マリーと新しいお友だち

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梗 概

マリーと新しいお友だち

「おはようおねぼうさん」
 マリーが目をさますとベッドのかたわらにいた人形たちが朝のあいさつをしてくれました。かぶったティアラの位置をなおし、目をこすりながらテーブルに向かうと、そこにはジャムをたっぷりぬったトーストが用意されています。マリーがそのトーストに「ぽんっ」とふれると、「ぼくをおいしく食べてね」と笑いかけてきました。マリーはものにふれることで、心をわけてあげることができるのです。
 マリーはこのお部屋でかわいい人形たちといっしょにくらしています。

 そんなある日のこと。マリーのお部屋に新しいお友だちがやってきました。ちょっと大きなクマの人形です。さっそくマリーは「ぽんっ」と心をわけてあげようとしましたが、なぜかクマはしゃべりだそうとしません。まわりの人形たちも不思議そうに首をかしげます。
 クマは少しいじわるなこのようです。人形の手をひっぱってちぎろうとしたり、マリーのティアラを取ろうとしたり。
「どうやったら仲よくなれるだろう」マリーは手をちぎられたリンゴネコの人形をつくろいながら考えていると(マリーは裁ほうがじょうずなのです)、良いかんがえが生まれました。
「そうだ。そんなにティアラがほしいのなら、クマさんにもつくってあげよう」

 あくる日、クマがやってくるとマリーはその頭を「ぽこんっ」とたたいてあげました。できたたんこぶに魔法をかけると、りっぱな王冠にかわりました。
「いたい。なにをするんだよこのばけもの」頭をさすりながらクマは言いました。
 マリーはびっくりしました。せっかくしゃべれるようになっても、そんならんぼうなことを言うなんてだいなしです。
「自分がかわいくないからひがんでるんだ。ぼくらと同じようにかわいくしてあげるといいよ」
 人形たちはそうマリーに教えてくれました。さっそくマリーは裁ほう道具をもってきて、クマのつり上がった目をまんまるにかえてあげました。
「マリーちゃんかわいくしてくれてありがとう」クマはうれしそうに言いました。
 そのとき、マリーのお部屋のドアがひらいてまた新しいお友だちが入ってきました。
 それを見たクマは言います。「あのこもかわいくしてあげようよ」

 精神科医の熊田は、斉藤茉莉の訪問診療に来ていた。
 茉莉は部屋にひきこもり、汚れた人形に囲まれて暮らしている。彼女の前頭部は幼い頃に負った怪我により大きく陥没しており、医療用ヘッドギアを装着している。彼女の世話をしているのは70歳になる老いた母親だ。部屋に入ると暴力を振るわれるため、寝ているうちに食事を運び込む。

 熊田は診療を続けるうち、重い失認症状があるはずの茉莉が壊れた人形を繕っていることに疑問を持つ。脳活動を観察するためヘッドギアに小型MEGセンサを装着すると、通常は脳内に形成されるはずの電磁場が室内に広がっていることが判明する。茉莉は対象に触れることで、それを拡張された脳の電磁場に取り込み認識しているようだ。
 これは脳科学の常識を覆す発見となる。そう考えた熊田は人形の腕をちぎって茉莉が繕う様子を観察し、ヘッドギアのMEGセンサの調整を繰り返しながら調査を続ける。
 部屋に入る熊田を、老いた茉莉の母親は心配そうに見つめるが、
「娘さんが叩くのは対象を認識するためで、暴力を振るうつもりはないのですよ」と言って安心させた。

 しかしある日、部屋に入った熊田の頭部を目掛けて、茉莉は青銅製の人形を振り下ろした。熊田が傷口に触れると、頭蓋骨は大きく陥没し指先がぬるりと入っていく。
「何をするんだ。このばけものが」そう言うのがやっとで意識が闇に包まれていく――と思いきや徐々に視界が回復してきた。
「ぼくらと同じようにかわいくしてあげるといいよ」
 人形たちが喋っている。
 熊田は気づく。これは茉莉のイメージが流れ込んできているのだ。自身の脳が損傷を受けて機能低下したことにより、意識が彼女の電磁場から干渉を受けている。
 近付いてくる茉莉の手には裁縫道具が握られている。熊田の眼球に針を突き刺し糸を縫い付けるとずるりと引き抜き、かわりにプラスチックボタンを押し込む。
「マリーちゃんかわいくしてくれてありがとう」熊田の口から出たのは感謝の言葉。
 室内の騒動を聞きつけたのか、茉莉の母がドアを開く。
 すっかりクマとなった熊田は言う。「あのこもかわいくしてあげようよ」

文字数:1783

内容に関するアピール

 私が用意した場面は、この世界にありふれているただの部屋です。
 この凡庸な舞台を、二人の異なった視点によって飾り付けをします。配置されているアイテム(人形、老いた母など)は、すべて二つの視点が反転する際の落差を最大化させるために用意したものです。

 脳科学の理論については、ジョンジョ―・マクファデンらの量子生物学(意識の電磁場理論)を下敷きにします。とはいえ、最新の脳科学を紹介することが目的ではありません。読者に「これは折り目正しいSFだぞ」という自身への言い訳を与えながら、安心して読み進めていって欲しいのです。

 後半パートに入ったら、すぐに中心人物のたどる結末が予想できるかと思いますが、そのこと自体がページをめくらせる推進力となると考えています。おおかたの読者にとっては科学技術への関心よりも、人がどれほど不幸な目に合うのだろうという下衆びた興味の方が強いでしょうから。

 実作では、読者の記憶に残る小説となるよう、真心をこめて文章を綴ります。ぽんっ。

文字数:429

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