糞尿の交わり

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梗 概

糞尿の交わり

 地球の外交使節を乗せた宇宙船が宇宙のかなたの惑星スメルに到着する。
 クレーターに降り立つ宇宙船を大勢のスメル人たちが出迎えた。スメル人はヒトの背丈ほどの卵型の体を持ち、天辺から枝分かれしたテヅルモヅルの茶色い触手が伸びた外見をしている。
 惑星スメルの大気は地球と似て、使節団は宇宙服ではなく燕尾服を着る。宇宙船の扉が開き、スメル人たちが海藻のように触手を揺らめかせて歓迎する中、モレ・キュール大使にひきいられた使節団が降り立った瞬間、ひとり残らず嘔吐してしまう。
 スメル人の言語は地球人同様に音声だが、光を感じる器官を欠いており、身振り手振りでは無く、におい物質の種類や濃さで感情を表す。怒りはジャスミン、悲しみは薔薇、喜びは酢、興奮は腐敗臭、愛や友情などの親しさは排泄物の臭いだ。
 地球人とスメル人が会うのはこれが初めてだった。互いに宇宙に他の知的生命体はいないかと探し求め、超光速通信で連絡が試みられた。情報をやり取りするうちに、地球人はスメル人の高い知性と優しさを尊敬し、思索的な文学の虜になった。
 地球人はスメル人の生態を理解していたが、使節団の歓迎で放たれる臭気たるや想像を遥かに超え、赤痢で死んだ豚の肛門を腐らせた汚液をアンモニアと一緒に鼻の穴に流し込んだような、壮絶な物だった。使節団の吐瀉物の臭いで「地球人も喜んでいる」と勘違いしたスメル人は一層香りを増す。
 臭いに転げ回る使節団のなか、直立を保つモレ大使の元に、スメル人の代表“夏の凪”が進み出た。通信で地球の文化を学んでいた“夏の凪”は、地球式の握手を求めて茶からピンクに色づく触手を差し出し、モレ大使は勇敢にも素手で応じる。歓迎と親愛のにおい物質が染み込み、モレ大使の手はピンクの手袋をはめたようになってしまう。

 使節団一行は割り当てられた宿舎で会議をする。
モレ大使の手は応急処置としてビニール袋で包まれたが、臭いは染み出してくる。
 スメル人の臭いは強烈過ぎて危険なため、議会での友好演説は宇宙服を着用するべきだと若い外交官は主張する。モレ大使は首を振る。
「外交の礼儀上、私はこのまま向かう。しかし前途ある若者を死なせるわけにはいかない。君達は宇宙服を着なさい。」
「モレ先生!」
 と、毒杯を仰ぐソクラテスと弟子、あるいは最後の晩餐のイエスと使徒のような会話を交わす。

 議場にはスメル人が触手をうねらせてひしめいている。モレ大使は議場に入った瞬間胃の中が空になるまで吐き尽くし、会えた喜びと友好を望む旨を演説する。喜ぶスメル人たちのため臭いがエライことになり、モレ大使は必死に耐えながら演説を終わらせる。
 すると演説に感銘を受けた“夏の凪”がやって来て、万感の思いを込めて、どピンクに染まった触手でモレ大使の顔に抱きつく。激臭の触手が顔の穴という穴に入り込み、モレ大使は電気ショックを受けたように滅茶苦茶に痙攣し、燕尾服の中に大便小便をぶちまける。愛と友情を示すその香りを嗅いで、聴衆のスメル人たちはさらに臭いを放出する。

 親善訪問を早々に切り上げ、宇宙船は地球への帰路に着く。モレ大使は顔がピンク色に染まり、妙な事をわめき続けている。かつての尊敬を集めた人格は失われてしまった。

 一方スメル星の病院でも、地球人の断末魔を至近距離で聞いた“夏の凪”は、支離滅裂な臭いを放出している。もう“夏の凪”がかつてのように意思を表す事はない。“夏の凪”の弟子がつぶやく。
「地球人は素晴らしい技術と宇宙を渡る勇敢さを併せ持つ種族だが、なんと喧しい連中だろう」

 尊敬しあう地球人とスメル人が双方の理解を深めるまでに、互いの種族から、さらに5人ずつの外交官が犠牲になったという。

文字数:1517

内容に関するアピール

まったくもってお下劣な内容です。
 タイトルからして最悪です。

しかしながら、自分の少年時代を思い出しますと、筒井康隆や椎名誠の、ばっちい小説を読んでお腹を抱えて笑いながら活字を追うという、大変幸せな体験をしておりました。
そういった「人にはあまり言いたくない快楽」の体験があったからこそ、次の本、次の話に手を伸ばしたくなったような気がするのです。

一応真面目に考えれば、コミュニケーションの持つ根本的な不可能性を揶揄するのを目的とします。自身の面目を保つため、相手の文化を尊重しようとするあまり、互いの種族を代表する外交官が破滅してしまう。しかも人格を捨ててまで友好の架け橋の礎の人柱になったのに、後輩諸君の相手の種族への心象は、かえって悪くなってしまいます。
 そういったアイロニカルな切り口も踏まえつつ、排泄物と吐瀉物と臭気描写マシマシで仕上げたいと思います。

文字数:378

課題提出者一覧