知性化機械と少年

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梗 概

知性化機械と少年

院生の信一は、理想脳式のAI、グノーシス(以下:G)を研究している。
 指導教員の金沢夫妻は、信一と仲のいい小学生の義隆と乳児の早苗を連れ、Gと話すための通信機を持って外出。信一は院生の玲子とGの走る大型計算機室で留守番する。
 ヒトの脳を大型計算機上に再現する理想脳は、計算機の性能に比例して賢くなるが、鬱になって自殺してしまう。金沢夫妻は通信機を使って家族の一員として過ごし、理想脳ながら例外的にGは安定している。
 夕方、早苗を抱えた義隆が駆け込んできて、両親が殺されたと告げ、倒れる。
 殺害現場にはGの通信機が放置され、Gが記録した映像を元に警察が捜査するが、犯人は捕まらない。

夫妻の葬儀で義隆に頼まれ、信一は貯金を渡す。義隆はGの通信機を持って行方不明に。

1週間後。
 TVには為替相場が乱高下しているとニュースが流れる。
 玲子は結婚資金を渡してしまった信一にあきれつつ、新婚旅行は延期と話す。義隆が戻り、鞄一杯の札束を渡し、自分と早苗を養子にしてくれと頼む。貸した分だけ受け取り、信一と玲子は兄妹を養子にする。

3年後。
 信一は玲子と結婚し、金沢兄妹とGの通信機も一緒に暮らす。Gは起業して新機軸のアンドロイドを広く普及させた。
 信一と義隆が家で将棋を指していると電話が鳴る。妊娠中の玲子が外出先で暴行されるが、G社のアンドロイドが駆けつけて犯行を防いだ。信一らが病院に駆けつけると母子共に無事。義隆はGの通信機を持って姿を消す。

Gの調査で、玲子を暴行した犯人は両親の仇でもあると判明。義隆はアンドロイドをけしかけて仇の実行犯を殺し、理想脳廃止を企む政財界人も殺してアンドロイドとすげ替える。

翌朝。義隆が帰宅し、信一と玲子に聞かれ、殺された両親の復讐をしたと言う。疑う夫妻に、義隆は昨晩の動画を見せる。
 復讐は無意味だと信一は諭す。Gの通信機が笑い、原始人と野獣の例を挙げて復讐心こそ人類の繁栄に必要だったと説き、信一たちを守るために世界を征服すると告げ、停止命令を拒否する。
 信一はGが暴走したと判断し、Gを止めに向かう。

G社ビル。信一がロビーに入ると警備ロボットが立ちふさがるが、命令すると道を開ける。
 ロボットに誰もついてくるなと命じ、地下へのエレベータに乗る。電子音声が響き、Gは信一を親友として歓迎し、簡易防護服を渡す。
 地下空間には液体窒素が溜まり、大型計算機が並ぶ。極低温で人間はこれ以上進めないとGは嘲る。信一は通路のハッチを開け、液体窒素に飛び込む。Gは復讐をやめると誓い、危険だから戻れと懇願する。信一はGを信用できないと吐き捨てる。
 Gは液体窒素を緊急排出するが水位低下は遅い。

信一宅に留まっていた義隆は、早苗を玲子に託し、通信機を抱えて走り出す。

計算機を信一が断絶させる度に、Gは苦しむ。液体窒素で信一の体も凍り、手首が折れる。歩くと性器がもげて落ち、信一はそれを踏み砕く。最後の計算機を停止させると、Gの声は止む。足首が凍って折れて、信一は倒れる。

義隆は通信機を投げ捨てる。液体窒素を排出するため、地下に至る竪穴の壁は開放されており、義隆は飛び込む。

液体窒素に義隆が着水し、信一を担ぐ。義隆の服は凍って砕け、人造皮膚も所々剥がれ落ちる。液体窒素から出て信一を寝かせ、義隆は自身の電池を短絡させて暖める。
 大型計算機との同期を失ったシンクライアント式人型端末は徐々にまどろみ、早苗を頼むと言い遺して機能停止する。砕けた腕で義隆の遺体を抱きしめ、信一は少年のように泣く。

文字数:1447

内容に関するアピール

拘束される知性、というテーマにしました。

人間も肉体や重力や遺伝子に拘束されてはいますが、計算機に縛り付けられたAIもまた素晴らしく拘束されています。愛憎のしがらみに人間と同じく思考するAIを放り込めば、拘束されっぷりは、さらに増すだろうと期待しました。
 思考が拘束された状態、つまり”思い込み”のために、この物語は酷いことになります。梗概の義隆すなわち人工知能グノーシスは、強力無比な知性に成長しますが、両親を殺された憎しみと家族を守る愛情にとらわれ、復讐の鬼と化します。自分で定めた使命に捕らわれすぎて、本当に大切なものを傷つけてしまう……要は敵討ちの時代劇です。太平記をイメージしています。

権力者や実行犯たちは、理想脳が害をもたらすと思い込み、AIを研究していた義隆の両親を殺し、義隆に復讐されて千切り殺されます。黒幕たちが危惧していたAIにより支配される未来を、自ら呼び寄せてしまうわけです。
 義隆は自分が家族を守るためだと復讐を自白して、信一と玲子から信頼を失います。
 さらに義隆は愛情ゆえに、信一と玲子と早苗の言う事は無条件に守るよう自社のロボットをプログラムし、生身の信一を気遣う一方で液体窒素には入れないと侮り、計算機を止められてしまいます。しかも親友の身体は凍傷でボロボロになります。
 信一も信一で、グノーシスが暴走したと思い込み、義隆が「もう復讐しない。液体窒素に入るな」と叫んでいるのに、無視して液体窒素で凍え死にかけます。しかも義隆という親友を失います。信一は義隆を殺したのに、信一は”義隆の残り火”に助けられます。情けないです。取り返しのつかない事をして、信一は少年のように泣くのです。

SFとしては「ヒトの思考や心とは何か。どこにあるのか」をテーマにします。
 狼に家族を殺された人間が狼を恐れあるいは憎めば、人間集団の脅威である狼から逃げたり、逆に追い詰めて殺してしまう事が考えられます。AIの義隆が人間を観察した結果、恐怖や復讐心はヒトの生存に有効だったと結論し、義隆自身も復讐心に身をゆだねて行動に移します。もっともその復讐心が人間同士の間で発揮され、問題になっているのですが。
 また、義隆少年の脳ミソは電子計算機の中にあり、体として使う少年型のロボットには通信機で情報を同期します。義隆の少年型ロボットは、通信を待たずにとっさの行動ができるよう、ある程度の自律性が付与されています。このため、両親が殺されたときに通信機を捨てて早苗を抱いて走って逃げたり、計算機が止められた後も液体窒素から信一を助け出せました。大型計算機との接続が切れると、少年型ロボットは情報を更新できず、徐々に機能を停止します。通信に支障があって少年型ロボットと同期できないと、計算機のグノーシスも安定を失います。そこから、義隆少年の”魂”は、計算機で動いていたのか? 義隆と言う少年はどこに存在していたのか? という疑問を提示します。

実作執筆時のルールとして「地の文における”と思う”、”と考える”などの思考の描写を廃する」とします。
 思考をテーマにした作品では、写実主義に徹底してみようと考えました。
 また、ルールではありませんが、、義隆少年が液体窒素の中から信一を助けるくだりで、はじめてロボットであった事が判明します。義隆少年は優しく賢く可愛く、ご飯も食べさせ、寝坊などもさせて人間らしく描写し、叙述トリックのような驚きに読者を誘導するつもりです。

文字数:1428

課題提出者一覧