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梗 概

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2018年10月18日。日本中のスマートフォンが使えなくなった。
 足立邦夫はそれを勤務先の高校職員室で知ったが、フィーチャーフォンさえ持たない彼には、当初それがなにを意味するのかよく分からなかった。
 個人の携帯端末所持が前提になり始めている社会に、不便と混乱、苛立ちが溢れた。端末販売店には怒った客が押し寄せた。だが事態は回復しない。設備にもシステムにも問題が見当たらないからだ。

「無意識にスマホを取り出しちゃうんだよね。あだっちゃんには分からないか」
 裏門前での煙草休憩中、理科の太田教諭が足立に言った。
「分かるよ。うちの子どもたちもヒステリー起こしてる」
「いや分からないだろ」
「分かるって。オレだってPCからSNSぐらい使ってる」
 太田はため息をついた。
「多かれ少なかれ日本中がネット中毒患者だったってことだな。まあ早めに復旧することを願うよ」

だが、そううまくはいかなかった。
 日本社会が『スマホ未満』だった時代の作法を思い出しつつ、なんとかやっていけるようになった頃に、今度はタブレット端末が使えなくなり続いてWi-Fiが使えなくなった。
 さらには……。

「そのうち電気もつかなくなるんじゃないか」
 文明の利器が、原因不明で次々と使えなくなっていく。例外もあるが、ほぼ世の中に普及した順番を遡っていく調子だ。
「誰かが取り消しボタンでも押しているようだな」
「そうすると電気の発明は18世紀だからまだ間がある。現在は21世紀以降の製品が取り消されたあたりだろ」
「だな。ん?」
 二本目の煙草を咥えたところで、急にライターが使えなくなった。太田が無言で白衣のポケットにあったマッチをよこした。煙草に火がつく。
「ちょっと待て!」
 足立は反射的に大声で叫んだ。
「早すぎる。ライターはそもそも火打ち石の原理からできている。火打ち石はマッチよりも先にあったもんだろう!」
 直後、ライターが復活しマッチが一本もつかなくなる。
「抗議する。マッチは1830年の発明だ!」
 今度は太田が叫んだ。マッチ復活。
 まさか本当に『誰か』が抗議を聞き入れたのだろうか。なんとなくゾッとして、二人は顔を見合わせた。

そのうち、世界の他の国でもスマートフォンが使えなくなったという話が聞こえてきた。使えなくなる順番や速度はまちまちのようだが、世界中が日本のあとを追って逆行しているのは確実だ。どこかの国が隣国に攻め込んだところ、重火器が使えなくなり慌てて撤退したというのは、良いニュースかもしれない。

新聞の一面には、使えなくなったもの一覧が毎朝掲載されている。家電品店では、テレビ消失に備えてラジオが人気だそうだ。だがラジオだっていつまで使えるか分からない。だいたい、この逆行現象はどこまで進行していくのだろうか。
「石器時代まで戻すなよ」
 足立が呟くと、笑い声が聞こえた気がした。
 どうやら、火を熾す方法を覚えた方が良さそうだ。

文字数:1196

内容に関するアピール

制約となるルールは、「情緒と感傷を差し引いて書く」です。
 内容は、「あって当たり前と考えているものを差し引いていく」話です。

スマホを自分の頭脳の外付けHDとしてうまく利用できていれば問題なさそうですが、無意識に頭脳の一部を代替させてしまっている場合には、スマホが使えなくなった時にかなりとまどいそうだと、設定を考えていて思いました。

文字数:166

課題提出者一覧