選生ナイトメア

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梗 概

選生ナイトメア

これ以上ないってほど、やりがいのある人生

二十四世紀では、人生をゲームのように競う《ライフ・ダイビング》が流行っていた。スコアは、キャストの難易度、主観的な幸福度と客観的な社会貢献度の総合によって判定される。その中でも称賛を集めていたのは、最高難度である《ナイトメア》を攻略する《ダイバー》だ。主人公のアシロ・ヨミノは暫定世界二位のダイバー。世界一位のライバルを追い抜くため、シーズン最後のダイブで大きく勝負をしようとしていた。選択したのはナイトメアランクのキャスト、オプションはゲーム外との通信を可能にする《シュノーケル》。

ダイブ直後、アシロの脳裏にキャストである来世夢魔(くるせむま)の記憶が流入する。生まれつき聴覚に障害を持ち、幼い頃に親に捨てられ施設で育ち、FtMの性同一性障害を理解されずにいじめられ、心を病んで自殺を試みた際に交通事故に遭って両脚を切断した17才という人物設定(スタートライン)をアシロは理解した。キャストに感情移入をしないことは、基本中の基本だ。“夢魔”は四重苦の状況に心躍らせ、優勝するための人生戦略を考える。実況がアシロを煽る。二十一世紀の日本で、彼はどのようにプレイするのか。

夢魔の突然の豹変に困惑する周囲の人々。それでも勉強やスポーツなどに精を出し始めた彼女を応援する。彼は性転換手術を受け、戸籍の性別も変更し、名前を呼ばれ慣れた阿代(あしろ)に改名した。猛勉強の末に一流大学に進学、パラリンピックへの出場を視野に入れながら、《デフォルト装具※》ビジネスの構想を練る。大学ではLGBT運動で知り合った友達や彼女もできて、予測スコアは目標値の90%超を示していた。

公私ともに順調だった彼に転機が訪れる。それまで毎日のように聞こえていた実況音声が聞こえなくなり、コーチとの通信にもノイズが混じりだしたのだ。機器の故障は稀に起こるが、ゲーム内外では時間の尺度が異なるため、一時間以上の故障状態は通常あり得ない。通信断絶から三日後、事の重大さに気付いた。疑念がよぎり、ゲームだから耐えられていた多くの苦痛が押し寄せてきた。そしてアシロは自ら書いたであろう手記を発見する。そこにはライフ・ダイビングを描いた大量のイラストと、その設定が書かれていた。阿代は、それが自分の妄想であることを思い出した。

周りの人との連絡を絶ち、大学の授業や競技大会なども休んで部屋に引きこもり、また自殺の誘惑に駆られてしまう阿代。その彼を救ったのは、心配してやってきた彼女や友人たちだった。彼から事情を聴いた彼らは、まるでライフ・ダイビングの実況をするかのように、彼のふがいないプレイを手話で煽る。阿代は気付いた。そうだ、何も問題は無いじゃないか。最初からゲームだったんだ。阿代は義足を履いて家を飛び出し、競技場のレーンに手をつき、顔を上げた。

文字数:1173

内容に関するアピール

テーマは「人生はゲームだ」です。東浩紀さんの著作『クォンタム・ファミリーズ』内に「ゲームのプレイヤーは、それがゲームであることを忘れたときにもっとも強くなれる」という記述があります。これを「人生のプレイヤーは、それが人生であることを忘れたときにもっとも強くなれる」と読み替えて、物語にしてみました。

※デフォルト装具:障害者が健常者と同等の身体機能を発揮するための様々な生体機器の総称

文字数:191

課題提出者一覧