梗 概
無形の民
二〇二五年、北カリフォルニアはアメリカから独立し、液体民主主義による新しい政治を始めた。独立は議会や選挙制度への不満に起因するものだったため、間接民主制を採用しないのは当然の流れだった。しかし、愚かな大統領を選出したのが国民投票であったため、直接民主制も憚られた。そこで選ばれたのが液体民主主義である。
液体民主主義は、直接と間接両方の民主主義の性質を持つ。有権者は全ての議題に直接投票できる。同時に、自分の票を他人に委譲することもできる。科学政策には意見があるので自身で投票するが、経済はよくわからないので詳しい友人に票を委譲する、というふうに。二〇二二年に突如インターネットに公開されたオープンソース・ソフトウェアがこの仕組みを現実のものにした。それはかつてのビットコインのように、シリコンバレーのギークたちに熱狂的に受け入れられた。
セイタはスタンフォード大学でコンピュータ・サイエンスを専攻する大学院生だ。データマイニングの分野におけるスチュアート先生の論文に感銘を受け、彼の研究室に入るため留学してきた。しかし、先生は面倒見の悪いことで有名で、近年はろくな研究成果も出していないことを後から知った。
失望により研究への熱意を失ったセイタは、北カリフォルニアの政治に興味を持つようになった。運用から三年、いくつかの問題はあったが、液体民主主義はうまく機能していた。面白いのはその流動性である。票を集めるオピニオンリーダーはいるものの、その顔ぶれは分野に応じて柔軟に変わる。ツイッターやYouTubeで熱弁を振るった一般人が力を持つこともある。とはいえ、ただのビッグマウスであればスキャンダルや失言ですぐに票を失う。
レイラは、その中でも異質なオピニオンリーダーだった。インターネットでのみ活動していて、年齢や性別といったバックグランドは一切わからない。しかし、様々な分野における深い知識と、鋭くも平易な論調、親しみやすいキャラクターにより幅広い層から支持を集めていた。
セイタも、レイラのカリスマ性に魅入られていた。レイラが何者か知ろうと、インターネットに残された痕跡を探っていく。しかし、個人を特定できるような情報は一切見つけることができない。情報技術やサイバー法にも造詣が深いらしく、周到に隠されているようだった。
次に、セイタはレイラの複数人説・組織説の検証を試みる。レイラの言説をインターネットからかき集め、それを分析にかけるのだ。同一人物によるものであれば、文章の組み立てや言葉選びに特徴を見い出すことができる。複数人であれば、何かしら不自然な点が見つかる。
セイタは、分析に研究室のコンピュータを使うことにした。分析にはある程度の計算資源が必要で、個人のPCでは難しかったためだ。しかし、研究室のコンピュータは全てスチュアート先生が使用中だった。
その後、セイタは毎日コンピュータの利用状況を調べたが、常にフル稼働していた。不審に思ったセイタは、研究室の卒業生が残したルート権限のパスワードメモを使って、コンピュータが何に使われているかを盗み見る。すると、そこにはレイラの未発表原稿のデータが残されていた。そして、そのマシンで実行中のプログラムは、次々とレイラの言葉を生み出していた。つまり、レイラの言説は機械により自動生成されたものであり、スチュアート先生がそれを運用していたのだ。
先生はあっさりとその事実を認めた。レイラは、インターネットに漂う膨大な情報から〈民意〉を抽出するプログラムだ、と先生はいう。〈民意〉は単なる多数派の意見ではない。民衆の言動の裏にある無意識的な欲望を形にしたものだ。それは、集合的無意識、あるいは、一般意志とも呼べるかもしれない。先生は、レイラに関する研究を近い内に全て公開するつもりだという。
スチュアートが目指すのは、投票という不合理なシステムの撤廃である。望ましい性質を満たす投票制度が存在しないことはアローによって証明されている。それに、民衆は容易に誤った方へ扇動されるし、何より彼ら自身が彼らの本当に欲するものを知らない。投票という仕組みは、民意を抽出するにはあまりに不合理なシステムなのだ。それに比べ、レイラの方がずっと合理的に〈民意〉を抽出することができる。
セイタは、機械が政治を担うなんていうのはディストピアだと反論する。人間が機械の言いなりになるわけにはいかない。それに対し、スチュアートは機械が意思決定を行うわけではないと主張する。レイラはあくまで投票というシステムの代替でしかない。それは純粋にデータ(≒票)とアルゴリズム(≒集計)の結果であり、そこに機械の意思なんてものは介在しない。何より、レイラの得票数が民意をうまく反映していることを裏付けている。
セイタは、スチュアートの言うことを認めるわけにいかなかった。留学に来たのに放っておかれたことを恨んでいたし、本来ならセイタにはレイラの研究ことを知り、そこに関わる権利があったはずだ。それを蔑ろにされたことにも腹が立っていた。スチュアートがレイラの研究で再び脚光を浴びることへの妬ましさもあった。
セイタは、レイラがネットワークを通じて収集する情報をその直前で少しだけ書き換えるプログラムを書いた。〈民意〉の元となる情報を改竄したのだ。すると、レイラはずれた発言をするようになっていった。そして、あっという間に人々の支持を失った。
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内容に関するアピール
私が念頭に置いた白紙の読者は、SFに出会う直前の私です。つまり、SFを、人間以上の知能を持つロボットが暴れ回ったり、宇宙をワープ航法で駆け巡ったり、不思議な力でタイムスリップしたりするだけの下らないものと考えている大学生です。
そんな読者に先入観で拒絶されないよう、ロボットも宇宙もタイムスリップも出さないことを意識してテーマを選びました。そして、SFが対象とする「サイエンス」が必ずしも理系的なものだけではないことを示すため、現代の政治・社会の話を軸に据えました。
ちなみに、私が最初に読んだSFは『一九八四年』です。大学の教養の講義で複数の先生が話題にしたのが気になって手に取りました。『一九八四年』のテーマは現代的とは言い難いですが、その衝撃は今でもよく覚えています。そういった記憶に残るものが書けるとは言わないものの、少しは当時の自分にも興味を持ってもらえる内容にはなったのではないかと思います。
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