ダイソンの作陶

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梗 概

ダイソンの作陶

 二千年を経ても完成しないダイソンリング。千年前、フタシゲは建築事業に志願した。退職してからも故郷の天王星圏には戻ってない。居住者がほぼいないここで、作陶している。人格をメモリに移して乗り換えた八代目のこの肉体も老いてきた。生身は高価だが、これまでは恩給で賄えていた。今日も窯に火を入れる。

 仲買人のジルダが久しぶりに現れる。出来上がった大半はフタシゲには価値が無い。なのでこの拝金主義者に引き取らせている。最初に会った時は土を探している最中に事故で死んだらしい、新しい肉体とバックアップの記憶でよみがえった。良い土は見つからないし、数カ月分の記憶は飛ぶし散々だった。
 彼の情報で、エネルギー効率低下を理由に行政AIは一部区画の掃除を検討していると知る。リング上のゴミである土を使っているのだ。慌てて向かう。

 土を探しながら思い出す。窯元に生まれた。内面が語り掛けてくる美と向かい合うことが作陶の本質であると考えていた。
 父は多くの人の心を打つことが大事であり、社会に評価され、大勢を魅了する美を主張した。その背景に拝金主義を読み取り対立した。ベーシックインカムがあると言うのに、だからこそ金儲けとしてしか成り立たないと言う。若かった。その説得に陶芸自体を投げ捨てた。

 新たに生の意味を求めリングの建築に従事した。美ではないが、職務に対する誠実さと向かい合えるように思えた。だが二百年で飽きた。退職後、脱法的にリングに居座ると、作陶に向く土があることを知る。窯もジャンクから作ることができた。地代も不要である。ここでは作陶はビジネスではない。存分に自分と向かい合うことができる。

 対象の区画で最高の土を発見する。運べる限りを持ち帰り、ジルダを呼び寄せ手伝わせる。戻ると掃除が始まっている。運搬していく先をつけていく。行政ロボット達が廃棄用カーゴに載せている。

 太陽に投棄するのだ。リングの外側に集積しており、ロボットは粛々と作業する。交渉の余地がない。昔の管理権限を利用して略取する。作陶に十分な土を得る。
 しかし突如ジルダが裏切り銃を向ける。フタシゲがいた窯元の後継者が同じ土に高い金を出す、別のビジネスの種銭として独占したいと言う。迫るなんとかジルダを倒す。バックアップから蘇生し何年か後ヘラヘラと顔を見せるハズだ。
 
 作陶の中、いまや着替えた別人の内なる声を聞いているのに気づく。それはつまり、他人の感性を取り込んで、多くの人間が美しいと感じる美を追求しているのと同じだ。気にも留めてなかったが、父は代を重ねて陶の道を連ねていくには金が要ると言ってたのではなかったか。
 結局、自分も彼らと同じ山を登っており、そこに優劣はない。次にジルダが来たら、故郷に連れて帰らせよう。自らを陶冶する道は長い。リングの完成とどちらが早いだろう。そう自嘲する。

文字数:1174

内容に関するアピール

 遥か未来の太陽系。ダイソン・リングで作陶する男。長い時間をかけて、テクノロジーと芸術が交差する中で、彼が探究する生の意味について扱ってみました。遠い未来を舞台に、SFガジェットによる補助線。それらを背景に個人の人生における真摯な問いかけと、一見純粋さを欠く様に見える社会の有り様の対立が、主人公の中で解消する話になっていれば、わたし基準では「これがSF」といえる事にしていいかなと思いました。
 
 そうは書きかましたが、実際は「ダイソン球で陶芸やったら面白いんじゃない?」という所からスタートしてます。詰めていくと、あら不思議。テーマが立ち上がる。長谷敏司先生のお話をYoutubeで拝聴しまして、「ああ、これで良かったんだ」ってな具合です。

 まだ文字数に余白あるので余談。最近あるチェーン店のモカ・イルガチェフェにハマって、頻繁に飲んでいます。日によって味の振れ幅があるのも楽しみ。

文字数:392

課題提出者一覧