エレクトロ・ジーン

梗 概

エレクトロ・ジーン

 人が科学技術と再生技術の発達によって死ねなくなった世界。その世界では、人間の再生も、機械も、街も、電気で動いているために、電気は通貨以上に重要なものになっていた。そんな世界でベティは、いつものようにロシアンルーレットをやって遊んでいた。でも、そこには緊張感はない。頭を打ち抜かれた仲間もすぐに再生してしまうただのゲームである。ゲームが終わったあと、トムが情報を持ってきた。「世界には死ぬ人間がいるんだってよ。」双子の兄弟である警官から聞いたという。「死を発見して、SNSにアップしればヒーローだな。」仲間は盛り上がっていたが、ベティは困惑していた。ベティには、親友がいたが死ぬことに取り憑かれていて消えてしまっていた。

 後日、メインストリートを歩いていると警官に捕まってしまった。遊びで持っていた銃を見つかってしまいそのことを裏で問い詰められ締め上げられていたが、そこに皺だらけの人間(老人)が現れた。警官はそれを見つけると、走っていって連行していった。ベティは思った。「あれは一体なんだったんだろう。」

 調べていみると、人はかつて、幼児期、青年期、老年期という段階があることがわかったが、自分が見た皺だらけの人間がどこにいるかはわからなかった。そこでベティは、トムをけしかけて、兄の警官から老人がどこに運ばれたかを盗み聞きして、ベティは、ヒーローになるために町の外へ出て行くことに決めた。

 都市の外にあったのは廃墟あり、そこには、自分とは違うみすぼらしい人達が住んでいた。その村では都市のために電力を作り、男たちは、発電所で危険な作業を強制させられてた。村には電力が少なく、電力を盗む人間は村八分にされていた。ベティは、そんな現実を目の当たりにしていると、消えた親友の姿を発見する。この村では、ある一定の年齢が来ると金山参りと言われる習わしがあった。親友はこの金山参りを手助けしていた。昔は、食料不足により口減らしのために行われていたが、いつしか神聖な行為になり、人生をこの金山で終えることがこの村の信仰になっていた。

 死ぬところを撮るために、親友に嘘をつき同行する。山頂への道は険しかったが、それ以上に電力会社の警備ドローンを避けるのが厳しかった。山頂に到着して死を初めてみる。そこで、人生を終わらせるために今まで生きてきた。そんな何かの為に生きる人生があるのだと初めて知った。

 都市に帰ってきたが、もうロシアンルーレットのような死を模倣する遊びができなくなっていた。ベティは、仲間たちが馬鹿騒ぎして過ごしているのが許せなくなってきて、犠牲になっている人がいること仲間に伝えたが、仲間から「知ったところでこの人生を誰が放棄するんだ。」と言われてしまう。この言葉を聞いてベティは街を去る決意を固めた。

文字数:1152

内容に関するアピール

私の祖父の介護を通じて死に方に疑問を持っていました。祖父は夜間の徘徊がひどく、話も若い頃の満州のことしか話さなくなりました。やっと介護施設が見つかって入居して一年がたった頃、親と一緒に会いに行ったら、姿が全くの別人になっていました。施設の方に言われるまで、祖父とは気づきませんでした。この頃から死に方を考えるようになりなりました。介護自体を批判したいのではなく、どうやったら良い終わり方ができるのかということを今回の課題で書ければと思います。

文字数:221

課題提出者一覧