ライフ・オン・ライン

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梗 概

ライフ・オン・ライン

 アーベルが目を覚ますと、そこは牢獄の中だった。同じように、独房に入れられているのが全部で男女三人ずつの計六人。お互いが何者であるのかはもちろん、自分が何者か、誰一人として覚えていない。ただ共有していたのは、このままここにいてはいけない、という危機感だけだった。
 疑いを抱きつつも協力し合い脱獄を果たすと、そこは雪深い山の中腹だった。麓には灯りが見える。自分たちを知っている者がいるかもしれない可能性と危険性を天秤にかけ、警戒しながら村に向かうことを決断する。しばらく行くと、村の方から悲鳴が上がるのが聞こえた。何者かに襲われているらしい、金属音も聞こえる。アーベルは駆け出そうとするが、男性二人、イェオリとハンネスが反対する。村人が全滅すれば、自分たちが捕まる危険性が無くなる上、ただで酒と温かい寝床が手に入る。その意見に反発したエステルは、村人を救うべく飛び出し、アーベルはその高潔さに心惹かれる。
 村人の半数は殺されたが、一行の行動は多くの者の命を救った。しかし、村人たちは彼らに死の責任を負わせようとする。全滅待ちを提案した二人は、改めて復讐を提案するが、強行したハンネスは返り討ちにあう。
 残った五人は村から逃げ出し、山を離れる。やがて何人かが記憶を取り戻していく。イェオリは、自分が先程の村の出身であることを思い出し、狂気にさいなまれる。一方、終始冷静さを失わないライサは、道の先に見える町に危険がないかと一人探索に向かう。
 二晩待ったがライサは戻ってこない。ライサの身を案じるアーベル。しかし、イェオリはライサが一人で逃亡したのだと言い、町に向かうことを主張する。その口論を見ていたマルヤーナは急に叫び出し、エステルの制止を振り切って町の方へ走り出す。後を追う三人は、その町が悪魔降誕の儀式の最中で、捕まったマルヤーナが生贄として磔にされている様を目にする。エステルが救いに入ろうとするが、アーベルは制止する。しかし「仲間が殺されそうなのに、黙って見ているなんてできない」と言い放ったエステルは、最後にはアーベルの目の前で惨殺される。イェオリはみんな狂ってると叫んで、雪山へと消える。アーベルは、せめてエステルの遺志に殉じようと、マルヤーナを救うが、逃げる途中で背中に矢を受け、倒れる。

 おめでとう。
 アーベルが目を覚ますと、そこは小さなカプセルの中だった。周囲には同じようなカプセルが数え切れないほど並んでいる。
 目の前にいるヴァイナモが説明する。母星が崩壊し、今は巨大な宇宙船の中にいる。ここまでの記憶は、メンバーがこの閉鎖空間で生存可能かを検査するためのシステムであり、その中で、定量以上の狂気度を示した者は、星間移動の際に要求される奴隷として消費される。
 今まさに取引される人々が、窓の外に見える。そこにはハンネスもいる。アーベルはエステルを知らないか聞くが、ヴァイナモは首を振る。もし、狂気度より信頼度が高いなら、船のどこかにいるはずだと言う。アーベルはエステルを探して回るが、見つからない。途中で再会したライサは、奴隷要員としてカプセルに入れられている可能性を指摘する。しかし、カプセルの中にもエステルを見つけることはできない。
 やがて、再び奴隷取引の機会が訪れる。窓の外を見るアーベルの目にエステルの姿が映る。ライサが止めるが、アーベルは制止を振り切ってエステルの元に駆け寄る。

 おめでとう。

文字数:1410

内容に関するアピール

 オープンワールドRPG、あるいはMMORPGが用意する自由な箱庭世界は、プレイヤーの自由な振る舞いを許容するだろうか。答えは否である。プレイヤーとキャラクターが近ければ近いほど、キャラクターの挙動はプレイヤーによって制限される。例えば、箱庭の中で罪のない人間を殺害するには、箱庭の外にいるプレイヤー自身が、その行為を心理的に許容できなくてはならない(ただし、これは箱庭の外で同じことをできるということとは別の話である)。
 箱庭の中と外は、心の在り様のレベルでつながっている。もし、箱庭の外が失敗不可能な人間関係の場ならば、箱庭の中を実験場とし、適者のみを出生させることで危機を回避できるかもしれない。
 本作において、箱庭の中の人物は、狂気度と信頼度の二つの数値で評価される。用意されるクエストは全て、これらの数値を揺さぶるものであり、狂気度が閾値を超えれば出生を認められず(交易資源とされ)、信頼度が閾値を超えれば箱庭の外の世界の成員として認められる。もちろん、(中にいる彼らにとって)原因不明のままに仲間が消えていくこともまた、内面を揺さぶるイベントとなる。
 しかし、そのようにして生まれ出た箱庭の外の世界は、中の世界と何が違うのか。我々はどこまでもメタ的に評価を下されながら生きていく。主人公の最後の選択が、彼らの外側の世界にいる我々によってどのように評価されるのか。そこまでがこの作品の物語である。

文字数:603

課題提出者一覧