梗 概
名前を忘れたおばあさん
・遠い未来の昔話。村で最後のヒトとなったおばあさんがなくなるまでの話だ。
・おばあさんは推定600歳で、たくさんの小人(ヒト型の小型ロボット)たちと暮らしている。小人たちは家の掃除、おばあさんの栄養、体調、情緒、記憶、生殖などの役割に分かれ、ヒトを絶滅させぬよう努めている。
・おばあさんは過去に何人かの男と暮らしていたが、子孫は残せず、ついに最後のおじいさんが亡くなる。その前夜、おばあさんは夢を見た。夢の中で、おじいさんは“迎えが来る。故郷の星に帰らないといけない”と話す。“ヒトがほとんどいないのに迎えなんて来るわけない。この村から出られないよ”とおばあさんは訴える。目が覚めると、胸の痛みだけが残っている。
・翌日、おじいさんの葬儀が行われた。おばあさんにとって久しぶりの外だ。葬儀ではおじいさんの体をうずくまるような形にさせて、桃の中に入れ、川へ流した。おじいさんを覚えているか定かでないが、おばあさんは何も言わず、涙を流さず、川に流れる桃をじっと眺めていた。
・家にはおばあさんの他、生きるものがいなくなった。おばあさんは、毎日涙を流すようになった。記憶係の小人が、日課通り、おばあさんを〈思い出箱の部屋〉に連れていく。思い出箱には時々の景色や人物が保存されている。おばあさんは赤い紐がしてある箱を何気なく取る。それは昔ある男が紛れ込ませた箱。その時の約束を思い出す。“どうしてもつらくなったらこの箱を開けなさい”おばあさんが箱を開けると、体調が急変し、意識混濁となる。
・ほとんど話さなかったおばあさんはうわごとを話すようになる。“昔、とても小柄な男が連れてこられた。男はまっすぐ私を見て「名前は?」と尋ねた。私は、自分に名前があったこと、名前を長い間忘れていたことに気がついた。私が生まれたとき、周りにはヒトがいた。誰かが私の名前を呼んだはず。「忘れた・・でも大丈夫。ここには私とあなたしかいないから。あなたは?名前があるの?」私が男に聞くと、男は黙った。私よりずっと若かったし、私はそれ以上聞かなかった。二人とも黙ったまま〈2人の部屋〉に行った。あどけなさの残るかわいい顔をしていた。でも体が弱く短命だった”おばあさんは、過去の思い出を、堰を切ったように話し続けた。
・翌日、おばあさんはなくなる。葬儀はない。葬儀は、残されたヒトのためのものだからだ。小人たちはもう別の村に移動しており、姿がない。おばあさんの遺体は打ち棄てられ、木が朽ちるようになくなった。虫や小動物が集まっておばあさんを食べ、しばらくするとあたりに野花が咲いた。
・最後は、次の生命体の会話で締めくくられる。“ヒトって本当にいたの?”“いたよ”“何でいなくなったの?”“ヒト同士の殺し合い・・性染色体へのウイルス・・多種多様な災害・・はっきりとは分からないの、星にふさわしくなかったのかもね”
文字数:1183
内容に関するアピール
未来を予測することは難しい。対して過去はどうだろう。史料や伝説、逸話を手がかりに想像力を働かせると、往時の人の心の動きはどこまで分かるのだろうか。
十年前や十年先のことは、今あることを手がかりに少しは身近に感じられるが、千年前や千年先のことになると実感を伴った想像は難しくなる。現在を原点に時間の絶対値で考えれば、遠い過去も遠い未来も、想像力の届きにくさはあまり変わらないのかもしれない。
過去の不思議さと未来の不思議さを混ぜてみたら・・子供のころ不思議に感じた昔話をモチーフに未来を書いてみたら・・というのがこの話の着想です。よろしくお願いします。
文字数:276