侍JK、おじさんを拾う

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梗 概

侍JK、おじさんを拾う

私、内藤葵、16歳。剣道一筋一直線。浅黄色のジャージに背負った竹刀がトレードマークの人呼んで侍JK。警察官だった父ちゃんは、5年前に死んだ。交通事故だった。それ以来、母一人子一人だけれど、寂しくなんかない。学校ではボッチだけど、無問題。私には、相棒のハヤテ号(ジャーマンシェパード♂7歳)がいる。

今日も公園で、ハヤテ号の散歩を兼ねたトレーニングに勤しむ私は、お腹を空かせたホームレスのおじさんに、おやつの魚肉ソーセージを分けてあげた。目つきが悪くボロボロでヨレヨレのおじさんは、「かたじけない」と古風な礼を述べ、「分け前が減ってすまん」とハヤテ号の頭を撫でた。警戒心の強いハヤテ号が、家族以外に頭を撫でさせるなんて! おじさんが記憶喪失だと知り、ほっとけなくて家に連れて帰った。母ちゃんは、「まさかおじさんを拾ってくるとは」と呆れながらも了承してくれた。かくして「記憶が戻るまで」という条件付きで、おじさんはうちの居候となった。

おじさんは、ただメシを食うわけにはいかないと、仕事で忙しい母ちゃんの代わりに家事を申し出る。だが、現代のインフラ設備にも不慣れで、家電の扱い方もまるで知らない。記憶喪失というのは、そこまで忘れてしまうものなのだろうか? 大丈夫かなと心配していると、おじさんは、ものすごい集中力で説明書を読みこなし、あっという間にすべての操作に慣れ、さらに家電量販店に入り浸るようになった。そのうち販売員としてスカウトされ、やがてカリスマ店員として人気者になり、おじさんのお陰で私にも友だちができた。優しくて頼もしい街の人気者――私は、おじさんに死んだ父ちゃんの姿を重ねていた。私はおじさんが大好きだった。けれども、おじさんは、時々寂しそうに空を見上げている。

ある日、若いお坊様がおじさんを訪ねてきた。お坊様のお寺は、先祖代々時空の歪みを管理監督時するお寺で、他の時間軸に飛ばされてしまった人間を元の時間軸に戻すことができるのだという。「彼も、過去から飛ばされて来たのです」――お坊様は、おじさんを連れ戻しに来たのだ。もともとこの世界にいないはずの人間だから、おじさんが元の世界に戻れば、おじさんと私たちが過ごした時間が無かったことになる。そんなの、いやだ。けれど、おじさんは、これでいいのだと笑っている。お坊様に連れられて、おじさんが夕日の中に消えていく。そして、世界が真っ白になった。

私、内藤葵、16歳。剣道一筋一直線。浅黄色のジャージに背負った竹刀がトレードマークの人呼んで侍JK。今日も公園でハヤテ号の散歩を兼ねたトレーニングに勤しむ私は、お腹を空かせた目つきの悪いボロボロでヨレヨレの子猫を拾った。鳴き声がおじさんっぽいので、「おじさん」という名を付けた。「おうちに帰ろうね、おじさん」と呼びかけると、「おじさん」はみゃーと鳴いた。

文字数:1183

内容に関するアピール

『これがSFだ』という課題なのですが、「何がSFか?」と考えると、さて何でしょう?となってしまって全く前に進まないので、自分の中にある「SFっぽいもの」をかき集めて、「これはSFか?」くらいテンションで考えてみました。

最初は、「先祖代々時間の歪みを管理監督するお寺」が舞台の『時をかける僧侶』というお話を書こうと思ったのですが、まずは自分が好きな要素と書きやすいキャラクターでいってみよう!と思いこの設定にしました。

毎回の課題に挑戦しつつ、精進してまいります。よろしくお願いいたします。

文字数:243

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ズットモ

蒸し暑い夏の夜。俺は乾と居酒屋で飲んでいた。乾とは二十代からの付き合いだ。当時の乾はロン毛ピアスの売れないロックバンドのドラマーだったが、今では実家の寺を継ぎ、坊主頭で木魚を叩いて念仏を唱えている。人生とは分からないものだ。

「ドラムが木魚に代わっても、俺のロック魂は健在だぜ」

と、訳の分からないことを言って乾がトイレに立った。と、向かいの壁に何やら気配が。よく見るとチャバネのGがいる。「ここは危険だ。逃げた方がいい」と俺は心の中でGに話しかけた。乾は基本的に優しい人間なのだが、虫には好戦的になる。Gでも蝶でも容赦なく滅す。俺の言葉が通じたのか、Gはカサカサと去っていった。

 

終電で家に帰り、妻と娘を起こさぬようそっと玄関のドアを開ける。小腹が空いていた俺は、台所でカップ麺を用意する。出来上がりを待ちながら、乾と出会ってからの人生を振り返る。

あっという間の三十年だった。なんとか大学を卒業し、なんとか小さな旅行代理店に就職したものの、半年で辞めた。代理ではなく、自分が旅行をしたいと思ったのだ。当時流行っていた澤木の『深夜特急』に触発された俺は、とりあず香港に向かった。しかし、猛烈なホームシックになり、心折れて五日で帰国。帰国後は、定職にはつかずバイト先を転々とした。人生に目標などなく、バイトで稼いだ金はパチンコと競馬に消えていった。ある日競馬で大負けして酩酊し、歩道橋の階段を踏み外して全治三か月の大怪我を負った。金もない運もない根性もない存在そのものに意味がない。俺なんか死んだ方がマシだと病院のベッドで絶望していた時に、外科の研修医だった妻と出会った。何故だか妻に見初められ、退院後に付き合い、半年後に子どもができた。妻は仕事を続けたいと言い、俺は専業主夫として妻を支えることに。この二十年間幸せだった。破滅寸前だった俺の人生を救ってくれたのは嫁と娘だ。二人に出会えてよかった――のだが、最近ふと考えてしまうのだ。もしかしたら、別の人生があったのではないか? 真面目に勉強していたら、会社を辞めていなければ、アジアでもうちょっと踏ん張っていれば、競馬に行かずケガもせず妻と出会っていなければ――俺の人生、違っていたんじゃね?

「だったら、その目で見てみりゃいいじゃん」

と、カップ麺がしゃべった。いや、よく見ると、カップ麺の後ろにチャバネのGがいる。Gは後ろ二本足で立ちあがり、俺に話しかけている。目の錯覚か?

「錯覚ではない。下等で下品な地球生物よ、私は高等にして高潔なG星人なりよ」

G曰く、G星人とは地球から遠く離れた銀河系にあるG星に住む、高次元生命体である。高次元ゆえに地球までの距離を光よりも早く移動できる。但し、地球に到着すると三次元化(G星人は、チャバネGの姿が最適らしい)しなければならない。三次元の体を潰されても問題はないが、一度G星に戻ってメンテナンスを受けることが義務付けされている。

ちなみに地球は高次元生命体にとってテーマパークのような存在で、他にも様々な星から高次元生命体が訪れているらしい。最近日本でカメムシが過剰に発生しているのは、カメムシの姿で三次元化するカメ星のカメ星人が、団体客用の日本グルメツアーを始めたからだという。

 

「で、別の人生を見たいって話だけど。連れて行ってあげても良くってよ」

Gは自慢げに前足をひらひらと振っているが、あんなか細い足で俺の人生を覗くことなどできるのか?

「簡単やで。五次元化したアンタを私が連れ出して、五次元の世界に飛び込めばええねん」

傲慢キャラと関西弁キャラが錯綜している。が、魅力的な話だ。しかし、どうして俺にそんなことをしてくれるんだ? 何か裏があるのか? 俺を利用して地球を侵略するつもりだとか?

「地球なんか秒で制圧できるわ、ボケ。てか、アンタいつも話しかけてくれた。アタシたち、ズットモ」

ズットモと聞いて、俺はハッとした。そういえば、俺の人生の分岐点にはいつもGがいた。会社の給湯室で辞めるかどうか悩んでいた時も、インドの安宿でホームシックになった時も、競馬で大負けしてヤケ酒を飲んで時も、彼女から妊娠を告白されてアパートで眠れなくなった夜も――目の前に現れたGに話しかけていた。

そうか、俺にはずっと昔から高等にして高潔な地球外生命体のズットモがいたのだ!

「さあズットモよ、いっしょに五次元を旅しようぞ!」

と、Gが右前足を俺に差し出した。俺も右手の人差指をその前足に向かって差し出す。Gの前足と俺の右人差し指の先端が触れようとしたその時――パシッ。

水を飲みに起きてきた娘が、スリッパでGを叩き殺した。

「夜中に食べたら太るよ」

と、娘はGの亡骸をくるんでゴミ箱に捨てた。テーブルには、ちぎれたGの右前足だけが落ちていた。俺は、自分の右人差し指でGの右前足に触れて呟いた。

「ズットモよ、いつかまた」

俺の中で別の次元の扉が疼いた。

文字数:2000

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