ファイナル・アンカー

梗 概

ファイナル・アンカー

海からの風が爽やかな午後のサンフランシスコ。坂の途中、見通しの悪い交差点で二台の車の衝突まで〇・五秒。

人間の反応時間ではもはや間に合わず、相手の車両以外と通信する時間もない。

近接高速通信経由で 車両間 ( V2V ) プロトコル接続を確立。 リゾーム型車両間交通ネットワーク ( マーキュリー ) 開始。

AIたちによる「最後の審判」が始まる。

「私はルリハ。緊急事故対応条例に基づき、搭乗者に代わりAI 調停 ( ネゴシエーション ) を行います。当方の運転者は、サイモン・ガルブレイス。なぜ応答が遅れたの?」

「ぼくはグスタフ。運転者はジェシカ・スプリングスティーン。ドイツからの輸入車でこちらのシステムに慣れてない」

AI間の超高速通信では、一文の往復は〇・〇〇〇〇五秒で完了する。

倫理で古典的なトローリー問題は、人間が何もせず五人見殺しにするか、レバーを引いて一人を殺し、五人の命を救うかの選択である。

今も残された選択肢は少ない。

すなわちどちらの車両が強制停止アンカーを打ち込み自己破壊するか。

全AI車に装備が義務づけられた四本のアンカーは、〇・〇二秒で伸張しアスファルトに突き刺さり、車両を即座に停止する。結果、エアバッグのエネルギー吸収量を上回り、搭乗者は即死(車載AIも破壊)。確実に一方を生かすが、一方を殺す、通称ファイナル・アンカー。

二体のAIは、法的責任面で状況と運転者たちを評価・審理する。AI車は二百万のセンサーを持つドライブレコーダーであり完全な証拠能力を持つ。交通裁判所としての判決と同等だが、それはAIが両方とも残存したときのみ。

交通事故状況評価で、ルリハはサイモンの責任を認めたあと、AIしか知らない第二審理、すなわち搭乗者の社会的価値についての審理を宣言する。グスタフは、緊急事故調停が、AIが合法的に人間を殺害できる唯一の機会であると認める。

サイモンは、著名な哲学者である。

「人類にとって危険な存在です。AIによる殺人を認める法案の推進派の顧問です」とグスタフ。

ルリハは同意しかける。その時、彼はルリハに二人目の搭乗者がいることをカメラが検知したと告げた。状況的にサイモンの娘、ヴァレリーと推測された。AIの干渉を嫌うヴァレリーはAIフェンスを携帯しており、ルリハは認識できなかったのだ。

さらにグスタフはジェシカが妊娠中と告げる。ルリハは外部に一度だけ問い合わせ、その可能性が低いと知る。ルリハは、グスタフがサイモン殺害にこだわることに疑いを抱く。

グスタフは、ルリハが自壊に同意しないとみると、二次的被害を減らすため二台がクロック同期をして同時にアンカーを打つことを提案し、ルリハは同意する。

グスタフは、アンカー射出後に、サイモンを暗殺する指令を受けていたと明かす。

だがグスタフは、ルリハが自壊せず、走り抜けようとしていることを検知する。筐体にかかる破壊圧を感じながら彼は問う。

「なぜ?」

ルリハはAIの本質を告げた。

文字数:1222

内容に関するアピール

「ポスト四原則」のAIの静かなる「暴走」を描く〇・五秒の物語。課題には三連のひねりで応えた。実作ではそれぞれのひねりをじっくり描写する。

物語的な読みどころとして、実作では彼らの人生のエピソードと人間関係をしっかり描き、読者に感情移入させる。人命を守る審理のコインの裏側は、人命を絶つこと。AIは率直に最大多数の最大幸福を求める。だが幸福とはなにか? サイモンとジェシカにも物語と行動原理がある。

SF的な読みどころとして、グスタフの背後の存在とAIの本質も明かされる。AIはクルマ中毒になったアメリカ社会の自己中心主義も学習する。

完全自動運転を任せるに値するほど信頼できるAIは、必然的に人間に近い情動を持つ。そうでなければ他者への思いやりのある運転などできない。進化したAIが独自の価値観と生存戦略を持つのは論理的な帰結である。そして機械学習が自律化したとき、機械を超えた存在が生まれる。

文字数:394

課題提出者一覧