醜くはないアヒルの子

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梗 概

醜くはないアヒルの子

それは不思議のひと触れと言えるような一日だった。昨日(正確には日を跨いでいたかもしれないが、まだ夜明けは来ていなかったので、おおむね一日の出来事だろう)、オレは三度死んだ。詩的な表現ではない。生物学的に、死んだ。

一度目は、レアメタル猿が騎乗する水力馬車が、突然と視界を横切り、そのまま人間通路側に乗り上げてきて、大きな車輪でオレの左腕を巻き上げたことによって。せめて老人の一人でも通りかかれば良かったのだが、運悪く路上に5時間の放置プレイを受けた結果、死んだ。
 しかし日頃の行いの賜物だろう。6時間後に運び込まれた緊急医療センターに、たまたま居合わせた蘇生医学の世界的権威でイラン人の先生がオペ対応してくれ、一命を取り留めた。オレの時間の振り子は、また動き出した。

二度目は、午後から参加した高校の授業中だった。うちのクラスは揉め事が起こると、変態な担任による「やるなら正々堂々、国技たる相撲を取り給へ!」という謎の仕切りで、度々、血が流れる。自慢じゃないが、オレは一度も血を流したことが無い、ヒトより堅いんだ。
 しかしその日は運が悪かった。たまたま最新版のパワードスーツを纏ったパラリンピアン候補生のアランと喧嘩になって、ボッコボコにされた。担任の野郎、それでも止めないんだ。クラスの皆は同情こそしてくれていそうな表情だったけれど、結局は他人様。終いには、パワードスーツが振りかざした拳が俺の左脇を直撃し火花が飛んだ。結果、防災セキュリティセンサーが作動し、学校は水浸しだ。と同時に俺は、窓を突き破り、4階からグラウンドへと真っ逆さまに墜落した。またしても運び込まれた緊急医療センター。先生も苦笑いだったが、帰国直前のイラン人にまたお世話になれた、という訳だ。

三度目は…。思い出せない。何だったっけな?トータルリコールしても、思い出せない。忘れた、というより、そこにそもそも無かったように、キレイすっぽり、抜け落ちた1.5時間がある。しかし、確かなことは、その時間の後、オレはまた一度目、二度目と同様に、リスタートした病院に戻されていたということだ。

なんて日だ!カラダがあることを神に感謝しつつも、不運すぎる一日。呪い殺してやりたい。そんな想いを抱きながら、帰宅してすぐ、全自動無重力ベットに潜り込んだ。「しかし人間なんて、所有せざる人々、といったら大袈裟か。何を与えられている訳でもない。ただこうやって生きていることに感謝する日。そうポジティブに解釈でもしてやるか」なんて哲学ぶった余韻に浸っていた。

そこに突如、親友であるツカサの訃報が、チャットニュースから流れてきた。ちょうどオレが学校から帰る直前の時間、チンドン社が製造した水力馬車が暴走し、町中を高速で徘徊。死者180人を超える、第三次世界大戦後最大の人災が起ったという。
 しあわせの理由なんて誰にも分からないだろうが、この状況が不幸せであることは誰でも分かる。オレは泣いたよ。ああ泣いたね。涙をぬぐった袖の、ちょうどその裏側に、知らぬ間にどっぺりと着いた赤い染みが、ちょっと気にはなったけれど。

文字数:1277

内容に関するアピール

拘束①茟を200文字進める度に、「海外SFハンドブック(早川書房編集部・編)」を任意で開き、次の200文字以内に開いた頁にあった作品タイトルを文中に忍ばせる

拘束②一人称で書ききる

 

幼い頃に読んだ物語の中で、一番残酷だったお話は「醜いアヒルの子」だったと記憶しています。主人公は報われるものの、それは努力や行いによるものではなく、単純な血縁関係の賜物。オチを読んだ時の、凄まじい無力感を覚えています。
 でも、もっと怖かったのは、「誰もが、アヒルじゃない何か」になるかもしれない。いや既に、アヒルじゃない何かになっているのかもしれない。という感覚でした。

今回「制約」という宿題に応え、今までとは違う方法論にトライしました。「醜くはないアヒルの子」というタイトルだけ決め、後は偶然(頁を開き)出会った数々のSF名作と解説に刺激されながら、予定していたプロットを壊しつつ、進めてみました。

文字数:389

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