梗 概
地球内生命
その発見があった夜は木星が南の空高く輝いていた。
20世紀に電波天文学が始まって以来、地球外知的生命が発した信号を捉える試みが続けられてきた。しかし宇宙人が人間のように規則的な電波信号を発信するかどうかは自明ではない。脳科学者の綾瀬シンイチは新たな電波解析アルゴリズムを開発した。人間の脳波のように思考そのものが発する波形を電波に見出そうというものだ。そのアルゴリズムは、観測した電波が生命の思考によって生み出されたと仮定して思考AIモデルを生成し、再度観測した電波を再現できるかを検証するものだった。
アルゴリズムによる新たな探索が始まったが地球外知的生命は発見されない。その時、シンイチの大学同期で惑星科学者の朝永和花から連絡があった。北海道の地磁気観測所の地磁気の強度データをアルゴリズムに解析させたところアラートがでたというのだ。最初は耳を疑ったシンイチだったが、ほかの観測地点データで追試が行われ、地磁気が何らかの生体思考に基づく波形を示していることが確認された。
地球核生命(CL)が発見された瞬間であった。
その後和花によって提唱された仮説ではCLは次のように解釈された。地磁気を生み出しているのは地球の核、地下2900km以深にある約2200kmもの厚みを持つ溶融した鉄の海、における熱対流である。核では5000℃の鉄が数百メートル単位で電流渦を形成し地球磁場を作っているが、その膨大な集合体がCLの思考回路を形成していると考えられた。CLの存在は生物学者に教科書の大幅な書き換えを強いることになった。
CLの思考はアルゴリズムを改良することで大まかに解釈することができた。驚くべきことにそれは人間の思考と似ていた。しかし地球内部とどうやってコミュニケーションするのか。分厚い地殻とマントルの下にある核には電波も届かない。五感を持つ人間とは違い、CLは外界を知覚できず人間の存在どころか宇宙の存在も知ることができないのではないかと考えられた。
シンイチは頭を抱えていた。
「視覚がなくても聴覚はあるかな。例えば、ドンドンと叩いてみるとか」
和花がアイデアを出してくれる。
「強い地震波なら核まで到達するけれど、膨大なエネルギーが必要だし複雑な情報を送ることはできないわね。…こちらから情報は送れなくても君のアルゴリズムで地磁気に干渉すればCLと直接思考をやり取りできる可能性はない?」
10年後。南極大陸に直径100kmの巨大なコイルが建設され、人工磁場で地磁気に干渉することでCLとの対話が試みられる。シンイチのアルゴリズムはさらに改良されCLと対話ができるようになった。あるときCLは人間の質問を遮ってある要求をしてきた。アルゴリズムが翻訳する。
「木星にもコンタクトを取ってほしい」
CLは他の惑星にも存在しお互いを認識しているらしい。生物学者はまた多忙になるのだった。
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内容に関するアピール
一見、熱力学第2法則に反する生命という存在は、非平衡状態における自己組織化と説明されるそうです。例えば我々地上の生命は、太陽から熱を受け取り、宇宙に熱を吐き出す非平衡系の地球という存在の上に発生した自己組織化現象と言えます。
私は他の星にも必然的に自己組織化現象としての生命が誕生していると思いますが、ふと考えると、地球の外核は惑星規模で対流・自己組織化をしており、そこに思考が宿っていても不思議ではないんじゃないか、と思いつき本作を書いてみました。
地球核生命(CL)にたどり着くまでを物語にしていますが、他にもCLは誕生以来何十億年も何を思考してきたのか?CLはどのような仕組みで記憶をするのか?CLはどのように地磁気逆転を起こすのか?CLの宇宙論とはどんなものか?など、考えると楽しいアイデアが浮かんでいます。
1年間どうぞよろしくお願いします。
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