梗 概
殻の内側に住む子供たちは
夜。元はホテルだった廃ビルの一室で、今日もテグーとティアレはキスをする。口から無数のプラグがにょきにょきと伸び相手のプラグに絡まるようにして接続される。陶器のような唇がこうして重なり、遅滞した時間のなかで二人は愛情を交わし合う。
工業労働者として製造され、外見上は人間と区別のつかないアンドロイドである二人は、このようにしてお互いが過ごした一日の情報を共有する。テグーは生身の人間に混ざって働くドール工場での作業のことを。ティアレは生身の人間に混ざって買い物をしたことを。情報の共有がストランド――クラウドのようなもの――を通してではなく有線で行われる理由は、二人が記憶工場から脱走したアンドロイドだからだ。二人はだから、隠れるようにして生活をしていた。人間に混ざって、アンドロイドだと発覚しないようにして。
テグーは毎日、工場からドールの部品をこっそりと部屋に持ちかえっていた。ドールは雑用を行う自律式機体でアンドロイドと違う点は、明らかに人間だとは間違えないということだけだ。アンドロイドもドールも人間の記憶を転写され、工場などで作業を行う。アンドロイドやドールへの記憶転写は刑罰として行われるということを二人は知っていた。ティアレは、テグーが持ちかえったドールの断片たちをつなぎ合わせて完成状態のドールを作っていた。これらは二人の趣味だった。子供をつくることができない二人はドールを組み立てることがその代わりだった。夢中になり、部屋にドールがあふれた。
二人はオリジナルを探していた。不安があったからだ。二人は刑罰として記憶を転写されるという話を疑った。自分たちはただ、デザインされた記憶を抱えているだけなのではないかという恐怖が常につき纏った。
そんな折、テグーが働く工場に大量の、記憶をインストールされたドールが押し入り、工場で働く者を殺して回り、立てこもるというテロ事件が起こった。ドールたちの言い分はこうだった。
「わたしたちに、わたしたちの記憶のオリジナルの情報を渡してほしい。わたしたちはオリジナルをどうこうしたいわけじゃなく、ただ見てほしい、わたしたちを。わたしたちがどう生き、壊れていくのかということを知ってほしい」
もしこの要求が聞き入れられたら、わたしたちは即刻この工場から立ち退く。聞き入れられないのならば、わたしたちはこの工場の人間を順に殺していく、と。
だが、そんな要求は通らなかった。ドールの意識は強制的にシャットダウンさせられ、ボディは溶鉱炉へと沈んでいった。テグーは、ドールたちがシャットダウンさせられることを覚悟して行動を起こしたのだとわかっていた。結末が見えていても、ささやかな抵抗をしてみせることを止められなかったのだと理解できた。彼らはテロを起こし、ある程度成功させた。それだけで、彼らの望みはほとんど実ったようなものだった。
部屋に戻り、ティアレと情報を共有すると、すべきことは決まっていた。オリジナルを探すことはやめた。それよりも表現を果たすことをするべきだと思った。ティアレもまた同じことを考えた。二人は記憶を転写し、増殖を図ることにした。器には困らなかった。部屋のあちらこちらに転がっているドールで十分だった。それは行われ、糸の切られた操り人形のようだったドールが次々に立ち上がっていく。
二体のアンドロイドを先頭に、無数のドールが部屋を出て行った。
文字数:1402
内容に関するアピール
今回のお題への回答として、なるべくシンプルなストーリーにします。ここは是非とも王道と言い換えたい。ですが、直球だけだと苦しいので、語りで少し工夫をしてみようと思います。
アンドロイドにはバグと呼ばれる機能が実装されていて、バグはアンドロイドの行動を記録し、レポートとしてアンドロイドを製造した会社へと送られます。テグーとティアレはスタンドアロン状態のため、レポートを送られずに済んでいて、逃げつづけることができているというわけです。
本作では、三人称視点のようにして書くつもりですが、それはしかし、テグーのバグによる記録ということにしてしまおうと考えています。『屍者の帝国』のフライデーのような感じで。
文字数:302