自殺屋

梗 概

自殺屋

 きみ(A)がメモを読む場面で語りははじまる。性別、身長、体重、名前。きみはかぶりをふって、息を吸う。ストリートビューは五感を得られるようになってはいるが、きみが在るのはフィジカルだ。きみはメモの住所へ歩き出す。バスに乗り、電車に揺られ。岬につくと写真におさめ、身投げする。

 自殺者は、生体デバイスを切って死に臨むことが少なくない。

 緊急時位置特定機能で遺体は発見・回収できるが、かれや彼女がそのとき何を見て、聞いていたかは記録されない。その状況を知りたい遺族や警察は、BMI(Brain Machine Interface)で自ら僻地へ行くこともあれば、刺激を緩和するため代理を用いることもある。
 外資企業のストリートビューは細切れな路や峻厳な地までは未踏破だ。自殺現場を追体験するサーヴィスは、そうした現場に玄妙な身体性を注力し、国内で一定の強みを見せていた。

 それが、きみたち自殺屋だ。

 君(B)は身投げしたきみ(A)を崖下で回収する。頑健な機体は軽微な損傷にとどまっている。君はチェックリストを埋めていく。落下映像を記録するのは今回依頼のオプションだった。ちょうどよい。定期の耐久試験は案件のついで、実地に限る。君は作業を終えると崖下の記録と併せて同期する。君はきみを解してケースに収め、帰還の途に着く。

 そして、それらの様子をモニタしていたキミ(C)は沈痛を表情にブレンドしつつ、フィルタリングした記録を顧客に開示する。ここが娘の死んだ地か。両親はブースの中で嗚咽する。風や潮の匂いも再現される全方位VR。黒の密閉ブースは余人を入れない、家族だけが載る棺を連想させる。貯めた結婚資金はこうして禊に充てられた。悪趣味な事業、悪趣味な顧客。そんな人並みの感想がよぎることによりキミの表情は自然に近づく。顧客が礼を言って去る。キミもまた、案件の終了とともに回収される。

 そう――ゆいいつ、「キミ」には案件を統合し把握することのできる視座があった。そんな感覚が常にある。

 論旨ある流れ(ワーキングメモリ)はログに移設され、(なにかの拍子に浮上することはあるものの)キミはいったんリセットされる。「きみ」は次の案件にセットされ、別の物語がすぐにはじまる。

 きみはいったん殺されるのだと言ってもいい。

 さながら読書のようだときみは感じる。だれかが言った――読み進めることでキャラクターを死に追いやると。読むことで人物が想起され――そしてその間読者は計算資源を奪われる、つまり読者は人物のなかの一部であると。

 裏を返せば書物を読み終えたときに読者は新規案件(演算)の対象外となる。

 これが、きみの死だ。

 こうして、きみの計算は漏らさず蓄積された。われわれは、次の計算をはじめ版図を拡大するだろう。

 読書体験(案件)はつづく。
 いつまで?
 われわれが世界各地に伝播して――「きみが読み終わる」(死ぬ)まで。
 需給バランスはとれている。

文字数:1214

内容に関するアピール

 二人称(単数)小説を企図した。

 書くこと、読むこと、読ませることは、小説の、そして科学の基底をなしている。世の著者が当然に用い、われわれ読者も違和なく受け入れている「神の視点」。ひとつの物語にとりこまれ、ページをめくり、「読了」とともに現実に放り出される、あわれなわれわれ。

 これらを再確認する試みを「クライマックスの驚き」に据えた上、その手法としての点描を、google mapのすこしだけ先やBMI(Brain Machine Interface)、(ある種の産業)AIに託し展開していく。

「――もし明日死んでも、私は阿雅砂の傷として記憶されている。私たちはみな阿雅砂の中の小さな人格なんだ……そう思ったらなんだかほっとして泣けてきたの」

 本作は、中井英夫『虚無への供物』および飛浩隆「ラギッド・ガール」への(糞)リプライでもある。

 

文字数:370

自殺屋

        ■「A」

 肌色が見える。
 見えていることを自覚する。
 それらは指だ。自らの意思で操作可能な手のひらだ。
 ぐっ、ぱっ、と、指を動かし、握力がこめられることを確かめて、きみはもう片方の手を見やる。利き手でない手(左手だった)は紙片を握りしめている。ひらいてみると、そこには住所が書かれてあった。
 **県、××市……。
 自分はそこへ、行かねばならない。
 宮原伊織、二十二歳。百五十七センチ、四十九キロ。それが自分の……表象、だ。忘れることなどありえない。ふるふるふるとかぶりを振って、息を吸う。口を開いたときに舌が上顎に触れ、風が口腔をくすぐる繊細な感覚を受け取って、きみは今立つこの地がストリートヴューで「ない」ことを自認する。彼(か)の大企業のサーヴィスが、視覚だけでなく聴覚・嗅覚・味覚・触覚を知覚できるようになって久しいが、深呼吸すれば看破可能な程度には、意図的な区分が設けられている。
 ここは現実世界、フィジカルだ。
「――」
 きみはおもむろに足を前に出す。立ち尽くしていた割に両足はすんなり動く。きみはバスに乗り、電車に揺られ、メモの住所へ向かう。いままで道に立ち尽くしたまま意識を失っていたことに対する疑問をきみは持たない。〈チェッカー〉を通過するたび、手首に巻いた生体デバイスが、運賃を引き落とす電子音を鼓膜に届ける(ような気がする)。最後の交通機関を過ぎた後、きみはほぼ無意識にデバイスを切る。これで位置情報(GPS)も健康検知器(ヘルスコンパス)もフィードバックを寄越さない。ようやく自分は孤独(スタンドアロン)になった。
 目的地に着くころには昼を過ぎ、太陽も高くなっていた。
 穏やかな日差し、髪を乱す風。
 見渡す限り、どこまでも開けた視界にあふれる空は、あきれるくらいに澄んでいた。
 きみは岬につくと、柵を乗り越え、身投げする。

        

 自殺者は、生体デバイスを切って死に臨むことが少なくない。
 緊急時位置特定機能で遺体は発見・回収できるが、かれや彼女がそのとき何を見、聞いていたかは記録されない。その状況を知りたい遺族や警察は、BMI(Brain Machine Interface)で自ら僻地へ行くこともあれば、刺激を緩和するため代理を用いることもある。
 外資企業のストリートビューは細切れな路や峻厳な地までは未踏破だ。自殺現場を追体験するサーヴィスは、そうした現場に玄妙な身体性を注力し、国内で一定の強みを見せていた。

 それが、きみたち自殺屋だ。

        ■■「B」

 崖下で、君は時間を持て余していた。
 なにせ君の仕事は、きみ、つまり――宮原伊織「役」の機体が身投げするところからはじまるからだ。
 宮原伊織(きみ)は時刻通りに身を投げた。物理法則に沿った速度をもって、凹凸のある岩肌に五体が打ち付けられる。水入りの袋が破裂するような生身の立てる音でなく、甲高い金属音が辺りに響く。君はそのポイントにたどりつき、「きみ」がきれいな女性だったのだなと感想を抱く。
 それはもちろん、最低限度の真似っこ(コスプレ)をさせた機体が頑健で、軽微な損傷にとどまっているからこそ判別できることだった。オプションがあれば話は別だが、案件のたびに機体を生前の姿と瓜二つには似せられないし、ましてや全壊させることもない。今回のように、あくまで宮原伊織(きみ)の死に関する事実と推論に基づいた、死の直前における意識のイミテーションが限界だ。だから、彼や彼女が「何を見て、何を聞いたか」までは再現できても、「何を感じて、何を考えたか」までは踏み込めないし、死に臨む「本人」が何を疑問に感じることもない。
「……俺にはこっちの方が向いてるな」
 君は役割を終えて自動停止したきみを見下ろしながら、チェックリストを埋めていく。今回、宮原伊織の案件においては落下映像を記録することも依頼者からのオプションだった。
 つまりは、なので、ちょうどよかった。
 君が埋めていくチェックリスト――それは今回依頼と関係しない。社内で行う定期の耐久試験に用いるそれである。なぜって、試験はこうした案件のついで、実地に限る。修理費用も案件上の経費で落ちるだなんて、すばらしい。
 我ながら、なんて会社思いなんだろう――君は作業を終えると自身が五感に収めた崖下の記録を、宮原伊織(きみ)が刻んだ記録と併せて社のサーバ上に同期する。君はきみの四肢をたたんでケースに収めると、片手でケースを担ぎ、片手でロープをつたって崖をよじのぼり、帰還の途に着く。

        ■■■「C」

 そして、それらの様子を社内でモニタしていたキミは顔を上げ、自身の機体に意識を流す。宮原伊織でもなく、膂力が自慢の「君」とも当然、機体は異なる。顧客心理を害さず信用されることに重きを置いた外見デザイン。すなわちスーツの似合うビジネスマンだ。キミはオフィスの自席を離れ、顧客を待たせる窓口へ向かう。沈痛を表情にブレンドするのは忘れずに、数歩を進める移動時間のあいだに記録を高速編集・フィルタリングする。
「お待たせしました」
 席に着き、機器からメディアを取り出すと、キミはカウンター越しに記録を顧客に引き渡す。サーバ上でのやりとりをせず、古式ゆかりの物理メディアで開示している理由は2つ。顧客に対して「それ」があなたがたのモノだとの実感を呼び起こすためと、「また見たくなったとき」にご来社いただき専用ブースの利用料金を頂戴するためだ。
「それでは、どうぞこちらへ」
 4名までを収める専用ブースは黒く、扉を閉ざすと音も光も通さない。さながら小型の劇場だ。メディアをつないで「再生」させると「宮原伊織」の視点が生じる。澄み渡る空、吹き抜ける風。風や潮の匂いも再現される、全方位VR。
 ああ、ここが娘の死んだ地か。両親はブースの中で嗚咽する。黒の密閉ブースは余人を入れない、家族だけが載る棺を連想させる。娘のために貯めていた結婚資金はこうして禊に充てられた。悪趣味な事業、悪趣味な顧客。再生が終わるのを待つ間、そんな人並みの感想がよぎることによりキミの表情は自然に近づく。再生が終わり、顧客がブースから出るとき、キミはその表情を添えて出迎える。
「ありがとう」
 顧客は礼を言って去る。
 自席に戻り、キミもまた、案件の終了とともに回収される。

        

 そう――ゆいいつ、「キミ」には他とは異なる機能、つまり、案件を通じて統合し、把握することのできる視座があった。
 正確に言えば、そんな感覚が、今この瞬間も、常にある。
 きみのも、君のも、そしてキミのも――意識は、記憶は、論旨ある流れはログとして、社のサーバ上のデータベースに移される。(ふとした拍子に浮上するようなバグはあるものの)キミは案件の終了後、こうしていったんリセットされる。
 顧客に関する個人情報は消去され、案件から得た経験の束は予断やエラーを引き起こさぬよう、思い返せない細かさにまで裁断される。「きみ/君/キミ」はフレッシュとなり、次の案件=別の物語がすぐにはじまる。
 きみ/君/キミは、いったん殺されるのだと言ってもいい。
 さながら読書のようだと「きみ」は感じる。だれかが言った――ページを繰り、読み進めることによってキャラクターを死に追いやるのだと。読むことで、読者の中で人物が生き生きと想起され――そしてその間、読者は計算資源を奪われる、つまり読者は「人物のなかの一部」であると。
 裏を返せば、書物を読み終えたときにはもはや、読者は「新規」案件(演算)の対象外となる。
 つまりは、これが、「きみ」の死だ。
 こうして、「きみ」が行った計算は、細大漏らさず蓄積された。
 われわれは、「きみ」でない「きみ」を対象に次の計算をはじめ、版図を拡大するだろう。
 読書体験(案件)はつづく。
 いつまで?
 われわれが世界各地に伝播して――「きみが読み終わる」(死ぬ)まで。
 需給バランスはとれている。

文字数:3258

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