家の人

梗 概

家の人

 青年と呼ぶには歳のいった男、ユーリョは、発光する草原を北へ逃げていた。居住する上部に比べてあまりに細い、二本脚の家を走らせて。
 南から四軒の家が駆けてきている。いずれも四本脚だ。一軒の窓から人が叫ぶ。
「老いた家を走らせるな!」
 ユーリョは焦るが、二本脚は転倒し、追いつかれる。追っ手は各家のベランダから梯子を投げ、ユーリョの家の玄関へ飛び移る。

 追っ手は全六人。近所の少年少女らだ。一人が、子供扱いする口調で、傷んだ家の引き渡しを命じる。外で家が動かなくなれば「家体遺棄」の罪に当たると。
 ユーリョは拒む。

 ここは「彼の母方の祖母の家」、すなわち、祖母の体が変成してできた家である。
 通例、ユーリョの集落の人々は、伴侶を得ると、「家の墓」と呼ぶ光り輝く墓地で結婚式を行う。葬られた古い家々を資源として取り込みながら、伴侶と融合して、巨大化し、四本脚を持つ一軒の家となるのだ。
 家はその後、内部で卵を育み、産む。卵から子が生まれる。子は両親を「家の人」と呼ぶ。

 しかし、ユーリョの場合、「家の人」と呼べるのは祖母ひとり。実の父母は生身で子をつくり、式も挙げず出奔した。
 周囲が噂した原因は、祖母の家の不完全性による、母の心のゆがみだ。
 祖父は式中、融合を完遂できず、脱落した。少年形態のままの下半身は、崖下、暗い「未成家いえならず」の墓に投げ捨てられたらしい。祖母の家が二本脚なのはこのためだ。
 だが、ユーリョは、家に残る記録から、父母が外の世界に焦がれていたことを知っている。
 馬鹿にされても、自分は家にならず生きて死のうと思った。
 だが年を経て破損した祖母の家は、孫が話しかけても墓に行くことを拒んだ。ユーリョは集落から離れることにした。

 追っ手は、祖母の口腔が変じた玄関部から帰らない。
 ユーリョは痛い目を見てもらうつもりで、彼らを家の奥へおびき寄せる。家の中は臓器の変じた部屋が立体構造をなしており、部屋の周囲を血管の変じたエネルギーパスが取り巻いている。この構成は通常の家、すなわち人間二人で建った家と同じだが、ユーリョの家は一人半が変成したものなので、間取りが異なる。
 追っ手は異例の間取りに戸惑い、ユーリョの仕掛けた罠と、動く家の内部に囚われる。

 さらに、家の部屋は消化液を分泌しだし、囚人たちは溶かされていく。
 ここまでするつもりのなかったユーリョも一瞬怯むが、言う。
 ――家にならないことを否定するおまえたちなら、家のために取り込まれて死んだって構わないだろう?
 子供らはめいめい返答する。

 囚人を溶解・吸収するたび、家は修復され、脚の数も増やし、立ち上がる。周囲の家はこの家を攻撃する。祖母の家は抵抗するものの、倒れ破壊されていく。
 ユーリョは資材になるため消化液に飛び込むが、ベランダに放り出される。草に転がっていた二組の白骨を、劣勢の家に投げ入れる。
 祖母の家は周囲の家と融合する。様々な建築物に変容したのち、三十本の脚持つ車となって猛然と駆け出す。
 脚にしがみついたユーリョ共々、融合体は、朽ちた建築物が静かに並ぶ地に至る。融合体はその地のものを吸収合併し、一つの台となる。その中心へユーリョは送り込まれ、形成される縦長の物体ごと、上空へ射出される。
 大地を遠く離れると壁があり、光差す広い窓にぶつかる。窓を破ってさらに飛べば、壁の上下端が見えた。壁の下側には、液体に囲まれた、数多くのしなびかかった脚がある。
 ユーリョは眠る。物体がもう一つ外の窓を破ったときには、その体は既に焦げていた。

文字数:1460

内容に関するアピール

舞台装置:歩く家(かつ、人間の変身先)
・作中で、主人公は、ベランダから外には出ません。

[モチーフ]
 (記憶によると)子供のころ読んだ童話に、脚の生えた魔女の家がありました。調べてみたところ、スラヴ民話に出てくる「バーバ・ヤーガの家」という、一本または二本の鶏脚で支えられる家だったのかもしれません。(ただ記憶しているその家の一つは、三本脚だったりしたかもしれません)
 こういった脚の生えた家と、「大地を支える巨人」がラスト付近のモチーフです。

[内部と外部、融合と脱出]
 家という建築物は、外から見る存在に対しては「一個」として現れますが、中の存在に対しては広さを持ちます。また、「家」と結びつく概念、「家族」は、往々にして迷宮でもあると言えるかもしません。
 舞台装置である家は、内部に対しては部屋の変形や侵入者の溶解吸収を行い、外部に対しては歩行・格闘・融合等を行います。(なお天の光や地の草が放つ光をもとに、光合成もします)
 作中、人間-人間、人間-家、家-家、の間で行われる融合は、内部と外部の境界喪失のチャンスにもなります。
 しかし最終的に、主人公の父母の骨を取り込んだ家は、入れ子構造になっている外側の家を破り、もう一つ外、……と脱出を試みます。(破る前は、強すぎる光の軽減、空気の分離、等が窓と壁でされていました)

補足
[背景]
 集落では次のような、人間と家に関する活動の流れの典型が存在します。
・人間→(変わる)→家→(活動停止)→墓:個体の一生
・人間→(変わる)→家→(産む)→人間:人間の世代の継続
・家→(活動停止)→墓→(資材とされる)→家:家の資材の循環
 主人公の父母は、家とならずに子をつくり、外へ出ました。
 祖母の家は、家になり子をつくりましたが、「家の墓」に入ることを拒みました。
 主人公は、家にならず、子もつくらず、外にも出ず、一生を過ごすつもりでした。

文字数:790

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