痕跡のテロリスト

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梗 概

痕跡のテロリスト

出勤中に交通事故現場に出くわした飯島は、その場で鑑識の澤田に連絡を入れた。澤田は鑑識と科捜研合同の技術開発特別班、通称「B特」の技官だ。今まさに心肺停止状態のドライバーが病院へ搬送されようとしていた。澤田の欲しがっている〈新鮮な〉サンプルが採取できそうだった。

死人の脳から捜査の手がかりを収集するという、警察の科学捜査史上、最も悪趣味と評判の「記憶痕跡細胞鑑定」が試験運用されてまだ二年、正式な運用にこぎつけるにはサンプル数と実績が足りなかった。

公安部外事第三課の理事官飯島は、この新技術に大きな期待をしている一人だったが、警察内ではいまだに脳の「記憶痕跡細胞」を捜査の手がかりとして使用することに対して嫌悪感を示す者も多かった。死者の人権とか、家族への配慮とか、様々な理由が挙げられたが、要は死人の脳が証拠では「気色悪い」ということだ。

病院に駆けつけた澤田はドライバーの妻から脳細胞の採取への同意をもらう代わりに、できる限りの事故原因の究明を約束した。日本語のあまり通じない妻に繰り返し説明をしてしかるべき手続きを終え、B特の主要メンバーである脳外科医の海野の執刀で海馬と扁桃体を摘出した。

ドライバーの海馬と扁桃体のどこかに強烈な経験であるはずの事故の記憶が痕跡として残っているはずだった。生命の危機に瀕した時に、活動中の脳内の神経細胞集団にだけ特殊な物質がごく少量出ることがわかっていた。つまりその物質が残っている神経細胞集団がその死体が最後に見たものを保持しているということだ。この神経細胞集団を疑似脳内環境の人工ニューロンにコピーして、その死体が生前最後に記憶したものを再構築する。海野たちB特はそのシステムを開発していた。

いまのところ再構築できるのはノイズだらけの画像情報だけだったが、ドライバーの最後の画像記憶はあきらかに運転中のものではなかった。「中東系らしき、外国人と思われる男たち」「ライフルと思われる複数の銃器」「注射器」などが記憶情報として残っていた。ドライバーはすでに死体かもしくは死体に近い状態で運転席に座らされていた可能性が高かった。

日本のどこかでテロ行為が起きることを確信した飯島は、男たちと銃器を追う。しかし男たちも銃器も実体ではないのだ。手がかりは死者の記憶だけだ。

飯島らは様々な条件から、広島のフラワーフェスティバルがターゲットではないかと考えはじめるが、確信が得られない。

一方、海野らは画像の精度をあげるために、記憶痕跡細胞を育てる疑似脳内環境の条件を変えながら不眠不休で作業を進める。死者の脳内にだけ記憶されていた犯人たちの顔が徐々にはっきりと浮き上がりはじめ、ついに広島駅の一台の防犯カメラの顔認証システムからアラートが発せられる。

この機を逃さず追跡する飯島たちにより、車で移動していた別働隊のテロ要員や銃器、爆薬が発見され、テロは未然に防がれる。

文字数:1195

内容に関するアピール

テーマは「死人に口なし、だと思うなよ」です。

記憶の一つ一つは、特定の神経細胞集団にしまわれていて、それが活性化することで思い出すことができるというのは、既にマウスの実験で証明されています。

ならば、人が最後の瞬間を迎えるときに活性化していた脳の部分が抽出できるとしたら、そこから死者の最後の記憶を再構築できるのではないかと考えました。

この技術がなければ、単に交通事故で死んだ人でしかなかったドライバーが、実は不審な死を迎えていた可能性があることがわかり、そこから、死者の記憶にしか存在していないテロリストたちを警視庁の飯島たちは追い始めます。

 

大森さんが前回おっしゃっていた「一般の人が読むSFが不足している」ということを意識して話を考えてみましたが、梗概は設定を説明するだけで字数が尽きました。実作化するときはB特のメンバーや飯島たちの迷いや苦悩など、ドラマを加えていきたいと思います。

文字数:392

課題提出者一覧