宇宙そら駆ける釣りケーキ

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梗 概

宇宙そら駆ける釣りケーキ

小学4年生の少年、マサルは、ある日自分が住むマンションの裏庭にミステリーサークルを見つける。
 ミステリーサークルの真ん中には地下に降りる階段があり、階段を降りると四メートル四方の四角い空間があった。
 マサルは親友でケーキ屋の息子であるヒサシをそこに連れて行き、秘密基地とする。

秘密基地には、片隅に30センチ四方の小さな箱と1メートルほどの長さの棒が転がっていた。
 その箱は、青い面を上にすると膨大な量の物質を格納できる冷蔵庫であり、赤い面を上にするとコンロになる不思議な物体であった。
 マサルとヒサシは、ひっそりとケーキ屋から廃棄寸前の材料を持ち出してその箱に格納し、その箱でおやつをつくってふたりで食べていた。
 また、棒を強く握ると先からはレーザーの糸と釣り針が出ることに気づいた。
 釣り好きのマサルはその高性能の釣り竿を持ち出して、近くの海で釣りを楽しんだ。

ふたりはある日秘密基地の片隅にあるボタンに気づく。
 そのボタンを押すと、秘密基地は轟音を立てて空へと飛び立ち、あっという間に宇宙へ出てしまう。
 凄まじい速さで宇宙を駆ける秘密基地。秘密基地が宇宙船であったことに驚くふたり。
 宇宙船はやがて見知らぬ星へと到着する。

その星は奇妙な場所だった。
 まわりの空間はすべて海。
 外に出ても息ができ、身体が濡れず、見たこともない奇妙な魚たちが泳いでいる。
 まわりをみると全身が緑色の宇宙人たちが釣りを楽しんでいた。

ふたりの目の前にディクソンと名乗る宇宙人が現れる。マサルたちが乗っていたのは自分が昔使っていた釣り船であることを告げる。
 その釣り船はディクソンにとってはかなり旧型のオンボロで、地球に不法投棄していた。
 その釣り船に、この釣り場の星に来るための燃料が残っていてしまったので、ふたりは自動運転で釣り場にやってきてしまったという。
 さらにディクソンは、この宇宙船に地球に帰る燃料はないと言う。
 ふたりは何とか地球に帰してくれるように頼むが、ディクソンは帰りの燃料代として宇宙通貨100オーレル、日本円にして10万円を要求する。
 当然、そんなお金がないふたりは絶望する。

お腹が空くふたり。マサルが釣り竿で釣った魚を、ヒサシが調理し、腹の虫をおさめる。
 釣り場の星の魚は地球とは全く違う、変な食感の魚ばかりだった。
 やがてふたりは、すり身がケーキのスポンジのようになる魚と、すり身が生クリームのようになる魚を見つけた。
 そこでふたりは思いつく。この釣り場でケーキ屋を開こうと。

魚のすり身を使った、ショートケーキ、チョコレートケーキ、抹茶ケーキ、モンブランの美味しさに、宇宙人たちは殺到する。ふたりのケーキ屋は繁盛し、瞬く間に100オーレルを稼ぐことに成功する。
 そのお金をディクソンに渡すと、ふたりの腕に感心したディクソンは釣り船の燃料を手渡しながら、その釣り船をふたりに譲渡することを提案する。
 ふたりは大喜び。満足感たっぷりの笑顔のままふたりは眠り、釣り船は宇宙を駆けていった。

文字数:1243

内容に関するアピール

私が子どもの時に読んで一番胸が踊った話は、子どもが大人たちの力を借りず、自分たちの空間を成り立たせる話でした。さらに「秘密基地」という言葉もめちゃくちゃ好きでした。
 なので今回のお話は、自分が子どもの頃に好きだったそれを詰め込んだものにしてみました。
 よろしくお願いいたします。

文字数:139

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宇宙そら駆ける釣りケーキ

「俺はケーキ屋の息子に生まれてよかったなんて思ったことは一度もない」
 そうヒサシは言い放った。
 僕がぼんやりと、ヒサシが持ってきた、つくってから1日経って売り物にはならなくなったけど、じゅうぶんおいしいケーキを頬張って「ケーキを毎日食べれるなんていいね」と口を滑らせて言ってしまったせいだ。
 ヒサシは、俺は何億回これを言わせるんだと口を尖らせたので、僕はシュンと肩を落とした。
 そうだ。ヒサシがケーキ屋にうまれてどれだけ嫌だったかの話を僕は何度も聞いてきた。
 僕みたいな、たまにしかケーキを食べない人間にとってケーキは素晴らしいご馳走だが、子どもの頃から大量に売れ残りのケーキを食べてきたヒサシにとって、ケーキは全くもってありがたくないものらしい。
 ケーキは1個や2個だけ食べるから美味しいのであって、3、4、5も食べると胃がおそろしくもたれてきて、吐き気がするらしい。
 クリスマスが近づいてくると、大量にケーキをつくるため、大量に売れ残りのケーキが出て、恐ろしいほどケーキを食べさせられる。だからヒサシは冬が嫌いだ。
 何より、ヒサシはよく「身体がクリーム臭い」とからかわれることが多かった。好戦的なヒサシは言われるがままなどにせず、一度家から大量の捨てる予定のクリームを持ってきて、からかった奴をクリームまみれにしたことがあった。
 それ以降ヒサシを馬鹿にするやつはいなくなったが、友だちも僕以外いなくいなった。
「俺にとってクリームはクソと同じだ。奴らをクソまみれにしてやった」
 先生に呼ばれた親の前でヒサシはそう言った。
 そんなヒサシは、こうして僕のために売れ残りのケーキを持ってきてくれる。
「しっかし、マサルぅ。お前、こんなクソみたいなもの食いたいとは物好きだなあ。『すかとろ』って言うんだぜそういうの」
 そう憎まれ口を叩きながら。

 『マサル』こと僕は何のとりえもない、ふつうの気が弱い小学4年生だ。
 ヒサシは僕のことを「ボンボン」と言うが、うちはそんなにお金持ちではない。
 ヒサシは僕のことを「変わったやつ」と言うが、僕はそんなに変わっていない。
 僕が唯一変わっているところがあると言うならば、ヒサシと仲がいいことだ。
 でも僕自身はヒサシと仲がいいことを特別変わったことだとは思っていない。よくよく話してみるとものすごく優しくて面白いやつなのに、そのことに気がつかないみんなは損をしているとすら思う。
 
 そんなヒサシと僕はふたりでケーキ屋をやることになった。
 そう、それは信じられないだろうけど、遠い宇宙の果てでだ。

 きっかけは、ある土曜日だった。
 僕はひとり、タブレットでぼんやりユーチューブを見ていたところでお母さんに声を掛けられた。
 風で洗濯物が飛んでしまって、それがマンションの裏に落ちているかもしれないから見てきて欲しいと。
「何で僕が?」と聞くと、マンションの裏には身体が小さな僕じゃないと無理だと言う。
 しぶしぶタブレットをぽんと投げて靴をはく。
 お母さんに言われたマンションの裏にせまい壁沿いをぬって入る。
 はじめてきた場所だけど、暗く陽の当たらないせまくじめじめした場所だった。
 お母さんに言われた洗濯物も落ちていないので、僕はさっさと立ち去ろうとした。
 その時だった。そこに生えている草が、変な模様になっていることに。
 あれ、テレビで見たことある。
 そして僕は思い出して言った。
「ミステリーサークルだ」と。

 僕はつかつかとミステリーサークルの中心まで走って行った。
 そして、その中心部に青い石がでっぱって埋まっているのが見えた。
 僕はそれについ手を触れた。
 すると、ものすごい光が僕を包んだ。
 気がつくと僕は部屋の中にいた。
 いや、それは部屋というより、【箱】と言った方がいいかもしれない。
 だってそこには何もなかった。上も下も右も左も全部オレンジ色の床と壁だ。扉も窓もない。
 そして家具もない。多分広さは僕の部屋と同じぐらいだけど、何もないからすごく広く感じる。
 僕は最初、その空間に驚いてあっけにとられていたけど、徐々に別の気持ちが浮かんできた。
「閉じ込められた!!」
 僕は叫んだ。
 そうだ。ここは扉も窓もない。そんな場所を僕はひとつしか知らない。
 そう牢屋だ。
 悪いことをしたやつがぶちこまれるところだ。
 僕はうっかりミステリーサークルに触れてしまい、宇宙人の怒りに触れて、捕まってしまったのだ。
 どうしよう……。
 僕は気がつくと泣いていた。4年生にもなって「お母さん!!」と叫びながら泣いていた。死ぬほど恥ずかしくて友だちに見られたら絶対まずいけど、そんなこと思っている余裕はなかった。
 でも、当然泣いてもお母さんは助けにきてくれなかった。

 しばらく泣いて、泣き疲れたときに僕は気がついた。
 オレンジ色一面だと思っていた壁や床に、ところどころ色の違う四角形があることを。
 青、赤、黄色、紫。
 僕はほかにすることもないので、近くの壁についていた青い四角に近づいていった。
 青い手のひらほどの四角に指を伸ばした。
 僕は気がついたらあのミステリーサークルの上に立っていた。
 僕は安心と恐怖でまた泣いて、走って家に帰った。

 ヒサシが僕のことを「変わったやつ」というのが少しだけ、少しだけだけどそうなのかもしれない。
 あれだけこわい思いをしたのに、次の日また、あのミステリーサークルの前に立っていたのだから。
 そして僕はまた、おそるおそるミステリーサークルの中心に手を当てた。
 僕はまた、あのオレンジ色の箱の中にいた。
 僕はまた、壁にあの青い四角形があるのを確認すると、それに手をふれた。また、ミステリーサークルの上に立っていた。
「そうだ。やっぱりそうだ!!」
 あれだけの恐怖はどこへやら僕ははしゃいだ。それから僕は箱の中と外を無駄に30往復した。
 簡単に出たり入ったりができることがわかれば、あの箱は牢獄とか人間ゴキブリホイホイなどではない。
 あれは僕の秘密基地だ。
 僕は気がついたら両手を空へ突き出していた。

「マサル。お前ん家、入って良くなったんだ」
 放課後、僕のあとをついてきたヒサシが言った。
 そう。僕は本当は自分の家に友だちを遊びに来させたいのだけど、母さんが「家が汚れるから」って言って入れてくれなかった。
 でも今日は、とっておきの場所がある。
「おおいマサル、答えろよ。にやにや笑って。気持ち悪りぃなあ」
 僕は何も答えない。サプライズはできるだけサプライズにした方がいいと僕は思っていたから。
 手持ち無沙汰になったマサルが、ランドセルからものさしを取り出して、僕を小突き始めたけど、僕は黙っていた。

 オレンジの箱の中に入ったヒサシは大口を空けて固まった。
 常に口が減らないヒサシがこうなっている姿を見るのは痛快だった。
「おいマサル。これどういうことだよ!!」
 ヒサシは僕の肩を握ってブンブンと振る。
「ははは、秘密基地だよ」
 僕は自慢げに言った。
「そうじゃねえって!!こんな見たこともねえ超技術の部屋があって、不思議に思わねえのかよ」
「不思議……。確かにねえ」
「確かにねぇじゃねえよ。お前もっと疑問を持って生きろ。お前、俺よりはるかに勉強できる癖になんでそういうとこ抜けてんだよ」
「うーん、でもさぁ、ずっと家で遊べなかったけど、これからここで遊べるよ。いくらゲームやっても、汚しても、誰にも怒られない。すごくない」
「お前さぁ、突然、この謎テクノロジーの主がやってきて、俺たちをどうにかしちゃうとか考えねえの?」
「え?どういうこと?」
「こんなもの作っちまうのは、宇宙人か、未来人か、地底人かって相場が決まってるんだよ。ここはきっとそいつらの住処なんだよ」
「へぇー、ヒサシの口から宇宙人とか未来人とか地底人とかって言葉を聞くとは思わなかった」
「何に感心してんだよ。そして今のお前の言葉に、すんごい俺をバカにした感が垣間見えているからな」
「まぁ、どれかって言われると、ミステリーサークルがあったから、多分宇宙人だね」
「だからのん気か!!逃げるぞやべえよ!!で、警察か自衛隊に通報するぞ。もしかしたらここを拠点に宇宙人に地球が攻められるかもしれねえ」
「うーん、でも、その宇宙人、影も形も見えないよ」
「今はな」
「今もだけど。なんか宇宙戦争起こしそうなやつなら、兵器みたいのがあるはずじゃない。それどころか、この部屋何にもないよ」
 僕がそう言ったのでヒサシは部屋を見回す。「確かに」という表情になったのを僕は見逃さなかった。
「多分これは宇宙人が忘れていった箱なんだよ。僕たちだってちょっとしたおもちゃ、とっても安いガラクタみたいなおもちゃだったら、公園の砂場に埋めて置いて忘れたことに気がついてもそのままにしちゃうじゃない。そういうことじゃないかな」
「……」
「だから、しばらくここを秘密基地にしようよ」
「あのさぁマサル」
「何?」
「俺、お前が学校で、フツーの奴扱いされて、俺が問題児扱いされてんの納得いかねえよ」
 僕は目をパチクリさせる。
「お前の方がぜってえ、根はオカシイ」
 マサルは僕に指を突きつけたけど、僕は全然マサルの言っていることの意味がわからなかった。

 でも、やっぱりヒサシもヒサシだった。
 僕の秘密基地発言にぶつくさ言っていても、しばらくして宇宙人がなだれ込んでこないので、のびのびと身体を伸ばし始めた。そして、箱の隅々までまわり始めた。
「おい、ここの紫色の四角は何なんだ?」
「さぁ、何だろう」
「お前、もうちょっと調べてから俺を呼べよ」
「ごめん。じゃあ今触ってみるよ」
「……お前さ、不用心な」
「え?」
「これ触ったらさ、また変なところに飛ばされちゃうとか考えないわけ」
「ああ、そうか」
「はぁ……」
 ため息をつくヒサシを横目に、僕は紫色の四角に手を触れた。
「だからお前!!」
 ヒサシが怒鳴る。
「いや、どうなのかなあって」
 僕は笑う。そして僕の姿が箱から消えた。

 再び箱に戻ってきた僕に、ヒサシは駆け寄った。
「おいマサル。大丈夫だったか!?」
「うん、だいじょぶだいじょぶ」
「どこに飛ばされてたんだよ?」
「うん、トイレ」
「トイレ?」
「トイレ」
「……本当か?」
「本当だよ。さわってみなよ」
「……お前、そう言って俺を地獄に落とそうとしてないか?」
「大丈夫大丈夫」
「……信じるぞ」
 ヒサシはそう言って紫色の四角に手を触れた。
 ヒサシの姿が消える。30秒後、ヒサシは戻ってきた。ヒサシはすごく興奮していた。
「マジでトイレだった」
「でしょ」
「真ん中に四角い箱があって、真ん中に穴が空いてて、で近寄ったら水が流れた。一回座って立ったら水が流れた」
「でしょ」
「トイレ、トイレ、ここすげえなあ。いちいち外に出なくてもいいんだもんなあ」
「ねぇ、あっちの四角は何かなあ」
「赤いやつな。黄色もあるぜ」
「同時にさわってみない」
「うーん……、もう無用心だなんだって怒るのもめんどくせえなあ。まぁいいか。いっちょさわってみるかあ。俺は赤な」
「僕は黄色」
「「いっせーのーせっ」」
 僕とヒサシは同時にそれぞれの四角を押した。
 すると部屋の脇に、黒い立方体と黒い棒が現れた。

「何だこれ?」
「何だこれ?」
 僕は立方体を抱えながらそう叫び、ヒサシは棒を握りながらそう叫んだ。
 立方体は30センチ四方のサイズで、よく見ると赤い面と青い面がひとつずつある。棒は30センチくらいの長さの黒い棒だった。
 僕は立方体を持ち上げる。
「持ち上がんのそれ?」
「意外と軽いよこれ」
「ほんとだ。やべえ。発泡スチロールみたい」
 ヒサシはぐいぐいと立方体を持ち上げる。やがて、ボールみたいに、ポンと上に投げ、キャッチし始めた。
「すげえ」
 そう言った瞬間、立方体の面のひとつがパカッて開いた。
 タイミングがずれて、キャッチできずに立方体は下に落ちる。
 僕らは焦って駆け寄った。
「これも、箱だったんだね」
 僕は立方体の中をのぞき込む。その先は真っ暗で全く底が見えない。
「んんっ」
 横からヒサシがのぞき込む。僕は箱に手を伸ばした。
「だからお前、本当に警戒しないのな」
 軽口を言う、ヒサシ。僕の腕はどんどん箱の中に入っていき、肩まで腕が入ってしまった。
「……え?どういうことだよ。突き抜けねえのかよ」
「うん」
「どんな感触なの?」
「すんごい広い」
「え?」
「広い」
 僕は手をガサゴゾと動かしてみる。
「すげえ」
「で、涼しい」
「え?」
「ていうか冷たい」
「え?」
「で、なんか入ってる」
 僕はそっとそれを取り出す。
「バター?」
 ヒサシは言う。
「バターだね」
 僕は答える。僕たちの目の前にあるのは、ふつうにスーパーで売っている、紙の箱に包まれたバターだった。
「……なんでバターだよ」
「僕に聞かないでよ」
「こんなハイテクな中で、なんでふつうのバターなんだよ」
「僕に聞かないでよ……あっ!!」
「何だよ」
「これ、賞味期限2年前だね」
「……はあ」
 ヒサシは僕の手からバターの箱をぶんどると、ぽいと投げた。
「これ、冷蔵庫じゃない?」
「え?冷蔵庫。だからバターが入ってたんだよ」
「宇宙人が、バターを買って保存していたのかよ」
「でも、それしか考えられないし」
「……」
 ヒサシは棒を握って、僕の頭を叩いた。
「痛っ!!」
「これはじゃあツッコミを入れるための棒だな」
「いや、何それ!?痛い」
「うーん。これはただの棒みたいだなあ」
 もう一度ヒサシが僕の頭を叩こうとしたので、僕は頭を抱えた。ヒサシは笑いながら棒を置いた。
「ねぇ、ヒサシ。頼みがあるんだけど」
「え?」
 僕は立方体【冷蔵庫】を持ってヒサシに差し出す。
「これに、捨てる予定のケーキ、入れて持ってきて」
 僕はにんまりと言った。

 それから、僕とヒサシによる、素敵な秘密基地ライフが始まった。
 ヒサシから持ってきてもらったケーキを立方体【冷蔵庫】に詰め、僕はそれを取り出して頬張りながらマンガを読んだ。
 立方体【冷蔵庫】、とは言うけれど、この冷蔵庫は冷蔵庫だけではない。底なしの広さがあるので何でも入る。僕は少しずつ部屋からマンガを運び、その中に詰めていた。
 ヒサシも遊びに来る。この箱の中は広さ自体は僕の部屋と変わらないけども、家具が何もないからずいぶん広く感じる。だから僕はヒサシとふたりでサッカーボールを持ち込んで、PK戦をやった。ふつう部屋の中で本気でボールを蹴るとめちゃくちゃ怒られるので、すごく気持ちがいい。
 壁にぶつかってはね返りまくるPK戦はかなり面白い。
 ヒサシはケーキをいっさい食べない。
「それゴミだぞ。ゴミ、クソ食うのと一緒だ」
 と相変わらずそんなことを言っている。
 しばらくしてPK戦も飽きたので、ドッジボールや、サッカーテニスもやり始めた。
 マンガも読んでるし、Switchでマリオカートとかもやってる。
 僕は箱【秘密基地】でケーキを食べ過ぎて、夕ご飯があまり食べられず、お母さんに心配されているので、ケーキは一日一個までにしようと思ってる。
 とりとめがない文になってしまっているけど、とにかくこの箱【秘密基地】での遊びは楽しかった。

 ところで、立方体【冷蔵庫】が開くとき、上の面が青い色になっている。
 あるとき、PK戦をして遊んでいたら、それにサッカーボールが当たり立方体【冷蔵庫】が転がった。まるでサイコロのように。
「おい、何やってんだよ」
 そう言ってヒサシが立方体【冷蔵庫】に駆け寄る。
 立方体【冷蔵庫】の上の面は赤い色。僕は立方体【冷蔵庫】に手をかけた。
「熱っ!!」
 僕は思わず手を離した。
「何やってんだよ」
 ヒサシが手を立方体【冷蔵庫】に手を差し伸べる。
「熱っ!!」
「ねっ!?」
「ね、じゃねえよ。早く開けろ。ケーキとか、アイスとか漫画とか、全部燃えるぞ」
 僕たちは熱々の冷蔵庫ではなくなってしまった立方体を開こうとするが、指が火傷しそうになるだけで全然開かない。
 ヒサシが蹴って無理やり立方体をひっくり返す。また、立方体はサイコロのように転がる。
 立方体は青い面が上になった。
 恐る恐るさわる僕。その面はひんやりしていた。
「え?」
 僕は立方体を開く。立方体は、立方体【冷蔵庫】に戻っていた。
「……どういうことだ」
「コンロだ」
「え?」
「赤い面を上にするとコンロになるんだよ」
 僕は赤い面を上にする。そして手をかざす。確かな熱を感じることができた。
 そう、これは青い面を上にすると立方体【冷蔵庫】に、赤い面を上にすると立方体【コンロ】になるのだ。
「すごいね!!」
 僕は目を輝かせた。
「まぁすごいけどなあ」
 ヒサシはそんなに乗っていない。
「いやあ凄いよ。だって、ここには冷蔵庫、コンロ、トイレが揃っている。もうここで暮らしていけるよ」
「……なるほどなあ」
 ここでヒサシは少し乗ってくれた。
「あの腐れケーキ屋を出て、ここでずっと暮らすことができるかもなあ」と
「……ねぇヒサシ」
「何だよ」
「ここでケーキ焼けない?」
「マサル、お前ケンカ売ってんのか?」
「何で?」
「今の会話の流れ、俺明らかにケーキ屋嫌がってんのわかってんだろ」
「でも、焼きたてのケーキ食べれるかなって思って」
「これコンロだろ?オーブンがなきゃダメだよ。まぁコンロでもフライパン使えばできねえことはないけどなぁ」
「作れるの」
「……作らねえ」
 ヒサシは渋い顔をした。

「持ってきた」
 僕はフライパン、ボウル、泡立て器など、ケーキ作りに欠かせなさそうな器具を、ありったけ家から箱【秘密基地】に持ち込んでいた。
 皿やら箸やらザルやら何やら、関係なさそうなものまでありったけ持ち込んだため、箱【秘密基地】の片隅がフリーマーケットのようになっていた。
「マサル、お前ほんと、俺の話聞かねえのな」
 ヒサシは苛立たしそうに言う。
「うん。マサルが嫌なのはわかってるけど。もしかしたらって思って。……だめ?」
「ダメだ」
「そうか」
「これら、さっさと家に持って帰れ」
 そう言ってヒサシはやけっぱちに床に転がっていたザルを蹴った。
 そのとき、ザルといっしょにオレンジ色のタイルが一枚はがれた。
 そこに、黒い四角形が姿を現していた。

「何だこれ?」
「また新しいのが出たね」
 僕は喜び勇んでそれに触ろうとする。
「……待て」
「え?」
「何度目の注意かわかんねえけどな。お前警戒心なさすぎるぞ」
「まぁでも今までも大丈夫だったんだし」
 僕はうきうきとしかしていなかった。
「大変なことになったらどうすんだよ」
「それは大変になってから考えよう」
「……マサル、お前はほんと甘ちゃんだよなあ」
 ヒサシはそう言って頬杖をつくが、僕は構わず黒い四角を踏んだ。
 今まで、オレンジでない四角いを押したとき、箱【秘密基地】は静かに僕らをどこかに移動させたり、新たな道具を僕らに出してくれていた。
 でも今度はそうじゃなかった。
 ごごごごごごごごごと凄まじい音がした。
 そして箱が激しく揺れる。
 僕もマサルも立っていることができなくて、へたり込んでしまった。
「何々?地震?何なのこれ?」
 僕がそう言ったから、箱【秘密基地】が僕に教えてくれようとしたってわけではないだろうけど、オレンジだった壁や床が突然透明になった。
 そこから見えるのは、僕らがいる街、雲、空。それをどんどん突き抜けていく。
 僕は理解できた。
 箱【秘密基地】は天に向かって飛び出していたのだ。
 間もなく周りは真っ暗な空間となる。
 宇宙。
 宇宙だ。
 ここは宇宙なのだ。
 箱は宇宙を高スピードで移動し、僕たちは自分たちが望まないまま宇宙飛行士になっていた。
「どうしようヒサシ」と、僕がすがるような目を向ける0.5秒前にヒサシは言った。
「だから言ったろうが」

 宇宙が、星が凄い速さで流れていく。
 まるで何本もの線のようにぐわっと流れていく。
 これを「天の川」って言うのかなあと、冷静な気持ちでいたらそんな風に僕は感動していただろう。
「どうすんだよ」
「ごめん」
「どうすんだよ」
「本当にごめん」
 僕はシュンとしていた。ヒサシは散々注意してくれていたのに、僕は構わず黒い四角を踏んでしまった。今までが大丈夫だったのでまた大丈夫と思い込んでしまった。
 そして、もう家からは何光年という遠さに飛ばされてしまっている。お母さんやお父さんにはもう二度と会えないかもしれない。そんな目に僕だけじゃなくヒサシまで。
 僕はいつのまにか泣き出してしまっていた。声までは出ないように我慢していたけど、流れる涙はポツポツと透明な床に落ちていた。それを見て、ヒサシは僕を責める言葉を止めた。
 そして、バツの悪そうなヒサシはもう一度黒い四角を踏んだが、宇宙船となった箱が止まる様子はない。
 「ちっ」とヒサシは舌打ちをした。
「ごめんヒサシ」
 僕はまたヒサシに謝った。
「まぁいいさ。おかげで二度とあのクリーム臭い家に入らなくて済むんだからな」
 ヒサシは、半分ひきつった笑顔を見せて僕に言った。

 2時間くらい経ったころだろうか。
 箱【宇宙船】は突然減速を始めた。
 ふと見ると、箱【宇宙船】は青い惑星に突っ込もうとしている。
 箱【宇宙船】はガシガシと揺れ、どぼんとその惑星の海に飛び込んだ。
「海?」
 僕は声を出した。
 透明な壁越しに見える景色。
 それは透き通った真っ青な海の中。
 そこにあるのは虹色のサンゴ。きらきらクリスマスの電球みたいに光るクラゲ。そして赤青黄色と見たことのない色や姿形の魚たちだった。
「綺麗だなあ」
 僕はのんびりとした声を出してしまった。
「ああ」
 ヒサシも「何のんびり言ってんだよ」と言わずに同意した。
 それくらいその海は綺麗だった。
「俺たち、海の中にいるのか」
「そうみたい」
 そのとき、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
 僕とヒサシはそちらを見る。そこには全身が緑色の人間がいた。
「う、宇宙人!?」
 僕らは身構えた。
「そうみたいだな」
 ヒサシは棒を握っていた。
「どうしよう」
「これで闘おう」
「これ、武器なの?」
「多分、これ、ライトセイバー的な何かだと思う」
 ヒサシは棒を振りまわす。
「でも、全然光の刃とか出る気配全くないよ」
 緑色の宇宙人はコンコンと壁を叩き続ける。
「どうしよう、外に出る?」
 僕は青い四角に触れようとする。
「バカかお前は」
 ヒサシが止める。
 宇宙人はしばらくコンコンと壁を叩いていたが、はぁと息を吐いて、懐から何かをガサゴソと取り出した。というか、緑色の肌だと思っていたのは服なのかと驚き、そもそもどこまでが肌でどこまでが服なのか全くわからない。
 懐から取り出したボタンみたいなものを宇宙人は押す。宇宙人の姿が消える。そして、宇宙人は気がつくと箱の中、僕とヒサシの間にいた。
「「うわぁ!!」」
 ヒサシは棒を構え、僕はへっぴり腰で逃げる。
 宇宙人は、懐から小さなスピーカーを取り出すと、「あー」と一言発した後、声を出し始めた。
「君たち、ここは駐車禁止だ」

「え?」
 僕は小さく声を出した。
 緑の宇宙人のスピーカーが声を出す。よくよく聞くと宇宙人の口からムニョムニョと金属音のような声が漏れていて、それをスピーカーが僕たちにわかる言葉に翻訳してくれているようだった。
「君は釣り客じゃないのか。釣り場の方に行きなさい。ここは駐車禁止ゾーンだ」
「……」
「ほら、そこの君は釣り竿を持っているじゃないか」
 緑の宇宙人は、ヒサシの手に持った棒を指差して言う。
「え?」
「とにかく、移動しなさい」
「あのお……実は僕らは偶然ここにきてしまって、動かし方とか分からないんですけど……」
 緑の宇宙人は耳に刺さった無線のイヤホンに手を当ててうなづく。これは逆に僕たちの言葉をあっちの人がわかる言葉にしてくれているのかな。
「そう。しかたないなあ」
 緑の宇宙人は懐から何かを取り出す。それは、先程箱の中に入ってきたときに取り出したものと同じボタンだった。宇宙人がそれを押すと、箱は、ごごと音を立てて動いた。
 魚とともに動く箱。
 しばらく動いた先にいたのは、釣り糸を垂らした大量の緑色の宇宙人たちだった。

 それは不思議な光景だった。そこは全部が海の中で、緑色の宇宙人たちが垂らした釣り糸は各々の方向へ向かっている。それに魚が食らいつく。その瞬間緑色の宇宙人が釣り糸を釣り上げ、傍らのバケツに入れた。
「あのお、おじさ……、お兄さ……、あのお、あなた様は何者なのでしょうか?」
「私は、この釣り場の管理を任されている、宇宙連邦の役人だ。君らの星でいう警察だな」
「おまわりさんなんですね」
「まぁ、あれだ。せっかくだ。君たちも釣りを楽しんではどうかな」
「え?」
「ちょうど釣り針も、魚を入れる冷蔵庫もあるみたいだしな」
「はい」
 僕は宇宙人のおまわりさんとともに外に出ようとした。
 ごつんと後頭部を殴られる。
「何ヒサシ?」
「お前死ぬ気か。外、水の中だから溺れ死ぬわ。それにこんな地球から遠く離れた宇宙のよくわかんない場所で外に出たら、宇宙線やら超低温とかで死ぬわ」
 納得しかけた僕に、おまわりさんが言う。
「大丈夫。ここは君たちみたいな有機生命体には無害な場所だよ。水に酸素だってたっぷり溶けている。だから釣り場として栄えているんだ」
 僕はその言葉を聴いて、喜び勇んで外に出た。ヒサシの「簡単に信じんなバカ」という言葉をつむじに浴びせかけられながら。

 外に出た僕の感覚は不思議だった。
 そこは海で魚が泳いでいるはずなのに、身体は濡れない。息ができる。
 目から飛び込む情報はここは水の中と告げているのに、感覚はいつもの空気中と何一つ変わらない。
 おまわりさんが僕に棒を渡してくれる。
「これの底の部分を押しながら、思いきり振ってみなさい」
 僕が言われた通りにやってみると、ビーム状の釣り糸と釣り針が出た。
「カッコイイ!!」
 僕は叫んだ。
 そして、他の釣り人のように糸を垂らしていると、オデコが膨らんでいる二メートルくらいの水色の魚が食いついた。
「さぁ、引くんだ」
 おまわりさんが言う。
 僕は糸を引く。水しぶきをあげながらオデコの魚が引き返す。僕はぎゅっと力を入れた。
 オデコの魚が飛び跳ねて、僕においかぶさった。
「そう。すごいな。初めてにしてはものすごく上手いじゃないか」
 おまわりさんは言った。おまわりさんの表情の変化は僕から見ると全くわからないのだけど、多分笑ってくれているのだと思う。
 僕は生まれて初めての釣りに興奮していた。
 背中で、「けっ」と声がしていた。
 プンプンとしたヒサシがいた。
「ヒサシも外に出てきたんだ」
「お前、絶対将来騙されて高いツボとか買う大人になるなあ」
「ねぇヒサシ」
 僕はヒサシの憎まれ口を無視して言った。
「ヒサシも釣りをやろうよ」
 これを言われたヒサシは渋い顔をしながらも、僕に手渡された釣り竿を握った。
 結論から言うと、ヒサシはうまく釣りができなかった。
 五分後にイライラし始め、十分後に脚をバタバタし始め、二十分後には釣り竿をぶん投げていた。
 再び釣り竿を手にした僕は、再び釣りを始めた。
 様々な、色、形の魚が釣れていく。それを立方体【冷蔵庫】の中に突っ込んでいく。
 僕は楽しかった。運動は苦手で、ヒサシに勝ったことがなかったけど、これに関してはすいすいと釣れて、途中リタイアのヒサシに圧倒的に勝った。
 とにかく楽しかった。
 釣れた魚をふたりで立方体【コンロ】で焼いて食べた。
「この魚、グラタンの味がする」
「え?ほんと……うわぁ骨がマカロニの味がする」
「こっちはカレーだな」
「うん、ちょっと辛口だね」
 この星の魚は僕たちの世界の何かの味に似ていた。
 僕たちはおまわりさんからもらった毛布に包まって寝た。
 僕はお母さんやお父さんを思い起こしてまた泣いたけど、ヒサシはすぐにいびきをかいて寝ててすごいと思った。
 
 次の日、僕が釣りをしていると、緑色の宇宙人が話しかけてきた。
「やあ、君」
「あ、おまわりさん。おはよう。昨日は色々とありがとうございました」
「……、何を言っているんだ。僕は君とは初対面だよ」
「あっ、すみません」
 と謝りつつも、内心しょうがないよと思っていた。この海にいる人たちは全員同じ緑色に見えるのでとても区別がつかない。声も皆同じ翻訳スピーカーから発せられるので余計に。
 その宇宙人はうやうやしく言う。
「僕はディクソンという。その船の持ち主だ」
「え!?」
 僕は心臓がキュッとなって、頭を下げた。
「正確には、『持ち主だった』のだ。だからそんなに身構えないでもいい」
 ディクソンさんは話し始めた。
「私は元々、大の釣り好きだったのだが、ビジネスに集中するために釣り船を手放すことにした。しかし私の釣り船は旧式で買い手が見つからなかった。そこで私はこの星から遥かに遠くにある地球に船を捨てることにした」
「いわゆる『ふほーとーき』ってやつか」
 いつのまにか横にいたヒサシが口をはさんだ。
「ああ、あまり大きな声で言えんがな……。突然かつての釣り仲間が私に連絡をしてきて驚いた。『ディクソン、お前の船、釣り場に来てるぞ。やっぱ、お前やり始めたんだなあ。俺は絶対またやると思ってたぞ』と得意げに。私は強い意志を持って釣りをやめたので、ものすごく心外だった。怒ってそんなはずはないと言ったが、奴のニヤニヤは止まらなかった。それで、いざ久しぶりに釣り場に来てみたら、私のかつての釣り船に君たちが乗っていて、私の釣り竿で釣りをしていたからびっくりした」
「すみません。勝手に使ったりして」
「いや。それに関しては勝手に捨てた私も悪い。その船も釣り竿も私にとっては単なるゴミだったからなあ。君たちが自由に使う分には何の問題もない。これで、私の意地悪な友人に、ちゃんとした弁解ができるので今私はすごくウキウキしている。心配する必要はない」
「そうですか。ありがとうございます」
 僕はにっこりと言った。
「何、お礼言ってんだよマサル」
 むっつりとした顔のヒサシが口をはさむ。
「宇宙人のおっさん、俺たちはあんたの船のせいで、こんなとこ連れられて困ってるんだ。俺たちを地球に戻してくれよ」
「ああ、それならどうぞその船で帰ってくれ」
「方法を教えてくれよ」
「そうか。やれやれ」
 僕たちはディクソンさんと箱【釣り船】の中に入った。
「久しぶりだなぁ、この感覚。いいなぁ。捨てるのが惜しくなったなぁ」
「うるせえ、早く帰る方法を教えろ」
「失礼だな君は。こんなに初対面の異種族に無礼な有機生命体はなかなかないぞ。……ああダメだなあ」
「は?」
「燃料がもうない」
「燃料って……」
「うーん、君らが釣り船でここに来たということは、地球から釣り場までの片道の燃料はあったということだね。逆に随分と私は燃料を残したまま不法投棄したんだなあ、なんともったいないことを」
 ディクソンさんは渋い顔をした。
「おい、じゃあその燃料をくれよ」
「それはダメだ」
「ダメ、どういうことだ」
「この船は僕が捨てたものだからどう使おうと構わないけど、新たに燃料となると、燃料代を出してくれないと。僕はビジネスマンなんだから」
「ふざけんじゃねえよ」
 ヒサシはかかんにもディクソンさんの緑の、服のエリなんだか肌なんだかをつかんだ。
「おい、やっぱり君は失礼な有機生命体だな。これは宇宙戦争に発展するかもと考えないのかね。まぁ僕はビジネスマンだから法廷闘争しかしないが」
「お前の『ふほーとーき』でこうなってんだよ。いいから燃料入れて俺たちを返せ。さもなくばてめえの『ふほーとーき』のことを大声で言うぞ」
「ははは、言いたければ言え。法廷闘争となったら私が勝つ。私は優秀な弁護士と知り合いなのだ。その弁護士に多額の弁護費用を払い、君たちをけちょんけちょんにする」
「いくらですか?」
 僕は冷静に聞いた。
「弁護費用がか?」
「いや、燃料費がです」
「1000オーレルだねえ」
「1000オーレル?」
「俺たちにわかる額で言え」
「日本円にして10万円だよ」
「「……」」
 僕らは見つめあった。そして大口を開けた。そして天を仰いだ。

 ふたりのポケットに入っていたお金の合計は246円だった。目標額には9万といく千円か足りない。
 ディクソンさんがいなくなってしばらく僕とヒサシはショックで動けないでいた。
「はぁ、どうするんだよ」
「……何か、お金を稼ごうよ。お店屋さんやろう」
「どこに売るもんがあるんだよ。どこに」
「空気、詰めて売ろう。地球の空気、一袋100円で」
「……お前、商売舐めてるな」
 僕を睨むヒサシ。
「お腹すいてない?とりあえず魚を食べよう。ね」
 とりあえず、僕の釣りのおかげで、目の前には立方体【コンロ】で焼いた魚があった。
 魚は釣り場にあった木の棒を指して串焼きにしていた。
 とりあえず僕の意外にもあった釣りの腕によって、魚はいっぱい釣れていたので飢え死にする心配はなさそうだ。
「こいつイチゴみたいな味してんな」
 ヒサシはそのうちの1匹の魚を食べながらそう呟く。僕は「本当?」と被りつく。
 甘い。確かにこれはイチゴの味だ。
「こっちはチョコレートだな」
 もふもふと焼き魚に被りついたヒサシが言う。僕はヒサシが置いた魚を口に含んだ。ミルクチョコレートの味がする。カリカリの骨の部分は、もう板チョコだ。
「ここの魚はホント、変な味してるよなあ……この魚なんか、食感ふわふわで、まるでケーキのスポンジ食ってるようだぜ。そしてコイツはべちゃべちゃでめちゃくちゃ甘え。何かすんげえ懐かしくて、嫌な食感を思い出す」
 僕はそれを聞いてひらめいた。ひらめいてしまった。
「……ねぇヒサシ」
「あんだ?」
 魚の骨をペッと吐きながらヒサシは答える。
「ケーキ作って!!」
「………………はあ?!」
 ヒサシはめちゃくちゃ大口を開けた。

 僕はおろし金で、生地の魚の身をボウルにすり下ろす。
 ヒサシがそれをヘラでかき混ぜる。
 僕はおろし金で、クリームの魚の身をボウルにすり下ろす。
 ヒサシがそれを泡立て器でかき混ぜる。
 生地を皿に流し込み、それを赤い面を上にした立方体に入れる。
 この立方体の新たな使い方だ。
 立方体は青い面を上にすると中身が冷蔵庫になるが、赤い面を上にすると中身がオーブンになることに僕らは気がついた。
 数十分後にふんわりとしたケーキのスポンジが出来上がる。
 ヒサシはそれにクリームを塗り、さらに、クリームをちょこんと乗せデコレートしていく。
 最後に、いちごの魚のすり身とチョコの魚の骨を乗せた。
 イチゴのショートケーキが出来上がった。
 僕は「うわぁ」と歓声をあげる。
 ヒサシも、ふんと鼻の下を人差し指でくすぐったが、気分が悪くはなさそうだった。

 七色の魚が泳ぐ海に、ケーキの生地が焼けた匂いとクリームの匂いが漂っている。
 僕はできるだけ大声で叫んだ。
「ケーキ、美味しいショートケーキが3オーレルですよ!!」
 緑色の釣り人たちが、ひょいとこちらを見たのはわかったが、すぐにぷいと見なおってしまった。
「うーん、誰も来てくれそうにないなあ」
「マサル、叫び続けろ」
「え?」
「商売は根気だ。諦めずに叫続けたバカだけが成功できる」
「ヒサシは叫んでくれないの」
「バカはお前の役目だ」
 ヒサシが僕の尻を蹴ったので、僕は叫び続けた。
 そのうち、緑色の宇宙人がひとり、こちらにやってきた。
「何か売っているのか?」
 宇宙人のスピーカーが言う。
「はい、とても美味しいショートケーキです」
「ケーキ?それは食べ物なのか?」
「はい。知りませんか?」
「知らん、少なくとも近所の銀河には存在しない」
「ならば、是非食べてください」
「まぁ、確かに、よい匂いがするな」
 宇宙人は金色のサイコロを3つ僕に渡した。これが3オーレルらしい。
 宇宙人は僕が手渡したショートケーキを、大きな口を開けて、むしゃりと一口で食べた。
「どうでしたか?」
 宇宙人の表情は僕にはわからない。ドキドキする。宇宙人は口を開いた。
「あと10個もらおう」

 間も無くして、僕らのケーキ屋にはおびただしい列ができた。
 緑色の宇宙人たちは釣り竿を脇に、またはそこに置いたまま、ぎゅんと列を伸ばしていく。
 ピンク色のマンボウが、なんだこれはとけげんそうな顔をして、横を通って行った。
 僕らがつくりすぎかなと思ってつくった50個ものショートケーキは、1時間もしないうちに売り切れてしまった。
 嬉しいやらもうしわけないやら。
 僕たちは緑色の宇宙人たちに頭を下げた。
「皆さん、ごめんなさい。本当に。でも異星のよくわからない食べ物に対してこんなに列をつくってくれてありがとうございます。今日は売り切れですが、また明日いらして下さい。ここにいるヒサシが皆さんがたっぷり食べられるようにたくさんのケーキをつくりますから」
 緑色の宇宙人たちから歓声がわくと同時に、ヒサシは僕の尻をつねった。
「痛っ!!何するの!?」
「マサル。お前、ブラック企業の社長の素質があるぞ。今お前はすんなりと俺にヤバい量の労働をしなけりゃいけねえ状況をつくりだしたんだからなあ」
「ヒサシ。それ、僕喜んでいいのかな」
「だがな、ケーキの素材の魚はお前が取ってくるんだからな。おめえも労働地獄には道ずれだよ」
 そう言ってヒサシは僕の首に手を回して、ぎゅうぎゅう締めながらじゃれ合った。

 僕は一生懸命魚を釣った。めちゃくちゃ釣った。100匹以上は釣った。
 釣った魚を立方体【冷蔵庫】から出して、箱【釣り船】に並べて見たが、魚で足の踏み場がなくなってしまった。
 いつかテレビで見た魚市場なんてもんじゃない。七色の魚のじゅうたんができていた。
 ここの魚は僕たちの星の魚とちがって、生臭くないので、不快感はなかった。むしろそのじゅうたんに転がってみた。「売りもんに何すんだよ!!」とヒサシに怒られた。
 僕とヒサシで次から次へ魚を解体し、ありったけのボウルや皿を出して、身をぐちゃぐちゃに混ぜた。
 そのすり身を使ってヒサシはケーキ型取り、そして焼いた。
 出来上がったケーキを見て、僕は驚いた。
「あれ?これはショートケーキじゃないみたいだけど」
「ああ、これはチョコレートケーキな。で、そこの緑色のは抹茶ケーキな。すんげえ茶っ葉っぽい味の緑の魚がいたからつくった。それは形でわかるだろ」
「モンブラン?」
「そ、これも極めて栗っぽい味の魚がいてよかった。形もうまくできてよかった。まぁなかなか良いだろ」
 ヒサシは「どうだ」と胸を張った。
「うん。すごい」
「試作品だからな。食っていいぞ」
「ホント?」
 僕は喜んで、それらのケーキを頬張る。
「美味しい。めちゃ美味しい」
「だろ?」
「やっぱり、ヒサシにケーキを作らせて良かった」
 僕がこう言った瞬間、ヒサシはハッと赤面してぷいと向こうを向いてしまった。

「これで、1000オーレルあると思います」
 僕たちはディクソンさんに1000個の金色サイコロを渡した。
 ヒサシと僕のケーキ屋は大盛況を続け、驚くべきことに、ほぼ2日で僕らは1000オーレルを稼ぐことができた。
 僕らは帰れることにすんごい喜んでいたかと言うと、喜んでいたのだけど、それより僕は釣りすぎで腕が筋肉痛になったし、ヒサシも「年末にクリスマスケーキ作るの手伝わされる以上の激務があるとわなあ」とボヤきまくり、すんごい疲れ気味な感じだった。
「確かにお代はいただいた」
 ディクソンさんは、金色サイコロを受けとると、懐からピンクの乾電池のようなものを取り出し、箱にムニュリと埋め込んだ。
「これで、もう一度黒い四角を押せば、地球に帰れるはずだ」
 と静かにそう言った。
「ディクソンさん、お世話になりました」
 僕はぺこりと頭を下げた。
「しかし、残念だ。もうあの美味しいケーキが食べられないとはね」
「え?食べたんですか?僕らのケーキ」
「何を言っているんだ。君の手から買ったじゃないか。3回も」
「いや、わかんねえって。俺たちから見ると、ここの宇宙人の違い」
 ヒサシが口を挟む。
 失礼だけど、僕も同意した。
「まぁ、いつでもこちらに遊びに来ておくれよ。なあに身構えなくてもいい。ケーキを食べさせてくれたら、帰りの燃料ぐらいはサービスするよ」
 ディクソンさんはそう僕らに言ってくれた。

 箱【宇宙船】が銀河を流れていく。
 流れる星の中、いつの間にか、ヒサシは眠りについていた。
「俺はケーキなんか嫌いなんだよ。嫌いなんだよ。嫌いなんだよ……ホントだ」
 誰に対しての言い訳なんだかよくわからない寝言をヒサシは必死に言っていたので、僕はふふと笑った。
 そして次第に僕も眠くなって来たので、流れる星の中で静かに目をつむった。

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