大地の記憶

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梗 概

大地の記憶

惑星ゾーバルトの辺境の島国であるアクスミ王国は列強の脅威におびえていた。二つの大陸間の戦略的要地に存在するため、いずれの勢力からも侵略される恐れがあったのだった。現在は大陸間の対立は表面化していないが、いずれ大きな戦争が起こるのは目に見えていた。どちらにつくか、それとも中立を保つのか、アクスミは岐路に立たされていた。
アクスミの宰相はこの危機的状況を打破するため、一つの妙案を思いつく。都センガダルにトラレンシア教の僧侶が訪れている噂を耳にしたのだ。トラレンシアは西の大陸の中央部にある国々が帰依している宗教で、世界最大の勢力を持つ。信者の中には過激な思想を持つ一団もいるが、その基本理念は「寛容」。つまり聖典トラレンシアのもとに集う人々はいかなる価値観を持っていようとも同士として受け入れるのが特徴だった。トラレンシアに帰依する国々は二つの大陸を支配する帝国のどちらにもつかず、不戦を貫いていた。全世界に信者は多く、もし帰依しているいずれかの国に攻撃をしかけたりすれば、多くの人民の支持を失うことは明らかだ。宰相はアクスミもトラレンシアに帰依し戦争を避けようと考えたのだ。
そのことをトラレンシアの僧侶に相談したところ、アクスミは一人の巡礼者も出していないから、帰依が認められるのは難しいという。そこでセンガダル一の女騎士であるキサンがアスクミ初の巡礼者に選ばれた。こうしてキサンと僧侶ミンカの旅が始まった。
ほぼ大陸を横断する長い旅の果てに二人は聖地ルーゴイに到着するアスクミ初めての巡礼者の誕生だった。
しかし、二人が旅をしている間に世界情勢は大きく変わっていた。西の大陸の中央の国々は帝国ディルハーンに攻め入られ抗戦を余儀なくされていた。苛烈する戦争の中でトラレンシアの過激派が台頭し、勢力を伸ばしていた。聖地ルーゴイもまた例外ではなかった。不戦を説くミンカは捕まり、投獄された。キサンは命からがらアスクミへと帰還した。
東の帝国であるリィランダも参戦し、戦況はますます泥沼化していたった。いつくかの超兵器の投入が検討された。世界は刻一刻と破滅へと進んでいた。
ある日、全世界の信者たちが一斉にルーゴイを目指し始めるという出来事が起こる。「汝、絶望のとき、かの地を目指せ」それはトラレンシアのもっとも重要な教えの一つだった。ルーゴイを中心として世界中に伸びている巡礼の道が人の流れとなってその形を現す。
巡礼の道は大地に刻まれた記憶の皺だった。それはこの星が自らに仕掛けたセーフティシステム。ある一定量の生物が限られた時間でその皺をなぞるとき、大地の記憶はよみがえるのであった。
巡礼者がルーゴイにまた一人また一人と到着するたびに大地は思い出していく。その荒々しかった太古の姿を。火と水と石の時代を。最後の巡礼者が到着したとき、大地は割れすべてを飲み込んでいく。
やがて長い時間がたち、かつて惑星ゾーバルトと呼ばれた星にまた新たな知的生命体が誕生する。彼らは発見する。大地に刻まれた長い長い道を。その道の果てに何が待っているのか、彼らはまだ知らない。

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