような大きな振動。アンジェラが後ろを振り向いた。
「みんな、打ちあがるわよ! ちょっとの間だから、しっかりお腹に力を入れて、がんばってね!」
 え!?
「いや! 降りる!」
 ノアが叫んだ。シートベルトに手をかけて、今にも外しそうだ。
「だめだよ! 危ない!」
 ぼくはノアに手を伸ばして、腕をしっかりつかんだ。
「いやよ! いや! 降ろして!」
 ぼくだって、降りたい。こわい! だけど……。
「ノア、AKIをしっかり抱いてて! こわくないから!」
 ノアがAKIを力いっぱい抱きしめて、顔をうずめた。いやいやと頭を振っている。
 操縦席では、アンジェラがディスプレイを操作していた。スピーカーから流れるカウントダウンの声。
「打ち上げ、十秒前、九、八、……」
 振動と爆音が、からだ全体に響く。
「くそ!」
 そう叫ぶと、ドーンは頭を抱えた。ソラはそのとなりで静かに座っている。
「……三、二、一、〇、リフトオフ!」
 下から持ち上げられる! ぐん、と力がかかった。真上から押し付けられたように、からだが重い。動けない。
「お腹に力を入れて!」
 アンジェラの声が、轟音の中に聞こえた。うっと腹筋に力を入れる。隣をちらっと見ると、AKIを抱いたまま、ノアはきゅっと目をつぶっていた。前の席のドーンもソラも動かない。アンジェラは操縦席で、管制官とのやり取りをひっきりなしに続けている。
 ぼくたちは、声も出ない。みんな、からだを固くしたまま、かたずをのんで見守っている。本当に、ロケットが打ちあがってしまった? 信じられない。
 突然、振動がなくなった。髪の毛がふわっと持ち上がって、椅子に座っているはずなのに、ふっとからだの重さがなくなった――。
「打ち上がったの!?」
 ルナが、まとわりつく髪を押さえながら、アンジェラに聞いた。アンジェラは、ゆっくりうなずく。
「そうよ。みんな、よくがんばった」
 ぼくたちを振り返って、アンジェラは弱々しく笑った。
 ロケットのフライトデッキに座ってみるだけだったぼくたちは、今、宇宙にいる。
 ぼうぜんとしているぼくたちの中に、一人例外がいた。
 ルナはアンジェラの返事を聞いて、はしゃいでいる。今にもシートベルトを外して浮かび上がりそうだ。宇宙飛行士になりたいって言ってたけど、いきなり実現しちゃったんだ。
 ドーンは、こんな事故を起こして、戻ったら宇宙センターを訴えてやる、とか、ぶつぶつ文句を言っている。ソラは相変わらず平然として座っている。ノアは、……やっぱりAKIを抱いたまま。ちょっと顔色が悪いけど、よくがんばった。
 ぼくは、というと、心臓はバクバク言っている。だけど、ふわふわして気が抜けたせいか、ぼーっとしている。これを適応能力というなら、ぼくのたった一つの取り柄かもしれない。
 アンジェラが、せっかくだから、と言ってシートベルトを外す許可をくれた。
 思いがけない無重力を味わっていた時、管制から連絡が入った。ISS(国際宇宙ステーション)に向かうって。忙しくやり取りするアンジェラの隣で、ルナが楽しそうにパネルを操作する。宇宙飛行士のお父さん仕込みだ。飛行機や宇宙船の操縦を、シミュレーターで習っていたという。お父さんに久しぶりに会えるのが、とてもうれしいらしい。ときどき見える頬がほんのり赤くなっている。
 アンジェラのサポートに忙しいルナを除いて、ぼくたちは無重力を楽しんでいた。青い地球と漆黒の宇宙が、かわるがわる窓から見える。近づいてくるISSが、窓の片隅に見えてきた。
 ISSとのドッキングは、スムーズに行われた。ドアが開くと、その向こうにルナのお父さんが待っていた。ルナが一番に飛び出した。空中を泳ぐように一気にISSに乗り移る。みんな、いつの間にか無重力に慣れていて、あっという間に行ってしまった。うまく動けないぼくは、壁を伝うようにして、そろそろと移動した。
 ISSと種ヶ島宇宙センターの間では、既にぼくたちの帰還について話がついていた。宇宙飛行士たちが帰還用の宇宙船を準備している。その間、ぼくたちはすることがない。
「地球も見飽きたなぁ」
 ドーンがつまらなそうにつぶやく。最初は競うように窓に張り付いて眺めていた地球も、いつの間にか普通の景色になってしまった。地球以外は、真っ暗な宇宙。飲み込まれそうで、とても怖い。
「ねえ、ISSを探検しない?」
 ノアが提案した。増設に増設を繰り返しているISSは、かなりの広さがあるという。
 居住スペースを出ると、通路が縦横に走っていた。ぼくたちは目の前に現れる部屋をかたっぱしからのぞいてみた。
 AKIはノアの手を離れて自力で動いている。無重力で動きやすくなったから、らしい。誰よりも先に、すいすい飛んでいく。ぼくたちはそのスピードについていけず、いつの間にかAKIを見失っていた。
 AKIが変なところに入り込んだら大変だ。ぼくたちは必死に探した。
 どんどん遠くの区画に入り込んでいることも、そして、もし見つかったら大目玉なことも分かっていたけど、探し出さなきゃ。
 窓の向こうにISS本体が見えた。ずいぶん、端っこまで来てしまった。あそこまで、また迷わず戻れるかな、そう思った時、地球を背景にしたISSが、すこし移動したように見えた。
「ソラ、ちょっと見て。ISSが動いてない?」
 ルナも気づいたようで、隣にいたソラに話しかけた。
 ソラが窓の外をのぞく。ぼくももう一度のぞいた。やっぱり、ちょっとずつ、ISSが動いている。ドーンが「おれにも見せろ」と強引にぼくをどかした。無重力で浮いていたぼくは、そのままふわふわと、窓と反対側の壁に……、ぶつからなかった。なぜか、吸いつけられるように、床に落ちた。
「重力が、ある?」
 ぼくを見ていたソラが、不思議そうにつぶやいた。まわりのみんなも、いつの間にか床に立っていた。そして、もう一度窓の外に目をやったソラは、
「ISSが、離れていく」
 そういうなり、真っ青な顔をしてぼくたちを振り返った。
 ぼくたちは、悲鳴をあげて、窓からISSを見た。青く輝く地球を背景に、どんどん離れていくISS。
 ルナが、か細い声で言った。
「ISSには新型宇宙船があるって、パパが……」
 みんながルナを見た。
「新型の宇宙船?」
 ドーンがいぶかしげな顔でルナに問いかける。
「開発中の恒星間飛行用区画っていうのがあるの。ISSの一番端っこに」
 ぼくたちはずいぶん長い距離を移動した。一番端っこまできていても、おかしくはない。
「その宇宙船は、太陽系を出て他の星に飛んでいくためのものって」
「おそらく、これがその宇宙船だ」
 ソラが続けた。
「ということは、かなりのスピードが出て当然だと思う。こうして今も」
 ソラが足元を見る。
「床に立っていられるっていうことは、加速しているってことだ」
「じゃあ、私たちはこのままどこかの星に向かって飛んでいくってこと? 地球には、帰れないの?」
 ノアの目から涙がぽろんとこぼれて、頬を伝う。
「バカゆってんじゃねえよ。おれは帰るぜ」
「どうやって帰るのよ」
「わかんねーのかよ。父ちゃん、宇宙飛行士だろ?」
「わかるわけないでしょ!」
 ドーンとルナは言い争いを始めた。
「そもそも、AKIを離したノアが悪いんだ!」
 ドーンの怒りの矛先がノアに向いた。ノアはしゅんとうつむいてしまった。
「ノアを責めてもしょうがないよ」
 ぼくは、ドーンとノアの間に割って入った。
「じゃあ、お前が責任取るのか?」
 背の高いドーンがぼくに迫った。圧倒的な圧力を感じて、ぼくは少し、後ずさった。
「ドーン、ちょっと落ち着きなさいよ。ケンカしている場合じゃないでしょ」
 ルナの助け舟が入った。ドーンは、小さく舌打ちをして黙った。思いがけない事態に、みんなどうしたらいいのか、混乱している。
 ソラは、真っ暗な宇宙を眺めて、何かを考えている。
「まずは、この宇宙船の中を調べてみよう。水や食べ物が必要だし、もしかすると操縦室にマニュアルとか、あるかもしれない」
 そうだ。どうにか生き抜かなくっちゃいけない。絶対、地球に帰るために、今はがんばらないと。
 床に足がついているので、移動はずいぶん楽だった。宇宙船が動き出して、よかったことはこれだけ。ふわふわ浮いてしまう無重力は、ぼくはいやだった。みんな、小走りで宇宙船の中を移動している。
「あった!」
 ドーンが開けた部屋は、倉庫のようで、そこには水や食料と、衣類、毛布などなど、たくさんの日用品が詰まっていた。みんな、ほっとしたとたん、ものすごくお腹がすいていたことに気づいた。宇宙食を探し出して、好き勝手に食べ始めた。いつしか、ぼくたちには笑顔が戻っていた。
 食事を終えて、宇宙船の中をもう一度調べて回った。操縦室を探さないといけない。操縦の仕方は分からないけど、ISSや種ヶ島宇宙センターと無線がつながれば、どうにかなるかもしれない。
 それにしても大きな宇宙船だ。太陽系を出て他の恒星に向かうとなれば、何年、何十年とかかる。その間、乗務員は生活しなければならないから、船内の設備はISSとは比較にならないほど、立派だ。一人一人の部屋もあるし、映画館のようなホール、植物を栽培できる農場のような部屋もあった。ぼくたちは、置かれた状況を忘れてはしゃいだ。
「宇宙船の中の見取り図を作らないと。それから食べ物とかのリストもね」
 ルナが提案した。ノアが一緒に作る、と手を挙げた。二人を見取り図&リスト作成係として残し、ぼくたち三人は、操縦室を探しに行った。
 宇宙船の外周に沿って作られている窓から、真っ暗な宇宙が見える。地球がずいぶん遠くなって、ぽっかりと浮かんだ青い月のように見えた。ISSは、小さすぎて見えない。こうしている間にも、どんどん宇宙船は地球から離れて行っている。そう思うと、足が止まった。このまま、もし戻れなかったら……。弱気な自分が頭をもたげたけど、ふりはらって駆け出した。前を行くソラとドーンに遅れるわけにはいかない。
 一番奥まったところに残された部屋。ドーンが近づくと音もなく自動ドアが開いた。
 部屋の中は真っ暗。上半分が大きなスクリーンになっていて、壁全体にディスプレイがぎっしり並んでいる。点滅する光と、次々に移りゆく数字の列……。ここが操縦室?
 部屋を一通り見まわしたドーンが、床の片隅に転がっている何かを見つけた。暖かい光が、ゆっくりと点滅している。
「AKI!?」
「AKI? ほんとだ!」
 ソラとぼくも声を上げた。そこには、おなかを上に向けて、動けないAKIがいた。ドーンの声に気づいて、AKIの頭が振り返る。
「……ドーン?」
「AKI、こんなところにいたのか」
 ソラが近づく。AKIは、手足をばたつかせた。カメ型ロボットのAKIは裏返ると全く動けない。
「キミタチコソ、ドウシテ?」
 ソラがAKIをだきあげて、元に戻してあげた。
「宇宙船が動き出して、床に転がっちゃったんだね。ノアが心配してる。いったん戻ろう」
 ぼくたちは、AKIを連れて通路を戻った。窓から見える足元の地球が、さらに小さくなっている。ソラにもドーンにも地球は見えているはずなのに、誰も、何も言わない。黙々と歩いた。
 ルナとノアは、大きなテーブルのある会議室で地図を作っていた。ぼくたちがAKIを連れて戻ると、ノアは大喜びでAKIに飛びついた。気丈にふるまっているけど、ノアは本当はさびしがり屋だ。AKIが見つかって、よかった。
 ぼくの時計は九時を指していた。種ヶ島の、いや、日本時間そのままなので、いつもだったらそろそろ寝る時間だ。立て続けにいろんなことが起こったから、みんな疲れている。とりあえず、今日は休むことになった。
 部屋はたくさんあるけれど、一人では心細いといって、男女別に二部屋で過ごすことにした。時計を持っていたのはぼくだけだったから、ぼくが時計係をかってでた。このメンバーになってから、初めて自分から仕事を言い出した。ちょっとだけ、うれしかった。
 翌朝、宇宙船での1日が始まった。
 当面の生活のために、当番が次々に割り振られた。宇宙船内の地図作りと食料などの確認は、前日から引き続き、ノアとルナが担当した。力持ちのドーンは、倉庫係。生活に必要なものを出し入れする。ソラは宇宙船の位置や進路をAKIと一緒に解析する役目。ぼくは、時間係と野菜の栽培を担当した。
 朝食の終わったテーブルで、ソラはAKIに現状を説明した。
「加速がとまらないんだ」
「カソクガトマラナイト、カギリナクコウソクニチカヅク」
「コウソクに近づくって、どういうことだ?」
 ドーンが割って入った。
「光の速さに近づくっていうことだよ」
「いいじゃねえか。そのままUターンすれば、地球にすぐ帰れる」
 ドーンは、何が問題なんだ? と言わんばかりだ。ソラの表情は、曇ったまま。
「このまま光の速さに近づいたら、宇宙船の中の時間と、地球上の時間がずれてしまう」
「はぁ!?」
 ドーンの眉が上がった。
「ぼくたちが地球に戻った時には、浦島太郎みたいになっているっていうこと」
「そんなバカなことがあるもんか!」
 ドーンはどすどすと足音を立てて、部屋を出て行ってしまった。
「ソラ、どういうことなの?」
 ルナとノアが心配そうにソラの目をのぞきこんだ。
「ウラシマ効果っていうんだ。光の速さに近づけば近づくほど、宇宙船の中の時間は地球より遅く進む。ぼくたちの時間より、地球に住む人たちの時間が早く進んでしまうんだ。地球の人は、その分、早く年を取る。ぼくたちが戻っても、みんな、死んでしまっているかもしれない……」

毎日、ソラはAKIを連れて操縦室にこもった。何としても、早く宇宙船を操縦する方法を見つけたかった。
 AKIは変な形をしているけど、誰よりも宇宙船について詳しかった。マニュアルは見つからなかったけど、操縦室のコンピュータにAKIが接続されると、現在位置や進路がわかるらしい。そのうち、操縦もできるようになるだろう、とソラは言った。
 そうして、AKIが宇宙船の操縦係となった。
 既に地球は遠くて見えない。
 太陽もほかの星と同じぐらい、小さくなってしまった。ソラが教えてくれないと、太陽さえわからない。ソラは、地球でながめた星座の形が、だいぶ崩れているという。
 ぼくたちの宇宙船は、どんどん加速しながら、スピードを上げて飛んでいる。
 ソラの話していた時間のずれが、とても気になる。こうしている間にも、地球では何年もたっているのかもしれない。ほんの一週間のスペースキャンプのはずが、何年も帰らないって、パパもママもきっと心配している。もしかすると、ぼくたちは死んでしまったと思われているかもしれない。
 宇宙船の中での生活に慣れていくにつれて、みんなの気分は沈んでいった。何とか気を紛らわそうとがんばっていたけど、とうとう、ノアがホームシックにかかってしまった。
 ノアに元気がないのは分かっていた。だけど、それほどとはだれも思ってなかった。
 食べる量が日に日に減って、とうとう、一切、食事に手をつけなくなった。ルナが倉庫の中から、特別においしそうなデザートを出してみた。ぼくは、促成栽培に成功したイチゴの試食係を、ノアに譲った。でも、何も食べない。毎日、しょんぼりとだまったまま。このままでは、ノアは弱り切ってしまう。ぼくたちは、途方に暮れてしまった。
 そこに、すごくうれしいニュースが飛び込んできた。AKIが宇宙船の操縦方法を見つけたらしい。みんな飛び上がって喜んだ。もちろん、一番喜んだのはノアだ。ホームシックも吹っ飛んで、あっという間に元気になった。
 みんな、地球にすぐに戻れると期待に胸を膨らませた。
 AKIは操縦室にこもって、一心不乱にパネルを操作している。だけど、なかなかうまくはいかなかった。あっという間に一週間がたち、二週間がたち、ほんとに地球に帰れるのかな? と誰もが思った。けれど、言ってしまったら歯止めがきかなくなりそうで、口には出さずに我慢していた。
 AKIの説明は、ソラだけがちゃんと理解できているみたいだ。宇宙船の進路を、少しずつ地球に向けて修正しているって。
ソラの説明によると、AKIはどんどん賢くなって、今ではこの宇宙船全部をコントロールできているらしい。食料や水の在庫管理や廃棄物のリサイクル、植物の栽培まで、AKIが作業リストを作ってくれた。今まで、ものすごく時間がかかっていた仕事が、びっくりするぐらい楽になった。
 ドーンは、それが気に入らない。「ロボットに指図されるなんて、まっぴらだ!」と、自分のやり方を変えない。みんな、困った。ドーンは怒ると怖い。だけど、AKIのやり方は簡単なので、だまって仕事の方法を変えていった。
「この事故の原因は、AKIじゃないのか。AKIが勝手に操縦室に入ったから」
 ある日、ドーンが言い出した。積もり積もったAKIへの反発と、なかなか地球に戻れないイライラが、そう言わせたのかもしれない。
「AKIにできるわけないでしょ」
 ノアが反論する。ルナもノアの味方をした。
「AKIがいるから宇宙船のコントロールもできるようになったんだ。助かってるんだよ」
 ソラもドーンに静かに言う。ぼくも、そう思う。AKIがいなかったら、地球にも帰れないよ。
 みんなに反対されて、ドーンはつまらなそうだった。つっと立ち上がると、部屋から出て行った。外から部屋のドアを蹴飛ばす音がした。
 そのまま、夕食の時間になってもドーンは戻らなかった。いつもは、誰よりも先にお腹がすいて、席に座っているのに。AKIのプログラムで、自動で調理される食事もおいしいって、言っていたのに。
 AKI?
 ほとんど同時に、みんなが同じことを考えた。ノアがダイニングを飛び出した。ソラが追う。ルナとぼくも、二人の後を追った。
 行き先は、もちろん、操縦室。
 AKIが一人で作業している。
 お願いだから、ただの思い違いであってほしい。みんな、そう思って走った。走って、走って、やっと操縦室の前に来た。
 ソラが、一番にドアに近づいた。ドアが、開く。
 操縦室の中は真っ暗で、壁のスクリーンやディスプレイがまぶしく点滅している。
 目が慣れてくると――
 部屋の真ん中に、黒い塊が転がっていた。
「AKI!」
 みんな、いっせいに走り寄った。
 カメの甲羅のようなプロテクターが割れて、中からAKIの本体がのぞいていた。いつもは暖かい光を発している身体が、今は、ただのプラスチックのかたまりになっていた。
「いやだー!」
 ノアが叫んでAKIを抱きしめる。ルナはノアの背中をなでながら、一緒に泣いていた。くたんとした黒いAKIのなきがらが、ノアの腕の中で、プランプランと揺れた。ソラとぼくは、ぼう然としてただ立っていることしかできなかった。
 気がつくと、ドーンが操縦室の片隅にもたれかかっていた。
「こわすつもりはなかったんだ。だけど、何度話してもらちがあかなくって、つい……」
 どうして? と問い詰めるまでもなく、自白した。
「お前!」
 ソラがすごい勢いで飛びだしていった。何があっても冷静なソラ。ロケットが打ち上がった時も、ISSから宇宙船が離れてしまった時も、誰よりも落ち着いていた、そのソラが、自分より一回り以上も大きいドーンに向かって行く。
 ソラの小さくって細いからだが、ドーンに体当たりした。その瞬間、目に見えない速さで弾き飛ばされた。床に倒れ込む。ソラは、それでもなお、ドーンをにらんでいる。
 ぼくも、泣いていたノアもルナも、驚いてドーンを見た。ぼくたちの視線を無視して、ドーンは操縦室を出て行った。
 こわれてしまったAKIは、直せない。途方に暮れたぼくたちを乗せたまま、宇宙船は暗い宇宙空間をひたすら進んでいる。どこかに向かって。

AKIがこわれてしまってから、宇宙船の位置も進路も、知るすべがなくなってしまった。AKIだけが分かっていた。そして、何とか地球に向かって飛行するように、コースを変更していた途中だったという。
 ドーンはほかの誰とも話をしなくなった。顔を合わせるのも避けている。部屋も、食事も、別々にした。
 こわれたAKIは、ノアがきれいに組み立てなおして、リビングの隅に飾られていた。
 ソラは、操縦室に入って、宇宙船の制御ができないか、毎日のように考えている。ぼくはソラのアシスタントをかってでた。
 ソラと一緒にいるようになってから、わかったことがある。誰よりも頭がいいソラは、ぼくには、いや、ほかの誰にも難しくってわからないAKIの話を、完璧に理解していた。だから、AKIがいなくなっても、その仕事の続きをしてみようと思っていた。自分にならできるって、そう思えるソラの自信はうらやましい。
 もうひとつ、ソラもAKIが大好きだったってこと。ノアがAKIを大切にしているのとは違う。AKIに憧れのような気持ちを抱いてたったいうのかな。ソラの知らないことをたくさん知っているAKIに、追いつきたいっていう、そんな憧れ。
 ぼくは、そんなソラがとてもうらやましかった。自分の気持ちを満たしてくれる、そんな何かに出会えたんだから。ぼくにも、そんなことがいつか起こるだろうか。

宇宙船は、順調に飛んでいる。どこに向かっているのかはわからないけど。
 ソラの手伝いに時間がとられて、農場の世話がおろそかになっていた。ぼくが植えた野菜は、枯れてしまっているかもしれない。
 温室のドアを開けてみて、びっくりした。ぼくが世話をしていた時には、五〇センチぐらいの背丈だった野菜が、ぼくの頭よりも高く育っている。きちんと葉も剪定されていて、赤いトマトや緑のきゅうりが、たくさんなっていた。
 だれかが世話をしないと、こうはならない――。
 今まで、そんなことしたことなかったから、少しだけ、勇気が必要だった。だけど、ぼくは、ユウキだ。名前負けなんて、するもんか。
 野菜を手に、ぼくは、ドーンの部屋の前にいた。長い間、顔を見ていない。会ってくれるかな。心臓が、ドキドキする。
 ドアを、静かに開けた。カギは閉まっていなかった。
 ドーンが、ベッドの上でひざを抱えていた。ぼくを見て、おどろいた顔をしたけど、すぐさま、こわい顔を作った。
「何しに来た」
「お礼を言いに」
「なんだ、それ」
「農場の野菜が、元気に育ってた」
 ドーンのこわい顔が、ちょっとゆるんだ。
「だれかが、お世話してくれたんだ。だから、お礼を言いに」
 ドーンは何も言わずに、ふいっと向こうを向いてしまった。でも、ちょっと照れたような顔をしていた。なんとなく、うれしかった。
 農場からとってきたトマトを一つ、ドーンの部屋に残してキッチンに向かった。
 キッチンでお菓子を作っていたルナとノアが、ぼくの持っていったトマトときゅうりに目を丸くした。とりたての野菜は、みんな大好きだ。ソラも呼ばれて、キッチンに来た。
 そこで、ぼくは大きく息を吸うと、今日二回目のユウキになった。
「ドーンがね、お世話しててくれたんだよ」
「ドーンが?」
 トマトにかじりつこうとしていたノアが、あわてて口を離した。
「そうだよ。ドーンが育ててくれたんだ」
「信じられない。あの暴れん坊のドーンが……」
「ちょっと、反省したんじゃないかな」
 ソラが、そうっと言った。
「……ドーンも悪かったって、思ったのかな」
 ノアが、小さな声で言った。そのとなりで、ルナがきゅうりにかぶりつき、
「こんなおいしい野菜作るのって、優しい人じゃないとできないんだよ」
 そういって、笑った。
「サラダ、作ってみんなで食べよう!」
「ドーンも呼んで、ね」
「ドーンの部屋に行こうか」
 ぼくが提案した。
「でも、入れてくれるかな?」
「大丈夫。カギ、かかってないから。みんな、入ってきていいよっていう合図だよ」
 その日、久しぶりに五人で食べた新鮮なサラダは、言葉にならないほどおいしかった。

種ヶ島からロケットで打ち上げられた日から、ちょうど二年がたった。
 ぼくたちは、なんとか無事に生きている。ぶつかり合うたびに五人のきずなは強くなった。みんながいるから、宇宙を放浪していても、希望を失わずにいられた。そう思う。
 三年目の最初の日も、いつもと同じ朝だった。ぼくの日本時間の時計に合わせて起床し、朝ごはんを食べて。昨日と同じ一日のくりかえし、のはずだった。
 朝食後、思い思いにくつろいでいるとき、ソラがダイニングに駆け込んできた。
「地球に、向かっている!」
 ぼくたちは椅子を蹴って立ち上がり、口をあけたまま、固まった。
 地球に、向かってるだって?
「間違いない。このまままっすぐ進めば、太陽系につく。地球に、帰れるんだ!」
 ノアとルナが手を取り合って喜んだ。ドーンはガッツポーズをしている。ぼくもうれしくて、なぜか、はははと笑ってしまった。
 みんな、どれほどこの日を待っていたことか。AKIがこわれて、もう帰れないと思っていても、心のどこかで、絶対に帰れるって信じていた。やっと、この日が来た!
 大騒ぎして喜ぶぼくたちとは対照的に、ソラは沈んで見えた。その様子に気づいて、みんな、静かになった。
「なにか、心配事があるの? ソラ?」
 ルナが声をかけた。少しうつむいたまま、ソラは黙っていた。顔をあげた時、ソラの目は、何かを決意したように光った。
「地球では、三〇〇年がたっている」
 誰もが息をのんだ。三〇〇年、たってるだって?
「……どういうことなの?」
「ウラシマ効果」
 それは、たしか、ISSから離れた時に、ソラが解説してくれた言葉。
 光の速さに近づけば近づくほど、宇宙船の中の時間は地球より遅く進む。そして、地球に戻った時、地球に住む人たちの時間が早く進んでいて――そんな、話だった。だけど、そんなことが、ほんとに起こるの?
「操縦室のコンピュータで計算ができたんだ。間違いは、ないと思う」
 間違いであってほしい、そう、ソラ自身が思っているのがありありと伝わってくる。
「じゃあ、地球に帰っても、もう誰もいないのね? パパもママも……」
 ノアが、崩れ落ちるように椅子に腰かけると、テーブルに突っ伏して泣き始めた。ルナは、窓に向かって歩いていき、漆黒の宇宙をじっと見つめたまま、動かなかった。ドーンはガッツポーズしたこぶしを、膝の上で震わせていた。
 ぼくは、というと、どうやったら三〇〇年を巻き戻せるんだろう、と、そればっかり考えていた。

太陽が、ほかの星よりもひときわ明るく輝いて見えてきた。その明るさは、日に日に増していて、宇宙船は確かに太陽に向かっていると、ぼくたちに教えてくれていた。操縦室のコンピュータは、地球までの進路をはっきりと示している。喜びと不安とで、ぼくたちは落ち着かない日々を過ごした。
 太陽系外縁に近づいた時、突然、大型の宇宙船が現れた。すごいスピードで接近してくる。こっちは大騒ぎだ。地球からの迎えの船だ、とか、宇宙人を撃退するための戦艦だ、とか。でも、ぼくたちは覚悟を決めた。何が起こっても、五人で立ち向かおう、と。
 あわや衝突、という距離で、大型船の巨大なドアが開いて、ぼくたちの宇宙船は、収容された。船外に、何かがあたる音がする。
 と思ったら、いきなり重力がなくなった。部屋中のあらゆるものが、宙に舞った。次の瞬間、今度は反対の向きに重力がかかった。
「減速している」
 ソラがつぶやいた。ぼくたちの加速は、やっと止まった。

宇宙船の入り口が、外から開いた。
 三〇〇年後の人類? それとも……。
 みんな、緊張で顔がこわばっている。ぼくも、口の中がカラカラだった。宇宙船の入り口を見つめた。
 ひょいっと、何かが顔をのぞかせた。
「AKI?」
 ノアが驚いたように叫んだ。ほんとだ。AKIじゃないか。
「チガウ、ボクハAKIジャナイ。NATSU」
 そいつが答えた。NATSU? AKIにしか見えないんだけど。
「ミナサン、オカエリナサイ」
「お帰りなさい? 何で知ってるんだ」
「ミナサンガ三〇〇ネンマエニ、ユクエフメイニナッタノハ、キロクニノコッテイマス」
「記録に? ……じゃあ、やっぱりここは」
「三〇〇ネンゴノ、タイヨウケイデス」
 ソラの計算は、正しかった。
 ぼくたちは、NATSUに率いられて、大型宇宙船に乗り移った。照明も部屋の中も、とても気持ちがいい。ぼくたちは広い応接間がついた大きな部屋に入った。
 だけど、NATSU以外、誰にも会わない。こんな大きな船に誰も乗っていないことなんて、あるんだろうか。
「コノフネハ、ケンエキセンデス」
 NATSUが答えてくれた。太陽系外から帰還した宇宙船を収容し、危ない生物がついていないかどうか、検査をするのだという。三〇〇年後って、すごい。

大型宇宙船に乗せられて、ぼくたちは地球に帰ってきた。
 三〇〇年たっても、やっぱり地球は青かった。
 おどろいたのは、地球を回る宇宙ステーションの数。宇宙エレベータが何本もある。ソラは窓に顔をくっつけたまま、離れない。目がいきいきとしている。
 でも、そこまでだった。
 ぼくたちは外が見えない部屋に連れて行かれ、そのまま地球に着陸したみたいだった。だって、飛行機が着陸するような、ドンという衝撃さえ、なかったから。NATSUが着いたって言わなかったら、ずっと気がつかなかった。
 宇宙船から、どこかの建物に移されたけど、そこでも外は見えなかった。
 ぼくたち、過去からきたものに、未来の世界は見せられない、と説明があった。スピーカーを通して、声だけの、誰かが言った。過去が変わると、未来も変わってしまうから。ぼくたちは、三〇〇年後の世界にいながら、誰にも会えない。
 NATSUが時々顔を出した。でも、ぼくたちは話す気にならなかった。ノアでさえ、AKIにそっくりのNATSUに、冷たく当たった。
 ソラだけが、NATSUとの会話を楽しんだ。ソラはほんとにすごい。三〇〇年後のロボットが言っていることも、ちゃんと理解できるんだ。
 だけど、なんでNATSUはAKIにそっくりなんだろう。AKIはノアが種ヶ島の海岸で拾ってきたロボットだったのに。それだけは、みんなが不思議に思っていた。
 その答えを、ソラが持ってきた。
 三〇〇年後のこの時代では、タイムトラベルが可能になっていた。この時代の人たちは、頻繁に過去の調査に出かけている。AKIもNATSUも、探査用のロボットだった。調査に向かったAKIが、行方不明になった。ちょうど、ぼくたちがスペースキャンプをしていた、あの時代だ。過去から未来に戻る方法はない。誰もがあきらめた頃、すごく初期のタイプの恒星間宇宙船が太陽系に現れた。ぼくたちが乗ってきた、あの宇宙船だ。AKIはウラシマ効果――つまり、宇宙船を加速させることで、進む時間の速さを調整して、元の時代に戻ってきた。誤算だったのは、五人の子どもたちが一緒だったこと。
 だからね、ソラがちょっとためらいながら言った。
「ぼくたちは、元の時代に帰れるんだよ」
 元の時代に帰れる!?
 それを聞いた瞬間、みんな、歓声をあげた。よかった。ママにもパパにも、友だちにも会える! うれしくて、抱き合って喜んだ。
 だけど、ソラだけは、浮かない顔をしていた。

あっという間にその日が来た。
 せっかく来た三〇〇年後の世界は、まったく見ることができなかったけど。ぼくたちの時代にはできなかったことが、実現している世界があるんだと思うと、うれしかった。
 タイムトラベルの装置を使うため、ぼくたちは長い長い通路を歩いて行った。特別な装置だから、研究所のようなところに置いてあるんだろうか。歩きながら、たくさんのドアがあったけど、どれもきっちり閉じられたままだった。
 前を歩くNATSUが、立ち止まった。
 すぐそばのドアが開いて、NATSUが……、ちがう。AKIだ!
「AKI!」
  ノアが駆け寄った。
「直ったの?」
「ナオッタ。ノア、ミンナ、マキコンジャッテ、ゴメン」
「そんなことないよ。楽しかったよ。宇宙旅行」
 ルナがにこにこしながらAKIの手を取った。
「AKI、ごめん。こわしちゃって……」
 ドーンが小さくなって、謝っている。なんだか、おかしい。AKIがドーンの背中をポンポンと叩いて言った。
「ダイジョウブ。ドーン、イイパンチダッタヨ」
 みんなが、笑った。最後に、仲直りできて、よかった。
「AKI」
 小さな声で、ソラが呼んだ。AKIが振り返ってソラを見た。
「ソラ、オワカレダネ」
 ソラはゆっくりAKIに近づいて、ギュッと抱きしめた。あの宇宙船の中で、ソラの一番の理解者はAKIだった。ソラの憧れだった、何でも知ってるAKI。
 ソラがゆっくりとAKIから離れた。ぼくと目があって、ソラは照れくさそうに笑った。その目が、はっとしてぼくの後ろを見た。
 ソラの視線を追って振り向いたぼくは、開いたドアの向こうに、肖像画がかかっているのに気づいた。たくさんの写真が並んでいる。一番古い写真の下に、「時間跳躍機構の基礎を確立した」と書いてあった。この人がいたから、タイムトラベルができるようになったんだ。その人の名前は……。

Y.KISARAGI。

ユウキ、キサラギ? ――ぼく!?
 振り返ると、ソラと目が合った。ニヤッといたずらっぽく笑ったソラは、ぼくに向かって言った。
「ぼくは、残るよ」
「え?」
「この世界で、これからの未来のために、仕事をしたいんだ」
 決意に満ちた目だった。ぼくは、何も言えなかった。
「ユウキの仕事に負けないぐらい、がんばるからね」
 ポンッとぼくの肩をたたいて、ソラはAKIに言った。
「やっぱり、帰らない。こっちに残るよ。いいでしょ。AKI」
 AKIがソラを見て、ぼくを見た。ソラが一緒じゃなくっていいの? って聞いているように。
「AKI。いいんだよ。ソラはこの世界でがんばりたいんだって。ぼくたちは、元の世界に戻ってがんばるよ。そして、こっちに続く世界を作るから」
 タイムトラベル用のマシーンに、乗り込んだ。
 ノア、ルナ、ドーン、そして、ぼく。ドアの向こうで、AKIとソラが、手を振っていた。
 ドアが閉まった。いよいよ、元の世界に戻れる。長い長いスペースキャンプだった。帰ったら、まず、何をしよう。
 残りの夏休みに、やりたいことがたくさんあった。

 

 

 

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