梗 概
また逢う日まで
2039年。量子計算機は計算に必要なメモリも計算処理能力も量子計算機出現以前の”古典”計算機を圧倒し、量子情報処理に支えられた人工知能は、膨大なパラメータを同時並行的に圧倒的な速度で処理できるようになっていた。また、並行して進展を果たした身体性を有するロボット技術は、身の回りの環境を知覚し、ロボットがシームレスな反応を行うことを容易にさせ、接触を伴うスポーツにおいてもロボットと人間とが競い合うことができるようになった。
ロボットの介在しない、人間同士の試合でも興業の中で命を落とす可能性のある格闘技へのアスリートロボットの導入は大きな議論を巻き起こしたが、とある試作機の試験導入により、一気に広がった。その試作機は、試合を重ねる度に対戦相手へのリスペクトを示しながら成長し、インタビュアーやファンに対しても丁寧に対応する模範的なファイターとして多くのファンを獲得したが、一定以上のランカーとの試合になると、あと一歩のところで勝てず、万年中堅ファイターの位置に甘んじてしまっている。ロボット技術者の間では、一定以上のレベルのアスリートが経験する、”考える前に体が動く”の実装がカギになっているのではないか、どうしたらそれを達成できるのか、誰が初めてそれを実装するかについて熾烈な開発競争が繰り広げられるようになった。
50歳を超えたベテラン技術者である芽唯もそのうちの一人として、ベンチャーキャピタルから資金を集め、キックボクシングのタイトルマッチへの挑戦者決定戦を前に命を失った恋人、順也をロボットとして蘇生させた。電脳空間への意識の移植、故人の電子データとしての蘇生、また、電脳空間上で蘇った故人の意識をロボットへ移植することは一定の資金さえあれば実現が可能となっていたが、蘇生させた順也は、芽唯を芽唯として認識することはできなかった。芽唯は偽名を名乗り、生前、選手だった頃の順也を知る一人のロボット技術者として、”考える前に体が動く”の実装を達成するために力を貸してほしいと、順也に依頼する。
芽唯は、順也のロボットとしてのパフォーマンスの最大化、及び、競技復帰のためのコーチングをビジネスパートナーとして芽唯を支えるAIロボットである正樹に依頼した。正樹は、ロボットとして蘇生させた順也の存在やその開発進捗が芽唯、およびそのサポートAIロボットたる正樹自身にもたらす影響を計算しきれないという現実に直面し、自らの行動最適化の指針を持てずにいる中、順也の競技復帰の仕上げとして、デビュー戦に送り出す前の最終調整としてのスパーリングを行うこととなった。スパーリングの最中、順也に対する不可逆的な破壊がもたらす芽唯及び自らへの影響は?という可能性を計算し始めた正樹は、あらゆる未来の可能性を同時並行的にシミュレーションした上で、順也の破壊を試みる。
文字数:1177
内容に関するアピール
できるだけ、もしかしたら未来はこうなっているかもしれない、という地続きの物語を紡いでいこうと考えて、書き始めました。目標の一つは、格闘シーンを実経験に基づいて丁寧に描写し、格闘技経験のない方にも読むことを通じてひりつく緊張感を体感頂くことです。
各種のSF作品への親しみ・習熟の度合いについて初心者の自覚があるのですが、SFみたいな技術を実装し、地続きの未来をできるだけ精緻に想像して現実に落とし込むべく事業を進めることに興味があります。SFみたいな技術について真摯に話す人の話を聴くことは大好きで、ワクワクします。
本講座への参加はほぼ勢いですが、書いている途中のこの作品を読んでくれたギークで優しい同僚達が、続きを読みたい、続きが気になる、と言ってくれたことに背中を押され、折角ならきちんと取り組みたいと、申し込みました。読んでくれる誰か一人に何かが届く作品を書き続けたいと思います。
文字数:395