梗 概
わたしとあなたときみとぼく
とうとう目がダメになってきたので、レンタルすることにした。
私の体は、若い時の事故のせいで、頭部と右腕以外は使い物にならないのだが、とうとう目までダメになった。株で生計を立てるために酷使しすぎたらしい。だが、幸い現在は、機械が映した画面を直接脳に送って認識できる装置が普及している。
到着した機械の目は素晴らしかった。ずっと昔、幼い頃は確かにこんな風にものが見えていた。光の色。揺らぐ緑の木々。ブラボー! 世界は美しい。
……ああ、こんな機械の体も手に入らないだろうか。生きている間に、もう一度走る喜びを味わいたい。
若くして体を失った私の願いは、思いがけない形で叶うことになった。
脊髄のダメージによって神経の伝達ができなくなった場合でも、今日では脳と健康な部位の間で人工的に信号を送る技術が確立しており、その先の部位を動かすことも部位からの感覚を受け取ることもできるようになっている。この技術を発展させ、脳からの遠隔操作で他人の体を使うことができる機器が開発中なのだそうだ。
この研究の極秘モニター依頼が、私のところにきたのだ。
体の持ち主は深く眠らされた状態だから、私は自由にその体を使える。歩く。走る。息が切れる。なんて気持ちが良いのだろう。観察者も一緒ではあったが、かなり自由な行動が許された。リクエストを出してみたところ、あらゆる性別、年齢の体を試すことができた。それから、セックスも。数十年ぶりのそれはなかなかに具合が良かった。
すっかりモニターにも慣れたある日、私はこれまでと違う依頼を受けた。ある事件で脳を損傷した青年の体を維持する手伝いをして欲しいというのだ。
青年の体は私が動かすうちに徐々に回復をしてきた。それと共に、これまで感じたことのなかった違和感が沸き起こってくる。違和感の正体は、目を覚ましつつある青年の意識だった。喜んで医師に報告しようとする私を青年はなぜか制止して、彼が完全に回復して自力で体を動かせるようになるまで内緒にしておいて欲しいと頼んでくる。
青年の体が日常生活を送れるようになった時、私は彼のフリをして会社で不祥事を起こしたと告白した後、自殺するようにと関係者から脅される。脅迫者が口を滑らせたことで、この研究がこれまで聞かされてきた耳辺りの良い目的ではなく、軍事目的で使われるためのものだということも、私は知る。
言うことを聞けば、この先も私は他人の体を使うことができるという言葉が、耳をくすぐる。気持ちが揺れかけるが、結局、私は拒否をして脅迫者を殴り倒した。
研究は世の中にカミングアウトされ、私は肉の塊に戻った。だがきっとこれで良かったのだ。負け惜しみかもしれないが、そう思わなければやっていられない。
数ヶ月が過ぎた時、すっかり元気になったあの青年が私を訪ねてやってきた。彼の会社が例の研究を引き継いだのだという。
また僕の体で一緒に散歩をしませんか? と青年が言った。
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