美しい繭

選評

  1. 【法月綸太郎:1点】
     小説としての安定感は1番あったが、梗概の段階と小説の段階とで終わり方がちょっと違う印象。梗概なしで小説だけを読んだ場合に、果たして作者の目指した地点に読者がたどり着けるのかどうかが疑問だった。このテーマであれば呪術や催眠でも成り立ってしまいそうで、SFとして提示するのがベストな作品なのだろうかということにも考える余地がありそう。
     あとはもっと熱帯の空気、湿気や温度、匂いなどを背景として描写のなかに入れていくと、さらに臨場感が増すと思う。

    【都丸尚史 :2点】
     たゆたうような文章で作品世界に誘われ、異国情緒や情報の出し方もスムーズで、小説としての安定感は抜群。先が気になるところで突然終わっていて、わざと読者に結末を考えさせるような構成にしたのかと思ったが、それにしても考えるための手がかりが不足している。
     非常にもったいないと感じた。この筆力ならば完成版を書いてもらいたく、それをぜひ読みたい。

    【大森望:2点】
     小説としては文章も雰囲気も上々だが、SF的には、「いよいよここから」というところで終わってしまう印象。SF要素はコクーン・ルームだけなので、ラストはもっとふくらませて、日常から思い切って飛躍してほしい。現状だと、たんに記憶を再生するだけの装置と大差なく、結果的に、SFというより、大井三重子の童話「めもあある美術館」のような成長小説に見えてしまう。

    ※点数は講師ひとりあたり9点ないし10点(計28点)を4つの作品に割り振りました。

梗 概

美しい繭

「あなた、英語はしゃべれる?」旅行先の空港の待ち合いロビーで偶然知りあった、黒づくめの洋服のエレガントな日本人女性に誘われて、私はラオス山間部の村にある奇妙な施設で働くことになった。このような野放図な選択に身を任せたのは、私が女友だちから手酷い裏切りに遭い、二年間つきあった恋人と仕事の契約の両方を奪われて、憔悴しきっていたからだ。

施設はいかにも欧米人好みのコロニカル調の建物だ。いっけん瀟洒なホテルのようだが、内部は最新のIT技術が網羅されたモダンな造りで、認証がないと入れないコクーン・ルームと呼ばれる部屋がずらりと並んでいる。私はそこでレモネードという名を与えられ、マナオ(柑橘)という渾名の現地の少年と共に、ゲストリレーション係をすることになった。早朝に起きて働き、夜ははやくに眠る。未知の土地での、冷蔵庫のなかのレモネードのような静かで規則正しい生活が、いまの私には好ましい。ただ、この施設で何が行われているかは謎だった。産業も観光資源もない辺鄙な場所なのに、世界中から客がやって来てコクーン・ルームで〈トリートメント〉を受けて帰る。客は皆裕福そうで、言語や物腰の端々からその社会的地位の高さが窺える。俳優や小国の元大統領の姿もみかける。彼らは到着時は不機嫌な疲れた様子をしているのに、トリートメントを受けたあとは別人のように生きいきとして、内側から気力と魅力をあふれさせて帰ってゆく。

乾季の始まりに、私が敬愛するベトナム系フランス人の女性作家、シャン・メイが来館した。シャンは私に、自分の代わりにトリートメントを受け、その内容と事後の心境について話してほしいと持ちかけた。自分が施術を受けるより、他人の変化を客観的に観察したいのだという。私は承諾した。マナオと共謀し、コクーン・ルームに忍び込む。

「ああかわいい」「ああ笑ったよう」気づいたら私は、ぷくぷく太った肉質の赤ん坊になり、若い両親にひたすら愛撫されている。目にはみえないが私を護る者たちと、ほとんど性交に近い親密なコミュニケーションも交わす。光の響くのが聞こえて来そうなたくさんの星をみて、獣っ子みたいに啼きたくなる赤くて巨大な夕陽をみる。それは強烈な幸福、世界との一体感をもたらす体験だった。また私は、私を傷つけた女友だちと自分が、子どものころに一度だけ、地方都市の目抜き通りで出会っていたのをみる。そのときに彼女とその母親が、通りすがりの自分を助けてくれたことを知る。彼女の母親が持っていたプール用のビニール・バッグからは、真っ赤な口紅を塗ったシャン・メイの写真が載った雑誌がはみ出している。

それらは全て、普段は思い出せないけれど、確かに私自身の脳に記憶されていたものだった。〈トリートメント〉とは、脳に特殊な刺激を与えることで、それら顧みられることのない膨大な記憶にアクセスする行為だった。全ての記憶がスキャンされ、蚕が糸を吐き出すように、本当に必要な記憶が再生されるのだ。コクーン・ルームを出た私は、人生の不思議な符合におののきつつ、もう一度だけ彼女に会いに行こうと思うのだった。

 

 

 

文字数:1282

内容に関するアピール

グーグル・フォトを教えてもらって、試してみたら、驚くべき整合率で同じ人間が写った写真をまとめてくれた。自分も友人も、撮影時の髪型や年齢がちがっても、顔がどんなに激しくブレていても、ちゃんと識別されている。そのなかで、全く別のときに、全く別の場所で撮影した複数の写真の背景に写り込んでいる知らない男性が、同一人物としてサジェストされていてビビる。この男性と、人生のいろんなところですれ違っているのだろうか?

私たちの毎日の生活は、魅惑的な偶然の出会いに満ちていて、それは小説、もしくは曲のように構成されているとミラン・クンデラは書いています。けれど、こういう出会いの大部分に人は気付かない、とも。「小説が偶然の秘密に満ちた邂逅によって魅惑的になっているとして非難すべきではなく、人間がありきたりの人生においてこのような偶然に目が開かれていず、そのためにその人生から美の広がりが失われていくことをまさしく非難しなければならないのだ」。
小説的な偶然に限らず、目の前の人間のやさしさも、すぐそこの自然の美しさも、それをそうと認識する目がこちらになければ、それはたちあらわれることなく、記憶のなかに死蔵されてしまうのでしょう。「人生の美は、それをみようとする者に開かれる」ということをテーマに、SF的装置を使って「偶然の秘密」とそこに潜む美を書きたいです。

文字数:573

美しい繭

施設で私は、レモネードという名まえを与えられた。シルク織りの白い制服に着替え、“Lemonade”と印字された銀色のプレートを左の胸元に付ける。用意されていたおろしたての革靴を履き、まっしろな大理石の廊下を歩いていると、

「レモネードは中国人?」

ライムという渾名の白人の少年が寄って来て、期待と好奇心が漲った目で私をみた。ノー、と私はいった。

「日本人だよ」

「そうなんだ……」

がっかりさせたらしい。すこしうねりのある黒髪に、青みがかった灰色の目。まだ十五、六歳にみえるけれど、この少年がここでの私の教育係なのだ。

「案内するよ。来て」

いわれて、おとなしく付いてゆく。フランス植民地時代を思わせる、瀟洒なホテルのようなコロニアル調の建物、木目の美しいアンティークのカウンター、選びぬかれた調度品と清潔なリネンが置かれた客室。それらをみてまわったあと、私たちはエレベーターに乗り、地下室へおりる。そこは先ほどのクラシカルな雰囲気とはまるでちがう、近未来の実験室のようなまっしろな空間で、廊下の両側にずらりとドアが並んでいた。天井に淡色のブルーライト、入り口のガラス扉近くの壁にタッチパネルのようなものが嵌めこまれている以外は何もない。空気がひんやりとして、コンピューターで自動管理されているという館内の室温が、このフロアではかなり低めに設定されているらしかった。何かの香りがかすかに漂っている。知っているようで知らない、嗅いだことのない匂いだ。レモングラスや樟脳、薄荷や消毒液を混ぜたような、けれどそのどれとも違っている。

「ここがコクーン・ルーム。この施設の心臓部。ゲストはここで〈トリートメント〉を受けるんだ。認証を受けている客しか入室できないから、僕たちは中には入れないけど」

コクーン・ルームは一日使用すると、そのあと六日間、自動メンテナンスのための時間がいる。そのため、受け入れる客はいちにちひとりであるにも関わらず、こうして七部屋が用意されているのだと、ライムは説明した。

「匂いがするよね、何の香りかな」

「ああこれ、ハーブだよ」

「嗅いだことない」

「このあたりが原産の、めずらしいハーブなんだって。トリートメントの前に使うらしい」

「トリートメントって何するの」

「僕も知らない。でもきっと何か、すごくいいことだよ。皆ほんとに元気になって帰ってゆくしね。レモネードも、みたらびっくりするよ」

空港も鉄道もない、ラオス奥地の辺鄙な村。産業や観光資源も特になく、ガイドブックの地図にはその地名すら記されていない。ここまでたどり着くのに、私は走り書きのメモ一枚を頼りに、首都のビエンチャンから丸七時間、長距離バスと地元の乗りあいトラック、それからバイクタクシーを何度も乗り継がなくてはならなかった。山あいの道はまったくの未舗装で、スコールが降るとたちまち地面がぬかるんで、あちこちで洪水が起きていた。蛇や子犬やココ椰子や米を蒸す竹籠なんかが流されてゆく。客たちはここまでどうやって来るのかとライムに尋ねると、施設の送迎用のヘリコプターや、プライベート・ジェットを使うのだという。

「プライベート・ジェット?」

「ここに来るひとたちにとってはあたりまえなんだ、じきに分かるよ」

私の驚きをいなすようにいった。厨房に連れて行かれ、やはり住み込みで働いている料理係のマナオを紹介される。地元の少年で、マナオというのはラオス語で土地の柑橘のことだという。ココア色の肌に黒目がちの大きな目、マナオは英語が得意でないようだった。はにかんで、ほとんどしゃべらない。代わりにライムがいっぱいしゃべる。

「マナオの料理の腕は天才的なんだ。マナオのお父さんはバンコクのホテル・オリエンタルで二番目にえらいシェフなんだし、お母さんはビエンチャンの近くで食堂をやってて、あんまりおいしいから、タイ人たちが友好橋を渡って皆で食べにくるくらい。タイ人はおいしいお店だったらどこでも行くんだよ、首相が高級車で路地裏のカオマンガイ(鶏のせ飯)屋台に乗りつける国だからね」

自分のことのように自慢している。

「マナオの家は、一緒にお店をやってた叔父さんが大怪我をしてから、ずっと大変だったんだ。治療費もかかるし、店を手伝わなきゃならなくなって、マナオは学校に行けなくなってたんだけど、〈ホストたち〉にスカウトされて、ここで働くことになったんだ。ここでは給料ももらえるし、学校にも通えるから」

ライムは自分のことも話す。イタリアきっての避暑地、コモ湖をみおろす街で、歴史学者の父と数学者の母のもとに生まれた。五歳のときにインターネットの動画サイトで、多勢の中国人が虐殺されている古い歴史映像をみた。何の映像だったか分からないが、ライムは周囲が何事かと仰天するくらい号泣し、それから中国に激しく惹かれるようになった。まるで恋、両親に中国人の子どもを引き取ってほしいと頼みこみ、寒い冬の日の朝に、ミラノ市の養子縁組センターに家族で出かけた。でもね、とライムはかなしそうに頭をふった。

「アラブ人しかいなかったんだ……」

失意のうちに帰宅してアラブ人のきょうだいを持つことはなかったが、私のことをマナオに次いできょうだいにしてやってもよいという。

「ほんとはマナオみたいに弟がいいんだけどね、でもレモネードは漢字が書けるからまぁいいよ。僕も練習して書けるようになるつもりだけど」

アジアに滞在したい一心で、両親の友人である〈ホストたち〉のひとりに頼んで、毎年夏のあいだだけ、この施設で働いている。父親からはラテン語を身につけるようにときびしくいわれているが、自分では中国語(マンダリン)を習得する計画を立てている。まずは独学で、それから北京に留学もしたい、だけど施設で働くうちに、ラオス語のほうを先に覚えてしまった。マナオも守衛の大人たちも、ここのスタッフはほとんどが地元のひとだから……。

「レモネードは? どうしてここで客室係をしようと思ったの」

「え?」

「この施設のこととか、普通は知らないでしょ。あ、もしかして知ってたの?」

「ううん知らない……。旅行してるときに空港で会った女のひとが、ここで働いてみたらって教えてくれたんだよ」

「ああ、じゃあ〈ホストたち〉に会ったんだね」

〈ホストたち〉は何人かいて国籍はばらばら、ここの経営と運営を複数でおこなっているらしい。私が会ったのは四十代後半の、バンコクとシェムリアップで土地の伝統療法を取り入れたスパを経営しているという日本人女性だったが、彼女も〈ホストたち〉のひとりだったのだろうか。会話を交わしたのは、タイ国際空港のイミグレーションで、眩暈を起こした彼女が身体を起こすのを、たまたま後方に並んでいた私が手伝ったという、単なる偶然によるものだった。コーヒーをご馳走させてくれる? そういわれて、空港のなかにあるジム・トンプソンのカフェバーで向かいあった。

そこで聞かれるままに自分の話を少しだけしたのだったが、旅行中もこのときも私は著しく注意力を欠いていたので、具体的に何をどんなふうに話したのか覚えていない。ベトナム系フランス人の女性作家、シャン・メイの話をしたのは覚えている。私は欧州やアジアを舞台にした彼女の小説がとてもすきで、女性もそうなのだといった。けれど基本的には、私の頭はずっと、アヤミと広谷のことでいっぱいだった。彼女と話してるときだけじゃない。旅行のあいだ、ずっとそうだったのだ。

アヤミの腰を撫でる広谷の手、こちらをみながら笑うアヤミ、「マジで信じられないから」、そう吐き捨てて、私に会社を辞めるよう迫った広谷の無表情な目つき。それからアヤミが、私にダウンロードさせたアプリに次々と投稿してくる、みじかい動画の数々。動画は再生したらすぐ消えてしまう仕様になっていて、一度しかみていないのに、私の記憶にこびりつき、頭のなかでしつこくリピートされつづける。

すこしの間でも東京を離れたくて、なけなしの貯金をくずして外国旅行に来たのに、結局私は、誘蛾灯にむらがる羽虫みたいに、ホテルやレストランのwifiスポットに寄って行っては、アヤミと広谷のSNSにアクセスし、自分のこころをずたずたにし続けていた。アヤミからのアプリ動画も、変わらず届きつづけていて、しかもそれらは反応のない私を煽るように、すこしずつ過激になっていた。いちばん最近のは、前日に届いた、ふたりの会話が入った音声データだった。私はそれを、ビーチの前の、にぎやかなシーフード・レストランの片隅で聞いた。「ねー、何であのひとと付きあってたの?」「え……。そのときは、いいやつだって思ってたんだよ」「みる目なくない? リリース前に、情報をネットに出すとかないでしょ」「…………」「好みだったんだ?」「や、それはない。アヤミのが全然きれいだし」「えー知ってるけど。ていうか広谷くん、初めて会ったときからあたしとしたかったんだよね?」ほとんど聞きとれないほど小さな声で、うんと広谷が肯定する。一瞬の沈黙、それからアヤミの笑い声。「もーちょっと。くすぐったい」「すきだよ」という広谷の声が、そこに重なる。私は胸が潰れそうになる。

「どうしてるの? どこいる?」「心配してる。連絡ください」「考えたけど、広谷くんとは、一回ちゃんと話しあったほうがいいと思う。誤解もちゃんと解いて」華絵(はなえ)からのラインもたくさん届いていたけれど、私は返信する気力がなくて、まったく返していなかった。

シーフード・レストランの隅でアヤミと広谷の音声データを聞き、ほとんど無意識にアヤミのインスタグラムにアクセスしようとしていると、「ほんとに心配してる。元気かだけでも教えて」。華絵からまたラインが届いた。「会社もずっと休んでるんでしょ? あんまり休むのよくないよ。濡れ衣を晴らすのが先決じゃない?」私はとっさに、「もう会社は辞めたの」と送った。「クビ」。「どういうこと?」「広谷くんには相談したの?」「いま電話できる?」次々ラインが来たけれど、「そっとしといて」と返す。

華絵は高校のときからの友だちで、大学で出会ったひとと結婚して、いまは岡山に住んでいる。夫の実家から車で十五分の場所に家を建て、市立図書館で司書のアルバイトをしながら、子どもを育てている。東京にひとりでいて、年下の女友だちに恋人も仕事も取られてしまった自分のみじめな心情が、華絵に共有してもらえるとは思えなかった。店の名物だという海老のスープは、何も味がしなかった。早めにホテルに戻ったけれど、結局一睡もできないまま、空港に向かった。

こころもからだも不健康な状態で、目のまえの会話にすら集中できていないことをみぬかれたのだろうか。空港のバーで向かいあった女性は、何かを思案するように私をみていた。

「帰ってからの仕事が決まってないのだったら、すこし帰国を遅らせて、ここへ行かれてみたら」

住所を書きつけた紙を渡された。

「ラオス?」

私は面食らった。

「英語はすこしできるんでしょう? そんなに複雑な仕事ではないし、働き手を探しているはずだから」

何ていうのか、ちょっと変わった施設だけれど、山のなかで静かだし、ツーリストもいない。きっとこころが休まると思う……。初対面の女性のそんな言葉にすがるようにして、日本に帰る飛行機には乗らないで、こんなところにまで来てしまったのだ。空港で最後につないだ携帯電話にあったのは、また華絵からのラインメッセージで、「私にできることがあったら何でもする。東京まで行くこともできるよ」というものだった。うざい、という気持ちが湧く。華絵にこんなことを思ったことはなかったけれど、その気持ちは強かった。「華絵には何もできない」。既読のマークが付くのも確かめないで、携帯の電源を切った。私が待っているのは華絵からの連絡ではなく、広谷からのもので、でもそんなものは永遠に来ないということもどこかで分かってはいる。

「レモネード、気分がわるいの?」

ライムがいって、マナオも黙ってこちらをみている。

「顔がめちゃくちゃ青い」

「ごめん大丈夫だよ」

ごはんを食べよう、とライムがいう。食事はまいにち、その日ゲストに出した料理やその材料でマナオが作ったものを、賄いとして食べられるらしい。マナオが学校に行っているランチタイムと、休みの日の日曜だけは各自で作る。今夜マナオが客に用意したメニューは、ガーデンサラダ、ビーフ・ステーキ、ポテトのピュレにタマリンドのスープだった。厨房のテーブルに付いて、三人で食べた。マナオが窓をあける。あたりはひっそりとして、自家発電のジェネレーターのエンジン音が、時々かすかに聞こえるだけだった。窓の外にはまるで灯りがなく、闇を敷きつめたような夜だった。ここはインターネットも通っていない。スマートフォンの、受信電波の有無を示す画面上部の小さな扇形も、村に入ってからずっと、空白のままだった。その空白が、私を日本での出来事から引き離し、私を守ってくれるようだった。

静まりかえった夜の室内で、寄り添うようにごはんを食べていると、母国語も育った環境もちがう初めて会ったばかりのふたりの少年が、ライムがいっていたみたいに、自分のきょうだいのように思えてくるのが不思議だった。ひとはたまに、こんなふうに、自分の家を遠く離れたさみしいところに集って、ごはんを食べるべきなのかなあと思う。ステーキは厚切りで、火が通っているのになま肉のようにやわらかい。ていねいに裏ごしされたなめらかなピュレには、すり潰した香草とカンボジア産の新鮮な黒胡椒が混ぜてある。タマリンドのスープはとうめいで、きりっと酸っぱく、おいしかった。

 

「アロー、アロー」

施設に電話がかかって来る。新規の客で、きょうの夕方にこちらに到着するので、トリートメントを受けられないかという相談だった。やや癖のある英語で、当日の予約が無理だというのは承知なのだが、だめもとでかけたのだ、という。私は端末を確認した。きょうの客は昨日施術を済ませており、午後過ぎにはここを発つ予定になっていた。夕方からであれば問題ないと、私は客に伝えた。

「どなたからのご紹介でしょうか」

「ニューヨークの“バンブージャム”から」

竹ジャム?

「お客さまにもコードネームを決めていただくことになっています。呼ばれたいお名前はありますか」

客はすこし考えた。

「“クロコディーロ”で」

綴りを確認していると、ポルトガル語でワニという意味だと教えてくれる。

「守り神だっていわれてるんだ、私の国ではね」

南半球の赤道近くにある小さな国らしい。紹介者からのパスコードも合致、建物全体を管轄している端末に情報を入れ、コクーン・ルームの予約をオンにする。内線をつなぎ、守衛室に客のコードネームとヘリコプターの到着時刻を、厨房のマナオに客の夕食が必要なことを伝えた。

「レモネード、だいぶん仕事に慣れたね」

となりでコクーン・ルームの使用スケジュールを整理していたライムが、年長者のような口ぶりで褒める。

「教育係のおかげと思う」

「それは当然、そうだけど」

澄ましている。施設で働きだして三週間が経ち、空港で会った女性にいわれた通り、私のこころは安らいでいた。朝はやくに起きて働き、夜もはやくに眠る。テレビも本もインターネットもないけれど、案外たいくつはせず、むしろおだやかな気持ちでいられた。すこしずつだけれど、自分が恢復しているような感覚もあった。自分ではそうと気づかずに、無理や負荷を重ねていたのだろうか。持ち慣れてしまった荷物は、おろしてみて初めて、それがどれだけ重かったのか分かるのかもしれなかった。広谷とアヤミのことは意識的に考えないようにしながら、けれど他のことでは確かに、私のこころは軽やかになっているようだった。

けれど相変わらず、この施設で何がおこなわれているのかは謎だった。分かっているのは、ここが特権的で、閉鎖的な場所であるということだけだ。客はいちにち一組しか受けつけない。来館できるのはあらかじめ登録された会員のみで、会員になるには、所属期間が一定年数以上のメンバーから推薦を受けた上で、〈ホストたち〉の審査をパスしなければならない。会員たちは通常コードネームで呼ばれるし、敷地内はカメラや携帯電話の使用も禁じられていて、ゲストのプライバシーは徹底的に守られている。それでも映画のスクリーンや国際ニュースでみかけたことのある人物が来ると、ああ、あのひとだと分かりはした。

施術の料金は、来館前に、〈ホストたち〉とゲストの間で、直接決済が済まされている。だからどのくらいの金額がやりとりされているのか、私たちは知らないのだったが、それがかなり高額であること、しかしここに来るゲストの多くにとってはたいした額ではないのだろうということも予測がついた。

いろいろな国の客がいたけれど、どの客も、その経済力と社会的地位の高さが、身なりや持ちもの、挙動の端々から感じられた。ただの客室係に過ぎないライムと私に対しても、丁寧で感じのよい態度を取ることも、彼らの共通点だった。挨拶、礼の言葉、ごく基本的な敬意、そして教養とホスピタリティに基づいた、相手に対するちょっとした好奇心。そういうものをさらりと自然に出すことで、互いの間に流れる空気を快適にする。それは、常に特権的で洗練された、気持ちのよいサーヴィスを受けることに慣れているひとたち特有の、冷静で鷹揚な感じのよさだった。

素晴らしい腕を持った料理係のマナオはもちろん、客室係のライムと私も、ここの客からクレームや叱責を受けたことはなかった。しかし、私が当日予約の電話を受けた新規の客、クロコディーロはちがった。嵐のなか、大幅に予定時刻を過ぎた午後九時過ぎに到着したクロコディーロは、ありえないほど不機嫌だった。彼はまっすぐに、私たちのフロントデスクに来るなりいった。

「雷と強風のなか、ヘリコプターに乗ったことはあるか?」

私はヘリコプター自体に乗ったことがなかったため、そのように答えるしかなかった。

「じゃあ私がどんな目に遭ったか分からないな。突然この酷いスコールが来たんだ。雨季なんだからそれは仕方ない、しかしそんなときにヘリコプターで空を飛ぶのは狂ってる。私は死ぬかと思ったよ。どうして彼らはこんな山のなかに施設を作ったんだ?」

「秘密の施設ですから、外部からのアクセスをしづらくするためと聞いています」

「彼らは金も知能も人材も持ってるんだ、マンハッタンのど真ん中にだって秘密クラブを作れるよ。とにかく私は時間がないんだ、先に部屋でシャワーを浴びるが、そのあとのトリートメントは早めに終わらせてくれ」

当日予約をとお願いしてきたことも忘れたような、にべもない口調で命じた。客室には、ライムが案内をした。戻って来ると、

「たぶんクロコディーロは、元大統領だと思う」

とライムはいった。むかしポルトガル領だった小さな国で、昨年初めて大規模な国際会議があった。エネルギー関係の会議で、イタリアの首相も参加した。そのときの新聞記事でみたという。

「僕は夏にここで働くようになってから、家で気をつけて国際ニュースをみるようになったんだ。間違いないよ」

「クロコディーロ、まだ怒ってた?」

「うん。怒ってるっていうよか、疲れてる感じだったけど」

地下へは私が案内した。ライムのいっていた通り、元大統領は、終電の埼京線で半分眠りながらつり革にしがみついている勤め人たちよりも、疲弊しているようにみえた。エレベーターでも廊下でも、ひとことも口を利かない。恰幅のよい身体をむりやり引きずるようにして、コクーン・ルームへ入って行った。

〈トリートメント〉の時間は、ひとによるけれど、だいたいが六時間あまりだ。トリートメントを受けた客は施術後にマナオの作った夕食を食べてから休むことが多いのだけれど、クロコディーロはあらかじめ夕食をパスしていたので、次に私が彼をみたのは、翌朝、客室に朝食を運んだときだった。朝食は、フルーツ・サラダ、自家製のヨーグルト、フレンチトーストとラオス産のコーヒーで、トーストにはうすく削ったココナッツと土地で採れた蜂蜜が添えてある。

ノックすると、なかから「どうぞ」と静かな声がした。元大統領は窓辺の肘掛椅子にすわり、窓の外をみていた。施設が所有している棚田式の水田と、その向こうに群生しているバナナや椰子の木々がみえる。水牛が二頭、放し飼いにされている。私たちは何かとくべつな会話を交わしたわけではない。私が朝食をはこび、クロコディーロが「ありがとう」といってこちらをみた、それだけだ。しかし、はっきりと、彼は変わっていた。昨日は身体の一部のようだった疲労と倦怠と苛立ちが、箒で掃き出したみたいにすっかり取り払われていた。肉体も年齢もそのままに、しかしクロコディーロはほとんどあたらしくなっているようにさえみえた。

カップの柄を持ち、コーヒーに口をつける、その何ということもない動作にも、まるで生まれて初めてそれをしているかのような、軽い緊張とエネルギーが満ちていた。目は奥からかがやくみたいに生きいきとひかって、しかもどこか遠くをみている。彼の横に立ったとき、コクーン・ルームのフロアに流れている匂いがして、あ、と思う。レモングラスと樟脳、消毒液が混ざったような匂い。花の香りのような甘さも、こちらを落ち着かせるやわらかさもないのに、なぜだか中毒性がある。部屋を出るときに、会釈をしながらもう一度みたら、クロコディーロは泣いていた。窓の外に目をやったまま、表情を変えず、声も出さずに、黙って涙を流していた。この館の地下で、きっと何か、ものすごく重要な体験をしたのだ。あのまっしろな扉の向こうで何がおこなわれているのか。彼があの場所でみたものを、私はおそれるようでも、羨むようでもある。

 

「シャン・メイが来る」

ライムが厨房のマナオに内線をかけ、興奮してそう告げたとき、私は一瞬、それがあのシャン・メイのことだとは分からなかった。

「え……小説家の?」

「レモネード、シャン・メイを知ってるの?」

「知ってる! というか大好き。ほんとに? 彼女が来るの?」

私は何度も確認し、ライムは笑う。

「一昨年も来たよ。去年は、夏が終わって僕がイタリアに帰ったあとだったから、入れ替わりで会えなかったんだけど。レモネードはちょうど会えて超ラッキーだよ。メイは僕が会ったひとたちのなかでも最高かっこいいんだ」

「待って、彼女にはコードネームないの?」

「ない。この施設のメンバーだって知られても別に構わないっていってた。メイは他のゲストとちょっとちがうんだ。帰りはヘリコプターだけど、行きは陸路で来たりするし、普通は皆、滞在中は施設から出ないのに、外に出てまわって、この辺の村を旅行したりするし。一昨年は、僕とマナオも、メイと一緒にデイ・トリップに行ったんだ。すごい楽しかったよ」

「じゃあメイはここに何泊かするの?」

「そうだよ。今回は三泊だって」

ここで働きだしてすぐのころに、よく名まえが知られたハリウッド俳優が来館した。そのときよりもずっと、私は興奮している。ベトナム系フランス人のシャン・メイは、ベトナム戦争も終盤の二十六歳のとき、持ち手が取れかけたスーツケースひとつで、フランスに亡命した。六十を越えたいまはフランス語で作品を発表しているが、現在住んでいるパリはもちろん、二十六年を過ごしたホーチミン郊外の生まれ故郷や、戦争のあとたびたび訪れたインドシナを舞台にした作品も多い。私は、日本語に訳されたものはほとんど読んでいると思う。メイの小説は、実直な愛情や強く結ばれた友情のことをあつかっていても、ひとりきりで見知らぬさみしい国を旅しているような気持ちにさせられて、私はそれがすきだった。主人公は皆、魅力的だったり、みっともなかったり、びっくりするくらい卑怯だったりしたが、全員が全員孤独だった。

「マナオも喜んでた」

「マナオもシャン・メイのことすきなの」

「メイは、夕食にラオス料理をリクエストしてくれるからさ。そこがアメリカ人とはちがうとこ。アメリカ人は世界のどこにいても同じものを食べたがるんだ、ハンバーガーかビーフ・ステーキ、あとは冷凍の、クローンみたいに同じかたちのフライドポテトでしょ」

偏見っぽい毒舌をふるいながら、けれどライムがあんまりマナオの作るラオス料理を褒めそやすので、私も楽しみな気持ちがふくらんだ。いよいよシャン・メイが来る当日は、マナオに付いて朝はやく、村の市場に買い出しに行く。ストライプ柄のビニール・シートを張って日よけを作っただけの簡易なマーケットに、野菜、マンゴー、米、味噌に似たペースト状の調味料、餅菓子、豚皮を揚げたもの、つやつやした臓物などが売られている。竹籠に押しこめられた鶏がけたたましく騒ぎ、バケツのなかでは特大のナマズが重なりあって、身体をくねらせている。ペットボトルの空き容器に詰められた、どぶろくに似た自家製らしい濁り酒や、白く粉を吹いた干し柿などがならべて売ってあるのも、ものめずらしくておもしろい。

山奥の田舎の村だと思っていたけれど、それでもこのあたりでは中心の場所になっているのか、ひとが集まっていて、活気がある。周辺の村から売買に来ているひとも多そうだった。女性たちは皆、上衣は普通のティーシャツやブラウスだけれど、スカートには、伝統衣装らしい織物の長い巻きスカートを身につけている。

「シン」

めったにしゃべらないマナオが教えてくれる。

「シンっていうの? シルクなのかな」

尋ねると、首をかしげて片手のゆびを開いてゆく仕草をした。いろいろらしい。

マナオはたくさんの食材を購入する。私とライムも手分けをして持った。寺に寄って行きたいというマナオの希望で、すこし遠回りをして帰る。途中、小さな池をいくつかみた。ただの溜め池かと思ったら、魚が放たれて養魚池になっているものもある。

「これ爆撃のあと」

ライムが教えてくれる。

「ベトナム戦争のときに、アメリカが落として行った爆弾でできた穴なんだ」

ベトナム戦争の約九年のあいだに、アメリカ軍はラオスに二百万トンを超える爆弾を投下した。アメリカ国内の弾薬庫からはるばる大西洋を越えて運ばれ、ラオスに落とされた爆弾は、大量生産のために質がわるく、着弾時に爆発しないまま、たくさんの不発弾としていまも国土のあちこちに残されている。それらはいまだに、毎年死者や怪我人を出している。マナオの叔父さんも、その犠牲者のひとりだ。拾ってきた爆弾の薬莢や破片を集めて溶かし、店で使うための食器を作っていたときに、不発弾が爆発し、右腕を負傷したのだ。

「それ、危なすぎない?」

「そう思うけど、ラオス人は何でも再利用するのが得意みたいだよね」

市場で買った、平たくてすべっこい、甘いたこ焼きのようなものをつまみながらライムがいう。これは、たねを入れて焼くための器具もたこ焼き器に似ていた。

「爆弾を植木鉢にしてあるのもみたことあるよ。シャン・メイと一緒に、となりの村に行ったときにみたんだ」

投下された爆弾を食器や植木鉢に利用するのはポピュラーなリサイクルで、ほかにはラオスのひとたちは、米軍の爆撃機が捨てて行った燃料タンクを使って、きれいなカヌーもこしらえた。あんまりみごとな出来だから、それはロンドンの帝国戦争博物館に飾られているらしい。

「メイが、静かにしているひとほど強くてタフなんだっていってた。ラオス人もそうだって」

マナオのほうをふり向くと、こちらをみてちょっとにっこりした。マナオは寺の道の脇に立っている托鉢僧たちの鉢のなかに、食べものをすこしずつ入れてゆく。地面に、端のほうが変色しかけた濃いピンクの花びらが散っている。橙の僧衣を着た僧たちの足もとで、痩せた犬が地面にぺったりと腹をつけ、死んだように眠っている。日が高くなるにつれて、灼けた砂のようなざらつく陽射しが注いで、大気の気温が上昇してゆくのが分かる。夜は冷え込むけれど、やっぱりここは熱帯の、東南アジアの国なのだ。

後方からバイクの荒っぽいエンジン音が近づいて来て、私たちの前でタイヤをこすれさせながら急停止した。サンダル履きのドライバーが運転する、バックミラーがひしゃげたバイクタクシーのうしろに、つばの広い黒い帽子に大ぶりのサングラス、黒いサマードレスを着た女性が横ずわりに乗っていた。黒い髪はうなじのところでミニマムな夜会巻きにまとめられ、首もとには、白地に紺の大きな水玉が散った、大判のシルク・スカーフを巻いている。

「シャン・メイ!」

ライムとマナオが駆け寄った。

「サバイディー」

シャン・メイは現地語で挨拶した。とても低いが艶のある、けれどどこか耳ざわりな、特徴的な声だった。後部席にすわったまま、サングラスを外して私をみた。何もいわない。そのまま目尻の皺が深くなって、笑いかけた。私はじっと立っていた。何かいおうと思うのに、何もいえないで立っていた。

 

コブミカン、根付きのコリアンダー、ミント、ライム、レモングラス、シャロット、唐辛子。厨房の調理台のうえに、マナオが大量のハーブを広げている。ラオス料理はふんだんに、なまのハーブを使うのだ。マナオは、それらを切ったり、刻んだり、包丁のうしろでたたき潰したりする。もち米を蒸し、ココナッツの実を割り、蟹の塩漬けで作った発酵調味料を混ぜあわせる。肉のかたまりは骨に沿って切り分け、魚のうろこはスプーンのへりでゴリゴリとこそぎ落とすように剥ぐ。一連の動きはリズミカルで、いっさいの迷いがない。

その手つきをみることは、バレエを観たり、音楽の演奏を鑑賞したりするのと同じ類のものに感じられる。それらをみるとき、私たちは、目のまえの肉体がそれを習得するまでに重ねた鍛錬、そのために捧げられた膨大な時間そのものをみているのだ。

「ああそれ僕も分かるよ、だから自分が何をするか決めて、それに時間を使うのが大事なんでしょ。僕は中国語を勉強するのに、僕の時間をたくさん使うんだ」

「ライムは十五歳だし、いまから勉強したら通訳にだってなれるよ。マナオも、ファイブ・スターのラオス料理レストランを開けると思う」

「レモネードは?」

「えっ」

突然水を向けられて私はしどろもどろになる。

「私は別に。何もないけど」

「どうして?」

「え、だって、ライムやマナオとちがって、もう大人だし。これからとかはないんじゃない……」

いいながら、自分で自分のことばに引っぱられて、気持ちがくらくなるのが分かる。肉体的な痛みや苦しみを別にして、ひとにとって辛いこと。それは無為ということではないだろうか。いままで自分がしてきたこと、自分の過ごしてきた時間が、まったくの無駄だった、意味のないことだったと思い知ること。実際のところがどうであっても、自分自身がそのようにしか感じられなくなったら、それは本当にむなしい、辛いことだと思う。石を何度も積みあげてはこわされる、賽の河原にしゃがみこんだ子どもたちみたいに。

会社と取引先との間で流れたデマについて、広谷が、何年も一緒にいた私ではなく、一ヶ月前に知りあったばかりのアヤミのほうを信じたこと。「マジで信じられない」、そういって、私に会社を辞めるよう迫ったこと。恋人と仕事を失った自分に、何も残っていないこと。それらが、私を打ちのめす。遊んで暮らして来たわけでも、いい加減にやってきたわけでもなくて、どちらかというと、その逆の姿勢で生きて来たつもりだったけれど、実際はただ散文的に、無駄なことを重ねてきただけなのかもしれない。自分のなかに暗い穴みたいなむなしさが生まれて、それが私自身を蝕もうとしている。

この施設で働かせてもらうようになったことは、本当に僥倖だったし、外部から隔離された静かな日々が、私の傷を癒してくれているのは確かだった。けれど、ここでずっとレモネードとして客室係をしているわけにはゆかないことも、事実だった。ライムにとってもマナオにとっても、そして世界中から密かにやって来るゲストたちにとっても、この施設は通過点に過ぎなくて、私もまた、ここを通過して次の場所へ行かなくてはいけないのだと思う。ただ問題は、その次の場所がどこなのか、まるで分からないことだった。

 

シャン・メイは夕方、散歩に行く。

「レモネード、一緒に行きましょう」

村の外にはほとんど灯りがないので、散歩の時間は長くない。水田のなかのあぜ道を歩き、寺の前まで行く。村には、いちおう電気は通っているけれど、大雨や強風があると停電になる。そのためか、村のひとたちの夜ははやい。夕刻のいまでも、既にひとの通りはすくなかった。時々、地元のひととすれちがい、互いにお辞儀を交わすけれど、皆とてもひそやかに歩くのだ。

メイは、ゆったりとしたアオザイのような黒いワンピースを着ている。唇にはきょうも赤い口紅が塗ってある。世界には数えきれない種類の赤い口紅があるけれど、きっとこれがシャン・メイにいちばん似合う赤、そういう感じのする色だった。

「あなたとこんなふうに散歩ができるなんて、ゆめみたいです」

私の言葉に、シャン・メイは低い声で笑った。

「私も、あなたの年のとき、行ったことのない国の、まだこの世に生まれてもいなかった女性が、私の本を読んでくれることになるなんて、その女性とこうして散歩をすることになるなんて想像していなかった。本当に素敵な気持ちがする」

「あなたの人生は、ドラマティックで、小説そのものみたいですね。私は自分の人生を無為に感じてるから、うらやましい」

何気なく口にしたことだったが、シャン・メイは立ち止まり、突然、私の手を取った。

「レモネード。あなたがいまいったことは間違ってる」

戦争と亡命を経験した、その労苦を感じさせる、年齢にしては皺のめだつ節くれだった手だった。この手がこわれかけたトランクを握りしめて祖国を離れ、私の読んだあれらの本を書いてきたのかと、私はふいに、ふるえる思いがする。

「人生というのは、驚くような偶然や、どんな書き手も思いつかないような秘密が隠されているの。それを感じられないのだとしたら、あなたの目が節穴で、それをみていないからよ」

そうなんだろうか。私は何もいえないで、メイの目をみつめかえすことしかできない。

 

「コクーン・ルームでトリートメントを受けてみる気はない?」

翌日、メイの部屋によばれて、そう聞かれたとき、私はいわれていることの意味が分からず、とっさに返答ができなかった。メイは私に椅子を勧め、コーヒーを淹れてくれた。

「私はこれまで二度、コクーン・ルームに入ったの」

と、メイはいった。

「それは誰とも分かちあえない、だからこそ鮮烈な、素晴らしい体験でした。私は、このことを小説に書けないかと、ずっと考えていたの。そのままの体験ではなくて、そこにあったエッセンスのようなものを」

とても読みたいです、と私はいった。

「だけどこれは自分のことではだめなの」

「どうしてですか?」

メイはゆっくりコーヒーを飲んだ。

「近すぎるから。何でもそうで、近づきすぎると物事はみえなくなる。だから、すこし離れてみなくてはいけないの。離れ方はいくつかある。時間を置く。距離的に離れる。他の人間の視点からみる」

その三つめの方法を採るために、私にトリートメントを受けてみてほしいのだ、という。

「もし、あなたに興味があればだけれど……」

「あります」

私はすぐにいった。

「けど……トリートメントって何をしてるんですか。どうしてこんなに厳重に、秘密にされてるんでしょうか」

何かそこに違法性や危険なもの、権力とのしがらみなどがあるのではないかというのが私の懸念だったのだけれど、シャン・メイは、トリートメントが秘密裏に行われている理由は端的に、会員たちの強い希望によるものなのだといった。コクーン・ルームは、その研究にも維持にも多額の費用がかる。〈ホストたち〉は、その大半を会員有志からの寄付で賄っており、彼らが公にすることを望んでいない以上、〈ホストたち〉としてもその方針に従うつもりなのだ。

もう一点の問題は、トリートメントの前に使用するハーブだ。このハーブは、この近隣を含めた東南アジア山間部の局所でしか採取されない。土地のひとには昔から知られ、かつては土着の儀式で使用した例もあるようだが、その効用は外部にはほとんど知られていない。規定値を超えて吸引すると、それは脳にある作用を起こす。その作用がトリートメントに入る前に必要なのだが、ハーブを吸引し続けても人体に影響がないかどうかは、まだ実証されていない。〈ホストたち〉の持っているデータでは有害性はないとされているが、それが各国の法律でどのように判断されるかは未知数だ。万が一、違法薬物に認定されると、施術はもちろん、研究の継続にも支障が出ることになる。会員たちはそんな面倒を避けたいと思っているのだ……。

トリートメントがどういうものなのかいっこうに分からないでいる私に、メイは、

「シンを知っている?」

と尋ねた。

「ラオスの女性たちが着ている伝統的なスカートだけれど」

「マナオが教えてくれました」

「ベトナム戦争でラオスが爆撃を受けたとき、ラオスのひとたちはその記憶を留めるために、そのときみたものを絹で織って、シンに仕立てたの。コクーン・ルームのトリートメントは、それと似ていると私は思う。コクーン・ルームが私たちにみせるのは、私たち自身の記憶なのよ」

「記憶?」

「記憶が、蚕の吐き出すシルク糸のようなものだと考えてみて。たくさんの記憶が、大量のシルク糸のようにもつれあって放っておかれていると。アクセスできないまま、思い出すことのできない記憶が、私たちのなかにたくさんある。コクーン・ルームでの施術は、それらすべての記憶をスキャンして、いまの自分にいちばん必要な記憶をみせてくれるの」

聞けば聞くほど、分からなくなるようだった。黙っていると、

「レモネード、昨日あなたは私に、自分の人生を無為に感じるといったでしょ? 私はそれを間違ってるといった」

「はい」

「あなたはいろんなことを忘れているの。コクーン・ルームに入れば思い出す。あなたが会うべきひと、行くべきひとを思い出せる。そしてこれからは、コクーン・ルームに入ることなしに、それをできるようにならなくてはいけない」

シャン・メイは、自分の作品を書くために、私にトリートメントを受けてほしいのだといった。けれど、本当は、小説のためでなく、私自身のためにいってくれているのだということが、そのときに分かった。

 

メイの予約は、午後一時に入れてあった。汁麺にライムを絞っただけのかんたんな昼食を済ませると、私とシャン・メイは地下へ降りて行った。コクーン・ルームの五号室。メイがつるつるしたドアの表面に触れると、かすかな電子音がして、扉が開錠された。自動で開いたスライド式の扉をぬけて、メイではなく、私がコクーン・ルームに入る。背後で扉が閉まり、今度は音もなく施錠がされる。部屋の中央に置かれていた白いマシンの蓋が、こちらが入室すると同時に、ゆっくりと開いた。マシンは繭のかたちをしていて、その名まえの由来をあらわしているようだけど、丁度ひとのサイズをしたその大きさから、白い棺のようにもみえる。部屋は冷蔵庫のなかのように冷え込んで、例のハーブの香りが立ちこめている。

“Bienvenue a la “Cocoon Room”. Nous allons vous preparer pour le traitement. Veuillez suivre les instructions a la letter……”

アンニュイな女性の声で、フランス語のアナウンスが流れだす。私はマシンに近づいた。コントローラーパネルを操作し、言語メニューのフランス語の設定を、日本語に変更した。

「コクーン・ルームにようこそ。準備を始めます。これから始まる指示に従ってください……」

日本語のアナウンスは男性の声で、どうしたらこんなに棒読みになれるのか、というくらいの棒読みっぷりだ。マシンに入り、あおむけになった。何か分からないが、ふかふかする素材が敷きつめてあった。アナウンスの指示に従って、内部に備え付けられている重いヘルメットのような器具を頭に被り、マシンの側面から出ている二又の細いチューブを鼻腔に、口蓋を固定する金具が付いたチューブを、口のなかに入れる。

「準備が整いました。深呼吸をし、力を抜いてリラックスしてください……」

マシンの白い蓋が閉じる。マシンのなかは、発光するみたいに白くひかってまぶしい。目を瞑って、私は、シャン・メイのいったことを思い出す。あなたはいろんなことを忘れている、コクーン・ルームに入れば思い出す。あなたが会うべきひと、行くべきひとを思い出せる……。そんなひといるんだろうか、という考えが頭をよぎったときに、鼻と口につないだチューブからつめたい気体が流れでて、レモングラスや樟脳や消毒液を混ぜあわせたような例の匂いが、いっきに身体のなかに流れこんだ。匂いがきつくなり、次の瞬間、唐突に殴られるような暴力的な眠気に襲われた。脳が痺れ、身体は強い全身麻酔をかけられたようにかたまって、ゆび先すらも動かせない。頭に嵌めた装置が、きつく頭蓋を締めつけてきた。

 

SCENE.1

うあああ、うああああ、あッあッあーーーッ。うひぇ。何かやけに身体に響いてうるさい。と思っていたら、自分の喉から絞り出されている声だった。おおお、よしよし、どしたの、ほら、いい子ねぇ、いい子。上のほうから声がして、大きな手のひらが腹のうえをしきりにさする。そのまま持ちあげられて、たん、たん、とゆっくり背中をたたかれる。むがむちゅうで、目のまえのあたたかいものにしがみつくと、それはしがみつかれたことをうれしがり、じわじわ温度が高くなる。ふぅふぅ波打つように動きながら、ぎゅうとこちらを包んでくる。ああかわいい、ああ笑ったよう。頬をつつかれたり、頭や足の裏を撫でられたりする。頭にけむたい帽子を被らされ、ああけむたいと身体をよじるけれど、そのまま抱かれて連れて、きょうもどこかへ連れてゆかれる。空からも木からも草の陰からも、ふわふわしたひかりのようなものたちが次々生まれてやって来ては、あたりいっぱいに満ちみちている。これは自分を見守り、護ってくれるものたちだ。目を覚ましたら、けむたい帽子はなくなっていて安心する。空の一隅が燃えるように赤くなり、巨大なゆがんだ玉がかがやいている。太陽。「あら、何ヶ月ですか」「三ヶ月なんです。そちらは、すこしお姉さんかな」「ふふ、うちも三ヶ月なんです、太ってるのよねえ」「あら。ふふ」。夕陽があんまりかがやいて大きいから、獣っ子のように啼きたくなる。いつのまにあたりが暗くなると、今度はぴかぴかした月が空にいて、どこまで行っても追いかけて来る。

 

SCENE.2

知らない街のアーケードの通りに、いろんなかたちの消しゴムや、動物の人形を売っている。動物たちには赤い屋根の家があり、なかを覗くと、クッキー缶の裁縫箱や目玉焼きが張りついたフライパン、花が刺さった花瓶まで、いろんなものを持っている。しゃがんでよくよくみていたら、「ちょっと来て」、見知らぬひとに手を引かれる。おなかは減っていないかとか、名まえは何かとか訊かれる。もう帰りたいのに、なかなか離してもらえない。気分がわるくなって来る。「あの、失礼ですけれど」大人の女のひとに声をかけられ、見知らぬひとが立ち止まる。女のひとと手をつないだ小さな女の子が、じっとこちらをみている。「この子がね、あの子がいやがってるっていうので、引き返して来たんですけれど、大丈夫ですか? その子、具合がわるそうですけれど。熱とか、あるんじゃないですか?」「熱? いや別にないですよ」「失礼ですけれど、ご家族の方ですか?」「えっ、家族っていうかまぁ。親戚ですけど」「親戚」「そうですけど。もういいですか」「このお兄ちゃん、知ってるひと?」女のひとが膝を屈めて、私に話しかけるのと同時に、知らないひとはパッと私の手を離し、大股で走り去る。どこに住んでいるの。お名前は? 女のひとに訊かれるが、知らないひとといたことを咎められている気がして、答えることができない。ほんとのところ、住所については知らないのだ。警察署に連れて行かれる。棍棒を持った警察官がおそろしくて私は怯むが、女の子が、ななめがけした小さなバッグからミルクの飴を出してくれる。「おうち、かえれるよ」とその子はいう。「お家のひとが来るまで、ここにいてあげるからね」女のひともいう。うすぐらい待合室で、女のひとはとうめいのバッグから写真雑誌を出してめくり始める。黒髪を後ろで束ね、あざやかな真紅の口紅を塗った女のひとが、カバー写真に載っている。

 

SCENE.3

バレー部で、朝練もまいにち行ってて、土日も他校と試合。熱血部活少女なのかと思ってたら、部屋に本がめちゃくちゃあるから驚いた。「親がすきなんだよね、その影響」。夏休みの現代社会の宿題で、自分が知らない職業を調べてそのひとにインタビューするという課題が出て、特に親しいわけでもなかったのが、何となくその場の流れで一緒にやることになった。それで初めて、華絵の家に行ったのだ。「すきな本とかある?」「えっとね、これとか」そういって、何冊か本棚から抜き取ってみせてくれる。「おもしろそう……」「貸したげるよ」「いいの?」「いいよー」貸してもらった本は全部おもしろい。夢中になる。課題が終わっても、華絵の家にしょっちゅう行くようになる。学校でもいつも一緒にいる。ありとあらゆることを話す。学校帰りに立ち寄ったかき氷屋で、檸檬シロップのかき氷を食べているとき、「これあげる」、華絵が、シャン・メイの「悪辣な友だち」という本をくれる。ケーキ屋の、みずいろの包装紙で作った、自作のブックカバーが付けてある。「この本の話って、あたしたちみたいだよ」「えー悪辣って、ワルい感じしかないじゃん!」、笑うけれど、家に帰って読んでみると、タイトルの毒気とはうらはらに、それは固い友情の話だ。大人になって正反対のタイプの男を愛し、主義の異なる国に分かれ、まったくちがう生活を送るようになっても、その友情を途切れさせなかった女たちの話。包装紙の隅に、「そのときの気持ちをすっかり忘れてしまうなら、大人になる意味なんてあるだろうか?」という、登場人物の科白が、紙が擦り切れそうなほど強い筆圧で書きつけてある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文字数:18920

課題提出者一覧