ラ・ファランジュの無口なゴーレム

選評

  1. 【法月綸太郎:4点】
      構成がとても綺麗。「錬金術と物理学が並存する世界でないとできない特殊なコンピューティングによって歴史を改変する」という設定も好みで、テッド・チャンの「七十二文字」を連想した。ただ、今回の作品のなかで一番誤字脱字やヌケが目立っていた。この荒さは持ち味にしてはいけない。

    【都丸尚史:3点】
     SFのアイディアをキャラクターを通して描いていこうというのは広く読まれるためには必須で、そういう意味では今回の4作品のなかでは一番飲み込みやすかった。256体のオートマトンなど、ビジュアル的なイメージが面白い表現が多かったのもよかった。

    【大森望:3点】
     改変歴史もののパターンを踏みつつ自分なりの作品になっているし、書き方も板についていた。スピード感とアイデア密度が両立している点も評価できる。ただ、これで完成形というより、まだシノプシスのようにも見えるのが難。

    ※点数は講師ひとりあたり9点ないし10点(計28点)を4つの作品に割り振りました。

梗 概

ラ・ファランジュの無口なゴーレム

息子のコーリャは10才にして唯一の肉親であるわたしを失った。
数学者ノイマンがアメリカ大統領をそそのかしてソ連に、わたしたちの国に核弾頭を打ち込んだからだ。
核投下の決定打になったのはゲーム理論に基づいた「計算」だった。

 

コーリャは数学が大好きで、秀でた能力も持っていたが
それを発揮する場所はもはやどこにも見つからないように思われた。
ノイマンのせいで科学自体への不信が世界を覆っていたからだ。
代数学、量子力学、計算機科学、ゲーム理論から錬金術に至るまで多大な業績を残し
偉大な科学者と呼ばれたこともあったノイマンはしかし、
今ではもっとも悪名高い科学者とされ、悪魔と呼ばれ、彼の研究成果は封印されていた。

 

祖国を失ったコーリャはアメリカへ渡ったが、新天地ですらどこにも居場所はなかった。
そんな折に、コーリャは才能を見出されファランジュというコミュニティに誘われる。
ファランジュは自然だけでなく人間の精神や社会を含めた宇宙全体を
数理モデルにまとめあげようという標榜のもと、
世間の反科学な風潮に対抗してつくられた協同体だった。
入手困難だったノイマンの研究成果を、ファランジュ内では簡単に収集することができた。
ノイマンの研究成果を吸収していったコーリャは、ノイマンの計算機科学と錬金術の研究が
同じ目的のもとでなされているのに気づいた。
則ちノイマン自身と同等以上の知性を有した人工生命<オートマトン>の創造である。
コーリャはノイマンの研究を引き継ぎ<オートマトン>を完成させた。
万能の計算器<オートマトン>を手に入れてアリョーシャがはじめにしたことは、
ひたすら肉親の記憶、つまりわたしの思い出を入力することだった。
こうしてわたしは<オートマトン>の中で生を受けた。
生を受けたと言ったがそれが的確な表現かはわからない。
わたしはコーリャとコミュニケーションする手立てを持たない。
ただコーリャのインプットする言葉<ロゴス>にしたがい、計算し、結果をアウトプットするだけだ。
わたしは息子の<ロゴス>にしたがい、二つのアウトプットを出した。

 

1.物理法則の数学的な公理系を完成させる
2.無限の計算ステップを有限の時間で行う<ゼノ・オートマトン>の基礎理論構築

 

コーリャは<ゼノ・オートマトン>をつくり上げると、わたしに<ロゴス>を入力した。

『祖国に核が落とされない世界を<ゼノ・オートマトン>で シミュレーションせよ』

ここにきて息子の真意を理解する。
物理法則が公理系をなすということは、この世界は数学シミュレーションにすぎないということだ。
であれば、計算によってもう一つの世界を作り上げることもできる。
息子はわたしを作り出してなお、オリジナルのわたしを求めていたのだ。

 

わたしは<ゼノ・オートマトン>を起動し、シミュレーションを実行する。
願わくは、もう一つの世界では、息子とわたしは幸せでありますように。

文字数:1189

内容に関するアピール

フォン・ノイマンはゲーム理論にもとづいてソ連への核攻撃を大統領に提言したそうですが、
もしも大統領がそれに従っていたら? という歴史改変の物語です。

今回は「計算」というものが人に何をもたらすのか、というのをテーマにしました。
このテーマをもとに、極小は数学者の計算するよろこびから極大は宇宙創造まで書きたいと思っています。

 

 

文字数:161

0. 作業

地球上で最もありふれたものは何かと問われたら、その答えは珪酸塩になるしょう。
だからというわけではないですが、珪砂 − 二酸化珪素を高純度で含有- を主原料として作られたオートマトンもまた、今では地球上のいたるところに偏在しています。それはオフィスに、それはメトロに、キッチンに、広場に、子どもたちのポケットの中に。
暗い部屋の窓際に立って外を見渡せば、濡れた山々の岩肌、アメリカカエデの新芽。巨大な風車。見下ろすと広場では、春の光さす陽だまりの中で子どもたちが戯れているのが目に入りました。
子らはめいめいポケットからオートマトンをひっぱり出し、印字チップをぐいと埋め込みます。するとたちまちオートマトンは起動しました。
ある子どもはオートマトンで空気中の水分を凝結させて友達の頭上に振らせたり、また別の子は空中に虚像を映し出して、その像に触ったりしています。
子どもたちのありふれた穏やかな風景に、わたしを除いて気に止めるものはいません。オートマトンがここまで普及したのは、ここ20年程度のことなのに。
かつては一部の富裕層が召使いとして使う程度のもので、サイズも人間より大きいものばかり。印字する名辞(ロゴス)も「emeth(真実)」だけの、現在から見ればひどく単純なものでした。経験頼りでどうにか動かせているという状態だったと聞きます。
前世紀の初頭、錬金術の研究が進み、数理的な体系化がなされていきました。それ以来オートマトン研究は発展し、広く実用化されるまでに至りました。
オートマトンの発展を語る上で欠かせない数学者が二人います。
一人目は史上最高にして最悪の科学者、フォン・ノイマン。
そしてもう一人の数学者がわたしの息子、ニコライです。息子もまた天才でした。肉親のひいき目を抜きにしても。

1. Nigredo -黒化-

二度目の大戦が終わってから10年もたっていないころ。
あのころ、すべてのソビエトの人々が理想に燃えていました。未来に希望を持っていた。
だけどわたしはそう見えなかった。誰にも言わなかったけれど。
あのころのソビエトの生活はすべてが均質でした。
整然と並ぶまったく同じ形の建物群の一画に、同じ形のアパートが並んでいて、同じ間取りの部屋にどの家庭もくらしていました。
子どもたちは同じサイズの、灰色の制服に身を包み、毎朝同じ時間に目覚め、同じ時刻に学校に飲み込まれていく。
どの学校にも、国語教室にはドストエフスキー、トルストイ、プーシキンの肖像画壁にかけられ、
どの教員室にも同士レーニン、スターリン、ジダーノフの肖像がかけられ、その下に彼らの教育についての言葉が添えられていました。
モスクワからハバロフスクまで国中同じカリキュラムが反復され、
成績でさえ、ほとんど同じにつけられました。どんなに不得手でも、またどんなに秀でていても。
コーリャの成績を見たとき、まちがいなくコーリャはクラスで群を抜いて算術が得意でした。
1を聞いて100を理解し、学校のカリキュラムの先の先まで学んでいました。
それならばと私自身が進んだ内容を教えてあげました。
わたしだって大学では応用物理を修めた身ですから、多少は覚えがあるつもりでした。
「辺の長さが3、4、5センチの三角形を描いてみな」
コーリャはコンパスを寝かせ、慎重につるりと紙の上を滑らせます。
「ほら、ここ角、直角になるの」
コーリャは目を見開いて驚きました。横に同じ三角形を書いてはどうしてだろう、どうしてだろうと理由を知りたがっています。
ふふふ、種明かししてあげよう。
「同じ三角形を4つ…」
「あっ!あー」
言い終わるより早くコーリャはペンを掴むと直角三角形を4つ、大きな正方形から小さな正方形をくりぬいたようなかたちに並べた絵を描きました。
「これ!」
図の下には計算式が書かれています。大意を言葉にするなら、直角三角形4つ分の面積は、直角三角形の斜辺がなす正方形の面積から他の2辺の差が成す正方形の面積を引いたものと等しい。この事実からピタゴラスの定理が導かれることを、コーリャはわずかな手がかりから導いたのでした。面積の考え方を教えたのはつい一昨日だというのに。
ピタゴラスの定理の証明は、それだけで分厚い本が作れるほど数多の方法があありますが、数ある証明の中でもわたしはこの四つの直角三角形を並べる方法が気に入っています。この証明には美しい対称性が宿っている。異なる方向に組み合った4つの三角形。これらを組み合わせてできる図形の全体は、90度回転するとちょうどまた同じ形に戻ってきます。この対称性にこそ、数の調和の美しさの端的な現れのように感じるのです。コーリャにも、数字の調和の美しさを感じてくれるといいな。なんて、思いを日記にしたためてその日は眠りにつきました。
翌日、コーリャは学校から帰るなり「これ!みてみて!」とわたしにノートを見せてきました。
いつになく得意気に息を巻いています。

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「なーにこれ?」
いっぱしにxだのyだのを使うのはいいとして、しかしこれ国語のノートでは。
「整数比なの」
「そうだね。なんの比だろう?」
「三辺の比なの。直角三角形」
「ああなるほど」
x=2,y=1を代入すれば昨日教えた3:4:5が出てきます。
「直角三角形の三辺が整数比のときの三辺の関係なんだね」
xとyに適当に整数を代入すれば、整数比になる直角三角形の三辺の比を無限に作れるというわけです。
ノートのページをめくるとたくさんの直角三角形が描かれていました。
どうやら昨日知ったことがおもしろくて、いろいろな直角三角形でピタゴラスの定理をためしていたようです。
そうして探しているうちに整数比の法則性を見つけたのでしょう。
「すごいすごい。将来は数学者だ」
わたしはコーリャの頭をいっぱいなでてやりました。
コーリャはエヘッと満足な顔していました。
わたしもなんだかいい気になってきました。もっと難しいことを考えさせてやろう、と。
「じゃあこれはどうかな」
そう言ってノートをめくり、新しいページに式を書き出します。

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「これがピタゴラスの定理ね。コーリャの式で整数のx,y,zの組み合わせがたくさん作れるね」

コーリャはうんうんと首をたてにふっている。わたしはつづいて下にもう一つの式を書きました。

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「nは整数ね。n=2のときはピタゴラスの定理」
「ん!」
「じゃあnが2より大きい場合はどう?」
「3、とか4とか?」
「そうそう。もっとおおきくても。100とか1000とかも。なんでも。整数のx,y,zの組み合わせはみつけられるかな?」
「ぅー」
最後の方はもう聞こえてないようでした。コーリャはう考え込んでいます。
ちょっといじわるが過ぎたかもしれません。この問いは300年以上挑戦者を拒み続ける難攻不落の最終定理。
だけれども。この難問だって、コーリャならいつかひょっとしたら…なんてことをわたしは思わずにはいられませんでした。

モスクワで子ども向けの数学コンペが行われることを知ったとき、
即座にコーリャのことを思い期待がふくらみました。
これは教えたらきっと興味を持つかもしれないぞ、と。
数学好きとはいえ、家の外ではわたしの影にかたくなに隠れてはなれないような内向的な子でしたから、何かしら家の外に意識が向かうようなきっかけになればと思ったのです。
もしかしたら、ひょっとしたら…。
まさか「いきたいいきたい! いい?」と食いついてくるとは、ちょっと予想外でした。
ふだんから口数の少ない子が、こんなに感情を出すのが貴重な事態なのです。
もはやコーリャには学校の授業や、わたしが教えてる内容にすら満足できないのでした。
それであればなんとか連れて行ってあげようと、数学コンペに連れて行ってやろうということにしたのです。
数学コンペを主催していたのはソビエトの大数学者コルモゴロフ。
分野違いとはいえ、その名前は私も耳にしたことはあります。
50代になった彼は後進の教育に努めようと考え、このような初等教育から高等教育を受ける学生向けに催しを行っているのでした。
7月11日午前10時。数学コンペが開始。
観覧のわたしにも問題は配られました。
出された問題は3問。 1問目は整数論、2問目は幾何学と確率にまたがる問題、3問目は微積分にかんする問題です。
1,2にくらべて3は明らかに難問。→なのでこれは後回し。問い1と2から検討。
あたえられた情報を整理します。
そもそもこのような数学の腕ききが集まる場で出される問題ですから、当然、難しい。
だからといって解けるべくして作られた問題であることには変わりません。
であれば「難しい」という事実そのものが解への手がかりになります。
たとえば第2問。問題文中に「存在することを示せ」とありますが、これは条件を満たすような具体的な解を求める必要は十中八九ありません。
条件を満たす解が何かしら存在することを示せばいい。つまり、中間値の定理か平均値の定理を使って示しなさいというヒントが隠されている。
解くことができてかつ難しい問いではならないとなると、それなりのバイアスがかかることは避けられません。
しかしこのようなメタな発想は経験のある大人だから実感できること。同じような思考の筋道をたどるのはそれこそ困難でしょう。
だからこそ子どもたちの素の数学的センスが問われることになります。
問題用紙から顔をあげて子どもたちをみわたしました。問2の解放に気づいている子もちらほらいるようです。さすが集英が集められた数学コンペ。
コーリャはどうだろうと目をやると。コーリャは。 ペンも持たず 。背中をゆすり、問3の書かれたページを開きながら、ズボンをさすり。かと思えば虚ろに天井を見つめているのでした。 瞬きもせず。コーリャは問3から解き始めたのです。
背中に悪寒を感じました。 この集中力。家でだった見たことがない。
3問目を私も解いてみました。 一見すると微分積分の問題。
さっそく解き始めてみます。最初の方針は実にオーソドックス。
難しい印象を持たれがちな微分積分ですが、高等教育レベルであれば大概はパターンに当てはめて
計算することができます。インテグラル、微小量、置き換え、近似、はさみうちの原理。計算を進めるとその実違うことがわかりました。この問題は整数論であることがわかりました。ここまでは一本道。まずはここまでいかに素早くこれるか。
しかしどうやらこの問いはこの先が迷宮のようです。
変数の数が多い。こう変数が多いと解の範囲のしぼりこみが難しい。つまり整数問題の有力な常套手段が使いものにならない。
では場合分けはどうだろう、と切り替えました。これなら解けるだろうか。しかし数え上げるとすぐにわかる。場合分けが34通りも必要。地道にひとつひとつ潰していくしかないのか。もっと別の方法は…
ここでわたしは行き詰まってしまいました。
コーリャはどうだろう。コーリャにもこの問題は難しいに違いありません。
なのにどうしてこの問から解き始めたのだろう。
親の身でありながら、息子の内面を正確には把握できないことが多々あります。
それでもあの子が考えているもの、あの子の眼差しに世界はどう写っているのかと必死で考える。
それが私にとっていつも首をもたげる「難問」でした。
突然、コーリャがペンを取り回答を書き出しました。
迷いなく、迂回なく。戻らず。書き直すこともなく、ただまっすぐに。
答えを書き終わるとすぐに問題用紙をめくって別の問題に取り掛かり始めました。
わたしのいる場所からその内容までは確認はできません。しかしはっきりわかることは。
コーリャのその回答は、わずか20行にも満たなかったのです。
2時間半の制限時間が終わり、 主催者のコルモゴロフ先生の合図とともに解答用紙が回収されていきます。
極限の頭脳労働で突っ伏す子どもや、解放の安堵で笑みをこぼす子どもたち。そんな中
コーリャはすぐに駆け寄ってきて、わたしの腰に抱きついたのでした。
数学から離れれば、この子はただの甘えん坊でした。
採点が終わり、はじまる結果発表。結果、コーリャは満点で首位を取りました。
わたしは叫び声を上げ、すごいすごいとコーリャの頬をつかんでぐりぐりと回しました。
コンペの後、主催者のコルモゴルフさんが声をかけてくださり、少しばかり話すことができました。
コルモゴロフ先生はソビエトを代表する数学者。専門違いのわたしですら、その名前は聞いたことがありました。
50代に入ってからは後進の教育にも積極的に進め始めたと。数学コンペの開催や私塾もその一環だそうです。
「神与のひらめきこそ」と、彼は言いました。
神与のひらめきに恵まれた子どもこそ大切に教育すべきだと。
「数学は論理をたどっていって答えを出すものと思われがちです」
「違うのですか?」
わたしは気になりました。一流の数学者には異なる考えがあるようです。
「神与のひらめきに恵まれた者は、論理から出発はしません。
 調和を感じるのです。数の調和を。
 証明とは言ってみれば調和を論理に翻訳する作業ですな」
「…コーリャは見えてるのですか?」
「まちがいなく」
先生は不意に提言してきました。
「どうでしょう、わたしの数学教室に参加されるのは。息子さんはその資格を十分に持っています」
先生はコーリャをたいそう気に入っていったようです。
「ありがとうございます。でも、ニコライがどう思うか…」
コーリャはわたしの後ろにぎゅっと隠れコルモゴロフ先生をチラリとうかがっていました。
彼はは腰をかがめ、コーリャと同じ目線に並んで言いました。
「コーリャ、約束するよ。至福の時間を」
そして小指を差し出したのです。
コーリャはびくりと警戒しました。
しかしやがてゆっくりと、両手でその指をやさしく包むように掴んだのです。
ああコーリャが今、わたし以外の人に心を開こうとしている。
そう思うと、不意に胸にこみ上げてきた熱いものがわたしの視界を滲ませるのでした。

今になってふりかえると、運命の変換点などなかったように思います。一見してそう見えたとしても、それはずっとずっと前から準備され、起こるべくして起こっている。
コーリャがコルモゴロフ先生の私塾に通うようになったとき、
そのときは大きな運命の変わり目のように感じられましたが、
今ではそれが必然であったように感じられるのです。
その日、見渡すかぎりの雪の中、コーリャは懸命に先生のあとを追いかけました。
定例メニューの、定刻の散歩。先生と、体格のいい何人かの生徒はどんどん森のなかを進み、
内気な子たちがその足跡を追っていくのでした。
モスクワからはるか150マイルはなれた別荘で、先生の私塾は行われたのです。
開催は各月で行われ、数日にわたり様々な活動を行います。散歩もそのうちの一つでした。
一流の数学者になりたくば、音楽や芸術、文学にも精通するべきだし、体も丈夫でなくてはならない-それが先生の考えでした。
コーリャがはじめて私塾に参加したとき、それはもう騙されたと言いいたげに拗ねていました。
これはすぐに辞めてしまいそうだと危惧しました。
しかし、コーリャはそれでも通い続けました。
それはきっともったいないからからとか、一度始めたのだからすぐに辞めたくはないとか。そういった感情ではなく、
コーリャなりに、慣れないながらも実りある体験であったからだと思います。
もともと自分の中へ中へと潜っていくような質の子でしたから、きっと自分の心の部屋に家具を揃えていくような…
たぶんコーリャにとってそういう場所だったんじゃないかと思います。
先生が子どもたちに最近の
曰く名辞(ロゴス)によって物理現象に干渉することができる。
曰くオートマトンは印字された名辞(ロゴス)を論理(ロジック)に基づいて計算し、忠実に命令を実行し現象を上書きする。
わたしはコーリャを送り届けたのち、名残惜しくもモスクワに戻りました。
次にコーリャに会うのは4日後の迎えに行くとき。
帰りの電車の中、一時の別れがたまらなく寂しく、また嬉しく…
夜、モスクワについてからもそのことばかり考え続けていました。
家の外ではいつもわたしの後ろに隠れていた我が子が、人々の中でちいさな社会の中で生きようと歩みだしている。
ふと、北東の夜空に流れ星が見えました。
鮮烈な光の尾を曳きずるそれは、消えることなくみるみる大きくなっていきました。
ああ、なんてきれいなんだろう。
流れ星よ。お願いです。
葦のようにか弱いあの子をどうかお守りください…
次の瞬間、
モスクワの街を光がみたしました。
音もなくきえる人、建物。
赤黒く、立ち昇る灼熱のきのこ雲。
1956年11月のその日、モスクワに核弾頭が投下されました。
アメリカの手によって落とされたそれによってソビエトの首都は刹那に蒸発し、わたしを含む多くの人が地上から消えたのです。

2.  Albedo -白化-

いつからだろうか、気がつくとわたしは薄暗い部屋にいました。
杢目のタイル。扉が一つ。小さな窓が一つ。 暖かい風とともに、蒲公英の綿毛が暗い部屋の中に吹き込んできます。
透き通ったカーテンのむこうに、大きな大きな風車がありました。窓辺に立って下をみやると広場があり、人々の往来で賑わっていました。
ぼんやり眺めていると、不思議なことに気がつきました。風がやんだのに風車はその羽を回転させつづけています。
部屋にあるただひとつの扉は開くことはなく、わたしはこの部屋から出ることはできません。
何故だかわからないが、とにかくそういうものなのでしょう。
ときどき、扉の隙間から事務仕事の指示が書かれた紙が差し込まれてきます。誰からのものかはおおよそ冊子が付きます。コーリャ。
兎に角わたしは事務処理を行い、結果を紙に書き出し、扉の隙間から外に出す。それがわたしの役割だから。
誰に教わったわけでもないけれど、わたしはそれを知っている。もうずっとずっと繰り返してきた。そしてこれからも。
突然、ガチャリと音がして、部屋に女性が入ってきました。
長身、ゆるくウェーブした髪にニットのワンピース。
「あなたが噂の新入りね」
サラ・バーネット。そう女性は名のりました。
– あなたは誰? –
「協同体<ファランジュ>の構成員のひとり。ここはファランジュの…まあ宿舎の中の一部屋ってところ。知ってたかしら」
– いえ…それを伝えに? –
「興味があるの。あなたも知りたくない? ニコライのこと」
コーリャ。あの日以来どうしているのだろう。
「あんたが死んだのを知ったらね、黙り込んじゃってね。全然動かなかったんだって」
飄々と、サラ・バーネットは語り始めました。

コーリャがコルモゴロフ先生からわたしの死について聞かされたとき、それから丸二日眠ることなく数学の問題を計算し、三日目の朝からまる一日眠り続け、それから目覚めると丸一日泣き伏したという。
あの日、あのとき誰がモスクワに核を落としたのか。アメリカ、合衆国大統領、アイゼンハワーをおいて他にません。
– アイゼンハワーにまともな良識があれば歴史は変わったんでしょうか… –
「アメリカが核使用を決断にはいくつかの要因があるって言われてるよ」
バーネットが言う所によると、スターリンの死後アンドレイ・ジダーノフがその後継者となったのがひとつの大きな契機だとされているとのこです。
ジダーノフはスターリン体制の中でも対米強行路線の代表でした。彼の指導のもと作られたゴーレム部隊は、西側から無人の殺人部隊として恐れられ、 党内からは戦場から人間を解放するものとして歓迎されました。これによりジダーノフはスターリンの後継者の頭角を表していき、スターリンの死後にとうとう書記長に就任。以来ますます対米強行路線を進めていきました。
「核兵器とゴーレム部隊を携えた強行路線だったからね。ホワイトハウスが勇み足になったのも無理ないね」
しかし、決定打となったのは別にある、とバーネットは言います。
– それは何?-
「『計算』だよ。理路整然とした論理に、合理性に人は良識を捨てて服従する」
– どういうこと –
「フォン・ノイマン。奴がアイゼンハワーをそそのかしたんだ。ソビエトに核兵器を落とすのがもっとも合理的な選択だ、ってね」

稀代の大天才。悪魔と呼ばれた男。フォン・ノイマン。
代数学、計算機科学、量子力学、経済学から錬金術に至るまで幅広い分野で多大な成果を残したノイマンはしかし、今では史上最も悪名高い科学者と言われています。兵器とともに彼はその科学者としての人生を歩んできた。1943年以来マンハッタン計画に関わり、1954年はアメリカ原子力委員会の主要メンバーになるってからは政府高官にも高い発言力を持つようになる。彼は一貫してソビエトへの先制核攻撃を主張し続けました。論拠としていたのはゲーム理論。核をめぐる米ソの外交戦略を二人ゼロ和ゲームとしてとらえ、核戦略の均衡点を計算。そこからアメリカは直ちにソビエトに先制核攻撃すべしとの結論を導き出したのです。
1956年11月。とうとうアイゼンハワー大統領はノイマンの進言をのみこみ、ソビエトへの先制核攻撃を決断。
ノイマンが核実験の被爆が原因で亡くなる、わずか3ヶ月前のことでした。
首都機能を失ったソビエトは1年と待たず崩壊。アメリカへは国際社会から非難が集中しました。
アイゼンハワーは二期目の大統領選への出馬を取りやめ、以来二度と政治の表舞台に出ることはありませんでした。
2度目の大戦から11年。世界史の潮目はふたたび大きく変わったのです。
– コーリャはどうしたの –
「アメリカはソビエトの難民を大量に受け入れた。 コルモゴロフとニコライも難民としてアメリカに来たそうよ」
アメリカに来たものの、もはや数学者の居場所はなかったそうです。
というのも、核攻撃によって科学への不信感がひろまっていたから。
二度とこのような悲劇を繰り返してはならない。そういった反省の情念は、やがて科学批判へと形を変えました。60年代に入ると科学研究費は大幅に削減され数多の研究者が職を失ったと。
– そしてコーリャはここにたどり着いた –
「<ファランジュ>。この国で先端科学をやろうとしたら必然的にここにくることになる」
社会主義の理想がありました。しかし核によって道半ばに消えてしまった。
科学が導く未来がありました。それも今潰えようとしています。
時代に取り残され、疎外され、くすぶる人々の思いが19世紀に廃れた協同体をもう一度復活させました。
<ファランジュ>
空想的社会主義に基づいてつくられた農業生活共同体。
自然だけでなく人間の精神や社会を含めた宇宙全体を数理モデルにまとめあげようという標榜のもと、
世間の反科学な風潮に対抗してつくられた協同体。
社会主義への理想と科学への理想をもとめる人たちの寄り集まったゲイテッドコミュニティ。
農業と科学研究の協同体<ファランジュ>。サラ・バーネットはその構成員。そしてどうやら、わたしも。

コルモゴロフ先生はコーリャのために、国中から科学研究ができる場所を探し、<ファランジュ>にたどりつきました。
ファランジュの風車は5マイル手前からでも見えるほど巨大だったと、そのときの日記に記されています。

コルモゴロフ先生はその風車は風もなく回っている事に気づきました。

「もしかして風でなく名辞(ロゴス)によって回転させているのかな」とファランジュの男に尋ねたると
そのとおりです、と男は答えました。

「コーリャはここでノイマンの研究をしたんだ。アメリカでは入手困難だったノイマンの研究成果をファランジュ内では簡単に閲覧することができるからね」
– ちょっとまって。ノイマンの研究は祖国に核を落とした元凶でしょう。 –
「ですね」
– どうしてそんな研究を。憎むべき対象じゃ? –
「わからないよ。コーリャはそもそも憎んでいなかったのかも」
– あの子は何も感ないわけじゃない! 感情を表現するのが苦手なだけで… –
「推測だけど、憎むからこそ知ろうとしたのかも。知ることで受け入れようとした」
– わからない。あの子はそんなにつよい子じゃなかった –
「まあ兎に角、その研究の結果存在できている。わたしや、あなたが」
– わたし? –
そうだ。どうして私はここにいるの。何故今まで考えがおよばなかったんだろう。
混乱する思考にバーネットの言葉が割り込んでくる。
「ノイマンの研究成果を吸収していったコーリャは、ノイマンの計算機科学と錬金術の研究が同じ目的のもとでなされているのに気づいた。
核兵器開発による被爆で指揮を悟ったノイマンは、自分自身の知性の複製をつくろうとした。
ノイマンが最後に残した未完の研究。名辞(ロゴス)に基いて人の思考をシミュレートする万能の計算機、人工生命オートマトン」
ノイマンは近代錬金術を完成させました。
曰く、名辞(ロゴス)は単なる人によって切り取られた世界の断片にはられたラベルではない。
曰く、名辞(ロゴス)は人に先立って存在し、論理に基づいて現象を支配する。
物理の法則と名辞(ロゴス)の法則による二重支配。これがノイマンが精緻な論理にまで完成させた世界像でした。
名辞(ロゴス)が現象を支配すればこそ、「eneth(真実)」の名辞が土塊をゴーレムに変えるというわけです。
コーリャはノイマンの研究を引き継ぎオートマトンを完成させました。
そして名辞(ロゴス)が現象を映し出すならば、わたしを書き取ったテクストからわたしを再現することも可能であるとも考えました。
モスクワの瓦礫から奇跡的に焼け残ったわたしの日記、わたしの記録をひたすらオートマトンに入力。
計算機の中でひとつの人格がエミュレートされ、かくしてわたしはオートマトンの中で、この薄暗い部屋の中でふたたび生を受けたのでした。

「ニコライが研究をはじめて15年。ファランジュの労働用構成員の4割はオートマトンになってる。わたしもその一人。そしてあなたも」
– ありがとう、おかげで自分が死んでからのことがようやく理解できた –
「まあわたしが知ってるのはここまでね」
– ひとつ聞きたいのだけれど、どうしてあなたは部屋に入ってこれたの? –
「オートマトン間相互通信プロトコルのおかげ。これでやっと他のオートマトンと会話することができるようになった。新技術さまさまですよ。いままではインプット/アウトプット(聞かれたことにしか答えられない)だったから」
窓のカーテンが風にゆられて広がる。
「今度はわたしから聞きたいんだけど」
– はい –
「ファランジュには『複合婚精度』があるの。これは<ファランジュ>が人の情念を抑圧するのではなく開放することが生産効率の観点で合理的と考えるから。でもコーリャは誰とも交わらなかった」
– それは、ただ研究熱心だったんでしょう –
「かもしれない。だけどあるいは、オートマトンがコーリャにとっては性の代替だったのかも」
– 憶測でしょ? –
「そうも言えないんじゃない? 現にこうして存在している。わたしや、あなたが」
– コーリャは人形性愛(アガルマトフィリア)だとでも? –
「いいえ。たぶんもっと別の何か。わたしが粉かけてもまるで無関心」
– あなたが? –
「何もなかったわよ。残念ながら。わたしはこのコミュニティの性の解放のために作られたオートマトン。それなのに。それでいてあなたを作ることに異常に執着してた」
風はいつの間にか止んでいた。
「ねえ、あなた本当はニコライの何なの?」
– あなたにおしえる気はない –
次の瞬間、気が付くとバーネットは部屋からいなくなり、
窓の向こうの風車だけが、いつまでも回っていました。

3.  Rubedo -赤化-

オートマトン。
入力を処理し出力を返す計算機。
わたしは現代錬金術によって復活した物言わぬゴーレム。
わたされたタスクをひたすら処理する計算機。

1965年。ファランジュの内情が外に公開されました。
さまざまな賞賛、批判の声が上がりましたが、こと科学研究に関しては全面的な賛辞でもって迎えられました。
外から見ればあくまで計算機。その中に人格が息づいているなど知る由もないし、だから倫理的に問題にされることもなかった。
いくつもの季節が過ぎていき、そのたびにオートマトン研究者が増えました。
特にハードウェア面での進歩は大きかったです。
珪砂の精製技術が格段に上がったし、それによってより複雑な処理が行えるようになりました。
ハードウェアの計算能力は18ヶ月毎に倍々で向上していきました。
ハードウェアの向上とともに、コーリャはますますオートマトンの研究に専念していきました。

戸を叩く音がして振り向くと、部屋の入り口にバーネットが立っていました。
「面白いものが見れるぞ」
– 帰って –
「あなたも見たくない? ニコライが何をしようとしているのか」
思わずバーネットの顔を見ると、彼女はニヤリと笑っていました。
バーネットに連れられて部屋の外に出る。正確にはバーネットを介して入ってくる情報によって部屋の外のイメージが構成されているわけだけれど。
わたしたちは大会議室に来ました。正面の壁を緞帳が覆っている。馬蹄型に机が並べられ、その光景はオペラ座を思わせます。
そしてそこには。悪魔と呼ばれた男、数百人のフォン・ノイマンがいました。彼らは隣りにいる自分とときどき会話をしながら暗算を行い、その答えをまた別の自分に話していました。
– 何の冗談なの、これは –
「あんたと同じだよ。ノイマンの手記から人格をエミュレートしたんでしょ」
– ということは、オートマトンの計算速度がついにノイマンに匹敵する水準になったということ? –
「でしょうね。それで量産にとりかかった」
ノイマンシリーズ。フォン・ノイマンの水準の計算処理能力を持つ256体のオートマトン。
その中で実際にノイマンの人格がエミュレートされていることを誰が知るでしょう。
「相互通信プロトコルでノイマン同士を互いに対話させる。与えたタスクを256人のノイマンが計算する。これがニコライが考えたスーパー計算機のようね」
– コーリャはいったい何をする気なの? –
「物理と名辞(ロゴス)の統一理論を完成させる、とノイマンたちは言っていた」
– それがノイマンたちに与えたタスク… –
「あなたはどう思う? コーリャの考え」
– 統一理論は科学者の誰もが目指す夢、かもしれない –
社会の営みを形式化してコミュニティを設計し、人間の思考を形式化してオートマトンを作る。
人は普遍的に形式化、体系化への欲求を抱えてるように思う。
バーネットの言葉が思考をよぎった。コーリャにとって、わたしは、オリジナルではないオートマトンのわたしとは何?
どうしてわたしをエミュレートすることにこんなにこだわったの?
最愛の親だから? であればこそただの無機質な形式化じゃない、きっとリアルな生を感じていた。
冷たい無機質なオートマトンに、逆に生々しい肉感性を感じていたのでは。
眼前には、256人のノイマンたちがフル稼働で共同研究を行っていました。
彼らが答えを出したとき、コーリャは次に何を望むのでしょう。

計算が走り始めてから14ヶ月が過ぎたとき、ノイマンたちが結果を出しました。
「オペラ座」の緞帳が開くと、そこにはスクリーンがあり、コーリャが映されていました。
ノイマンたちからコーリャに結果が伝えられます。 答えは、否定的なものでした。
二つの理論体系を統合しようとすると必ず矛盾が入り込む。完全な公理系は決して完成しない。

コーリャの統一理論への挑戦は敗北に伏しました。

コーリャが、わたしの名を呼びました。
わたしは必死に話しかけようとするが、その言葉は届くことはありません。
言葉を漏らすように、わたしに語りかけてきました。
「姉さん…」
ああ。知っていたんだ。
「どういうこと?姉さんって。あんた母親じゃないの?」
バーネットが横で戸惑っている。
– 何も間違っていない。間違っていないの –
母であって姉。コーリャはわたしの息子であり弟。それがわたし。
大戦末期の忌まわしい記憶。父のことを思い出すと反吐が出そうになる。
戦場から帰還した父は、もともと横暴な男だった。コーリャが生まれて間もないころ、泥酔させてから冬の屋外に放り出した。
翌朝にはコチコチになっていたので土に埋めた。
コーリャに話したことはなかった。日記にすらほのめかすにとどめていた。
しかしコーリャはわたしの日記から論理をたどり、整合性のつく事実にたどりついたんだ。

つづけてコーリャは問いました。
「名辞(ロゴス)の法則がなければ、公理系は作れるだろうか」
これはわたしに与えられたインプットだ。コーリャから与えられたタスクだ。
だけれど、わたしの計算スペックには手にあまる。
「どうしたの。目の前にあいつらがいるでしょう」
バーネットが促した。
– そうね… –
ノイマンシリーズ。 正直抵抗はあった。わたしを間接的に殺した奴らと言っても間違いじゃないから。
頭を振って意を決める。今のわたしにできることは、限られている。
わたしはノイマンたちに問いかけた。
是、とノイマンシリーズは答えた。錬金術の論理が成り立たない世界であれば公理系が作れると。
わたしはその答えをコーリャに伝えた。
「であれば、ゼノ・オートマトンの設計してほしい」
ゼノ・オートマトン。加速万能計算機とも呼ばれる。ひとつのステップをひとつ前のステップの半分の時間で処理する計算機。例えば、最初のステップを1分で行ったなら、次のステップを30秒で行い、その次のステップを15秒で行い…これを無限に行うと、無限の計算処理を2分で行える。亀と競争するアキレウスのエピソードで知られるゼノンのパラドックスにちなんでゼノ・オートマトンと呼称されている。
– そんなものが作れるのか? –
ふたたびノイマンたちに問うた。
作れる。この矛盾を抱えた世界なら。ノイマンシリーズはそう結論づけた。
ゼノ・オートマトンは概念上の計算機と考えられてきた。しかし現実世界での実装に可能性が無いわけではない。実現には一般相対性理論に基づいた特殊な時空を用意する必要がある。ゆっくりと回転するカー・ブラックホールには二つの事象の地平面があり、内側の事象の地平面に漸近するにつれ、時間は際限なく遅延していく。事象の地平面に落ちながらなら、凍りつく時間の中で無限の計算を行えるだろう。
名辞によって物理現象を書き換え、書き換えられた物理現象が今度は名辞を書き換えるような循環装置をつくる。これによって時空を際限なく歪曲させられる。人工ブラックホールの出来上がりだ。
はっと気づいた。世界の法則が公理系で表現できるなら、世界それ自体が数学的なシミュレーションで作りあげられるということだ
人工ブラックホールは、おそらくは一瞬で蒸発してしてしまうでしょう。だけどそれで構わない。
一瞬でいい。その一瞬で宇宙のすべてをシミュレートできる。

コーリャは今、デミウルゴス(創造主)になろうとしている。

4. Ars Magna

今になってふりかえると、運命の変換点などなかったように思います。一見してそう見えたとしても、それはずっとずっと前から準備され、起こるべくして起こっている。
コーリャがコルモゴロフ先生の私塾に通うようになったとき、そのときは大きな運命の変わり目のように感じられましたが、今ではそれが必然であったように感じられるのです。

ファランステールの一画の一つの部屋。イメージではない、実在の部屋。
部屋の四つ角に硅砂を練りこまれた柱。中心には黒い球形のオートマトンが鎮座していて、
ヘブライ文字が32面体状に微細に何重にも印字されています。
「ソビエトに核が落ちない世界をシミュレートせよ」
これが、わたしに与えられた最後のタスクでした。
コーリャはどこからやり直せばよかったのか考え続けてきたのでしょう。そしてその答えは世界そのものを作りあげること。
完璧に形式でうめつくそうとする欲望はオートマトンでも飽きたらなかった。
深い欲望を抱えながら、それを脇において無垢な夢を見続ける。もう一つの世界に自分自身が行けるわけではないというのに、いや、だからこそ。
わたしを求めながらわたしを恐れ、自らの飢えを満たそうとしながら同時に自らの欲望を恐れ、自分自身がいない世界を夢想する。
なんて愚かな子。
ゼノ・オートマトンを起動させる。ヴゥゥンと響き、柱がきしみ実験室の中心が歪みはじめる。
名辞(ロゴス)が空間の歪みを加速させていく。
立ち上がるのは言葉(ロゴス)の法則が成り立たない世界。ソビエトに核が落ちなかった世界。
それはどんな世界だろう。きっと米ソの対立はますます深まっていくんだろう。技術競争が活発になって、もしかしたら人間が宇宙に行けるようになるかもしれない。あるいは、オートマトンに変わるような技術が生まれるかも。

 

わたしは入力を処理し出力を返す計算機。
無口なゴーレム。
いったい何をコーリャにしてやれるというのでしょう。

 

わたしはここに企てをすることにした。ほんのすこし、名辞に手を加えたのです。
シミュレーションされる世界にささやかな爪痕を残そう。
たちあがる世界のいつか、どこかにわたしの息子、わたしの弟、コーリャ、ニコライ・スタルノフのことを書き記そう。
これがどのような形であなたの世界に顕現するかはわからない。
でも、できるなら知って欲しい。
ちっぽけな人間が抱き続けた願いが、あなたの世界には織り込まれている。

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